妹がいつの間にか人気Vtuberになってて、挙句に俺のお嫁探しを始めた 作:はしびろこう
あの人に出会ってから数日が経った。
お兄さんは幽香ちゃんのお兄さんであり、たびたび、配信で話していた事を思い出す。幽香ちゃんが、本当に愛おしそうに話すので、印象に残っていた。
そして、私も初めて会って、この人は他の男の人とは違うとも思った。
何故か、毎日のようにお兄さんの顔が頭の中で浮かんでは消えたりを繰り返している。
お兄さんの事を思い出すと、顔も熱くなったりして……って、まさか……いやいや、そんな訳ないよね。
それと妙に、私に差し出してくれた手が震えていたことが気がかりである。
お兄さんはもしかしたら、女の人に慣れていないのかもしれない。そんな中、私に声をかけてくれて……本当に優しい人だ。
私はいつもの様に、配信ソフトを立ち上げ、予告ツイートをして、配信を始める。
ちょっとした準備を終えた後、今日の雑談が始まった。
「こんにちは、みんな見えてる?」
・ママ〜!
・バブゥ……
・幼女姉貴こんにちは!
「うーん、相変わらずのコメントだね……」
・もっと引いて
・引かれるの気持ちいいですね
・もっと蔑んで
・上からお願いします
何故か、私の配信にはドMの人たちが集まっている。
まあ、それほど需要があると言うことだろう。
雑談で、今日の箱の現状や、この子がかわいいねとか、今、どんなゲームしてるとか話を進めていくうちに、ある話題が出てくる。
・そういえば、保護者会配信お兄ちゃんが出るんだってね
・まもちゃんもでしょ?
「うん、まもちゃんも出てくるし、幽香ちゃんのお兄さんも出てくるんでしょ? 凄いよね」
・お兄ちゃんは一般人な訳だしなぁ
・あれが一般人な訳ないだろ! いい加減にしろ!
・絶対、声優とかやってた声だって
お兄さんに関して、さまざまな憶測が流れる。
みんな、妄想でああだこうだと言っているのでお兄さんには実害はないはずだが、私はその話題を早々に打ち切った。
何故だろうか、お兄さんという単語が出てくるたびに、あの優しい顔が頭に浮かんできて、どうしようもなくなっちゃうのだ。
「はい! そろそろいい時間だし、今日の雑談はここまで! さっきも話題に出てた様に、来週、保護者会配信があります! 公式チャンネルにて放送予定なので、見てくださいね!」
そして、来週になり、保護者会配信が始まる。
マネージャーの大岩さんが司会を務め、ゲストで、お兄さん、かわのママ、まもちゃん、クロアちゃん。
たびたび、まもちゃんがお兄さんの前で私の恥ずかしい話を話すので、我慢できずに顔を真っ赤にして「まって」など、コメントを送った。
というより、本当にお兄さんはカッコいい声をしている。特別に作られたキャラクターがそのまま喋っているみたいに違和感がないのだ。
私たちは、少なからず、演技をしなくては理想のキャラクターに近づけない。なので、そこを長時間配信でも最初に作ったキャラがブレない様に意識している。
でも、お兄さんは地声でキャラとシンクロしており、まるで違和感がない。
羨ましいのと同時に、なぜ配信をしないのだろうか不思議でならなかった。
その後も続き、好きなVtuberの話になった時に、全員が『黒鞠コロン』という、私のV活動のきっかけともなったVtuberの名前を挙げていて私もかなりびっくりしたり、私も充実した面白い配信だった。
それと、ちょっとお兄さんの事も知れて良かったと思う。まさか、腐男子だったとは……。
さて、このあとは私の配信だ。
気合を入れるために、私は一階にある、冷蔵庫からジュースを取りに行こうとした矢先だった。
「朱里」
「……なに?」
私の兄貴が話しかけてきた。
兄貴が話しかけてくるのは、2年振りだ。それほど、私たちは会話をしていない。
長い前髪で隠された鋭い目付きが不気味で怖い。
「これ、お前か?」
そう言って差し出してきたのは冬花旭のアーカイブ。
……バレたか。そもそも、隠し通すなど無理があったのだ。いずれバレる。私は覚悟していた。
「そうだけど、兄貴に関係ないじゃん」
「なあ……なんで断りもなく、こんな事を始めた?」
「だから! 関係ないって」
バシィと鈍い音が廊下に鳴り響く。
なんで……? 私は今、誰に叩かれた?
「俺が今話しているだろうが! お前は口を出すんじゃねぇ!」
兄貴の怒号が、響き渡る。
これでは、親が来てしまうかとも思ったが、二人は仕事でいない。
この家には、私と兄貴しかいない。
兄貴は乱暴に私の胸ぐらを掴み、壁に押し当てる。
「なあ、だからなんで、勝手にこんなくだらない事を始めた?」
兄貴の目は血走っている。
怖い……
怖い……
何故? なんで兄貴はこんなに怒っているの? 私に興味ないんじゃないの?
苦しい……。
「なあ!」
「離してよっ!」
私は兄貴を思いっきり押しのけ、玄関へ走り、外へ逃げた。
行く宛もないのに、私は外に走った。
怖い……
怖い……!
誰か……! 誰か助けてよ……!
私は走り疲れて、その場に蹲る。
体の震えが止まらない。
止まったと同時に、涙が出てきて、私は声を抑えて泣いた。
どうしてだろう……。私はなんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
……誰か……。
「君は……冬花さん?」
私の前で、私のVの名前を出して、呼んでくれる人がいた。
顔を上げると、そこにはお兄さんが心配そうな顔で私を見ていた。