ラビット・プレイ   作:なすむる

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24話 魔法訓練(3)

その後、顔を真っ赤に染めたまま会話もままならなくなったベルにアイズは再び困惑した。…怒ってる? と、勘違いしながら。リヴェリアが以前、アイズの余りの暴走に怒ろうとしても言葉が出てこずただただ息を口から吐き出していたことを思い出したのだ。

 

「…やっぱり、嫌だったよね。ごめんね?」

 

だから、重ねて謝る。そんな姿を見て、いっ、ちっ、あっ、と何とか声を紡ぐベル。言葉には成っていない。

それでも、口下手同士のシンパシーだろうか。ベルが怒っているわけではない、と理解したアイズは雰囲気を和らげる。

 

それでようやくベルも落ち着きを取り戻せたのか、今もなお紅潮したままの顔ではあるが、話し始める。

 

「その、僕の方こそ、誤解してました。最初は、なんでこんなに吹っ飛ばされるんだろうとか、その、膝枕されてたのも、何か意味があるのかな、とか…色々と考えて…」

「…力加減ができなかっただけ、ごめん…それから、膝枕は……私がしたかった、から?」

 

その言葉にますます顔を赤くする。膝枕をしたかったってなんだ、と強く思いながら。

 

「怖かったのと、恥ずかしさとで、アイズさんのこと…正直、ほんの少し避けてました」

「……うん、訓練以外で、あんまり話せなかった…ティオナとは、本を見ながら話したりしてて…ちょっと羨ましかった」

 

同じく、その時々でお世話になっているティオナとは趣味の本、英雄譚について語ったりしたこともある。最初にダンジョンに潜ってから1週間での訓練の頻度はアイズとそこまで変わらなかったのに、だ。

無論、その時にも無表情で吹っ飛ばされており、その時点で恐怖を覚えていたという事実が全てなのだが。

 

その後、2週間ほどの訓練期間においても少ないながらとはいえ生まれた自由時間となれば1人で本を読んで過ごすか、リヴェリアに話を聞かせてもらったり、レフィーヤから色々と教えてもらったり、ティオナと色々話したりと、アイズと共に過ごすことはほぼなかった。この時には、アイズは正式に教育係となっていたのに。

 

一度、そう、都市を散策していたベルを見つけられず背を落としながら帰ったその日。ロキに報告しようと行ったその場所から飛び出してきたベルを抱きしめた際に力加減を誤って気絶させてしまった時に行った膝枕と、もふもふな髪の毛の感触。そして何より、自分からあれこれ理由をつけて逃げていかないベルに味を占めたアイズの過激な訓練が、さらに平時のベルを遠ざけさせていたという語られない真実もそこにはあった。これを知る者はいない。何故なら、その期間の訓練は珍しく意見を主張したアイズによって目立たない、人気のない場所で行われたからである。

 

割と、いや、ほぼ、いや、完全に自業自得である。

猫に構いすぎて嫌われるのと同じだ。

 

「…そ、その! これからは…もっと話せると良いなぁって…あの…」

「…うん、よろしくね?」

 

しかし、疑うことをあまり知らないチョロい兎ことベルが意を決してそこまで言うと、自然と出たふわりとした微笑をアイズが浮かべる。先程の笑みに勝るとも劣らないその微笑に、普段の無表情とのギャップに、ベルは再び撃沈した。

 

ちょうどその時、医務室のドアが開く。

入ってきたのは、複雑な表情を浮かべるレフィーヤ。それから

 

ベルが…い、いや、アイズさんが…いや、でも…いやどっちも…いやそれはでも…ううう、私はどうすれば…選べない…っ。

 

そんな風に変に悩んでいるレフィーヤの姿を横目に呆れるリヴェリア。

 

「…レフィーヤ、東方の諺…まぁ、言い伝えでいいものがあるんだがな? 『二兎を追うものは一兎をも得ず』と言うらしいぞ?」

「…ベルがアイズさんがベルをアイズさんを……はっ、ど、どう言う意味ですか?」

「言葉の通りだが…同時に二つの獲物を狙う欲張りな狩人は、一つの獲物すら取れずに逃してしまう、という意味だ。ああ、漁夫の利なんて言葉もあったな。当事者同士が争っている間に、第三者が獲物を掻っ攫っていくんだとか」

 

思い出したことを、レフィーヤにだけ聞こえるように距離を詰めて囁くその言葉に、レフィーヤは頭を抱える。憧憬の相手と可愛い後輩…どちらかなんて選べない…と。

 

しかし、ここでベルを疎かにすれば酒場のウエイトレスやギルドのアドバイザー辺りに取られてしまうかもしれないという恐怖が。アイズを疎かにすればあの粗暴な狼人や…ベルにアイズさんを取られる…?

 

そこまで考えて、レフィーヤは思案する。二人が仲良くする…ということは、必然的に二人と仲の良い私もその輪に入れるのでは? そうなれば、有象無象は入りにくい眷属内の輪になる…ここに割り込めるのは、精々ティオナやアリシア、アナキティくらいのものだろう、と。

 

前・中衛にティオナとアイズとベルにアリシア、後衛に自分。指揮官にアナキティ。完璧なパーティでは?

 

いや待て待て、というより、あの暴走の罰としてアイズさんとの接触は禁じられているのに、こうしてここにきて良かったのだろうか? そもそも、昼間にベルとの間に割り込んできたのはアイズさんからだし…リヴェリア様が何も言わないということは問題ない…はず。

 

そんな妄想と思考が繰り広げられていることを知ってか知らずか、リヴェリアが深くため息をつく。

それから、ベルを見て言葉を告げ

 

「…まぁ、2人が打ち解けたようで良かったが…アイズ、今後ベルへの訓練は禁止だ」

 

その途中、アイズへと目をやりその宣言を口にする。

 

ズガーン、と雷が落ちたかのように目を丸くするアイズ。そんな、今、ようやく仲良くなれそうなところなのに…と目で訴えている。今がチャンスなの! と言わんばかりに小さなアイズが心中ではしゃいでいるが、リヴェリアの眼差しは冷たい。まるで彼女の魔法のように。

絶対零度の眼差しのまま、ゆっくりと目を瞑って思案するリヴェリア。その姿は、まさに死刑宣告寸前というような緊張感を孕んでいた。

 

「…加減というものを覚えれば再開しても良いが?」

「…頑張り、ますっ!」

 

目を開けながら紡がれたその言葉と共に雪解けが訪れた。

アイズの目は輝いた。

 

これにより、今後、迂闊にアイズに戦闘の秘訣を聞きに行った冒険者がことごとく中庭で吹き飛ばされる現象が目撃されるようになることを今はまだ誰も知らない。Lv4ですら吹き飛ばして気絶させてしまうのでは、一体いつになればベルを相手にまともに訓練できる日が来るのか。

神々ですらわからない。

 

 

 

思惑渦巻く黄昏の館は、今日も平和であった。

 

 

 

翌日、マインドダウン+物理的気絶というダブルノックアウトを喰らったこともあり、完全休養日にしろとリヴェリアに言われ1日自由な時間が空いたベルは部屋を片付けたりして朝から時間を潰し、昼前から街へと繰り出していた。レフィーヤはアイズとティオナと共に、買い物に行っているらしい。一緒にどうかと誘われたが、行きたいところがあったために今日は断りを入れた。

なんやかんや2週間のダンジョン探索で、お金は稼げている。

 

生活費に困ることはない。なんて言ったって最大手ファミリアだ、稼ぎ頭はたくさんいる。勿論、だからといってLv1の冒険者がおんぶに抱っこで甘えているわけではなく、稼ぎのうちいくらかを納めてはいるがそんなものはほとんど誤差である。

 

自由にできるお金、というものを久方振りに手にしたベルは、まず、うきうき気分でご飯を食べにいくことにした。

 

 

 

行き先は豊穣の女主人、目的は可愛いウエイトレスさ…ごほん、美味しいご飯。目も口も腹も癒しに行こうと、真っ直ぐそこへ向かう。

 

「いらっしゃいま…ニャ! いつぞやの若白髪!」

「白髪じゃなくて地毛なんですけど!?」

 

入店と同時、飛び出す罵倒。即座に異議を唱えるが気に留めていないのか、すぐに客かニャ? それともシルかリューに用事? と聞きながら席に案内される。客かどうか聞いておきながら、すでに料理を頼ませる気満々であった。苦笑いしながら答える。

 

「えっと…あ、どっちもあったんですけど…」

「少年は欲張りだニャあ、シルもリューもだニャんて…」

「そ、そういう変な意味じゃないですから…その、ちょっと聞きたいことがありまして」

「まぁ、声は掛けといてやるニャ…というより、少年が来た瞬間には厨房に居たはずのシルがそこに来てるから、ミャーは厨房に入るニャ、注文はシルが来るから、シルに頼むニャ」

「え!? あ、ほんとだ…は、はい!」

 

首を回すと先程までホールにいなかったシルさんが、さりげなく近くにいた。確かに、いなかったはずである。

 

「うふふ、いらっしゃいませ、ベル君…アーニャ、あまり恥ずかしいことは言わないで」

「今更そんなことで……っ!? あ、謝るニャ! 謝るからそのことは黙っておいて欲しいのニャ…」

 

アーニャさんが、シルさんに呆れた目を向けながら何かを言った直後、僕に対してにこやかな笑みを浮かべていたシルさんが背中を向けてアーニャさんに何かを見せながら耳元で囁く。

その光景は、とっても、何かこう、いけないことをしているのを見ているような気分でドキドキした。

 

しかし、見る見る内に顔を蒼ざめさせたアーニャさんの顔を見て、僕は少し恐怖した。一体、何を言ったんだろうシルさんは。

 

じゃあ、よろしくね。そう完璧な笑みを浮かべながら言うシルさんに、最敬礼するアーニャさんの姿を見て、それに対して庇うでもなく知らぬ存ぜぬ触らぬ神に祟りなしと無視を決め込む他の店員さんたちを見て、僕はこの酒場のNo.2が誰であるかを理解した。


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