ラビット・プレイ   作:なすむる

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10話 眠兎夢風

…柔らかく、暖かな追い風が背中に当たる。辺りは、草原のような、森のようなよくわからないイメージを覚える。

どことも知らぬ場所にいるはずなのに、何故だかすこぶる落ち着く。

ふわふわとした感覚に身を委ねると、体がぐんぐんと上昇していくような気持ちになる。

 

風が、頭を撫でる感覚が一つ。そういえば、僕はゴブリンに襲われていたのではないか。最後に吹いた『風』は一体…と考えたところで、夢から現実へと意識が移る。

 

「っ!?」

 

目を開けた瞬間、見知らぬ天井と、こちらに手を伸ばしたまま固まるリューさんの姿を見て僕も固まる。

 

「…え、あれ、リューさん?」

「…クラネルさん、目が覚めたんですね」

 

ピタリと動きを止めたままのリューさんに声をかけると、すい、と、こちらに伸ばしていた手を自然な動作で膝元に下げて、何もなかったように話しかけてくる。一体、何をするつもりだったのだろうか。

 

「はい、ええと、ここは…?」

「お店の奥の部屋です。迷宮で倒れていたクラネルさんを偶然見つけて、こちらで寝かせていました…まだ、寝ていてください。貴方は血を失いすぎた」

「倒れてた…っ、あ、あの、ゴブリンは!? 僕、ゴブリンに襲われて…」

「…私が貴方を見つけた時には、既に十重二十重に囲まれていました。これでも私はLv4の元冒険者ですから…あの程度なら問題ありません。一番奥まった区画ですし、周囲に他の冒険者がいなかったので集まってきたのでしょう」

 

と、そこまで聞いてようやくリューさんが助けてくれたのだと気が付く。

 

「あの…ありがとうございました。あのままだと僕…っ」

「…ええ、間違いなくその命を散らしていたでしょう。シルに感謝してください、嫌な予感がするから貴方を助けてあげてと頼み込んできたのですから」

「シルさんが…? はい、必ず!」

「…では、落ち着いたところでこちらを。失った血を回復させるためにもまずは栄養あるものを食べなければ」

 

手で示された、ふつふつと良い匂いを放つ小さな土鍋。

ベッド近くの備え付けのテーブルに置かれたそれを開けると、ほわりと湯気が出る。

 

「お粥と言う東方由来の病人食だそうです、ミア母さんが用意してくれました」

「ありがとうございます…後で、お礼を言わないと」

「そうしてください、では、口を開けて」

 

スプーンのようなものにお粥をすくい、こちらへと差し出しながらそんなことを言うリューさん。

 

「へ?」

「…1人では食べられないでしょう?」

 

その言葉を聞いて、起き上がろうと力を入れる…起き上がらない。

せめて腕だけでもと持ち上げようとして…動かしにくい。

 

「…はい…」

 

結局、親鳥から餌を貰う小鳥のように全部口元に運んでいただきました。もう少しこう、自分が病気になって…とかならまだ良かったけど、モンスターに襲われて挙げ句の果てに助けられて、助けられた相手にされるとなんか…惨めというか…。いや、嬉しいんだけど。

 

 

 

「…ごちそうさまでした」

「お粗末様でした、とは言うわけにもいかないので、どういたしまして」

 

腹が満ちると、気を張っているはずなのにどうにも抗えないほどの眠気が訪れる。

いけない、すでに部屋を借りている身なのにまた寝てしまうわけには…。

 

「…眠くなってしまいましたか? 遠慮せず、眠ってしまっても構わないのですよ?」

 

穏やかなリューさんの言葉を耳にすると、余計に眠くなっていく。また、怪我をしたから心配してくれているのもあるのだろうけど、甘言ともいえる言葉は耳に毒だ。

 

「…これ以上迷惑かけるわけにもいかないですし、それに、ロキ様に心配させたくないので」

「…そうですか、では、送っていきましょう。もう日も暮れますし、今の貴方一人ではあまりにも危ういですから」

 

女性に送られる、その事実に葛藤していると手早いノックの後返事も聞かずにドアが開けられる。

 

「リュー! ベルさん! ロキ様がお店に来てるよ!」

「ロキ様が!?」

 

飛び込んできたシルさんが、主神の到来を伝えてくれる。

 

「…心配しなくても、大丈夫そうですね。クラネルさん、立ち上がれますか?」

「…それも、まだ厳しそうです」

 

しかし問題は結局解決しておらず、身体が思うように動かせない。ポーションを使ってくれたのか怪我こそ治っているけれど、血を流しすぎたのだろう。気怠く、力が入らない。

 

「…仕方ありません、触れますよ?」

「へ? うひゃあっ!?」

 

リューさんの細い腕が、僕の腰辺りと太もも辺りに差し込まれてそのまま持ち上げられる。こ、これ、この抱き上げ方は…っ!

 

「こっこっこっこっこ」

「ベルさん、鶏の物真似ですか…?」

 

シルさん絶対わかってて言ってますよね!?

 

「こっ、これ、お姫様抱っ…」

「緊急事態です。恥ずかしいかもしれませんが、我慢してください」

「そもそもベルさん、バベルからもその格好でうちまで連れて帰ってこられたんですから今更ですよ?」

「…恥ずかしぃ」

 

羞恥に悶えていると、ドタドタと足音が近づいてくる。

バターン! と激しくドアが開くと同時、聴き馴染みのある声が響く。

 

「ほほぉー、ベル、随分気に入られとるんやなぁ、ん? まさかリューとそこまで親しくなるなんてなぁ…他のエルフが見たら卒倒もんやで」

「うぇっ、あ、ロキ様!?」

「そう思いますよね!? 私もそう思うんですけど、リューは否定するし…ベルさん、実はエルフの女の子だったりしませんか?」

「れっきとしたヒューマンの男ですよ!?」

「そうですよ、シル、それはあまりにもクラネルさんに失礼です…それに、貴方は先程証拠を見たではありませんか」

「…え、それ、言っちゃうのリュー…?」

 

シルさんが、少し頬を朱に染めながら遠慮がちに言う。僕には聞かせたくなさそうな雰囲気を醸し出して。

 

「証拠を見たってどういうことですか!? え、ちょっとシルさん? シルさーん?」

 

僕の問いかけに、シルさんは可愛らしく両手を頰に当ててぷるぷると頭を振りつつ、顔を逸らしていく。くっ、ずるい!

どうやって聞き出すべきか、そう考えているとまたもリューさんが口を開く。

 

「? どういうことも何も、血塗れの貴方をシルがシャワーに入れたのですから…その、不可抗力です」

 

その言葉に僕は羞恥から再度気絶しかけた。

確かに、血塗れになっていたはずの体はさっぱりとしていて、着ている服も見覚えのないものになっていることにようやく気がついた。

 

シルさんに…見られた…?

 

「それで、さっきシルから話は聞いたけど…良くベルを助けてくれたわ。今度改めて礼に来るってミアかーちゃんにも伝えといてくれるか? んで、ベル? いつまで抱かれてるん? いや、めっちゃ似合ってるけど」

「ほぁっ!?」

「クラネルさんは、1人で歩くのが辛いようなので…もし良ければ、送って行きますが?」

「…いや、うちが持ってくわ。今日はほんまにありがとうな」

「わかりました、では…どうぞ」

 

そ、そんなペットを抱っこさせるかのように軽々しく…!

 

「ん、じゃあうちらは帰るわ。それからベル、明日はちゃんとギルドに行くんやで?」

「ぇ…ぁ…忘れてました……」

「エイナ、怒っとったぞぉ? 明日が楽しみやなぁ」

 

ニマニマとする神様の笑顔は、哀れな罪人を見送る愉悦に浸っているようだった。

 

「うっ…はい、明日必ず行きます…またお説教かなぁ…あ! えっと、リューさん、シルさん、今日は本当にありがとうございました!」

「あ、いえ、気にしないでください…ベルさんが無事で良かったです」

「ええ、また、お店に顔を出してください。では」

 

 

この後、ホームに帰ってから1時間ほどロキ様の説教を受け、僕の迷宮探索1日目が終わった。




ベル・クラネル Lv.1

力 : E 402
耐久 : D 575
器用 : D 481
敏捷 : C 622
魔力 : I 0

《魔法》
【】

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上

熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減

アイズとの訓練では基本的に躱すか吹っ飛ばされるかで、敏捷と耐久が高め。

新スキルの効果について簡単に言うと

・正の感情に応じて能力が強化
・負の感情に応じて能力が減少

つまりは、危機に臆すれば能力が減少し、危機に怯むことなく立ち向かえば能力が強化されるという当たり前のようなスキル。

効果欄に出ていない隠れた効果が

・精神汚染に対する超抵抗

それから、割と触れてくる系エルフ(リヴェリア及びレフィーヤ)と接しているせいで、リューの行動に関してベルのみがそこまで疑問を持っていません。

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