チチチ、と小鳥の鳴き声が聞こえたとともに寝返りを打ちながらンンっ、と声を漏らす。
回らない頭で時間を確かめると、いつもより少し遅いくらいの時間。なんだか、夢も見ないほどぐっすりと眠れた気がする。
はて、今日は何をしようとしていたんだっけ…とゆっくり身体を起こしながら記憶を探ろうと頭を振ると、ドアがノックされる。
ん? 誰だろうか、どちらにせよ身嗜みを整えるまで少し待ってもらわないと…と考えていると、返事より先に声が掛かる。
「ベル、もう起きているか? 入るぞ」
「ぇあっ!? リヴェリアさん!? ちょ、ちょっと待ってください!?」
静止の声も虚しく、かちゃりとドアが開け放たれる。そこにいたのは、本人は否定しているがファミリア内で母と呼ばれるリヴェリアさん。
そんな人が、僕の姿を見て眉間に皺を寄せる。
「…今日は随分、ゆっくりとしているな?」
「ひぁっはい! ちょ、ちょっと変な時間に目が覚めて二度寝しちゃいまして…」
「ああ…まぁそれなら仕方がないか…昨日は大変だったようだしな? 酒場の女将から連絡が来た時には一体何事かと」
「うぐっ…ぼ、僕、昨日何をしたんですか? その、酒場に入ったところから記憶がないんですが…」
「…ふむ? まぁ、その話は後ろの面々に聞くといい。私から話すことでもないだろう。では私はもう行くが…ベル、普段から昨日くらいしっかりと髪は梳かした方がいいぞ?」
「気、気をつけます!」
「よし。それから、こいつらに変なことでもされたら後で教えてくれ。しっかりと叱っておくから」
そう言ったリヴェリアさんの後ろから、少しの怯えと罪悪感に塗り潰された表情の4人が入ってくる。ティオネさん、ティオナさん、アイズさんにレフィーヤさん。えっと、どうしたんだろう?
しかし、リヴェリアさんがいなくなると同時、僕のきょとんとした顔を見て、アイズさんがなんだか悪いことを考えている顔になる。
「…ベル、昨日のことは覚えてる?」
その質問に、先程同様のことを答える。アイズさん達も、知ってるのかな…。いったい僕は何をしたんだろうか…。
「い、いえ、酒場に入ったところまでしか…」
にたり、悪役のような笑みをアイズさんが浮かべた気がするのも束の間。他の3人と顔を寄せて小声で話し出す。な、何を話しているんだろうか…?
「…よし、ベルは覚えていないみたいだし、隠し通そう…っ!」
「…そ、それはどうなんでしょうか!? 後からバレでもしたら…私、こ、これ以上ベルに嫌われる原因を作るのは嫌ですよ!?」
「…いえ、それはいいかもしれないわね。勿論、お店の2人にも話を通す必要があるけどあのエルフは協力してくれるかもしれない」
「問題は人間の子の方だよね…大きな借りになりそうだけど、なんとか黙っててくれないかなぁ。私としては何としてでも隠したいんだけど…乱暴なアマゾネスって印象が強くなっちゃう…ただでさえベルの部屋壊しちゃったのに…」
「そ、そういえば私、部屋も壊した上にデリカシーまでないと思われてる…っ!?」
「…今回の件を隠すのは、全員にとって利がある…っ!」
「「「「よしっ!!」」」」
話の内容は僕の耳には聞こえないけど…なんだか、話がまとまったみたい。
「あ、でも、昨日のこととは別でベルに謝りたいことがあるので、私に任せてもらえませんか…? 話も逸れると思いますので…」
「…わかった」
「いいわよ」
「うん!」
話し合いが終わったようで、代表してレフィーヤさんが僕に口を開く。
「ベル、まずは…もう一昨日ですね。その、傷付けるようなことを言ってすみませんでした」
「あ、い、いえ…本当のこと、ですし…」
そうして思い返されるのは、一昨日のこと。成長していないことを痛感させられたあの会話。なお、冒険者としてではなく男として。
「いえ、本当のことだとしても…本当のことだからこそ謝らないといけません。私だって成長してないとか育ってないとか、増えてないとか小さいままとか言われたらショックですし気持ちはわかります。ね、ティオナさん?」
と、そこで目元を落としながらなおも謝るレフィーヤさん。そこから、慈愛に満ちた眼差しでティオナさんの方へと目を向ける。
ティオナさんは顔を少し赤くしながらレフィーヤさんに詰め寄る。
「どうしてそこで私に振るかなぁ!?」
「え、だって仲間じゃないですか!?」
「くうう! 私だって気にしてるのにー!」
「あ、あはは…」
「はぁ…」
「…レフィーヤ、そういうところだと思う、よ?」
なんとなく察した。けど、言及するわけにはいかないので苦笑いをするのみに留める。なんて反応しにくいことを…。というか、アイズさんですら呆れている…?
あ、レフィーヤさんがショックを受けている。
「う、こ、こほん。ま、まぁ、そういうわけで…本当にすみませんでした。その、次の日にもなんだか私のことを見たら慌てて逃げるように去っていったからよっぽど嫌だったんだろうなと…」
「あ、いえ、僕の方こそその、変に避けたりしてすいませんでした…なんか、恥ずかしくなっちゃって…」
子供の癇癪のように泣いて逃げ出したことが恥ずかしくて、顔を合わせにくかったのを誤解されていたのだと気がつく。嫌っているわけでは決してない。ただ、子供扱いが嫌だったというか、恥ずかしかっただけであって。男に向かって可愛いは褒め言葉じゃないと思います…。
「…じゃあ、これで仲直り?」
「まぁ、仲違いしていたわけでもないみたいだけど」
「レフィーヤの被害もーそーってやつ?」
「うぐっ」
「な、なんかすいません…」
その後、少しの雑談を挟んでようやく元通りの空気に戻る。そこで、ふと鞄の中身を思い出す。そうだ、折角だから今渡そう。
「そういえば、その…昨日シルさんと買い物に行っていた時にお土産を買ってきたんですけど…」
「「「「ありがとう(ございます)」」」」
「!?」
サプライズのつもりだったのに…お、驚きもせず感謝の言葉を揃えてくるなんて…やっぱりみんな、綺麗だし可愛いし、レベルも高いし有名だし、プレゼントとか貰い慣れてるのかな…。なんだろう、なんか、渡すのが恥ずかしくなってきた…。
「…そ、その、これ、です…」
店員さんに中身がわかるように貼ってもらった小さなシールのようなものを目印にそれぞれに渡していく。
アイズさんには金色の針が中で輝いているルチルクォーツ。レフィーヤさんには金色が散りばめられたような、深い藍色のラピスラズリ。ティオネさんとティオナさんには、名前的に安直過ぎてどうかな…と思ったけどとてもよく似合いそうだしとアマゾナイト。ティオネさんには青緑っぽい色合いで、ティオナさんには黄緑っぽい色合い。
他にも何人かに買ってあるけど、とりあえずその4個を取り出して渡していく。
それぞれアイズさんにはネックレス、レフィーヤさんには髪紐、ティオネさんとティオナさんには長さを調整できるタイプの物を。手首でも足首でも、首でもつけられるように。
喜んで受け取ってくれて、よかった。
一頻り、きゃいきゃいと喜んでくれた後にレフィーヤさんがこちらを向く。改めてお礼を言ってくれた上で、贈り物の理由を尋ねてくる。
「本当にありがとうございます、ベル。でも、どうしてこのタイミングなんですか? 何かありました?」
「こちらこそ、レフィーヤさんには色々と貰ってばかりだったので喜んでもらえて嬉しいです。それは、その、自分で初めて稼いだお金だったので…色々と迷惑もかけてましたし、恩返しをしたいなぁ、と…」
その言葉に、にへらっとレフィーヤさんの顔が緩む。他の3人も、それぞれ穏やかな表情と空気を纏う。
そのままニコニコと、今日の予定を尋ねてくる。
僕はそれに、正直に答える。
「そうですかそうですか…えへへ、ところでベル? 今日は何か用事はありますか?」
「えっと、今日はまた豊穣の女主人に行こうかなと…リューさん…あのお店のエルフの人にも渡したいので…その、色々とお世話になっていて。それに、さっきも言ったように昨日シルさんとお店に行ったはずなんですけど記憶がなくって…何をしたのかも覚えていませんが、謝りに行こうかなと」
「っ、へ、へぇ〜、そ、そうなんですか」
そう答えると、穏やかな空気が霧散する。目に見えて狼狽るレフィーヤさん。更に、その横で緊張を隠さないアイズさんに動揺を見せるティオネさんに冷や汗を流すティオナさん。何かあったのだろうか。
「ちょ、ちょっと相談させてください」
「そ、相談…? わ、わかりました」
すると、先程と同様、また4人が顔を寄せて話し出す。
手持ち無沙汰な僕は、窓から外を眺める…あ、ラウルさん、アナキティさんと出掛けるのかな? やっぱり仲良いよね、あの2人。
…あ、あっちにはエルフィさんだ。何をしているんだろう…なんか、変な格好で倒れてるけど。周りに焼けた跡が…。
ん、中庭の東屋にはリヴェリアさんとアリシアさんと…エルフの人達が何人か。お茶会かな?
みんな今日はダンジョンに潜らないのかな? あ、ベートさんが木の下で寝てる。あそこ、日当たりもちょうど良さそうだし芝生も綺麗だし風も吹き抜けてるし、凄くいい昼寝スポットなんだろうなぁ…。
そんな風に外を眺めていると、扉を開ける音と外へ駆け出す音。振り向くと、アイズさんとティオネさんが居なくなっている。
「あ、あれ? お2人は…」
「ちょっと急用ができたみたいで…そ、それで、ベル。もし良かったら今から少し本でも読みませんか?」
「本…ですか?」
「うんうん、私もあんまり英雄譚以外の本は好きじゃないけど、うちの書庫にはたっくさん本があるからね!」
「はぁ…」
「ベルも、一端の冒険者になるためにはそれなりに知識もつけないといけませんよ? 案内するので、書庫へ行きませんか? 乗り気じゃないなら、他のものでも構いませんが…」
なんだろう、なんとなく、理由はなんでもいいけど絶対に引き止めるという確固たる意志を感じる。そう、これは、一昨日にシルさんから掛けられた誘いと似ている気配を感じる。つまり、きっと断ることは不可能に近い。
「わ、わかりました…あ、でも僕、昨日シルさんから本を借りてて…それを読もうかなと。なんでも、どんな冒険者でも役に立つような本、だそうで」
であれば、大人しく諦めて受け入れるのが吉だと僕の反応とお爺ちゃんの教えが言っている。
「っよし!へぇ、どんな本なんですかね? 冒険者御用達のあそこのお店の人が言うくらいなら、本当に役に立つ本なんでしょうけど…読み終わったら少し見せてもらえませんか?」
「私も気になるかも!」
「借り物ですので…その、破いたりしないでくださいね?」
「そんなことしないよー!?」
ティオナさんのあまりの勢いにすこし懸念しながら、先導してくれるレフィーヤさんとティオナさんの後をシルさんから借りた本を大事に抱えてついて行った。
不思議なことに女性陣みんな腹黒くなっていっている気がする。
きっとおそらく多分気のせいです。
まぁ原作ヘスティア様もスキル隠したり魔導書隠そうとしたりこんな感じでしたよね!(偏見)
メモ:現時点で大体冒険者登録から2ヶ月半。