ラビット・プレイ   作:なすむる

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23話 魔法訓練(2)

明くる日も、ベルはレフィーヤとリヴェリアと共にいた。

まずは、()()()軽い魔法であるレフィーヤのアルクス・レイの扱いを覚えさせようと考えたのだ。もちろん、魔力の向上も狙いつつ。

 

広い中庭で何度かレフィーヤのアルクス・レイをストックする。その為に、幾度となく魔法を詠唱することになったベルの顔は、時折館内から覗いていた他の眷属や神から囃し立てられるたびに真っ赤になっていた。それを受けるレフィーヤも、顔を赤くする。

明らかに、その詠唱、その魔法は誰が聞いてもパッと思い付く。レフィーヤに憧れを持ったから発現されたのだと。

 

誰が言ったか、飼い兎(ペットラビット)。事実無根ではあるはずのそれを、否定する有力な材料は既になくなり外堀が埋められつつある。このままでは真っ当な、対等な関係など築けそうにない、あるのは、ペットと飼い主としての上下関係になってしまうだろう。

 

それは嫌だ、と少年は奮起する。いや、既に尻に敷かれているというか、あまりこの眼前の少女に逆らえる未来は見えないのだけれども。

 

 

 

ある程度魔法の扱いに慣れてきた頃。精神力をかなり使った頃には昼前になっていた。後30分もすれば、正午の鐘が鳴るだろう。先に、用事があると抜けていたリヴェリアは置いておいてレフィーヤはまだまだ余裕がありそうだが、それを受け止めるベルの方が既に限界である。一旦お昼にして、午後からは座学ですね。けろっとした顔でそうのたまう姉貴分に、ベルは顔を引きつらせた。

 

…もう結構、限界なんですけど。

 

しかしその言葉は呑み込んだ。それを言えば、仕方ありませんねと休ませてくれただろうに。言わなかったが為にこれから巻き起こる試練から逃れる術を失った。

 

「…昼前に最後にもう一度だけ、やりましょうか。その前に少し休憩を取りましょう」

 

レフィーヤが中庭から離れていく。飲み物でも取ってきますね、と一言残して。

 

一人残され、中庭の草っ原の上にへたり込んだベルの近くにレフィーヤが離れるのを待っていたかのように、すとっと何かが舞い降りる音が聞こえた。少し下げている視界に入ってくるのは、眩い金糸。

ゆるりと顔を持ち上げると、ずいっと近付いてきた『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインその人の顔が目前にある。

 

「な、なななぁっ!?」

 

不意打ち気味に近付かれて、心臓が高鳴る。

そんな彼に、追い討ちをかけるように更に距離を詰めるアイズ。

カチコチと固まる彼に向かって、口を開く。

 

「…レフィーヤばっかり、ずるい」

「へ?」

「…魔法、私のも、教えてあげる」

「へえ!?」

 

そこから始まったのは、先程まで囃し立てて遊んでいた他の眷属達が目を逸らすような悲惨な光景。無事、アイズの魔法を発現できた、そこまでは良い。それだけなら、皆もベルの可能性に強く心を惹きつけられて終わっただろう。しかし、そんな彼ら彼女らの視界に飛び込んできた、それは

 

「そぎゅるぶっ!?」

 

━━自らが纏った暴風に内から、アイズが纏った暴風に外から、切り刻まれるように錐揉みしながら吹き飛んで行くベル。その身体が、中庭の芝生に頭から突き刺さった━━

 

その光景に、皆がそっと目を閉じて幼き少年の冥福を祈った。

 

「し、しぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅううぅぅう!?!?」

 

ガバリと、吹き飛んだ少年が叫び声を上げながら身体を起こす。

 

良かった、生きてたと何人かが胸を撫で下ろす。しかし、間には入らない。あそこに飛び込むほどの勇気はない。散り散りになっていく眷属達の中、何人かは暴走する彼女を取り押さえられる者に助けを求めに行った。

 

その後も、制御が甘い。風が薄い、もっと全身に纏って。と、アイズは本人の中では純然たる100%の善意から指導を続ける。

 

(れ、レフィーヤさぁん…早く帰ってきて、アイズさんを止めてぇ…)

 

目に涙を溜めながら、容赦の無い扱きに耐えるベルの姿がそこにはあった。

 

 

 

「な、何をやっているんですかアイズさん!?」

 

それから、魔法の発動が10回に届くかと言った時、求めていた蜘蛛の糸はようやく垂らされた。この地獄から抜け出す、一条の希望が齎されたのだ。

その言葉に、アイズは首を傾げる。

 

「…何って…魔法の、指導?」

「虐めているようにしか見えませんけど!?」

 

少女が敬愛する相手とは言え、自らが気にかけて導いている少年がボロ雑巾のような━━よりも酷い━━状態にされているのだ。流石に、口を挟まずにはいられなかった。

 

しかし、善意の塊での指導である。心外だと言わんばかりにムッと口を尖らせたアイズは反論する。

 

「…レフィーヤばっかり、ずるい。私だってベルの教育係なんだから…これは、正当な指導」

「だからってあそこまでやる人がいますか!? 完全に伸びてるじゃないですか!!」

 

吹き飛ばされたのか、中庭の木にぶつかり、逆さまになったまま目を回しているベルを指差して、叫ぶ。

 

「…ちょっと、気絶してるだけ。いつものこと。ベルは、すぐ気絶するから」

 

それに、静かに返すアイズ。

確か、アイズさんも教えていた最初の1週間ではそんな光景は見なかった…とレフィーヤは記憶を振り返る。そして、その後の2週間に目を向けて…そう言えば、ベルはいつも衣服こそ着替えてから来ているのかそれなりに綺麗だが、くしゃくしゃになった髪や、元気のない顔で私のところに来ていたような…と思い出す。その時は、そんなになるまで()()()()()()()()()のだと思っていたけど…。

 

リヴェリアの講義を、あんな格好で受けられるわけがない。一際に礼儀やしつけに煩い高貴な人物だ。それなりに身嗜みを整えてからベルも赴いているはず…これは、午前の早い時間だ。

昼を跨いで、アイズさんとの鍛錬、その時に…ボロッボロになってから、夕方近く、私のところに来ていたのだろう。

 

その為、レフィーヤは尋ねる。

 

「…アイズさん、手加減とかって…得意ですか?」

「? …あまり、得意じゃないけど…どうして?」

「あぁ…」

 

この人、能動的に動くと結構ポンコツだ…敬愛する先輩に、そんなことを思ってしまったレフィーヤは悪くないと誰もが思うであろう。

 

「…はぁ…とりあえず、アイズさん、私と話しても埒が明きませんから一緒にリヴェリア様のところに行きましょう…」

 

こうなれば、丸投げだ。レフィーヤに彼女の考えを矯正することはできないし、可愛い弟分を無用な危険から避ける為には、憧れの相手とは言え売り飛ばすことに躊躇はできない。

 

「……………それは、いや」

 

だらだらと冷や汗を流しながらもアイズは断る。

レフィーヤが怒っているのはわかる。そして、リヴェリアを引き合いに出され、この状況。アイズの疎い常識でもわかる。

 

━━私、ちょっとやりすぎた?

 

それでもなお、この程度の考えであったが。

 

「嫌じゃないですよ!? ほら、行きましょう!」

 

そう言って、手を取り引っ張ろうとするレフィーヤ。振り払うわけにもいかず、駄々をこねる子供のように抵抗するアイズ。レベル差が、筋力差が如実に現れ一歩も動かないアイズにどうしようかと困るレフィーヤ。そこに、声が響く。

 

「…レフィーヤ、それには及ばない。さてアイズ、お説教の時間だ」

「「ひうっ!?」」

 

怒気を感じさせる母の声に、愛弟子も、娘も、悲鳴を上げる。

 

3階から偶然ベルが吹っ飛んでいくところを見たラウルが、リヴェリアの元に走っていたのだ。あのままじゃベル君が死んじゃうっす!? と駆け込んできたラウルから事情を聞き、すぐにこの場に訪れたリヴェリア。

 

母は強し、アイズは背後にどんよりとした空気を背負い、大人しくリヴェリアの前へと行く。幼いアイズが、心の中で「悪いことしてないもん…」と言っているし、アイズ自身、魔法を教えていただけだと言うがそんなものは母には関係ない。

悪気があろうがなかろうが、側から見たらやっていたことはただの虐めである。

 

ガミガミクドクドと説教されるアイズの姿が、中庭にあった。

昼飯も取らずに都合3時間、延々と説教されるアイズの背中はひどく小さく見えた。

 

 

 

日が落ちて、夜。ベルの目が覚めた。見覚えのある光景に、医務室かと当たりをつけて身体を起こす。

リヴェリアの説教から解放されたアイズは、自らがやったこととは言えベルを心配して付き添っていた。

 

「…あ、ベル…起きた…?」

 

動き出したベルを見て、アイズが声をかけながら手を伸ばす。

 

「ぴっ!?」

 

そして、気絶する寸前の記憶がバッチリしっかりくっきりと残っているベルは、手を伸ばすアイズから逃げるように後ろへ下がる。それはまるで、捨てられた猫が人間から逃げるような。

そんな姿を見て、アイズは背後に何本もの真っ黒な線を落としたかと思うほどに落ち込む。

 

「…そ、その、ごめん…ね?」

 

その姿に、やはりやりすぎていたのだとショックを受ける。

 

「い、い、いえ…」

 

沈黙が続く。ベルはこれ以上ないほどに逃げて、壁に背中を当てて身体に力を入れているし、アイズは目を逸らさずにベルのことを見ている。まるで、蛇に睨まれた蛙…いや、獅子に睨まれた兎のような光景が広がる。

 

「…その、私、手加減とか…苦手で」

「…」

「あの…意地悪とか、じゃ、なくて…」

「……」

 

小声で話し出すアイズに、ベルは少し警戒を解いて話を聞く。

曰く、人に教えたことがないから加減がわからなかった。

曰く、本当に悪気はなかった。

曰く、私もベルに色々と教えたかった。と。

 

それを聞いてようやく、あの2週間の地獄のことにも納得が行った。訓練中、言葉少なにぶっ飛ばしてくるだけのアイズの気持ちを、ベルは理解していなかったのだ。その後も、ベルが避けていたこともあって誤解し続けていたことに気が付き、ここでも謝り合いが起きた。

 

天然お人好しvs天然非常識、その終わりなき謝罪合戦はここに幕を広げた。

 

ようやく落ち着いたのは、アイズがほんのりと笑みを浮かべながらベルは…優しいね、と綺麗に微笑んだ時。それに見惚れて、一瞬で茹蛸のような色に顔を染め上げたベルが、負けたのだ。

 

この時、ベルは今までのアイズへの忌避感をぶち壊された。




ようやくアイズのターン(予定)

感想、返信したいと思う時もあるんですがなかなか良い返信ができず見送ってます。でも全部読んでますので…マイページに新着感想って出てたら物凄く嬉しいので…

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