妹がいつの間にか人気Vtuberになってて、挙句に俺のお嫁探しを始めた 作:はしびろこう
私の両親は唐突に私の目の前から、この世界から消え去った。
それは中学一年の頃に唐突に訪れた。
暴走したトラックが私たちの乗っている車に突っ込んできて、車の前部分がグシャグシャになっていた。私には一体何が起きたのか分からない。強い衝撃と共に、体が揺さぶられいつのまにか気を失っていた。
次に目を覚まして見た景色は、泣きながら私の手をずっと握っているお兄ちゃんの姿だった。
私はそんな顔を見ながら、ただひたすらに呆然と病室のベッドの上に横たわっていただけだった。
その後、幸運にも骨一つ折れていなかった私は退院して、両親の葬式に出席した。
しかし私はまだ事態を飲み込めていない。二つの棺桶の中に目を瞑って眠る両親の姿を見て呆然としていた。
両親は優しかった。いつも私の事を考えてくれたり、お兄ちゃんにも「そんなに頑張らなくて良いんだよ」と口癖のように言っていた。
すぐ近くから声が聞こえる。
葬式に出席していた親戚の人たちだ。聞こえてくる言葉は耳を塞ぎたくなるような言葉。
『子供二人も置いて死んでくなんて、とんだ奴だな』
『あの子たちはどうするのよ』
『俺はごめんだぜ、引き取るなんざまっぴらごめんだ。お前の所は?』
『嫌よ、あの子がまさゆきちゃんに色目でも使ったらどうするのよ』
もう私を守ってくれる大人は居なくなった事実が背中にのしかかる。
ダメだ。私はもうダメだ。
もう嫌だ……。
その後はお姉さんが保護者となってくれたとお兄ちゃんが言っていた。
でも基本は俺が働いて、この家を……萌香を守ってやる。とも言っていた。
でも、もう私の心は──。
私は事故のトラウマで、外に出るのが怖くなり、部屋からも出ない日が続いた。
ずっと、ずっと薄暗い部屋の中で一人で過ごしていた。兄もこんな私をすぐに見捨てるだろう。そう思っていた。
でも───。
「萌香、おはよう」
「ご飯できたから部屋の前に置いとくな」
「じゃあ行ってくるよ、萌香」
ずっと、ずっとだ。
毎日毎日、部屋の中で引きこもるしか出来ない私に優しい言葉をくれる。
365日、毎日同じように……。
引きこもる私に「部屋から出ろ」とも一言も言わずに。
凍りついていた心が、どんどんと癒されていくような気がしていた。
お兄ちゃんの顔が見たい。お兄ちゃんのそばにいたい。
でも、今はまだ顔を合わせる資格が私にはない。だって私は何もしていないから。
お兄ちゃんは私のために一生懸命になっているのに、私は何もできないから。
泣きながら部屋のドアの前に立つ。
そしてドアノブに手が触れた瞬間、あの時の……事故の光景や人の私を見て嘲笑う声がフラッシュバックする。
何で、何で外に出れないの……。
その日以来、ずっと無気力だった。
ずっと何をするわけでも無く、ただ日々を無意味に過ごすだけ。
そんな日々だった。
ある日私は、とあるものを見つけた。
『やっほーいにゃーん! 今日も配信はっじめっるよーん!』
・やっほーいにゃん
・にゃんにゃん
・無理すんなよ、おばさん
『おばさんじゃねーし、ぶちとばすぞわれ』
偶然、私はきっかけとも言えるVtuberの配信を見た。猫耳を生やした少女のアバター。登録者数100人にも満たないチャンネル。
でも───。
とても、とても楽しそうに笑って、ゲームをしたり雑談などをしたりして過ごしていた。
私は何かに取り憑かれたかのように、その人の配信を見始めた。
『でもなー、私的にはこのゲームあんま好きくない』
・は?
・おもしろいだろぉ!??
・ぶちとばすぞわれ
『にゃっは──!? 好き好き大好き! だから叩かないで!?』
・草
・盛大な掌返しやめろ
・分かればよろしい
・おばさん
『だからおばさんじゃねぇって言ってんだろ、ぶちとばすぞわれ』
「ふふ」
気づけば私は笑顔を浮かべていた。
ずっと、笑顔なんて忘れていたのに。こんなくだらないやり取りで……笑顔になっちゃうなんて。
私は気づけば、Vtuberの始め方の事をネットで調べ始めた。
どうやったらなれるか。どのようにすれば良いのか。
しかし、始めようにも思っても肝心のスキルが私にはなかった。
「絵なんか描けないし、ましてや動かすなんて……」
後ろの方を見る。
部屋の隅には、配信を始めるための機材は揃ってしまっていた。
お兄ちゃんが私の口座に毎月五万円ずつ入れてくれていたのは知っていたので、それを使ってしまったのだ……。
「うう、ごめんなさい……」
この機材たちも使わず仕舞いになってしまいそうな可能性がしていた。
でも、どうすれば良いのか……。
そんな時だった。
『トライアングル一期生募集中! 君もVtuberになろう!』
私は、一度は聞いたことあるような芸能事務所がVtuberの募集をしていたのを見かけた。名前はトライアングル。キャラの立ち絵も公開されていて、銀髪ロングの女の子。茶髪のショートカットの八重歯が特徴的な女の子。
そして──。
私の運命とも呼べる出会い。
黒髪ボブの女の子で、大人びた雰囲気をしている背の高いキャラ。
名前は秋風幽香、それが最初の出会いだった。
────
私はすぐにオーディションに送る用のボイス動画を撮り、それをメールに添付して送った。
というか、誰の許可も取らずにやっちゃったけど大丈夫かな?
急に不安になってきたというか……どうしよう……。
そしてボイスを送ってから数日後。まさかの一次選考突破の連絡が来た。
「え、嘘……」
そして、二次選考の通話の面接にも入ってしまった。
面接では人と長い間話してなかったので、どもったり、自分でも何を言ってるのか分からなくなってしまった。
絶対に落ちた。そう思ったのだが。
メールには合格の二文字が書かれていた。
「な、何で……」
意味がわからない。上手く行きすぎている。
頬をつねっても結果は同じ。
私は秋風幽香としてデビューする事が決定してしまったのだ。
事務所の人は私のどこが気に入ってしまったのだろう。混乱しすぎて上手く頭が働かない。
でも、分かっているのは、ここまできたら、やるしかないという事だった。
辞退するのは簡単だ。「やっぱり私には無理です」と言って辞退すれば良い。
でも、本当にそれで良いのだろうか? いつまでも逃げ続けて良いのだろうか。
私はドアの前に立つ。
そしてドアノブに触れる。やはりあの時の光景がフラッシュバックしてくる。
でも、それ以上に浮かんできたのはお兄ちゃんの顔。同じ家にいるのにもう一年以上も見ていない。毎日、起こしてくれてご飯も作ってくれているお兄ちゃん。
どこまでもお人好しで優しすぎるお兄ちゃん。
決死の覚悟でドアノブを捻る。
そうだ、部屋も出ないで引きこもってばかりで何がVtuberになるだ。
ここで、一歩、一歩踏み出さなければ、活動だってすぐに辞めてしまうだろう。
挫けて、また変な理由をつけて部屋の中に引きこもるのか?
……そんなのはまっぴらごめんだ!
私は! 私はこの一歩から頑張るんだ! お兄ちゃんの顔をちゃんと見れるよう、立派なVtuberにもなれるように!
それは他人から見たら小さな覚悟。
でも、私にとっては大きな覚悟だった。
ドアを開ける。
薄暗い部屋から、一歩踏み出す。
すると、目の前にはお兄ちゃんが立っていた。
お兄ちゃんも私もびっくりした顔をして、目を見る。
ああ、お兄ちゃんだ。私のお兄ちゃんが目の前にいる。
「おはよう、お兄ちゃん」
私が一声かけると、お兄ちゃんは目にいっぱいの涙を浮かべて私を強く抱きしめた。
「おはよう…………おはよう……萌香ぁ……」
「うん……おはよう」
ここから私は生まれ変わるのだ。