カリスマ美容師()   作:お前の後ろだ

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 ――よろしくね?

 

「はぁ。頼まれたから来てみれば……これは中々」

 

 この世界で出会った小悪魔系の可愛い可愛いお姫様。そんな子から、ハート混じりのお願い……おねだりをされてしまったら、頷かないわけにはいかない。

 

 さびれて所々壊れた倉庫の屋根部分。まだ20代とは言え、若い子からしたらオッサンと呼ばれる事もある年齢。立っているだけだと疲れる為、その場に腰をおろす。中が覗ける中央に大きく開いた穴付近(屋根)に片足を曲げ手で抱える様にし、もう片方の足はブラブラと下に垂らす。

 

 眼下に広がる光景に僅かに引くも、この手の族は一般的に忌避されるものの。そこそこ存在するのが現状。その為、それほど珍しい事でもないかと溜息を吐き考え直す。

 

「実に、彼らは若くて可愛いよね。何もかもが――」

 

 そっか。もうそんな時期なんだね、早いなぁ。

 それは僕も当時は気づかずに「燃え頭さんに似てるわ。イケメソうぇーい!」とノリで成り切りプレイをして……。どんどんと原作(デッド)ルートを外れる分岐点を逃していき、実際に「カリスマ(・・・・)美容師」とか。既に戻る道は消え、こっ恥ずかしい肩書が周りに浸透するくらいには、年を取ってしまう訳だ。

 

 まぁ、お陰様で原作知識なんて、自分(スピット・ファイア)の死の原因とホモの人が印象的過ぎて他は曖昧。間違って記憶している可能性さえあるから、全くもって当てにならない。

 何故もうちょっと記憶の引き出しを自由に使えた昔に、しっかりとノートに書き留めていなかったのかと絶賛後悔中だ。

 

「あっ、やっ」

 

 うん、僕は明日も朝から仕事だし。と言うか、今も仕事の休憩時間を使って抜け出して来た訳で……。さっさと済ませちゃいますか。遅れたら、次の予約をしてくれたお客様に失礼だからね。

 それもこれも、人使いが荒い子の所為なんだけど。引き受けたのは自分だし。彼女に文句を言うのは筋違いってね。

 

「やだ、やめてっ!!」

 

 下の方では、コンテナに女の子達を何人か閉じ込めているらしく。スカルなんちゃらって言うCクラスのA・Tチーム。十字が描かれたフード付きの服に髑髏のマスクをした構成員らが、続々と中へと入って行く。

 

 悲鳴がちょっとヤバそうなので、重い腰を上げる。

 下手に助けず、出来る限り見守って欲しいと言われてはいたが。一応、手を出すタイミングや範囲は僕の裁量に委ねられている。どう見ても主人公のイッキ君はボッコボコにヤられている最中で、対処が出来る状態ではなかった。

 

 屈伸やら伸びをして、軽く準備を済ませる。

 そして、薄っすらとつり上がる口端。

 

 さすがに女の子を同意なしで、無理やり多数で囲うのは紳士じゃない。

 

 それとだ、僕は影が薄かったりするのかな? 地味に傷つくんだけど……。さっきから彼らの上で、気配を消すでもなく普通に観察をしている僕。その存在に気づかないのも、どうかと思う。

 まぁ、所詮はCクラス止まりって事かな。

 

 ――まだまだだね、なーんて。

 

 

◆◇◆

 

 

 仲間の1人に呼ばれ、前回縄張り争いで勝ち取った場所へと来てみれば……。

 東中の何人かはヤられたのか、血を滲ませながら地面に突っ伏している。そして西中の奴らとは別に、エア・トレックを履いた髑髏の集団がたむろって居た。

 

 俺らが今までやっていた中坊の喧嘩とは、全く違う。

 1対多数。数人とかのレベルではなく、数十人が長い棒状の武器を片手に待機している姿は、異様の一言につきる。髑髏のマスクと黒い服装が、また恐ろしさを倍増させていた。

 

 足がすくむ。勝つ見込みが薄いのは一目で理解できたが、俺は負けず嫌いだ。下手なプライドが邪魔をし、その事実から目をそらす。

 それに、倒れ伏した仲間(東中の奴ら)。姿はハッキリと見えないものの声は聞こえる……捕まっているらしい女の子達を置いて、ひとり逃げ出す事なんて出来ないッ。

 

 

 いざ、戦闘に入ってみれば……それは一方的なもの。戦いにすらならなくて。

 

「中坊がッ! 生まれた時から最強だとかぬかしてるそーだな」

 

 エア・トレックと普通の靴ではスピードが違い、相手をとらえる事が出来ずに攻撃を許すだけ。しまいには、集団の頭らしき(間垣(まがき)と呼ばれている)奴に体を固定され、頭を下にした状態で高い所から急降下。思わず、このままグシャっと潰れた自分を想像し、ジワリジワリとパンツに染みを広げ……。

 

「――誰に断ってモノ言ってんだテメェ、ぁあ!?」

 

 戦意が失われていくのを感じた。

 

「うおっ!? クセ、こいつチビリやがった!」

「つーか、既にその域じゃねえっ! 洪水だッ」

 

 

~~~

 

 

「さーさー後がつっかえてっから、あとが」

「コブラツイストなら俺が教えてやんよ、俺のキングコブラで!」

 

「まっ待てよッ! 女の子達はカンケーねぇだろっ!!」

 

 数人の女の子達が小さいコンテナ内に押し込められ。か細い声で「イッキ」と俺の名前を呼び、悲鳴が上がる。これから始まるだろう惨状は頭の悪い俺でも予想でき、もう一度心を奮い立たせる。

 

 それでも、助けに行きたいのに――……。

 

「あとのコタ、西中(おれら)に任せてくださいよ」と、動くのもやっとな俺へとあびせられる暴力は、髑髏の奴らから西中の奴らに代わっただけで止まらない。

 

「お前は俺らとあそぼーぜ」

「今日はテメーをケツの穴に爆竹突っ込んだカエルみたいにしてやっよ」

 

 もう少しで手が届いた筈で。

 目の前の薄暗い中で行われる行為を止めようと手を伸ばしても、笑った顔が「惨めにここで見てろ」と踏み潰す。

 

 テメーらもっ、見てねぇで……!

 

 意識が戻ったのか、起き上がり立ち尽くす仲間へと「オイッ」と声を掛けるも見てみぬふり。

 気持ちは分からないでもない。だけど、俺はその時……もう、あいつらは諦め見限ったんだなと感じとり奥歯を噛みしめる。

 

 

「――どうも、皆さんこんにちは」

 

 殴られ蹴られながらも、不甲斐なさだけが心を占めていた。そんな俺のもとにスルリと入る新たな男の声。

 

「なにやら楽しそうな事をしているようだ、つい来てしまったよ」

 

 涼し気な声の調子とは裏腹に、西中の奴らを一瞬で地面へと落とし気絶させた苛烈な炎。髑髏の奴らと同じエア・トレックを履いた人(暴風族(ストーム・ライダー))が上空から現れた。

 

「ッなんだテメェ! ノコノコ入って来やがって!!」

「お、おい、アレって……」

「いや。でも、こんなトコにいるわけが――」

 

 先程まで、余裕しゃくしゃくに見下していた視線が二分化する。一つは、今からお楽しみタイムが始まるんだから「邪魔をするな」という怒り。もう一つは、「何でここに居るんだ」という怯えと驚愕。

 何がなんだか分からないし、俺は目の前に立つ人の事を知らない。それでも、あいつらとは違い安堵していた。熱く燃え上がる赤いソレが薄暗い倉庫内……俺を照らし、元気をくれる。

 

「チっ! 誰だか知んねぇけど、ヤっちまえばいいじゃねぇかッ」

「ば、バッカ! 待てって」

「っく。こうなったら、仕方ねぇっ」

 

 混乱状態から瞬く間に戦闘モードへと移り変わり、俺があんなにも苦労した相手を「いいね。元気が良いのは、やはり若い子の特権だ」と笑い、軽く捻る。

 もはや遊んでさえいる背を最後に、緊張状態が続いたこともあってか。ホッとしたと思った瞬間、疲れが一気に押し寄せ意識が飛ぶ。

 

 ハッとして、目を開け起き上がる。

 

 無事に逃げ出せた後なのか。助けが必要だった存在は、もうここには居ない。敢えて居るとしたら、俺かもしれない……。と、ひどくつまらない乾いた笑いがこぼれ落ちる。

 少しだけ寝てしまったみたいで、目の前には灰が宙へと舞い上がり全てが夢だったかの様な光景が広がっていた。それでも、俺の体の傷も心の痛みも残っていて……そっと胸に手をあて、布切れと化したボロボロの服をギュッと掴み目を閉じる。

 

 

「君は強いね」

 

 ふいに聞こえた声へ、「俺は強くなんてない。強かったら、こんなにも……」と悔しさや悲しみがごちゃ混ぜになった感情をぶつける。

 すると、圧倒的な力の差で幻の様な現状を作り出した人物が、隣へと降り立つ。

 

 その人の奥の方には、目を凝らせば見える程の屍の山。

 既に脅威だったものは背景と化し、今では愉快なオブジェの一つ。微かに聞こえる呻き声はBGMのようで。

 ピクピクと痙攣し揺れ動く影から視線を外し、その人を見上げる。

 戦っている時は、あんなにも火の粉を飛ばす程の熱量を放ってギラギラと燃えていたと言うのに。今は温かで穏やかな空気を持ち、全てを包み込むように俺の気持ちを受け止める。パサリと顔を隠すように自分の上着を俺に掛け、頭をポンポンと軽くたたく。

 

 出来れば、こんな時に優しくしないで欲しかった。我慢していたモノが、止めどなく溢れ出てきてしまう。その人のファーの付いたコートへと顔を埋め。

 

 ああ、今日だけはこの涙も……。

 

「痛かった」

「仲間? お前らの言う仲間って何だよッ」

「しんどすぎ……つらい」

「ホント、うぜぇわ」

「消えたい」

 

 俺らしくない泣き言も、嫌なこと全部をここに置いて忘れたい。

 でも、「頑張ったね」とゆっくりと撫でる大きな手を俺は頭に記憶し続けるし、このままここに留まっていたいと考えてしまった弱い心も残しておく。 

 

 優しい世界はとても心地が良くて、都合の良いモノを見せる夢との判別がつかなくなる。起きていたいのに、瞼は重くなり段々と閉じていく。俺には、ソレに逆らうことなんて出来なくて。薄れる意識の中、必死に手を伸ばした先は現実だったのか……。

 

 

 ――そうか。やはり君は強いよ。そして、これからもっと強くなれる。

 

 

「おやすみ、未来の王(イッキくん)

 

 

 


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