観察処分者
学生生活を送る上で問題のある生徒に課せられる処分で、文月学園におけるバカの代名詞。現在は吉井明久が学園創設史上初の観察処分者となっている。
基本的には教師の雑用係であり、雑用をこなすために観察処分者の召喚獣は特例として物に触れることができる。ただし、召喚獣の受けた痛みや疲労は召喚者にフィードバックされる仕様となっている。
宣戦布告を終え、Aクラス戦を明日に控えた放課後の教室。そこには
「………」
先程まで親友が解いていたテストの採点を終え、その答案用紙を右手でヒラヒラさせながら、無言で親友を見下ろす俺と
「………」ちーん…
テストの結果を聞いて見事に卓袱台に顔を伏せ撃沈している親友(雄二)がいた。ちなみに雄二が解いたのは日本史のテスト。範囲は小学生レベルで百点満点の上限あり。もちろん、『大化の改新がいつ起こったか』の問題も入っている。
瑠璃花ともう一人の助っ人の協力もあってなんとか放課後までに間に合わせることができた。
「四十六点か。…雄二、何か言い残すことはあるか?」
とりあえず今も死んだような顔をしている雄二に言い訳ではなく遺言の言葉を求める。特に意味はないが? すると雄二は突然卓袱台を両手でバンッと叩いて起き上がる。
「ああそうだよ悪かったなっ! 見ての通りこれが俺の実力だ文句あるかゴラァッ!」
「開き直ったか…」
まあ、やる気を失くすよりは全然いい。
「で? どうするんだ? 小学生の日本史で満点を取れない以上、普通に翔子と戦って勝つしかないが?」
「くっ…そうするしかないか」
「だがお前はD・Cクラス戦で一度も召喚獣を操作してないだろう。模擬試召戦争で練習を積んだとはいえ、それで翔子に勝てるのか?」
「帰ったら徹夜漬けで勉強して、明日の回復試験で取れるだけ点数を取ってーー」
「大事な勝負前に徹夜なんてやめとけ。体調崩して召喚獣の操作が鈍って負けたなんてクラスの皆に顔向け出来ないぞ? それにどれだけ頑張ってもお前の点数は精々Cクラスレベル。数学は二百点超えてたけど、翔子はその倍の点数は取れる」
「じゃあどーすればいいんだっ!?」
「知らん、お前の戦いだろ。自分で考えろ」
「なんだそれ!? だーくそっ! お前さっきから何がしたいんだ! 俺を困らせて楽しいのかよ!?」
自業自得とはいえかなり追い詰められてるな…。まあこれが狙いだしな。
「ああそうだよ。雄二、俺はお前に困れって言ってるんだよ」
「なっ!?」
俺の言葉に驚く雄二。
「お前さ、クラスの命運が掛かった勝負を舐めてるのか? 『優れたリーダーの条件は悩める事』だ。たった一つの作戦で既に勝った気でいるリーダーを見て、明日の勝負は危険だと考えたんだよ」
雄二は黙るだけだ。
「…雄二。話は変わるが、お前の戦争の目的はなんだ?」
「は? なんだよいきなり…」
「この試召戦争、事の発端は明久だが、確かお前も個人的な理由で戦争を起こす気でいただろ? あの時は聞きそびれたからな。今聞いておきたいだけさ」
「俺はただ、世の中学力だけがすべてじゃないって事を教師やAクラスの連中に証明したいだけだ!」
「それがお前の本心か? 俺も明久もそうだが、お前も周りの人からどう思われようが関係ないっていうタイプだろう? 正直お前がそんな理由で戦うなんてピンと来ないんだよ。むしろ…翔子の為って思ったほうがしっくりくる」
「な、なんで翔子が出てくるんだよ!?」
翔子の名前を出した途端分かりやすく動揺する雄二。
「なんとなくだが、お前が翔子との対戦にやけに拘ってるように感じた。……まあ、今の反応を見てだいたいわかったが?」
「おい待て!? 一体何がわかったとーー」
「雄二」
とりあえず雄二を黙らせる。そして
「お前の小学生の頃に起きた事件は以前翔子から聞いた。その話を聞いてお前が翔子の事を大事に思っている事はわかった。
言っておくが、翔子に対する気持ちを肯定しようが否定しようが話は続けるから黙って最後まで聞いとけ」
「………」
一応釘を刺しておく。
「かつて『神童』とまで言われたお前が今は一転して『悪鬼羅刹』と言われるようになったこと。翔子はそれを自分のせいだと思ってる」
「違うっ! あれは俺がーー」
「最後まで聞けって。その事件以降お前が何らかの答えを求めてさ迷う様に喧嘩に明け暮れる中、翔子は今日までずっとお前を信じて見守る事を決意した。お前がどんなに突き放しても、離れることは決してない。その理由はお前が一番よくわかっている筈だ」
「………」
「俺の勘だが今回の試召戦争はお前と翔子の過去に決着(ケリ)をつける為のものなんじゃないか? しかしだ、負けた責任がクラスの皆に及ぶ以上リーダーのお前に中途半端な気持ちで戦いに臨んで欲しくないんだよ」
「俺は別に勝負を舐めてる訳じゃーー」
「たかが小学生のテストだと油断した結果がこれだろうが」
「ぐっ…」
右手の答案用紙を突きつける。流石の雄二も言い返せなくなった。
「雄二、お前が探していた問いの答えは最初から目の前にあるんじゃないか? あとはお前自身が素直に向き合うことだ。過去の自分と…翔子の想いにな」
俺は教室の扉に向かって歩く。
「隣の空き教室で待ってるから、ゆっくり考えて、お前なりの答えが見つかったら来い。そのまま家に帰ってもいいが、そうなったら俺は一生お前を軽蔑する」
それだけ言って俺は教室を後にした。
明久視点
学校が終わった僕はバイトの為『喫茶ラ・ペディス』へと向かう。しかしその足取りは少しばかり重い。今日一緒に働く人が原因である。
(嫌いじゃないんだけど苦手なんだよなぁ…)
そう思いつつも店の扉を開ける。今のところ店内に客はおらず、そして店の奥からあの娘が姿を現す。
「いらっしゃいませ~、何名様でーー」
例の彼女は僕と目があった瞬間
「ーーお帰りくださいませ~、出入口は後ろになりま~す♪」
「笑顔でサラリと帰れって言われた!? 一応仕事で来たんだけど!?」
「あはは~、冗談だよ~。おにーさん反応が面白いからつい~」
「…僕は別に構わないけど先輩に対してそれでいいのかな~准ちゃん?」
「ご心配なく。おにーさんにしかこんなことはしませんし、美春さんからも許可は貰いましたから。存分に弄ってもいいって」
「清水さあぁぁぁんっ!」
これがメイド服を嬉々として着ている清水さん同様ツインロールヘアーの後輩女子とのやりとりである。
一輝視点
Fクラスの隣にある空き教室で待機していると二十分程で雄二がやって来た。
「随分と時間がかかったな。で、答えは見つかったのか?」
「ああ」
問いを返した雄二の顔は晴れやかだった。どうやら答えは見つかったらしい。
「一輝、お前のお陰で自分なりの答えを見つける事が出来た。俺はーー」
「おっとストップだ。その答え、その気持ちは翔子だけに伝えてやれ」
「あ、ああ」
さて、本題に入ろう。
「雄二。明日の一騎討ち、お前は誰と戦うんだ?」
「もちろん翔子と戦う。そして勝つ」
「しかし、翔子の点数はお前の倍はある。それでも勝つというのか?」
「それでも勝つ。もうアイツを待たせるわけにはいかねえ!」
言ってる事は『勝つ』の一点張りだが、先程の無鉄砲で後ろ向きな考え方と違って真っ直ぐ俺を見て言っている。そんな勝とうとしているリーダーに、応えないわけにはいかないよな。
俺は両手をパンパンと二回叩いて
「西村先生、入ってきてください」
合図と共に西村先生が教室に入ってきた。予想外の登場に雄二は当然
「て、鉄人!? なんでここに!?」
驚いている。
「西村先生と呼べ坂本。明日の一騎討ちに向けて練習がしたいと小波に頼まれてな」
「Aクラス戦が明日に迫っている以上、今から勉強して一点でも多く取るより召喚獣の操作性を上げる方が効率がいいだろう」
「一輝お前……まさか最初からこれをやる為に?」
ははは…。実を言うとここまで事が上手く運んだのは久しぶりなんだよな。ちなみに本当は暁先生を呼びたかったんだけど、あの人はAクラスの副担任だ。明日戦うクラスの人間に協力を呼び掛けるのは避けるべきだと踏んだ。
「雄二。ハッキリ言ってこれからやるのは荒療治だ。召喚獣の戦いは点数差で決まるわけじゃない。だからといってこれで翔子に勝てるとは限らない。それでもやるか?」
もう一度雄二の意思を確認する。雄二は覚悟を決めた目で頷く。
「…わかった。ならば始めから全力で行く。最終下校時刻までに俺を戦死させて見せろ!」
「やってやらあぁぁぁっ!」
「「試獣召喚(サモン)っ!!」」
この作品でも彼女は攻略対象ではありません。(バグです)