逆行子役の下克上戦記 -TRUE END-   作:えんてる

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これは、前回の世界線のお父さん視点です!

結構長いので注意です!


『俺の毒吐』

 

 

 はな

 

 あの子が生まれた日、誰一人…あの子に微笑みかける事はなかった。

 

 小さな紅葉の手を伸ばして、賢明に泣く小さな娘を…妻は嫌悪の表情で睨みつけ、義父母も今にも殺そうな勢いで生まれたばかりの娘に罵声を浴びせる

 

 まだ小さい息子は、その怒鳴り声に驚き泣いてしまい、義父母は態度を豹変させ、猫撫で声で息子をあやし始める

 

「あなた…早くコイツをどっかにやってきて」

 

 窶れた妻の表情は、実年齢より10歳ほど老けて見えたし、嫌悪に染まった顔は、今まで綺麗だと思っていた彼女の面影は一ミリもない

 

 

 俺は、生まれたての小さな娘を優しく抱き上げ、この場から逃げた

 

 ふにゃふにゃと発する、娘を見て…涙が出そうになった

 

 家族が増えて、生まれてきてくれて嬉しいはずなのに…娘は生まれてきた事を歓迎されず…死をも望まれている事実に、無性に叫びたくなった…

 

 腕の中の小さな命、賢明に生きようと踠いているこの子に、俺は何を与えられるんだろう

 

 

 『血の繋がりのない』この娘に…

 

 家族旅行で訪れたアメリカでレイプされ妊娠してしまい、娘を産んだ事で『二度と』子供が望めなくなった妻に…

 

 『白血病』を患った息子の為に、臨んだ筈のドナーベビーが父親の遺伝子が違うせいか適合率が限りなく低く、ドナーとして見込みのない事実に…

 

 

 俺には、この子を守れない…守れる自信がない

 

 

「ごめん…ごめんなぁ」

 

 ぼたぼたと目から落ちる涙は、娘のまろい頬に着地した

 

「ふにゃ、ふにゃ…あーうー」

 

 両手を上げて、ふにゃっと笑う娘

 

 愛おしいと、思ってしまうのは嘘だ…こんな感情は嘘でまやかしでしかない、この子は愛おしくなんかない、可愛くなんかない

 

 愛してはいけない…こんな子供…愛してはいけない

 

 いつか、この子と離れる事になれば、この子は幸せになれるだろうか…この子を幸せにしてくれる人が現れて…この子を幸せに出来ない俺たちから救ってあげられるだろうか…

 

 

 それまでは…それまでは…俺が守っていてはいけないだろうか…

 

 小さな紅葉に手を差し伸べる

 

「うー!あー!」

 

 ぎゅっ、と握られた人差し指から伝う温もりに、偽物の愛情が胸に満ちてしまい仕方がない

 

 

「大嫌い、だよ…お前なんて」

 

 愛おしくなんかない…こんな娘。

 

 

 

 

 妻がレイプされた時、緊急避妊薬はもちろん服用したが…現地で調達したものは粗悪品だったのか偽物だったのか、妻は妊娠した

 

 もちろん堕胎を提案したが、堕胎により不妊になる可能性もあった為、妻は反対し、堕胎出来る期間が過ぎてしまい産む方向へとことが進んでた…

 義父母は怒り心頭で、堕胎するよう強要していたが、最終的には妻の身体の安全と孫のために出産する事を認めていた…

 

 俺とは血が繋がっていなくても、妻の血が入っているだけで愛せると心から思っていたさ…

 

 だから、妻の出産する際は、電話がきたらすぐに仕事を切り上げて病院に向かった

 慌ただしく駆ける看護師、顔面蒼白の義父母、妻のこの世のものとは思えない悲鳴

 

 息子の時とは、全く異なった出産時の空気に、冷たい汗が身体中から吹き出した…

 

 それから半日経過し、ようやく娘が生まれた

 

 助産師の着ていた制服にはどす黒い血が広範囲に広がり、皆して浮かない顔をしていた

 

「あ、あの、妻は?娘は?」

 

 カラカラに乾いた口の中を唾で濡らして、縋るように近くに居た看護師に声をかける

 

「…母子共に…無事ですよ…ただ…」

 

 言い淀む看護師の様子に、嫌な予感しかしなかった

 

「…残念ながら、3人目のお子さんは…望めないでしょうね」

 

 頭の中が真っ白になった

 

 長い長い病院の廊下が永遠のように感じ、膝から崩れ落ちた感覚を今でも覚えていて…その後、看護師が、続けて何かを言っていたが…何も頭に入らなかった

 

 

 

 その後、妻と娘は色々と『検査』したが

 

 俺たち家族が、望んでいたものは一つもなく…全てどん底に突き落とされた…

 

 

 義父母は、娘を見るたび『悪魔』と言って地面に叩きつけようとしたり、まだ母乳も飲んでいない娘に琥珀色した蜂蜜を無理やり含ませるなど、本気で殺そうとしていた…

 

 看護師や、他の第三者に見つかれば警察沙汰になるのを覚悟した上での犯行に、小心者の肝が冷え、回避するのもやっとだ

 

 

 

 転機が訪れたのは娘が2歳になった頃

 

 たまたま娘を公園に連れて行った際、芸能界にスカウトされた時、二つ返事でOKした。

 

 仕事が入れば、娘はあまり家にいる時間が少なくなると愚行したからだ

 

 案の定、あの子が家にいないだけで、妻は前のように朗らかな優しい笑顔を浮かべるようになった…

 息子も、この頃体調が良いようで薬の量も減っている

 

 娘がいないだけで、こんなに穏やかな空気になるなんて思いもしなかった…

 

 胸が痛く無い訳ではない、罪悪感がないわけではない

 

「パパ、はな…ね、あしたのおしごと…やすみたいなぁ…」

 

 夜遅くに帰宅した娘が、珍しくそんな事を言った時は驚いた

 いつもわがままを言わないからこそ、幼い娘のお願いを聞いてあげたいとも思った

 

 しかし、タイミング悪く…明日は義父母が来る

 

 娘を殺す機会を狙った義父母が、妻と息子に会いに来る…

 娘を心配しているわけではないが、万が一何かあっても困ると思い、突き放す選択をした

 

「…わがまま言うな…休むなんて許さないからな」

 

 娘の顔を見ずに、冷たく突き放すと…娘は、小さな手を握りしめて力なくふにゃっと笑った

 

「…うん、わかった」

 

 

 それから、娘はわがまま一つ言わなくなった

 

 

 娘が有名になる度に、息子の容態は悪くなり…妻の精神も病んでいき、テレビに映る娘の輝く笑顔を見る度に、妻や義父母は悪態を吐き、娘をさらに邪険にした…

 

 家にほとんど帰らなくなった娘は、夜中に荷物を取りに帰ってきたりするが、俺たちを起こさないように足音一つ立てず、開かずの間化した埃の積もった部屋へ向かうのだ

 

 娘が小学生になった頃、息子は抗がん剤の影響で『腎不全』になった

 

 名医の揃った大学病院に通うだけで、治療費は湯水の如く沸き、到底俺自身の給料じゃ足りなくなった

 

 同世代に比べたら高給取りだと自負さえしていた己が、まさか貯金さえ出来ないほど貧窮な生活を強いられるなんて思いもしなかった…

 

 残業を増やし、休日出勤さえも名乗り出た

 

 周囲の同僚や上司は、何度も休むように声をかけてくれたが家にいても、休まる事なんてありえない…

 

 今は家にいる事の方が苦痛なんだ…

 妻は毎晩毎晩、飽きもせずに泣きながらワインを煽り…帰ってくる俺に向かい罵声を浴びせ、自分が悲劇のヒロインだとでも言うように泣き喚く

 

 妻は息子へ、健康な体に産んでやれなかった事の負い目を感じ、息子が欲しがったものは全て買い与えていた…

 それが、子供に買い与えるおもちゃの金額とは桁外れの高額な物だとしてもだ…

 

 一度、苦言した際は、義父母揃って家へと乗り込まれ…ノイローゼに成る程、酷い目に遭ってからは何も言えなくなった

 

 唯一、心が休まる時間は…仕事終わりの車の中で見る…録画してあった『ドラマ』を見る事

 

 なんの変哲もない、毎週月曜9時から放送している連続ドラマの『9話』を、毎日見ている…

 

 『9話』しか見たことがないため、このドラマがどんなジャンルでどんな内容なのか知りもしないが、毎日欠かさず『9話』だけは見ている…

 

 察するに、『9話』は主役の幼少期時代の話で、小学生の教室で幼いながらに容姿の整った子供たちが集まっていた…

 

 その中で、一際『輝いていた』のは、生意気そうに目を釣り上がらせ、口元を尖らせた子生意気そうな顔の子供

 

 周りの子供が棒読みでしどろもどろな演技なのに対し、その子供だけは自然体のように、あるがままに演じていた

 

 主人公のクラスのいじめっ子で問題児のこの子供は、『園崎らん子』…親は片親でシングルマザーの色黒ギャルで、水商売で生計を立てているらしく、それに伴い『らん子』も素行がかなり悪く、嫌な事があると手当たり次第に物を投げてクラスメイトを威嚇する。

 

 教師も、クラスメイトも『らん子』を嫌い、誰もが関わらないように避けていた中、この話の主人公である少年、『京太郎』は『らん子』を注意し、横暴な性格を改めさせようと根気強く『らん子』のよく回るだけの大きい声で話す暴言を冷静に論破し、クラスの平和を取り戻していく内容だ

 

 生意気な『らん子』に恐怖するクラスメイトが段々と主人公に触発され、『らん子』に反抗、反逆し、成長していくのが見て取れる…

 

 話の終盤には、『らん子』の周りには誰もおらず、悲しそうな顔をしながらも相変わらず生意気そうに態度を改めない様子に、『京太郎』は呆れながらも、ただ一人『らん子』を見捨てず隣にいて、幼少期の回想が終わる

 

 切り替わった映像では、成長した『京太郎』の隣には成長した『らん子』役の姿があった

 

 成長した『らん子』役は、あまり幼少期の『らん子』には似ていなかったりする

 雰囲気は、なんとなく似ている気もするが顔の造形には雲泥の差があるだろう

 

 それに『京太郎』と『らん子』は恋仲にあるようなので、それも気に入らない…

 

 だから、幼少期のシーンが終わった瞬間巻き戻して再度同じシーンを繰り返すのが日課になっていたりもする

 

 

 エンドロールを見ないようにしているのも要因であるが、『らん子』は、『らん子』だ。

 

 俺の知っている『誰か』ではない…

 

 『誰か』を頭で認識してしまったら、もう見れなくなってしまうとわかってしまうから、俺は『らん子』が『誰か』なんて決して認めない

 

 

 ただ、画面に映る『らん子』は幸せそうで、その人間染みた性格に…ただひたすら安堵した

 

 

 そして、娘は『中学生』になった

 

 子役時代、抜群な演技力とルックスで一躍、芸能界を率いた子役の筆頭だった娘は…病んでいた

 

 実力があるせいか、容姿のせいか『嫌な役』を押しつけられることが多かった娘は、作品と現実の区別がつかない視聴者に、嫌がらせや信憑性のかけらも無い嘘の噂を流され、仕事が来なくなった

 

 一部、実力派の作家や監督には、出演して欲しいと声をかけられているみたいではあるが、娘は前回、似たような展開で受けたオーディションで精神的に追い詰められてからは、演技をすること自体、恐怖を抱くようになったと、マネージャーの須藤くんから聞いた

 

 典型的な圧迫面接に、本命だった娘に対してだけキツイ課題を与え、お前は無能だと突きつけたそうだ

 

 その課題に応えようと演じた娘は、オーディションから出てきた時には何故か大量の鼻血を垂らし血だらけだったという

 

 課題…である『死ぬ演技』を強要された娘は、見事オーディションを切り抜けたようだが、そのオーディションは須藤くんから聞いた話だと、合格を辞退したとのこと

 

 須藤くんなりに、この作品に合格して作品を出よう物なら娘は壊れると悟ったからだと教えてくれた

 

 上司には、勝手に辞退してことで大目玉を喰らったようで、顔の痣が痛々しかったが、後悔はしてないと言う

 

 それからだ、雲行きが怪しくなったのは…

 

 娘の仕事の収入は、すべて母親である妻が管理している

 

 安心出来る訳もなかったが、昔馴染みの俺の親友が銀行員をしていて、妻が勝手に引き落とすことが出来ないように協力してくれた

 

 だから、今まで安心して何も疑わずに任せていたのに…

 

 妻のドレッサーに置かれていた、娘名義の通帳の残高が一桁の数字しか無いことに目を疑った

 

「どういうことだ!?」

 

 ワインを煽りヘラヘラと笑っている妻の胸ぐらを掴むと、着ていたブラウスの糸が切れたのかブチブチと繊維の断裂する音が聞こえる

 

「しょうがないじゃない…貴方の薄給じゃ…あの子の治療費もままならないし…あの子の望むものも買ってあげられない…

 

 それに、これは慰謝料よ…アイツの存在が私たち家族を苦しめているんだから…これは慰謝料…当然の権利よ!」

 

 自分を正当化しようと、ニヤニヤ自信ありげに笑う妻に、嫌悪感しかない

 

「…それに、貴方…夫として終わってるわよね…

 

 『あの人』とは大違いでつまらない男だし…なんで私、貴方と結婚しちゃったのかしら」

 

 ワインを仰ぐ妻…もう妻とも呼びたく無い…この女に怒りがこみ上げてきた

 

「…あの子の貯金は、かなりの額だっただろ…全部使い切ったわけでは無いんだろう?

 あの子のお金だ、あの子が将来必要な時に使う権利がある」

 

 睨み付けて言うが、特に効果もなくヘラヘラと笑う女

 

「あの人と山分けしたの、だって貴方の目が完全に離れるまで、信頼されるまでは引き落とせないって言うんだもん」

 

 

「…おい、あの人って…まさか」

 

 鼓動が早くなる、胸の奥が冷たくなって嫌な予感しかしない

 

「何よ…貴方が紹介したんじゃない、あの人を…『俺の親友で、銀行員』って紹介した彼のことよ」

 

 ワインを煽った指先は、見ない間に長く鋭い爪に変わり、たくさんの石やキラキラと光る色に輝いていた

 

 指に収まった高そうな宝石のついた指輪たち

 

「…なんだよ…なんなんだよ」

 

 悔しくて唇を噛み締める

 

「あら??知らなかったの?貴方ならとっくに気付いてて許してくれてると思ったわぁ」

 

 怒りで震える肩に、どうしても平常心を取り戻せない

 

「ほら、貴方が出張に行っていた時も、あの人とユズルとフランス旅行に行ってたのよ?ユズルも腎臓移植して容体もかなり良くなったし…楽しかったわぁ」

 

「出張中…お義父さん達の家に行くって言ってなかったか…あとでお義父さん達に確認したら、お前達と一緒に温泉に行ったと言っていたぞ…」

 

 

 ワイングラスが空になったからか、再びワインを注ぎ入れる女の手を払い除けた

 

「ちょっと!!200万のワインよ!?」

 

 床に落ち、血飛沫のように床を濡らす赤色に、渋い匂いに、女の耳障りな金切声に

 

「言いから話せっ!!」

 

 怒りのままにあげた声は、喉が痛くなった

 

「…お父さん達も、みんな私たちの関係知ってるのよ…

 お父さんもお母さんも、早く離婚してあの人と一緒になればいいのにだってさ!ユズルだって、貴方なんかより、あの人に懐いているわ!」

 

 叫び出したかった

 

 怒りのままに、この女を殴りつけたかった

 

 

「…離婚しよう、俺たち…もう無理だろ…こんなんじゃ」

 

 もう疲れた、こんなイカれた女のそばに居ても、何も幸せになれない

 

 それに、娘のためにも早くこうすればよかったんだ

 

 口を開こうと顔を上げると、嫌味ったらしく顔を引きつらせる女

 

「アイツの親権は私が貰うけどね」

 

「は?」

 

 

 耳がおかしくなったと思った

 

「当たり前じゃ無い、私が母親よ?あんたは一滴も血のつながりもなければ、アイツは大事なATMなんだから、稼いでもらわなくちゃ!ユズルの心臓移植のために貯金だってしなきゃならないし」

 

 意気揚々と喋る女に、落ちたワインボトルで殴りつけたくなった

 

「ふざけるなよ…お前が、お前達があの子に仕出かした事…忘れたなんて言わせない…裁判になったら敗訴になるのなんて目に見えてるんだからな」

 

  

「何よ、あんただって共犯よ?傍観者だってその場にいる時点で同じ罪なんだから」

 

 

 その言葉には何も言い返せない…事実だから

 

「…過去は消えない、だから俺は背負うさ…あの子を幸せにしてあげられるまで」

 

 俺の残りの人生かけて、あの子を幸せにするために生きる

 

「悪いが、今日でお前とは離婚する…慰謝料も請求はしないし、ユズルの為に養育費や治療費は払う…だがお前とはもう他人だ」

 

 

 そう言うと、醜い顔で睨み付けてくる女に同じように睨みつける

 

「…バラしてやるから…アイツだけ幸せになるなんて絶対に許さない…絶対」

 

 ワイングラスを床に叩きつけ、傷んだ髪を振り回す姿に鳥居肌が立つ

 

「…マスコミにバラすわ、アイツのせいで私の人生めちゃくちゃになった事…ユズルの人生も壊された事…

 

 アイツがいなけりゃよかったって、全部マスコミに言う…

 

 そしたら、アイツはもう芸能界になんていられないでしょ?

 

 面白くおかしくネタをデッチあげるマスコミにそんな餌撒いたら、アイツを悪者に書くに決まってる!!

 

 アイツ、目立つ顔してるから…芸能界から離れても絶対見つかって普通の生活なんて送れないわよ…」

 

 君悪く笑う姿、目元のメイクは崩れ黒くにじみ出し、唇に塗られていた口紅は擦ったのか口が裂けているかのように延びていた

 

 ボサボサの髪に、日中は引きこもっているせいか病人のように白い肌…

 

 まるで魔女だ…

 

「そんな事はさせないさ…少しだが証拠だってある…言い逃れの出来ないな…」

 

 魔女は、ニターっと不気味に笑った

 

「あんた、私の叔父さんが国会議員なの知ってるでしょ?

 

 叔父さんはお父さんの言いなり…だから私の言うこともなんでも聞いてくれる…

 

 証拠を出したところで権力に揉み消されるだけよ?

 

 でも、ユズルの為に…そんな賭けみたいな事はしたく無いの…

 

 だから、取引しましょ」

 

 

 掌を開き、俺に突き出してくる

 

「あと5年…この関係を続けたら、開放してあげるわ

 

 親権もアンタにあげる…その代わり…アンタが言っていた証拠と…その時までのアイツの収入は私のものよ…

 

 それが条件…どう?破格でしょ?念書だってちゃんと書いてあげる」

 

 あと5年…

 

 ユズルの心臓のタイムリミッドだ…

 

 白血病の影響で心臓が肥大化し、機能が低下しているせいで上手く作用しなくなったのだ

 

 白血病の症状は、早期に治療を始め、治療費さえも糸目をつけなかったおかげか、ほとんど治りかけてはいる…

 

 しかし、早期に治療を惜しみなく受けさせたからかなのか原因は不明だが、次は心臓に異常が見つかった

 

 

 心臓移植の為に更に金が必要になった…

 

 現状維持でかかっているユズルの治りかけの白血病の治療費…

 それに加えて、新たなドナーを見つける為の費用…

 

 腎不全になったユズルの為に、ようやく見つけたドナーから移植した腎臓の費用もローンだ

 

「金の亡者だな…お前」

 

 一銭足りとも協力せず、むしろ浪費するこの女に怒りを通り越して恐怖しかない

 

 けれど、あと5年…我慢したらこの魔女から開放されるのなら…

 

 あの子を守れるなら

 

「…わかった、5年だな」

 

 

 ユズルの心臓はすでに目星はついていて、後は金が集まれば良いだけなのだ…

 

 息子の為に、金を貯めよう

 

 だが、俺がユズルにしてやれるのは、それまでだ…

 

 それ以降は、あの子のために生きよう

 

 

 

 

 

 その考えが甘かった

 

 

 あの日、あの時…なんとしてでも離婚していれば…

 

 あんな『悲劇』…起こらなかったんだろうな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの魔女も、あれから断酒をするために心がけてはいるようだ…

 

 

 

 仕事の方も上手く行き重役クラスにまで登ることができたおかげで給料も破格だった

 

 

 思っていたより、ずっとずっと順調な滑り出しだったから

 あとでしっぺ返しが来るなんて思わなかった…

 

 あの日は夏なのに、とても寒くて霧雨が降っていたんだ

 

 急だった…ユズルの容体が急変したのは…

 

 深夜に、ユズルの叫び声に起こされ、部屋に行くと…胸を抑えてもがき苦しむユズルの姿…

 

 すぐに救急車を呼び、病院へ向かった

 

 心臓発作で救急搬送され十三時間に渡る手術で、なんとか一命を取り留めたが危険な状態で…

 

 集中治療室で横たわる息子を見て生きてる心地がしなかった

 

 早急に心臓移植を勧められたが…今まで連絡を取っていた提供者の代理人からドナーの準備がまだ出来ていないと連絡があった

 

 話が違うと抗議したが、ドナーの提供者の両親が急に臓器提供を拒んだとのこと

 

 気持ちはわかる…わかるけれど…納得が出来ない焦燥感に思わず壁を殴る

 

 

 

 ようやくドナーの費用が手の届く距離にあるのに…肝心の心臓が離されてしまった…

 

 医者が苦い顔をして提案して来た

 

 外国で心臓の最先端治療を…

 

 ドナーが見つかるまでに、数回にわけ手術しなければ…年内にでも心臓が動かなくなると聞いて、すぐに手術を決めた

 

 フランス、オーストラリア、カナダ、イギリス…

 

 日本の医療では心許ない技術の為、外国にいかないと受けられない手術を片っ端から受けた…

 

 費用はバカにならなかったが、命には変えられないと…

 

 娘の稼いだ金に手をつけてしまった…

 

 引きこもりの事情を何も知らない娘を置いて渡米し、長旅で疲れているであろうユズルのために、久しぶりに家族写真も撮った…

 

 弱った息子に涙を流し心配している妻を見て、なんだか初心に帰り懐かしい気分になる…

 

 

 

「ごめんね、父さん…母さん」

 

 頰がこけて青白い顔の息子が胸に突き刺さる…

 

 発育不良の息子の声はいまだに高く、喉仏も見受けられない

 

 お前は悪くない、何も悪くないのに…

 

「謝らせてごめんな…お前は大事な…自慢の息子だよ…」

 

 抱きしめた息子の体が思っていた以上に小さく細いことに、自分が間違っていた事に気づいた

 

 

 今まで、娘がかわいそうだと何度も思っていた…娘だけがかわいそうだと…

 

 娘だけじゃない、息子だって…ユズルだってかわいそうな子なんだ…

 

 

 あの日…俺は、娘の為に息子を捨てようとしていた事実に後悔する。

 

 5年経てば、娘の親権だけを取り息子のことは何も考えていなかったんだ…

 

 最低な父親だ…

 

 どちらも大事な、俺の子供なのに…

 

 

 

 そして、ユズルの手術が終わった直後の事だった…娘から電話が来た

 

『「私の口座…どうなってるの?」』

 

 

 

 最悪なタイミングでバレてしまった…

 

 言い訳も何も出来ない、できるわけ無い

 

「…ユズルの為なんだ、協力してくれ」

 

 電話越しで、娘の息を飲む声が聞こえた

 

 ガリッ、と歯軋りする声が聞こえたかと思えば

 

「馬鹿にしてんの!?」

 

 

 初めて聞く、娘の怒鳴り声に思わず携帯を落とす

 

 

 怒るに決まってるよな…そりゃ当たり前だよな…

 

 達観し、落ちた携帯をすぐには拾えないでいる

 

 落とした表紙にスピーカーになったのか、娘の怒声が病室前の長い廊下に木霊した

 

『「ーーーーっ!ーーっ!?」』

 

 

 震える手で携帯を拾い上げ耳に当てるが

 

 娘の怒声が、耳に入らなかった、入れたくなかった

 

 どんな言葉で罵っているのか、まるで頭に入らない

 ただ、謝罪の言葉を紡ぐ事しか出来なかったのだ

 

 どれくらいそうしていただろう…娘の怒声がだんだんと小さくなり無意識に涙が頬を伝っていた

 

 近くに、いつの間にか音もなく妻が立っていて無表情で俺を見下ろしている

 

 『「何よ、そんなに私が嫌い?」』

 

 

 その言葉だけ、はっきりと聞こえた

 

 違う!!嫌いなわけない!と叫ぼうとした瞬間

 

 携帯は妻に奪われていた

 

 

「ユズルが大変な時に、あんたって子は本当に『嫌な奴』ね…大嫌いよ、あんたなんて…生まれてからずっと嫌いだった!!」

 

 金切り声で叫ぶ妻を、感情のままに平手打ちし怒鳴っていた

 

 落ちた携帯に縋るように飛びつくが、既に電話は切れていて…

 

 何度も何度も何度も掛けた

 

 携帯の電池が切れるまで…何度も何度も何度も

 

 悔しくて唇がズタズタになるまで噛み締めたせいか…口の中は鉄の味しかしなかった

 

 

 

 俺と…俺たちと、娘の間には…この日から大きな溝ができた

 

 

 修復の仕様がない、大きな溝が…

 

 

 

 

 

 

 

 あれから娘は高校生になった

 

 4年経ち、娘は…もう俺と血の繋がりが全くない事をその美しい容姿で証明していた

 

 美しく成長した娘は、中学3年生の時にモデルに転身し…都会のビルの看板…至る所に娘がいた

 

 日本人とも、外国人とも、見えないその容姿は…驚くほど整っているから…本当に存在しているのかさえ疑ってしまう

 

 モデルに転身すると須藤くんから聞いて以来、中学生の間は部屋に引き籠ることが多く食事もまともにとらずビタミン剤で済ませていたようで心底心配したが、子役の時に比べて顔を合わせることが心なしか多くて少し嬉しかったのは内緒だ

 

 

 あれから、娘は朝早くに出て夜遅くに帰り、仕事や学校で忙しそうだった…

 

 出世した須藤くんは、娘のマネージャーから外れても、定期的に娘の様子を報告してくれる

 

 栄養が足りなさ過ぎて、味覚障害になっている事…鼻血がよく出て止まらなくなることが多い事

 

 今度外国からの仕事を受けること…

 

 

 いろいろ報告してくれるから助かっている…

 

 あの取引から、あと一年で5年経つ

 

 息子のユズルは、新たなドナーが見つかり間もなく移植の手術があるが、今ままで受けて来た手術が功を成したのか、移植をしていない今でも、かなり元気で専門学校に今年から通い始めた

 友人とネットサーフィンをするのが日課になっているようで、笑顔が増えた

 

 以前も、ユズルの友人たちが家に遊びに来たときは、妻もとても喜んで夕食を振る舞っていて、久方ぶりに明るい時間を過ごしたりもしたが、娘の登場で少しだけざわついたが…まあ悪くはない傾向だろう…

 

 

 芸能人である娘の登場に、息子の友達は息子そっちのけで娘に群がり、 娘はそんな息子の友人たちを邪険に扱い、不機嫌そうに部屋に戻っていったが、息子の友人たちは興奮止まぬように息子に詰め寄っていた

 

 息子は、それから終始俯き口を閉じていて…妻も鬼のような顔で娘の出ていったドアを睨んでた

 

 

 息子の様子がおかしくなったのは、その日からだ…

 

 

 コソコソと、娘の留守中に娘の部屋に入ってくのを見たときは、さすがに止めた

 

 トイレや浴槽に、小型のカメラが設置されてているのに気づいたときも、何も言わずに撤去した

 

 ただ事ではない様子に、何か手を打たなければならないが…

 

 タイミングが悪い…もうすぐ、息子の移植の手術日だ…

 今何か、息子にストレスを与えてはいけない…

 

 手術が終わって、容体が安定したら打開策を考えよう…

 

 

 それまで、どうか何も問題が起こらない事を願うばかりだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にも雨が降り出しそうな灰色の空

 

 胸騒ぎがして、妻と一緒に来ていた市役所を出てすぐに車を走らせた

 

 妻が…元妻が、何を慌てているの?と声をかけてくるが根拠のない焦燥感にアクセルを踏む足に力を込めた

 

 

 

 家に着いたら脇目も振らずに二階の子供たちの部屋に駆け上がる

 

 先週手術を終え、昨日ようやく自宅療養に切り替えたはずのユズルの部屋…そこには誰もおらず

 

 床に散らばった数枚の写真には、娘の着替えや入浴中の写真が散乱している…

 

 

 

 どうして、どうして…

 

 

 息が浅くなり、痺れて動きづらい体を無理やり動かし、娘の部屋のドアを蹴破ると、そこには大きく振り被り息子に平手打ちを喰らわせる娘の姿

 

 平手打ちした手とは反対側の手には、錆び付いたカッター

 

 倒れ込む息子は、倒れた衝撃で傷が痛んだのか胸を押さえ蹲った

 

 医者からは、絶対安静と言われ、激しい運動や衝撃を受けると傷が開くとお灸を据えられた事を思い出し、思わず駆け寄る

 

 何より、さらに追撃するかのように娘が逆手にカッターを振りかぶって来たから余計に焦った

 

 本当に、娘がカッターを振り下ろすかなんてわからなかった

 

 長い事、あの子と会話なんてしてこなかったし、あの子の人間性について、何も理解できずにいたから…

 

 だから、本当にカッターで切りつけて来ると思った

 

 …焦ったんだ…だから引き離そうと伸ばした手が娘の顔にぶつかって取りこぼしたカッターに気を取られて…

 

 俺の拳が顔に当たり、大きくのけ反って、体制を崩した娘のことを…

 

 金切り声で髪を振り乱した元妻が、助走をつけて飛び蹴りをする瞬間を、止める事が出来なかった…

 

 

(…ダメだ)

 

 

 元妻に蹴られた体は宙を舞い、緩やかに後頭部から落ちて行く娘に手を伸ばすも、指は空を切り何も掴めやしなかった

 

 

 最後に見た娘は驚きに目を丸め、無意識になのかこちらに手を伸ばしていたんだ……

 

 

 走馬灯のようにフラッシュバックする記憶 

 

 

 あの日、はなが生まれたあの日…

 

 ふにゃふにゃと無邪気に笑い、俺に手を差し伸ばして来たあの時と重なる

 

 あの日、あの時、握り返せなかったあの手を…

 

 俺は今度こそ握り返して見せたかった

 

 はなの笑顔を、もう一度見たくて…

 

 父親に…なりたくて…

 

 

 

 

「ッーーはなっ!!」

 

                                                              再度伸ばした指先は、微かに青白く細い指先に触れた…触れたんだ…

                                                                 

 そして、また…取りこぼした…                                                                                                                                                                                              

 

 ゴシャッ!!

 

 鈍く、生々しい音

 

 後ろで咳き込み呻く息子の苦しそうな息使い

 

 元妻のヒステリックな悲鳴

 

 スライムのように崩れ落ち、仰向けで倒れる娘

 

 

 

 

 ピクッ、と指が微かに動いているが…

 

 膝は痙攣しているのか、カクカクと小刻みに震えている

 

 他人事のように、全く動かない体で使い物にならない頭で、今の現状を整理するが…もうダメだった

 

 直感でわかってしまった…もうダメだと

 

「…はな」

 

 

 娘に、ようやく声をかけられたのは…もうピクリとも動かなくなり、濁った目で空を見つめ…明らかに誰が見ても事切れたと理解した姿になっての事だった

 

「…はな」

 

 

 

 俺は医者じゃないけど、死んだか生きてるかの区別はつく

 

 

 

 理屈じゃないけど…、これが…この姿が…まだ生きてると言うのなら教えて欲しい

 

 

 

 

 もしかしたら、生きてるかもしれない…なんて甘い希望なんて持たせるなよ、なんて自分に言い聞かせながら、娘の脈や鼓動を確認する

 

 

 

 

 何度手首を握っても、脈なんて確認出来ないし、何度胸に耳を当てても脈打つ鼓動の音なんて聞こえやしなかった

 口元に手を当てても、温かい息を感じることはなかったし、頬に手を添えても反応なんてあるわけなかった…

 

 

 わかってた、わかっていたさ…

 

 

 …死んだ、死んだんだ…

 

 

 

 

 俺が…殺した

 

  

   

    

    

    

 俺の中の何かが崩れてく音がして、もう何も保てなくなった

     

「大丈夫だぞぉ…はな…お父さんは一緒にいてやるからなぁ」

 

 喉が熱くて声が震える

 

 ぼたぼたと、涙なのか鼻水なのか、顔から出るもの全部出た

 

 はなが落としたカッターを手に取り…はなの手を強く握り締める

 

 

 カッターで首を掻き切れば、出血多量で死ぬだろう…

 

 もう一人になんてさせないからな…、そんな思いで震える手でカッターを手繰り寄せる

 

 カチカチとカッターの刃を伸ばすが、刃先は出ない

 

「は?…は?」

  

 何度往復しても、一ミリたりとも刃は、出ない

 

  

 今手に持っているのは、カッターの容器だけで、刃なんて最初から入っていなかった

 

  

「あ…あ、ぁああ」

 

 

 切りつけるつもりなんて、最初からなかったのに…勝手に勘違いして、あの子は切りつけ兼ねないと思い込んで、決めつけて

 

 

 殺した…

 

 

 

 

 

 神様…

 

 

 神様…本当にいるのなら…どうか聞いてください…

 

 

 

 

 どうか、どうか…時間を戻して下さい

 

 

 今度は、守るから…必ず守るから

 

 

 おれのだいじな、むすめを返してください

 

 

 まだ、一度も愛してるって伝えられていないんだ…生まれてきてくれてありがとうって…言えていないんだ…

 

 

 お願いします、神様

 

 

 

 

 戻して下さい、はなを…はなを今度こそ幸せにするから…

 

 

 

 お願いだから、戻して下さい

 

 

 お願いします、おねがいします、おねがい…します

 

 

 

 壊れた頭では、もうそれしか考えられなかった

 

 

 ユズルも、元妻も何か言っているが何も聞こえやしない

 

 

 その後、救急車と警察が来たが、はなから離れない俺を無理矢理引き離し、放心状態でいたら、息子が何か言っていた

 

 

 友達に脅迫されて、はなの写真を撮って売っていた…、初めて出来た友達だから失うのが怖くてやってしまった…

 

 そんな感じのことを言っていたが、もうどうでもよかった

 

 

 元妻が、病院に来ていた須藤くんにぶん殴られていて、近くにいた警官が止めていた

 

 

 あんな泣き崩れている須藤くんも、初めて見るな…

 

 

 

 

 そんな事より、早く見つけないと

 

 はやく、はやく、はなを連れて行かないと

 

 

 また、はなが傷つけられてしまう

 

 

 はやく、はやく幸せにしてあげないと…

 

 

 

 それからは、あんまり覚えていない…

 

 霊安室に運ばれた、はなを運び出して車に乗せた

 

 助手席に乗せて、ちゃんとシートベルトもして…

 

 ぎゅっ、と握った手を離さないように強く握って、車を走らせた

 

 

 

 向かう先は、まだ幸せだったころの思い出の場所

 

 

 はなが2歳の時、スカウトされるまで住んでいた、場所

 

 

 息子に付きっきりだった、元妻の代わりに小さな小さな、はなと毎日一緒に過ごしていたあの場所へ

 

 親子として、唯一の思い出の場所へ

 

 

 

 

 

 

 チャイルドシートが嫌いな、はなの特等席はいつも助手席で…元妻と息子がいない時は、いつも手を握って運転していたの…はなは覚えているかな?

 

 

 覚えていると良いな…

 

 

 思い出が頭を占めて、ぼやけた視界で前が見えない

 

 

 高速に乗った辺りから、パトカーのサイレンの音が煩い

 

 

 周囲を取り囲まれ、止まるようにスピーカーで命令されているが聞く訳もない

 

 

 

「はな…ちゃんと捕まってなさい」

 

 

 握り返されることのない手のひらに、俺はアクセルを踏み抜いた

 

 

 

 

 

 目の前のガードレールの先は、断崖絶壁…その真下は海で…

 

 

「あぁ…そういえば、はなは海に行きたがってたっけ」

 

 

 仕事の都合で日焼けが出来ない、はなは一度も海に行ったことがなくて、小さい頃はよく海に行きたいとゴネていた

 

 

 

「…はな、海だよ…」

 

 

 

 

 四方八方にパトカーが包囲し、アクセルを踏み抜くたびに、前のパトカーと衝突し勢いが削られる

 

 

 

「…はな、ごめんな…家に帰れそうにない」

 

 

 思い出のあの場所に、帰れそうにない

 

 

 

「はな…、海に行こうか…

 

 安心してくれよ…

 

 おとうさん、はなの事…絶対離さないからな」

 

 

 50メートル先はカーブ…、直進すれば、そこは断崖絶壁の海面から200メートルの高さはあるだろう

 

 

 このままガードレールを突っ切れば、思い通り海面にダイブする

 

 

「はな…」

 

 

 アクセルを最大に踏む

 

 

 

 ギギギッと目の前のパトカーを押し除け火花が散り、勢いは加速し、もうパトカーは追いつけない

 

 

 

 

「生まれて来てくれて、ありがとう…

 

 

 

 愛してるよ…ずっと、ずっと」

 

 

 

 

 ガンッ!!

 

 ガードレールを突き破った衝撃と、真っ逆さまに落ちる浮遊感

 

 

 

 内臓の浮く感覚は、ジェットコースターに似たような感じで、なんだか笑ってしまう

 

 

 

 はな、また次があるのなら…

 

 

 今度は、ちゃんと家族になろうな…

 

 

 お父さん、はなの事…今度こそ守るから…

 

 

 約束するから

 

 

 だから…

 

 

「ーーーーーーー…。」

 

 

 

 

 ドボンッ!

 

 

 

 

 海面に打ち付けられた衝撃でひしゃげたボンネットと、高く高く上がる水飛沫

 

 

 沈む車体に、浮かび上がる気泡と、赤い血の滲んだ海水…

 

 

 

 

 神様がいるなら、次はちゃんとハッピーエンドにしてくれるのだろうか…

 

 

 それとも、もっと悲惨な結末を迎えるのだろうか…

 

 

 

 神様は、いるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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