ラビット・プレイ   作:なすむる

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お久しぶりです。


96話

 アイズさんと2人、黄昏の館への帰還を果たした。

 残念ながらレフィもアキさんも外に出ているようで会えなかったので、ランクアップのお祝いの言葉もお土産を渡すのも夜に持ち越しとなってしまった。

 1週間の間で増えた荷物を一度部屋へと置きに戻り、ゆっくりと整理を終え、フィンさんがいるであろう団長用の執務室へと赴く。長く取らせてもらった休暇のお礼と、旅の中で買ったお土産を渡しに。

 

 いつものように笑顔で迎え入れてくれるフィンさんがそこにいて、旅行の間での色々なことを話し込み、後で相談したいことがある旨を伝えてお土産を渡して退室する。ちなみに、フィンさんにはこちらも出掛けているというガレスさんの分とまとめて極東のお酒セットとおつまみのセット、その他、お酒のつまみとして食べるものを中心に渡した。

 

 温泉という天然の熱資源を活かしたものが多く、どれもこの都市では見かけたことがないものだ。

 干し肉ひとつをとっても、お湯で戻したり火で焙ることなく、そのまま食せる柔らかさを保っていたりするものもあり、色々と買い込んでしまった。それも、かなりの量は厨房担当の人に伝えて保管してもらったけど。

 

 その後も館内にいるそれぞれの人達へとお土産を渡して回ったり、食堂に誰でもどうぞと大量のお土産お菓子を置いた。ロキ様とリヴェリアさんも出掛けているようで、会えていないのが少し残念ではあるけど、あまり時間に余裕があるわけでもないので僕も外へと出る。

 普段お世話になっているファミリア外への人たちにも同様にしていくと、それだけで気が付けば太陽がもう都市の壁からわずかに覗くような時間になってしまった。そう、最後の場所に来た時にはそのくらいだったのだ。

 渡して、礼を言って、帰れば夕飯には間に合うような時間だったはず、なのに。

 

 

 

 日がとっくりと落ちた今、僕はまだ、黄昏の館に帰れずにいる。

 もう、普段なら館で夕食を食べている時間だ。

 

 

 

「あぁ…本当にかわいいわね、兎さん…」

「ああぁぁぁぁあの、そそそ、その、僕、そろそろ帰らないと…っ!」

 

 

 

 豊穣の女主人へと寄り、シルさんをはじめとした皆にお土産を渡した後に訪ねてきたここ。

 ロキ・ファミリアと並ぶ二大ファミリアの片割れ、フレイヤ・ファミリアの本拠地である戦いの野。

 シルさんから聞いた話によるとあの温泉旅行券の出資者、というかコネクションによってそのチケットを用意してくれていたのはフレイヤ様らしい。なので、そのお礼を伝えに来たのだけど。

 

「あら、そんな些細な事、私も楽しませてもらったし構わないのに…ふふ、律儀なのね、兎さん」

 

 そんな軽い言葉で流されつつも、渡したお土産は受け取ってもらえた。

 そこまで親交が深いわけでもなく、一応、派閥的には競い合う仲にあるはずなので手短に済ませて去ろうとした、そのときのこと。

 

「…あら、もう帰ってしまうのかしら?もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」

 

 なんて言葉を悲しげに伏した視線と共に投げかけられては、帰るわけにもいかなく。

 なにせ相手は、敬う相手である神様の一柱なのだから。それに、ここで帰ろうものならフレイヤ様を崇拝するかの如く集っている団員達に闇討ちされるかもしれない。ロキ様からも、下手にかかわりあってはいけないけど、下手に邪険にしてもいけないと言われている。

 部屋の中で侍女かメイドかのように控えていた女性を退出させると、フレイヤ様が手ずから紅茶を入れてくださり、僕が持ってきたお土産なんて何個も買えてしまうような高級そうな…というより、明らかに高いお茶菓子が差し出される。

 そうして、ここまでの冒険の経歴を聞かれ。皆から注意されたように他ファミリアへバラしてはいけないようなことには口を噤み、相手は神様なので嘘をつくのではなく黙り込むことで対処を進めながら話に興じる。

 それなりに話は弾み、フレイヤ様からも色々な過去の出来事なんかを教えてもらっていた最中。

 僕の警戒が少し解けてしまっていたころ。

 

 そうして、

 

「そういえば兎さんは、好きな子とかはいるのかしら?」

「ヒェ」

 

 ニコニコと話をしていたフレイヤ様が一転、怪しげに瞳を光らせながらそんなことを聞いてきた。

 

「戦争遊戯を共に戦っていた山吹色の子かしら?それとも、ああそう、あの子達から聞いてはいると思うけど、私も後ろ盾についている豊饒の女主人に務めている子の中にいるのかしら?まさか、あなたのところの副団長とか?それとも剣姫かしら、確か年齢も近かったものね」

 

 流れるようにあげられる、僕と関わりのある女性達の名前。

 美の女神の一柱であり、そういった話題やそういったコトを好むというのは知識として知っていた。だけど、まさか他派閥の一団員にここまで踏み込んで聞いてくるとは欠片も思っていなかったので不意を突かれた。

 

「…っ、……!」

「あらあら、そんなに狼狽えてしまって…恥ずかしいことなんてないのよ?」

 

 何かを言って『嘘』と見破られるのが一番恐ろしいので否定も肯定もできず。

 何かを言おうとして口をハクハクとさせながら顔を羞恥に染めてしまった僕に、いつぞやのように女神様の指が伸びてくる。撥ね退けることも跳ね退くこともできず、ただされるがままの僕。好きなように頬を頭を髪を撫でまわすフレイヤ様。

 

「あぁ…本当にかわいいわね、兎さん…」

 

 最高級の宝玉のような紫眼を煌めかせながら

 

「ああぁぁぁぁあの、そそそ、その、僕、そろそろ帰らないと…っ!」

 

 猫を可愛がる町娘かのように、ニコニコと僕の髪の毛を撫でつけてくる。

 

「…むぅ、これ以上はロキを怒らせてしまうかもしれないし…残念だけど、仕方がないわね。まて来てくれるかしら?兎さん」

 

 どうしよう ことわったら かえれないきがする!!!

 

「は、はいぃっ!」

 

 コクコクと首を縦に振る。そう、なら今日のところはここまでね、と銀の髪をたなびかせた女神は言う。

 

「ヘルン、彼を黄昏の館まで送っていって頂戴」

「…わかりました」

 

 そして、音もなく現れた侍女らしき娘にそう命じる。片目を隠したロングヘアは艶やかで、美の女神と相対していた後だというのに、目の覚めるような神秘的な雰囲気の美少女。

 逆にそんな子に夜道を歩かせるのは、と、大丈夫です一人で帰れますからと固辞するも、こんな時間まで引き留めてしまったのだからという言葉のもとに仕方なく受け入れる。どうやら彼女も市街に用事があるようなので、それであればと。

 

 街には街灯が灯り、大通りはダンジョン帰りの冒険者たちと仕事終わりの労働者たちでにぎわっている。

 雑多に煌びやかな大通りに対するように、一本裏側の路地なんかは真っ暗で身の危険を感じるほどだ。ただ、足早にそこを駆けていく人がいないわけではない。

 

「…ベル・クラネル、でしたね」

「は、はい…」

 

 斜め前を歩く彼女の背中を追っていると、名を呼ばれる。

 ちら、とこちらの顔を窺うようにして、その綺麗な貌を少し歪める。

 すぅ、と軽く息を吸って、こちらへと言葉を投げ

 

「…品のない顔」

「ぐふっ!?」

「鼻の下を伸ばして、だらしのない」

「あうっ!?」

「周りの女性が甘やかすからでしょうか、愚かに育ってしまって」

「げほっ!?」

「それに何より…覚えていないことが、憎らしい」

 

 火の玉ストレートが、投げられた。最後の小声は聞き取れなかったけど、初対面のはずの彼女…フレイヤ様から呼ばれていた名前は、ヘルン。さん、から、いきなりの暴言が嵐のように浴びせられる。

 

「そ、その、僕、貴女に何かしましたっけ…えっと…ヘルン、さん?」

「何もしていませんとも、ええ、何も」

 

 まずい おぼえてないけど ぜったいになにかした!!

 

「…そ、その、どこかで会いました…か?」

「何処か、と尋ねられれば…路地裏で、と」

「路地裏……」

 

 路地裏。近くにあった路地裏を、見る。偶然にもそこは、僕がレフィと出会った場所。春先に、寝床にしていた、場所。

 

「…あ」

 

 灰色のロングヘア、魔女のような、その姿。独特な髪飾り。

 思い出せ、思い出した。そうだ。

 

「あの時…ぶつかってしまった…?」

「ようやく思い出しましたか、愚かな子兎さん」

 

 宿賃がなくなって、路地裏へと入り込むその初日。

 ふらふらと歩く僕がぶつかってしまった、少女。

 

「…人の誘いを断って、死ぬ間際まで追い込まれたとか。ああ、あまりにも愚かで救われないですね」

「うぎ…」

「あまつさえ、当てつけかのように私が誘ったファミリアへは入らず、競合相手であるロキ・ファミリアへ入るとは…あぁ、そういえば噂に聞いたところによると貴方はエルフがお好みだとか?貴方をファミリアへ誘ったのもかの『千の妖精』らしいですし」

「そ、その…」

 

 これは、げきおこ、と言うやつだ。

 その後が酷すぎて、というかそんな誘いなんて全て忘れて小規模から中堅、大手、商業系まで殆どのファミリアを巡ったけど…フレイヤ・ファミリアはエイナさんのおすすめリストにもなかったことから、選択肢に入れることすらなかったし、レフィに拾ってもらった後にも色々とあって、そんなことを思い返すことなんて一度もなかった。

 

「まぁ…唐突でしたし、元々期待はしていなかったので構いませんが、それでも一言くらい何かあっても良かったんじゃないですか?」

「すっかり忘れてましたごめんなさい!」

 

 流し目で、じとりと睨まれた僕はもうそれはそれは誠意を込めて謝る。

 

 すると、ぴたりと立ち止まって完全にこちらへと振り返る。

 

「ふぅ…まあ、そういう定めだったのでしょう。別に怒っているわけではありません」

「う…」

 

 絶妙に、良心を責めるような言い方に居心地が悪くなる。

 もうそろそろ黄昏の館に着く、という頃合いである、こんな会話で別れるのは、気持ちがよろしくない。

 

「その…」

「良心の呵責から、何か僕にできることとか…なんて言い出すのかもしれませんが、生憎、私が…フレイヤ様の侍従頭であるこのヘルンが貴方に求めるようなことなどありません」

 

 ぴしゃりと、遮られる。

 

 居心地の悪い沈黙の時間が少し続き、そうして、門の前までやってきた。

 ありがとうございました、と、送ってくれた礼を言えば女神の神命ですからと返され。

 

「…少しでも悪いと思うなら」

 

 僕が門へと手を掛けた時、ぽそりと呟くようにヘルンさんが言葉を発する。

 

「!は、はいっ!」

「…いつか、いつか、『シル・フローヴァ』が助けを求めることがあれば…全力で、助けてください」

 

 そうして求められたのは、シルさんを助けること。

 

「…?は、はぁ…シルさん…ですか?」

「ええ、貴方が定期的に逢瀬を重ねている、豊饒の女主人の」

 

 フレイヤ様が言っていたように、事実、あそこの酒場とフレイヤ・ファミリアにはかかわりがあるのだろう。だからと言って、眼前の少女とあの少女の間の関係性はなんなのだろうか。

 そう思うが、これはまたとない提案である。というよりも、シルさんが困っていれば助ける。そんな、当たり前のことは他人に言われるまでもなく。

 

「…わかりました、ただ、貴女に言われたからではなく…僕は、シルさんを大切だと思っていますから。シルさんが困っていれば、もちろん、助けます」

「わかりました…………その言葉は、忘れないでくださいね?」

 

 そう言って、踵を返し離れていくヘルンさんを見送り、僕は館へと入っていく。

 少し遅くなってしまったけれど、夕食を食べなくてはいけないと僕は先ほどまでのヘルンさんの言葉を深く考えることなく食堂へと向かった。




エピソードフレイヤを読んだ時点で考えていた構成を、16.17巻によって更に再構成しつつ直している状態です。
本業が忙しいのもありスローペースですが、またのんびりと更新していきます。

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