地霊殿にはもう用事は何ひとつない。
となると向かう先は再び地上になる。
そうなるのだが、地上の何処に向かうかをまだ決めていなかった。
さて、次は何処に行こう。
風の吹くまま気の向くままに足を運んでも良いが、それはそれで疲れるのだ。
何か目的があった方が、多少気晴らしにはなる。到着したという達成感も得られる。
目的地を作るという事は、ちょっとだけお得なのだ。
「ねえ、ウギン。今度は本当の地獄に行ってみない?」
不意に、純狐がそんな事を言い出した。
本当に急だったので、本当、マジでビビった。
遠まわしに「いっぺん死んでみる?」と言われてるのだと確信するくらいにはビビった。
私のその反応を見て何が可笑しかったのか、純狐はくすくすと笑いだした。
「違うわよ、賽の河原を越えて、三途の川を越えて、本当の地獄に行ってみたいのよ。
ここは地獄にしてはちょっと、生ぬる過ぎるわ」
にっこりとした笑顔で純狐はそう言った。さっきと何が違うのだろう。
丁寧に「殺してあげる」と言われているようにしか感じられないのだが。
そもそも地獄という所は気軽に行けるような場所とは思えない。
賽の河原も、三途の川も、同様だ。
なんとか言ってやってくれと射命丸に助け舟を求めると。
「ああ、いえ。行けますよ。地獄。生きたままで」
突然後ろから刺されたような衝撃を受けた。
なんと、行けるのか。地獄に。生きたままで。
ちょっとこの幻想郷という次元自体が特殊なのか、死生観が気になった。
生前から地獄を見て回れるというのは、確かに善行を積む上で効率的なのだろうが。
そんな気軽に行ってしまって大丈夫なのだろうか。
というか死との距離が近すぎないだろうか、この幻想郷は。
少し次元自体の心配をしながらも、まあ行けるならそこに行ってみるか。という気持ちになった。
「今度は本当の地獄に行くんだね!」
「わーい!地獄にいくぞー!」
ワイワイと騒ぎ立てるフランとこいし。
その姿はとても子供らしく、可愛らしく、和ませる。
それに、ここが地獄というには「生ぬる過ぎる」のも事実だ。
妖怪が多いと言うだけで、旧都という里のようなものがあるだけで、
特別な地獄らしさを感じられなかったのも確かだ。
もっと殺伐としたものを想像していただけに、ちょっと拍子抜けした感は否めない。
いや、別に殺伐とした所に積極的に行きたいのかと言えば、全くそんな事はないのだが。
改めて目的地を決め、歩き出した私達。
後ろではさとりが軽く手を振って見送りしてくれていた。
ちょっとだけ嬉しかった。
【移動中……】
さて、地霊殿も越えたし旧都も過ぎた。
再び縦に長い洞窟に足を踏み入れた私は、ふとある事に気付く。
そう言えば、こいしの無意識を解くのを忘れていた。
私はこいしの存在を感知出来ているから問題ないが、
他の仲間達はそうはいかないだろう。何かしらの問題が発生するはずだ。
ここはひとつ、自己紹介をするべきだ。と思った。
「こいし、無意識を解除してくれないか?」
「えー?うーん?」
「どうした?」
「うんとね、解けないみたい!」
あっけらかんとそう言うこいしに、思わず私は絶句した。
能力を上手くコントロール出来ていないのだろうか。
それならば、と。
私は、完全な善意から彼女に言葉をかけてしまった。
「その能力、封印してやろうか?」
「――え」
瞬間、こいしの表情は、真っ青になった。
足をガタガタと震わせて、息もどこか荒い。視線も合っていないように見える。
「――や、やめて。お願い。それだけはやめて。
もう嫌なの、目を開くのは嫌なの。心を読むのは嫌なの」
豹変したこいしのその様子に、思わず私は苦虫を食い潰したような表情になる。
やってしまった。これは彼女にとっての地雷だったのだろう。
やってはいけないことを、提案してしまったのだろう。これは失敗した。
彼女からは、今や私に対する恐怖がありありと見える。
「他人から嫌われるのが嫌。他人から注目されるのが嫌。期待されるのが嫌。
比較されるのが嫌。恐怖されるのが嫌。避けられるのが嫌」
ぶつぶつと独り言を呟くように。錯乱状態になるこいし。
可哀想だ。これでは、あまりにも可哀想だ。
顔を覆って私を見ないようにする姿は、あまりにも痛々しい。
「すまない、今のは失言だった。許してくれ」
私は、深く深く頭を下げた。なんなら地面に擦り付けた。
じゃり。という音が頭に響いた。
突然の事に、私の仲間達は唖然として私を見ているが。
威厳などは知るものか。
そんなもの、子供の曇り顔を晴らすのに必要ならば投げ捨ててやる。
「もう、そんなこと言わない?」
「誓おう」
「もう、誰かに私の姿を見せようとしない?」
「勿論だ」
「もう――私を独りぼっちにしない?」
「当然だ、私を誰だと思っている。
精霊龍、ウギン。私はウギンだぞ?」
いくつかの問答を経て、ようやくこいしの雰囲気が変わった。
先程のような恐怖の感情は感じられない。
明るい声で、前と同じような感情で、彼女は言った。
「――じゃあ許してあげる!!」
先程の言葉に嘘はない。
MTGのストーリーや設定におけるウギンは全くと言って良いほど知らないが。
少なくとも、私の中の「精霊龍、ウギン」は子供に嘘を吐いて良しとはしない。
誰かが嫌がるような事は決してしない。約束を破ったりはしない。
それが、私の中の「精霊龍、ウギン」だ。
ストーリーや設定と違う?知るものか。
私の中の「精霊龍、ウギン」は誇り高きプレインズウォーカーだ。
たまに私のせいでミスをする事はあっても、決して格好悪い所は見せない。
卑怯な真似など、するものか。仲間を見捨てることなどあるものか。
……いや無限にカードを使えるのは若干卑怯かも知れないな。
と、私は不意に思って笑ってしまった。
「顔を上げて。ウギン!」
こいしに言われるがままに顔をあげて。
トテトテとこいしが私の顔の頬のすぐ横までやってきた。
そして
ちゅ。
なにか、微かな柔らかな感覚を頬に感じて。
思わず私はこいしの方を向いてしまう。
「えへへ!これで仲直り!」
凄く、凄くどうでも良い事なのだが。
古明地さとりは妹にどういう教育をしたのだろうか。
不意に、凄く気になった。
【地底のある場所にて】
「ひぇぇ。帰ってきた所に罠を張ろうと思ってたけど。
やっぱり怖いよぉ……ヤマメ。やっぱり止めにしない?」
「そうだねぇ。ちょっと無理だねぇ……。
龍を罠にかけたら凄いと思ってたけど、ちょっと無理そうかも。糸が持たないよ」
「じゃ、じゃあ一緒に帰ろ?ね?」
「まあそうだね。今回は大人しく帰ろうか」
なんて、会話が聞こえたとか。なんとか。
こいしの能力制御の云々に関しては完全に独自設定。
実際どうなんでしょう。無意識に悩んでいる描写も見られるので、
無意識をコントロール出来ないのでしょうか。
謎です。