ラビット・プレイ   作:なすむる

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34話 歪曲誤想

ギルドから帰った僕を待っていたのは、何故か未だに意気消沈としている4人…って、なんかもう生気が感じられないんだけど…こんな言い方はどうかと思うけど、アンデッドみたい…目も虚だし。い、いや、せめてあれだ、ビスクドールみたいって言い換えておこう。みんな、綺麗だし…うん。

 

…え、えっと…僕の部屋の前にいるのはいいんだけど、どうしたんだろう。僕から話しかけないとダメなのかな? レフィーヤさんなんか、目と目が合ってるはずなのに無反応なんだけど…何、何事なのこれ? なんかの罰ゲーム? どこからか、ロキ様が見ているとかそういうやつ? え、えー? 何を求められないるんだろう、今の僕は。

 

「あ、あの、皆さん、どうしたん…です…か?」

 

諦めて、意を決して話し掛けるとビクゥっ! と、4人が揃って過大な反応を見せる。ほ、本当になんなのこれぇ…?

というか、明らかに僕を待っていたんだろうけど、なんでそこまで驚くんだろう? 僕に気が付いてなかったのかな? いや、まさか…ね。

 

「そ、その、ベル…」

 

あ、ようやく喋ってくれた。なんか、不安そうというか泣きそうだけどどうしたんだろうか、レフィーヤさんは。

 

「…その、本当にごめんなさい」

 

…うん、何についての謝罪だろう…。心当たりも特に………まぁ小さいものならともかく、こんなわざわざ部屋の前で待ち伏せされて謝られるようなことは特にはないはずなんだけど。

もしかして僕の預かり知らぬところでやっぱり重大な何かが起きている?

 

「…えっと、どういうことですか…?」

 

僕が恐る恐る尋ねると、レフィーヤさんは泣き出した。目に涙を溜めて、ツーっと一筋。頰を流れて行く。

そうして、グッと唇を噛み締めてから、言葉を紡ぐ。

 

「もう、もう私は…っ、私達は…貴方と一緒には居られないんです!」

「えっ」

 

えっ。

 

 

えっ?

 

 

 

えっ!?

 

ど、どどどどどどういうことなの何事なんでどうしてもう一緒に居れない…お別れ!? あ、レフィーヤさんが思いっ切り泣いて…な、なんで、い、いやいやいやいやいやそんなまさかバカないやまさかそんな4人がここを出ていく…なんてことはないだろうし…え、じゃあ、僕が…? な、なんで!? どうして!?

 

「ど、どうしてですか!?」

「…ベルのことを、私達、は…っ」

「…ごめんなさい、ベル…」

「私が、私が悪かったのよ…あんな提案をした私が…」

 

て、提案…? 本当にどういうこと!?

 

「ごめんね、ベル…私も悲しいよ…」

 

ティオナさん!? な、なんですかその、売られていく仔羊を見るような目は…?

 

「…ぇ、と…?」

「ベルの意見を聞かずに勝手に決めて、ごめんなさいっ!」

「…それから、あの日酒場であったことを黙っていて…ごめん」

「そのせいでこんなことに…」

 

い、一体あの日の酒場で何が!? だ、だってシルさんは僕は気にしなくていいって…なんならいいこともあったって言ってたのに…。こんなことってどんなこと!?

 

「…ごめんなさいね、ベル。あの日の酒場での件を揉み消そうと私達は…そう、貴方を売ったの」

「揉み消す…? 僕をうった…?」

 

うった…打った? 違う…売った!? え、売られたの? 僕!?

一緒に居られなくなるってそういうこと…!?

というか揉み消すようなことって、本当に僕は何を…!?

 

「酒場の、シルさんが貴方の時間を対価に許してくれたの…私達はその誘惑に負けて…っ」

 

シ、シルさんが!? つ、つつ、つまり僕はシルさんに買われたっていうこと!? そんなことがあるの!? シルさんが言ってたいいことって、僕を買えたこと!? こ、怖い…怖いよ…。や、やっぱりあそこはそういう怪しいお店だったの…? どこかに売り飛ばされちゃうのかな…。もしかして、シルさんが誘ってきたのも最後にあのお店に行こうと誘導したのも、全部罠だった…?

あ、だめだ、なんか、胸と頭が熱くなって、泣きそう。

 

「ごめんなさい、貴方を傷付けるようなことをして…」

「…私も、ごめんね? 何回も迷惑かけて…」

「そ、そんな………」

「…ベルが、元気で居てくれることを、遠くから願っている…」

「私も、祈っています。また、元気な姿が見れることを…」

「…ぁ」

 

僕を見る、ティオネさんとティオナさんの申し訳なさそうな瞳。

アイズさんとレフィーヤさんの、遠くを見るような眼差し。

 

そう…か…。もう、きっと、手遅れなんだ。

泣いちゃダメだ。ここで泣いても、みんなを困らせるだけだ。さぁ、笑え、僕。背中に刻まれたエンブレムを誇りに思え、道化の神たるロキ様の眷属として、笑え。

 

「…わかりました、僕は大丈夫ですから、皆さんは気にしないでください。僕も、元気に頑張ります…」

 

…これが、最後の挨拶になるのかな。いや、シルさん次第なんだろうけど。猶予は…あるんだろうか。

 

「…うん、私達も、頑張る」

 

アイズさんの、穏やかな笑み。それに、今の僕にできる一番の笑みを返す。

 

 

 

揃ってベルの部屋から離れた4人は、ベルが部屋に入ったのを見届けて部屋から離れ、一つの部屋に入りひそひそと話し出す。

 

「いやこれ、大丈夫ですか? 藪蛇というか泥沼というか、やってしまった感が拭えないんですけど。いや、今更ですけど、これ、隠すよりよっぽど酷いことしてません?」

「…ベル、最後、売られていく仔羊みたいな顔だった………なんだか、可愛かったけど……可哀想だった…」

「これ、後からベルが知ったら、思いっきり嫌われないかなぁ…すごい不安…」

「わ、私ももうこんなことしたくなかったけど…背に腹は変えられないから、仕方ないわよ。私達がいない間はベル本人にシルさんを警戒してもらう他ないのよ? あんな無警戒なベルが、止める人もいない時にシルさんのところに行ったりしたら………何をされてもおかしくないわよ」

「だからと言って、やり過ぎな気が…本当に可哀想というか、不憫というか…あれ、完全に勘違いしてましたよね、ベル…もう、後ほんの少しで泣き出しそうなあの顔は…………」

「…可愛かったけど、ものすっごく、心が痛くなった…」

「…それに、もし、これが後からリヴェリアの耳に入ったら…」

「私達は嘘は一切言ってないわよ。嘘は…そう、これはベルが勝手に勘違いしただけ。そういう体で行くしかない…それしかないのよ」

「…うへぇ、ティオネ、なんか団長の悪いところばっか学んでない?」

「あ゛ぁ!? 団長に悪いところなんか一つもないわよ!!」

「ご、ごめんって…でも、明日の早朝から迷宮に入るし、もうベルと話す機会は帰ってくるまでないのかぁ…嫌われない、大丈夫だって信じなきゃ、やってらんないや…」

「…大丈夫、ベルはいい子だから……きっと……許して………くれる………多分…」

「ちょっと自信なさげじゃないですかアイズさん!? あぁ、もう、あの時に大人しく話しておけばこんなことには…っ!」

「たらればはやめようよ…虚しくなる…」

「…それも…そうですね…すいません…」

「いや…こっちこそなんかごめん…」

 

そんな話をしてから、4人はそれぞれの準備をしに散る。

迷宮に本格的に挑むとなると、それ相応の準備が必要なのだ。とりあえず、これ以上自分達にベルに関してできることはない。後はベルと、自らの幸運を祈るしかない、と。

 

 

 

そして、部屋に入ったベルはふらりと倒れ込むようにベッドに身を預け、枕に顔を埋めてさめざめと泣いていた。

今までのあれこれや、ここ最近のあれこれが脳裏を埋め尽くす。

 

酒場で項垂れていた4人はこれが原因だったのか、とか、そう言えば酒場に入った時、シルさんは誰かと…ティオネさんとアイズさんと話してたな、とか。そういえばレフィーヤさんが外へ行かないよう僕を引き留めようとしていたな、とか。あの4人とシルさんが視線を交じり合わせていた時にはもう、僕の命運は決まっていたのかな、とか。

あの、困った笑顔は…今更そんなことどうでもいいから、というような笑顔だったのかな…とか…。ぽわぽわと嬉しそうだったのは…僕を買えたことに関してだったのかな……とか……。1億ヴァリスも、惜しくないだけだったのかな、とか。人身売買ってどのくらいが相場なんだろうか…? もし生きたまま売られるなら、せめて良い人のところに行けるといいなぁ…とか、そんなことをつらつらと思いながら。

 

ああ、そう思えば、今日のうちにリューさんとエイナさんにプレゼントを渡すことができてよかっ………いや、待てよ、リューさんもあそこの店員だし、もしかしてグルになって…? い、いや、実際のところはわからないけど…警戒しておくに越したことはない、かな。リューさんに襲われたら、一瞬で意識を奪われて、掻っ攫われてもおかしくないだろうし…。そんな風に、風評被害に次ぐ風評被害が際限なく、止め処なく、悲観的思考の中で雪崩のように起きていた。

 

何か楽しいことを、気分を盛り上げるものを、と考えるも、その何処かしかにどうしても誰かしらが絡んでおり、その全てに対して疑心暗鬼になる。あれもこれもそれもどれも、全てがこの為の一手だったのではないか、そう疑ってしまうのだ。

 

最終的には、レフィーヤが己を拾ったのも世話をして健康体になった頃に売るためではないか、など、世の全てを疑うような荒んだ精神状態となっていた。いや、それは流石にない、と自分で自分を否定して、精神の安定を図る。もう、ベルの脳内はぐちゃぐちゃであった。

 

「…明日が来るのが、怖いなぁ」

 

今日はもう、こんな顔は誰にも見せられないから部屋で過ごそう。

明日、またみんなと最後に話せるといいなぁ。いつが終わりなのかもわからないし。そう思いながら、この濃密だった数ヶ月の記憶を遡りつつ、いつしか眠りについていた。




定番のアンジャッシュネタ(わざと)。この闇…深いっ!
この騒動で得をしている人間は一体何処にいるのだろうか…?

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