ラビット・プレイ   作:なすむる

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9話 疾風勁草

『グギャギャッ!!』

「ほぁああああっ!?」

 

僕が以前入った時には全然出くわさなかったモンスターに、今日はなぜかよく出会う。

モンスターとの出会いは求めていないから、できればあまり出てこないでくれると助かるんだけど…。そうも言っていられない。

 

ほとんどの団員が『遠征』に赴いた中、僕は3階層までという条件付きで迷宮に潜っていた。

すると、普段ならよく見かけるだろう冒険者は見かけず、以前あまり見かけなかったモンスターはうんざりするほど現れた。

 

レフィーヤさんから言われたように、アイズさんから教えられたように、リヴェリアさんから学んだように立ち回り、討伐していく。

順調に進んでいた矢先、またみっともなく叫び声を上げることになってしまった。

 

大きな部屋に入って索敵、モンスターがいないのを確認して、休憩を取ろうと腰を下ろした瞬間。狙いすましたかのように四方八方から産み出されたゴブリンに襲われたからだ。

 

「このぉっ、なんで今日に、限って!」

 

飛び上がり、ギルドの武器庫から借りたロングナイフを振るう。アイズさんとの訓練で扱えそうな武器を試した結果一番しっくりときたものだ。武器としての品質は、駆け出しの僕が持っていても不思議じゃないくらいのそれなりのもの。僅かに、モンスターと打ち合ったことで刃こぼれが出来ているが切れ味はかなりいい。

 

「…っぐぅ!」

 

左右同時に振るわれた攻撃の片方を躱し、片方を受け止める。かなり無理をした体勢になったところで、正面からも突きが来る。

 

「っがぁ!?」

 

必死に体を動かすも、脇腹あたりに一撃を食らう。

レフィーヤさんがオレンジっぽい色とずいぶん迷ってから買ってくれた、緑色の戦闘衣が血に染まる。

いくらステータスが高くなっても、武器を当てられれば傷もできるし痛みもある。

 

「っりゃあ!」

 

動きを止めてはダメだと、半ば反射的に力任せに薙ぎ払う。モンスターが怯んだすきにバックステップで距離を取り、呼吸を整え、ポーションを脇腹にかける。

気が付けば、部屋の出入り口から最も遠い壁際まで来ていた。

 

「ハッ、ふぅ、ふぅ…どうすれ、ば…」

 

ポーションは、もう残り少ない。武器はこのナイフしかないし、とてもじゃないけど僕一人で全てを討伐するのは厳しい。

ミノタウロスの時よりは、やりようがあるかもしれない。それだけを胸に折れずに戦っているけど、それでも厳しい状況には変わりない。

 

思考を止めてはダメだと、リヴェリア様に学んだことの中から打開策はないか考える。

動きを止めてはダメだと、アイズさんから学んだことの中から突破口はないか考える。

 

考え、捌き、思い、躱し。こんな時に魔法が使えたらとあり得ないことまで頭を回す。

 

限界に近い戦闘を行うこと、十数分。袋小路での戦闘音を聞きつけた他のモンスターまで集まりだし、モンスターの巣のような様相になっていた。

 

「く、ふぅ…っ!」

 

全身、返り血なのか本人の血なのか。真っ赤に染まっている。綺麗な白い髪の毛もどす黒く染まり、もうスタミナは尽きている。

ギギャグギャと笑うゴブリンたちは、かろうじて止めを刺せて倒した以上のペースで増えており終わりが見えない。

それでも、それでも。折れることなく戦い続ける。

今日が初めての実戦とは思えないほどの動きを見せる。

しかし、それでも所詮はルーキー。死と身近にありながらの戦いは初めてである。精神的にすり減り、体力的に削られる。

そんな死闘の最中

 

(あ、ヤバ…)

 

一瞬の眩暈。体力的にも精神的にも限界を迎えていたベルにとって、それは致命的だった。脚がもつれ、どうっと倒れる。それでもなお、武器は手放さず、近寄るゴブリンに倒れながら突き出す。グギャ、という潰れた声が聞こえたその刹那、『風』が吹いたのを感じながらベルは意識を落とした。

その体を、外套をまとった冒険者が支える。周りのゴブリンを吹き飛ばしながら。

 

「…クラネルさん、貴方は…いえ、とにかく、シルの頼みは果たしました。帰りましょう」

 

血まみれの少年を抱える、顔を隠した女性らしき冒険者。事案発生である。

バベルから出た後、西の方へと歩き去った冒険者の話は同じく迷宮帰りの冒険者によって面白おかしく広められた。

 

 

 

 

「…ベルが帰ってこーへん」

 

昼過ぎには探索を切り上げて帰還、ギルドに行くように話をしたはずの神は眉間にしわを寄せる。

もう日も落ち始め、遅くともこの時間には帰ってこれるはずだという想定していた時間から遅れること既に一時間。寄り道をするようなお金もないはずなのに、いくらなんでも遅すぎる。またぞろなんかトラブルか、と思いながらとりあえずはギルドに確認を取ろうと腰を上げる。

そうして、ギルドに行ったロキはベルの担当アドバイザーであるエイナに話しかけ、返ってきた答えに呆然とする。

 

「…ベル君なら、今日もギルドには来ていませんが」

「…ほんまに?」

「ええ、嘘をつく理由もありませんし、そもそも神ロキなら嘘は見抜けるでしょう?」

 

嘘は、ついとらんなぁ…。てことは、ギルドに寄らずに迷宮に入りおったんか。これは、後でお説教やなあ。

 

「…今日からダンジョンに入ってええよって伝えたから、多分ダンジョンに行ったと思うんやけど、まだ帰ってこないんや…」

「ええ!? …これは、後でまた説教しないと…。あ、失礼しました。ですが、間違いなく今日はギルドには顔を出していません」

「そか…参ったなあ」

 

お通夜のような雰囲気になる。もしや…と悪い想像が頭をよぎるが、ぷるぷると払い除ける。

 

「…とりあえず、捜索依頼をかけましょうか? この時間帯からですと、受けてもらえる可能性は低いですが」

「せやな、うちには今動ける眷族がおらんし…そんなんでも動かんよりはマシ…「おい聞いたか? バベルに、血まみれのガキを抱えた冒険者がいたってよ」…!?」

 

そんな二人の間に、冒険者の会話が飛び込む。

 

「ああ、俺もさっき見たぜ? ありゃ女エルフだろうけど、ガキとはいえ男を抱えてるなんて珍しくてな」

「あれ男だったのか、ずいぶん可愛い顔つきだったから女かと思ったんだが…てことは、前に見たトマト野郎もあれか? 似た背格好だったような…」

「ありゃロキファミリアの『飼い兎』だろ、前にも『千の妖精』とデートしてたって話だし、エルフキラーだな」

 

『飼い兎』ここ最近、街中ではリヴェリア、アイズ、レフィーヤと言った有名な女冒険者といる姿ばかり見られるベルに向けられた嫉妬混じりの蔑称を聞き、ギラりとロキの目が向けられる。ちなみに、エルフキラーという言葉を聞いてエイナも反応していた。

 

「ちょぉ~~っとええか? そこの冒険者たち」

「あん? なんか用…って、神ロキ!?」

「せやで~? 今、なんか話してたやろ〜? ちょ〜っと教えてほしいことがあるんやけど…」

「ひっ!? は、はい、大丈夫ですよ…な、なぁ?」

「ほぉん…まぁええか。んで、抱えられてたっちゅーのはほんまにうちのベルなんか? 白髪赤目の兎みたいな?」

 

色々と言いたいこともあるけれど、呑み込んで話を聞く。もしかしたら、一分一秒を争うのかもしれないと考えて。しっかりと、相手がどこのファミリアかを確認するのは怠らないが。

 

「あぁ! あれは間違いなくロキ様のところの…その、ベル? でしたよ。ヘマでもしたのか、血塗れになってただけで…抱えてた女エルフも慌てた様子じゃなかったから、ただ気絶してただけだと思いますけど」

「抱えてた、女エルフ…か。どっちの方に行ったかはわかる?」

 

女エルフなぞ、ベルの人間関係内ではファミリア内とギルド内を除いて思い浮かぶものが…あった。

 

「西の方に行きました…けど」

「…わかったわ、あんがとな。あんたらの主神の名はちゃーんと覚えとくわ」

 

そう、ニッコリと笑っていない笑顔を向けると、冒険者達は顔面蒼白になり逃げ出した。

 

「ちゅーわけで、とりあえず心配いらなそうや。明日、顔出すように伝えとくからよろしくな〜」

「あ、はい、わかりました。では…」

 

ロキは、ギルドを出て西へと向かう。

向かうは『豊穣の女主人』、脳裏に思い浮かべるは、美を司る女神の悪戯な笑み。

 

「なんぼなんでも、ベルは渡さんぞぉ? アイズたんが怖いし…」

 

お気に入りの玩具を取られた子供の暴れようを考えて、神は身震いする。

 


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