兄弟子のおしごと!   作:如月屋

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はい皆さんこんばんは。中の人です。いや〜ついにAbemaトーナメント開幕しましたね。これからの動向にも注目です!そして名人戦もスタート!第一局は斎藤先生が粘りに粘って逆転勝ち!お二人の第二局に注目です。

そしてついにこの投稿も50話を超えました。本当にありがとうございます。と、言うわけで第五十局始め!


第五十局 天災という名の少女達(少女達という名の天災)

「挑戦者先手で対局を開始してください」

 

その声が聞こえると互いにお辞儀をするだけで無言。天衣は初手、▲7六歩と角道を開けた。対して銀子は△8四歩と飛車先を突いて居飛車明示。そして天衣の3手目は▲6八飛。四間飛車で行くという事だ。銀子は角道を開ける。天衣は角道を止める。そして9手目▲3八銀。

 

天衣は所謂『藤井システム』を使ったのだ。これは悠斗がA級順位戦最終局で史上初めて使った戦法だ。しかし発案は藤井九段という過去、竜王を獲得した天才棋士であり、その先生の発案を少しガチャガチャやった結果がそれなのだ。故に名前は藤井システム。受けが強い天衣においてこの攻めの戦法はかなり強い。

 

しかし彼女はそれを完璧に使いこなす。一点の曇りなく踊り続けているのだ。

 

「....悠斗はん?」

 

「なんだ?」

 

万智が悠斗に唐突に話しかけた。いつの間にか悠斗の隣に居たらしい。

 

「これって....藤井システムどすなぁ?」

 

「そうだな」

 

「天衣ちゃんって受けを得意としてるって聞いとったんどすけど?」

 

「そのはずなんだがな...」

 

本来、藤井システムというのは四間飛車というどちらかというとカウンターメインだった戦法の概念をぶっ壊して四間飛車での攻め型というものを作った戦法なのた。悠斗は攻めでも受けでもこなすから良いとして天衣は受けの棋風。それをこの短期間でマスターするとは考えにくい。しかし....それでもタイトル戦の大舞台に引っ張ってくるという事をやってのけたのだ。

 

「完璧に仕上がってへん戦法をいきなりタイトル戦...しかも最高位の女王戦でどすか。ほんまに誰に似たんやかわからへんどすなぁ?」

 

若干面白そうに笑いながら悠斗にそう言う万智。

 

「誰に似たか?無論、名人だろう。あの人はタイトル戦でも自分の研究にしてしまう変態だからな」

 

悠斗はそう返す。しかし万智はちょっと違う回答に残念だった。万智が求めたというか想像したのは無論、悠斗に似ていると言うことだ。

 

悠斗も名人に似ている。普段の研究に加えてタイトル戦やその予選。公衆放送杯などの一般棋戦に至るまで自身の対局そのものすらを研究の場にしてしまっている。こんな事ができるのは悠斗と名人ぐらいだ。しかし、天衣はその師匠に似てしまったらしい。

 

 

.............side銀子.............

 

「.........ちっ!」

 

ちびは目の前で四間飛車を使った。それだけでは無い。あの『藤井システム』を採用したのだ。

 

「うちの師匠の戦法よ....あの人に教えてもらったの」

 

チビは私にしか聞こえない様な声でそう言った。

 

「クソチビが...それはあんたには使いこなせないわよ?」

 

だから私はそう言ってあげた。この戦法はあの名人ですらまだ対策法が明確に定まりきっていない戦法なのだ。それと同時に居玉という他の戦法には類を見ない守り方。しかしそれと同時に扱うのも相当な技量がいる。こいつは受けの棋風って聞いた事がある...というか兄弟子は言ってた。こいつにそれを使うのは早い。

 

「クソチビ....あんたと兄弟子は違うのよ」

 

「それはどうかしら?」

 

こんな奴が憧れの兄弟子と同じ?そんなわけが無いと私は思っていた...しかしそれは少し違った。このチビの手つきに一切の迷いが無い。まるで勝利まで読み切っている様に早い。そして何より駒の指し方。扇子の扱い。目つきに至るまで兄弟子そっくり。否.....違う。兄弟子だ。兄弟子なのだ。

 

瓜二つとか、似ているとかでは無い。全く一緒。目の前にいるのはチビじゃない。見間違い無く兄弟子だ。強い....ただひたすらに強い。その佇まいは悠然と目の前に座り相手を圧倒する兄弟子そのものだ。

 

「兄....弟子............ちィ!」

 

あのチビが兄弟子と同じ。でも、私もあいつの様に兄弟子になることはできる。だって....だってあの天災と呼ばれた兄弟子と最も長く一緒にいた1人だから。八一よりも長く一緒にいたんだから...もう女流とか奨励会とかじゃない。こっからは...本気。

 

...............side悠斗...............

 

「銀子の攻めのキレが変わった...」

 

悠斗の周りも無言で彼に同調する。

 

「強い」

 

明らかに強さが増した。いや、元々強いのだがそういうものでは無い。読みの速さ、正確さが数段増した。それに釣られて天衣の読みの速さもどんどんと加速する。それはまるで互いが互いを高め合うの様にだ。

 

「どっちともまるで....悠斗だな」

 

普段は会場にすら顔を出さない生石先生がわざわざ神戸まで来て発した第一声の言葉だった。

 

「どういう事ですか?」

 

「惚けんなよ。自分でわかるだろ?攻め方が2人ともお前に似てきてる。とにかく早くて正確。それでいて無慈悲にならない。名局も良いところの良い戦いだ」

 

「俺に近いですか....まぁ近くなるんじゃ無いですかね?2人とも...俺がそばに居た子ですから」

 

「ふっ。本当に子煩悩で妹思いのバカ棋士だな」

 

「あんたに言われたく無いですよ。子煩悩のアホ棋士さん?」

 

「......」

 

返答は帰ってこない。すぐにまた戦いに集中しだしたからだ。プロ棋士の対局と何ら変わらない。プロの棋戦で繰り広げられても全く恥にならない。そして何より見ていて熱くなる将棋が2人によって繰り広げられている。

 

..............side天衣...............

 

優位な先手。未完成とは言え、強い戦法である藤井システム。それに...私には師匠という存在がある。だけど、目の前の女にはどうしても追いつき切れない。これが奨励会三段....心の底から恐ろしい。けれども、それを越えてこその天災の弟子だと私は思う。だから私は.....指す!

 

そして75手目▲4三銀成らず。私はついに、敵の陣地まで駒を進めた。この駒が入る事で私の状況は一気に良くなる。今まで中央での突破するかされるかの攻防が続く中での突破は一つの大きな意味を持つ。 

 

ここから一気に方が付く。初めて本気で「行ける」と思った。初めて銀子相手にまともで良い将棋を指していると思った。空気が私の方に流れている。そう感じた。

 

.............side銀子...................

 

このままでは負けると私は思った。私にとっては女流棋戦なんていくらでも捨てる物だと思っている。それを捨ててでも越えなければならない物があるからだ。だけど私はそれを捨てる訳にはいかなかった。兄弟子との約束があるからだ。

 

私が奨励会に入ったその日、私は師匠や八一、桂香さんに内緒で兄弟子にアイスを買ってもらった。なんて事ない普通のアイスだった。けれども私はそれが嬉しくてたまらなかった。「頑張った。これからも頑張ろうな!」と言われた。そしてもう一つ、アイスを渡される前に約束された。「どんな戦いでも手を抜くな。どんな相手でも本気で挑め。それは相手は勿論、将棋の神様を侮辱する事だから....ちょっと難しいかな?」と笑われた。でもはっきりわかった。

 

私はプロになって八一の前に座るため。兄弟子の前に座るためにどんな勝負にも真剣に挑む様になった。ひとつも無駄にしない。

 

「だから......負けない」

 

△4四歩指す。『たたきの歩』だ。金を作る狙い。チビは構わず攻める。これは師匠から学んだ事。歩一枚が持つ価値は計り知れない。と金を作ると一気に攻め入る。攻めが切れれば私が劣勢。そうだからこそ一瞬たりとも隙は見せない。常に前へ。

 

「熱い」

 

................side天衣.............

 

「っ!」

 

目の前にいるのは何?私が優勢なはず。絶対に優勢だ。それは盤面を見れば明らか。だけど、今のこいつには私に負ける要素がひとつもない。あり得ない。こんな事が......ある。あった。これこそ師匠だ。師匠だってどれだけ劣勢でも諦めない。

 

だからこいつもそんなに強いの?師匠を見てきたから?師匠のそれを見てきたから強いの?

 

「...............踊ってあげる」

 

銀子にはどれだけ心が折れても不死鳥の様に舞い上がり一つの手にかける力がある。それはまるで師匠の様だ。でも私には師匠の様に悠然と佇み、目の前の敵を打ち砕く力はある。そう思う。あっちが悠斗になるならこっちも悠斗。天災には天災。何があってもこの攻めを受けきる。それだけ.....

 

ただ不思議に思った。ただの叔母との戦いならこんな気持ちにはならない。じゃあなんでこんなにも熱くなるの?師匠みたいになれるの?銀子みたいにあいつに憧れてるから?それもある。だけどこの気持ちは少し違う。これは..........

 

▲▽▲▽▲

 

悠斗らしい決して諦めない最後の攻め。力強く、盤上で嵐が起きる様な攻め。それを防ぐ悠斗が持つ守り。まさしく矛盾の様に「全てを貫く攻め」と「絶対に守る盾」の戦い。

 

2人は天才にして天災が大事にしてきた姫達。だからこそ強い想いが互いを突き動かす。そんな戦いにこの言葉以外必要か?

 

「「「「「「「「熱い」」」」」」」」

 

会場に押し寄せた全ての人がそう言った。女流過去最高の戦い。プロのタイトル戦であってもなんら遜色ない。トップの戦いにも匹敵する様な.....そんな戦いが繰り広げれた。そして_________

 

「負けました」

 

頭を下げたのは天衣だった。大盤解説の部屋では拍手が巻き起こった。前局のように将棋がつまらなかった事ではない。この瞬間、負け無しでの初代永世女王が誕生した事ではない。ただひたすら純粋にこの熱い、熱い戦いを繰り広げた2人の少女への敬意と労いの意だけが込められていた。

 

第二局の大盤解説で言われた「つまらない将棋」とは誰も言わなかった。「女流は最後に銀子が勝つゲーム」なんて誰も言えなかった。どっちが勝ってもおかしくない戦いが続いたからだ。その攻防の末に生まれたこの戦いにそんなものを言うのは野暮でしかない。この戦いはまさしくそういう物だったのだ。




〈感想戦〉

「ちょっと来なさい」

その日、将棋会館に来ていた私は第三局で観戦記者をやっていたあいを呼び出してイレブンに行った。カウンターテーブルに座ると注文した料理を食べながら私は話し始めた。

「あんたの観戦記良かったわよ」

「ふぇ?」

「だ・か・ら!あんたの観戦記を見たの!」

「えぇ⁉︎見てくれたの?」

あいはかなり驚いていた。

「そりゃ見るわよ。従姉妹が書いたやつだし、師匠にはちゃんと見ろって言われたから」

「そっか....」

「全く良い度胸よね。観戦記で挑戦状叩きつけてくるとか」

「うっ!」

「まぁ良いわ。来るなら来なさいよ」

「ふぇ?」

本日2回目の「ふぇ?」が出た。あいにとってはそれだけ衝撃的な事だったのだ。

「前も言ったけどあんたは私のライバル。友達じゃ無いの。私はいつでも受けて立つ。だから....さっさと来なさい」

「.....うん。絶対に行く」

もう一度挑戦状を叩きつけられて食事は終わった。

そういえばあいつには結局聞けなかった....恋をしたらどうすれば良いのかを。いや、恥ずかしかったから聞けなかったとかじゃ無いの。って、私は誰に言ってるのかしら。

茨姫の言っていたことは間違いじゃ無かった。憧れとか恋で人は強くなれた。近くにいたからこそその気持ちが全然分からなかった。いつまで経っても多分その人を追い越せない。何故ならその人は私を上回るスピードで進んでるから。

その人はただの将棋バカ。頭はいいけど使い方がバカで。対局でも時々寝癖ボッサボサで。服もオシャレなのがあるのに結局「だるい」とか言っておんなじものばっかり。ほんと馬鹿みたいになやつ。だけど、それでも私はこの人に恋した。

その人は最強の棋士にして天災。私が最も憧れる棋士で初めて好きになった人。残念ながら新参者の私に付け入る隙は無い。何故なら相手は供御飯万智。空銀子は...流石に違うわよね?あいつの悠斗に対する感情は好きもあるけどそれは家族の。どちらかと言うと憧れだ。

でも供御飯万智でも十二分強力。ていうか今付き合ってるしね。でも、あんなのには負けてられない。最後に勝つのはこの私。天災の横に追いつける様に今は進むだけ。それは絶対出来るはず。だって私は....

「私はシンデレラだもの!」

▲▽▲▽▲

「...........」

雑誌に取り上げられた『初代永世女王誕生!』という私の記事。だけれども私の感想は「どうでも良い」だった。

勝負は大事にするけれどそれ以外はいらない。何故なら私はそんな物を求めてないから。私が求めているのは目の前に座ってくれる人。

盤を挟んで向かいに座って欲しい人がいる。

1人目は師匠。私を育ててくれた人。
2人目は兄弟子。私が最も憧れる人。
3人目は八一。私が大好きな人。

その人達の前に座れるなら私はなんだって切り捨てる。だから....将棋の神様がいるなら......今こそ力をください。最後まで戦い抜いて、3人の前に座れる力をください。

私の名前は空銀子。女流玉座・初代永世女王。そして新進気鋭の奨励会三段。

〈終〉

ついに女王戦完・結!原作の10巻は中々悠斗を絡めて書きずらいので話しとしては短くなるかも...そしてその先は名人戦!電王戦!そして...三段リーグです!気合い入れ直して頑張ります。それでは次回もよろしくお願いします!

セリフの横に名前は...

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