昼頃になり、館へと帰ってきた僕はロキ様の元へとやってきていた。
ベートさん曰く、テメェみてぇな駆け出しが強化種のインファントドラゴンをソロで倒したんなら、それは十分な偉業だ、とかなんとか。
大きな扉をノックして、声をかける。
「ロキ様ー、ベルです。入ってもいいですか?」
「ん、ええでー」
帰ってきた声に、返事をしながら中へ入る。
「どないしたんや? ベルたん」
「あ、その、ステイタスの更新をしてもらいたくて…」
「なんや、ダンジョン行ってたんか。いい経験積んできたんかー?」
「はい!」
「そっかー、よかったなぁ? うんうん」
「はいっ!」
「したら、ほれ。やってあげるからそこに横になって」
「はい!」
いつものように服を脱いで、ベッドに横たわる。よいせ、と声を出しながら僕の背中に乗るロキ様が、背中に指を這わす。
くすぐったい感触にも慣れてきた。身を委ねながら、更新が終わるのを待つ。
「ふんふん、ふん、ふー…ンンッ!?」
「ど、どうかしましたか…?」
「れ、れれ、れ、れれれ」
「ロキ様…?」
「Lv2、キタァァァァアァァアァァ!!!!」
「えええええぇぇぇぇえええぇぇぇ!?!?」
黄昏の館を揺るがすほどの叫び声が響いた。
「さて、まずはおめでとう。ベル。所要期間2ヶ月半でのランクアップはアイズの持つ1年の記録を抜いて大幅に記録更新だけど…保留しているんだってね?」
「は、はい…あの、魔法のストック数が魔力で伸びるみたいなので…もう少し魔力が高くなってからにしようかなと」
「ふむ、まぁ、記録に拘らないならその方がいいと思うけど…じゃあ、明日からはまた魔力を中心に鍛えていくのかな?」
「はい!」
更新されたステイタスが書かれた紙を持って、僕はフィンさんの元へと来ていた。
ベル・クラネル Lv.1(Lv2ランクアップ可能)
力 : B 742→A801
耐久 : S 924→S 954
器用 : A 854→S 901
敏捷 : S 933→SS 1001
魔力 : G 291→B 711
《魔法》
【レプス・オラシオ】
・召喚魔法(ストック式)。
・信頼している相手の魔法に限り発動可能。
・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 ( ストック数 5 / 21 )
ストック魔法
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・エアリアル
・ヒュゼレイド・ファラーリカ
・ウィン・フィンブルヴェトル
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。
・ストック数は魔力によって変動。
詠唱式
第一詠唱(ストック時)
我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。
詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。
第二詠唱(ストック魔法発動時)
野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。
魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。
【ディヴィルマ・ーー】
・
・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。
・【ディヴィルマ・ケラウノス】
雷属性。
・【ディヴィルマ・アダマス】
主に武器に付与可能。切断力増加。
・【ディヴィルマ・アイギス】
主に防具に付与可能。聖属性。
詠唱式
《スキル》
【
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上
【
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減
「…しかし…SS…か。いや、わかったよ、ベル。改めておめでとう。実際にランクアップした時には盛大に祝うとしよう」
「あ、ありがとうございます…!」
「ふふ、あの4人も帰ってきたら驚くだろうな。それで、ベル。明日からはどうするんだい?」
「その、また迷宮に潜って魔法をメインに使ってみようかなと」
「わかった。深く潜りたいならパーティを組んだほうがいいけど…」
「浅い階層で練習するので、大丈夫です!」
「ン、わかったよ。じゃあ、気を付けてね。ああ、それから、リヴェリアは今出掛けているから…帰ってきたら教えてあげるといい。喜ぶだろう。ンー…昼過ぎには帰ってくるはずだよ」
「はい!」
「…あと、明後日からの予定でラウル達と一緒にダンジョンに潜ってもらおうかと思っていたんだけど…どうしたいかな?」
「ラウルさん達と…是非、お願いしたいです!」
「うん、じゃあ、ラウル達にも伝えておくから…色々と学ぶと良い」
少しの会話を交わして、部屋を後にする。
「…誰か、並行詠唱教えてくれる人、いないかなぁ」
そんな呟きを拾う人は、いなかった。
一度、マインドダウンになりかけたこともあって今日はのんびりと過ごす。中庭を散策していると、木の下に人の影が…ベートさん?
そういえばベートさんって魔法は使うのかな、戦ってるところは見たことがないから、知らないんだけど…。
「べ、ベートさーん?」
「…あー? …兎か」
「そ、その、僕、ランクアップ可能になってました!」
「わざわざその報告をしに来たのかよ…で?」
「で、とは…?」
「…本当にそれだけかよ…なんか用事があるんじゃねぇのか?」
「えっ、あっ、その…べ、ベートさんって魔法とか」
使うんですか、聞こうとした僕の言葉を遮るようにベートさんが言葉を発する。
「俺は魔法は使わねえ…」
「そ、そうです、か…」
なんだか少し、怒っている…とも違うけど、空気が悪くなってしまった。嗅ぎ回るのはよくないんだろうけど、誰かに聞いてみようかな…?
「そ、その、邪魔をしてごめんなさい。今日はありがとうございました!」
「…あぁ」
それだけ言葉を返すと、また身体を倒して目を閉じるベートさんの姿を残し、その場を後にする。
使えない、じゃなくて、使わない。何か理由があるんだろうか、と思いながら。
暇になったときの定番と化している、豊穣の女主人へと僕は向かっていた。今回はご飯を食べに行く…というよりは、朝、失礼な対応を取ったことをシルさんに謝らないと。それから、リューさんに魔法を教えてもらう日をいつにするか決めないと、と話す内容を確認しながら向かう。
既に店は開いており、ちょうど昼過ぎということもあり盛況だ。
店内に一歩踏み出すと、猫人の店員…アーニャさんが、尻尾をピンと逆立てながら僕を指差す。
「ニャニャっ、シルの手作りお弁当を断った少年がこのお店に何の用ニャ!?」
そして、そんな第一声が、僕を襲う。その直後、店中の男性客から殺気が飛んできた気がする。多分、これは僕の罪悪感とか諸々から来る気のせいだろうけど。
「な、なんてことを言うんですかアーニャさん!?」
とりあえず、言い訳をしようとする。しかし。
「取り繕おうたってそうは行かないのニャ! ミャーは知ってるのニャ! 朝、逃げるようにシルの前から走り去っていったことを!」
「ちょちょちょ! 違うんです違うんです! あれには理由がありまして!?」
尚も、色々と暴露しようとするアーニャさんに僕は盛大に慌てながら言い繕おうとする。
「アーニャ、いい加減にして!」
そうして、焦る僕の斜め後ろから声が飛び出した。そこには、シルさんがいた。
「ニャ…で、でも、シル…」
「気持ちは嬉しいけど、ベル君の話も聞かないで文句ばっかり言わないで! ごめんね、ベル君。朝、ちょうどアーニャが見ていたみたいで…こちらの席へどうぞ?」
奥まった席へと案内され、不満げなアーニャさんとシルさんが隣に座る。えっと、お店はいいのだろうか…? あ、もう1人の猫人…クロエさんがすごい頑張ってる…。
「さて、それでアーニャ。まずはベル君に謝って。思うところがあったにしても、お店の中で大声で話すようなことじゃないでしょう?」
「ニャ、そ、それは…悪かったニャ」
「い、いえ…」
「私からも、ごめんなさいベル君」
「いえ、シルさんは悪くないですから…それから、僕の方こそ朝はごめんなさい。ちょっと色々と、勘違いというか思うところがありまして…」
「大丈夫ですよ、急にあんなことを言い出した私が悪いんです。ね?」
でも、今度は受け取ってくれると嬉しいです、そう言うシルさんに、僕は首を縦に何度も振った。
うん、シルさんは本当に凄くいい人だ。こんな人が策略を使うとか、そんなこと、ないに決まってる。僕はどうしてあんなに疑って掛かってたのだろうか。
「…不満そうだったのはシルも同じなのに、なんか納得いかないニャ…」
何かアーニャさんが呟いていたが、僕はそれを聞き取れなかった。
さて、とシルさんが手を軽く叩くように合わせながら立ち上がる。
「ご迷惑をお掛けしました、ベル君。お詫びに、今日のお昼は私が奢っちゃいます! お客様、ご注文は何になさいますか?」
ふふっ、と笑いながら問い掛けてくるシルさんにドキリとしながら、今日のおすすめランチを頼む。
「っあ、今日のおすすめランチで…お願いします…」
「はぁい、少々お待ちください」
機嫌良さげに離れていくシルさん、呆気にとられる僕とアーニャさん。
「…悪かったのニャ。ミャーも仕事に戻るニャー、これ以上サボってたらミア母ちゃんに…多分もう怒られるけど、これ以上怒られるのは嫌ニャ…」
そして、どんよりとしたオーラを放ちながら席を離れるアーニャさんに、僕は苦笑いしかできなかった。
料理を持ってきてくれたリューさんに、改めて約束を取り交わした僕は並行詠唱について質問してみた。
「あの。リューさんは、並行詠唱って使えますか?」
「並行詠唱ですか…そうですね、少しは自信がありますが…」
「あの、図々しいお願いだとは思うんですが、教えていただく事は可能でしょうか?」
「私としては構いませんが、かなり難しい技術になります。今のクラネルさんが習得できるかと言うと…」
「それでもいいので…あの、お礼は必ず…っ!」
「…わかりました。稽古をつけて差し上げましょう」
「ありがとうございます!」
そうして、並行詠唱に関しても教えてくれることになった。
本当に、お世話になってばっかりだなぁと思いながら何か恩を返すために僕にできることはないかと考えるけど、特にできそうなこともない。
僕って、何もできないなぁ…そんな風に自分を振り返る。
「いえ、いい機会ですので。それに、後進を育てるのは先達の役目でもあります。私は迷宮探索から離れて…
そう言うリューさんの顔は、なんだか、少し物憂げに見えた。
「…あの、リューさん」
「どうかしましたか?」
「…いや、なんでもないです」
きっと、安易に聞いちゃいけないことなんだろう。多分、何かを抱えているのは間違い無いんだろうけど…そんなの、誰だって同じだ。
ベートさんといい、リューさんといい、なんだか、他人のことを自分から避けているような…そんな気がする。
「…気を遣わせてしまいましたね」
「そ、そんなことは…っ」
そんな、僕の考えは簡単に見抜かれていた。恥ずかしい。
「そうですね、いつか…貴方ならば、話す機会も、知る機会もあるでしょう。ただ、それまでは…ここにいるのは1人の、元冒険者のただの…貴方の顔見知りのエルフ。そう考えていてくださると…有難い」
「…リューさん…はいっ! で、でも、リューさんは僕にとってただの顔見知りのエルフなんかじゃありません! とても…とても大切な人です!」
「そ、そう言うことを言っているのではなく…っ! はぁ…貴方と一緒にいると、私の心臓が持ちません…」
一つ一つの発言が、妙に私の胸を騒ぎ立てさせる…全く。
そう呟きながら、リューさんは僕のところから離れていく。
「申し訳ありませんが、そろそろ戻らないといけません…また、時間がある時にでも話をしましょう」
「あ、はい! 引き止めちゃって、ごめんなさい」
「お気になさらず。それでは、ごゆっくりどうぞ」
話に夢中になってそっちのけにしていた、おすすめランチ。
それにようやく手をつける。うん、美味しい。
さて…これを食べたら帰って、今度はリヴェリアさんにも魔法の教導をお願いしてみよう。リヴェリアさん、帰ってきてるよね?