ラビット・プレイ   作:なすむる

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37話 並行詠唱

「リヴェリア様なら、今頃執務室にいると思いますよ」

 

館に戻ってきて、ばったりと出会したアリシアさんに挨拶をしつつリヴェリアさんを知らないか尋ねる。普段から、よく一緒にいるから恐らく把握していると思って。

 

「ありがとうございます! ちょっと用事があったので…行ってきます!」

「どういたしまして。…リヴェリア様が貴方を気に入って面倒を見ているから私達も文句を言いませんが…」

 

すぐさま駆け出そうとする僕に、アリシアさんが声を掛ける。

 

「…? はい」

「あまり、リヴェリア様を困らせてはいけませんよ? あの方はエルフにとって、最上級の敬意を払うに値する高貴な血筋の方なのですから。このファミリアの者はもうほとんどが慣れているから問題ありませんが、ファミリアの外の保守派のエルフに貴方の振る舞いが見られれば問題となりかねません」

「あはは…気、気をつけます…」

 

釘をしっかりと刺される。確かに、普段のエルフの人達のリヴェリアさんに対する態度を考えると、僕は相当気安く接しているのだろう。

 

「だからと言って距離を置け、とも言っていませんからね? 黄昏の館(ここ)でのことは構いませんし、跳ねっ返りのエルフが貴方に直接文句を言いに来たら、むしろ私に声をかけてください。その代わり、外では出来るだけ気をつけてくださいね?」

「はい! 気をつけます!!」

 

言われたことにヒヤリとしながらもその場を去る。

まぁ、言われてみればそれもそうだよなぁと納得しつつ。

外では、気をつけないとね…結構エルフの人、多いし。先天的なマジックユーザーのエルフの人って、冒険者としての適性が高いからか、この都市には一杯いるんだよなぁ。

 

 

 

「リヴェリアさん、いらっしゃいますか?」

「ベルか、入っても良いぞ」

 

執務室の外から声を掛けると、リヴェリア様はやはり中にいたようで入室の許可を貰う。入ると、書類を片手に何かを飲んでいるリヴェリアさんの姿が…なんかすっごく様になっているというか…綺麗だなぁ。

 

「…ん、ベルも飲むか? 私の故郷の近くで作られている紅茶でな」

 

僕の視線に気がついたのか、手元のカップに目を落としてからふわりと僕に問い掛けてくる。

物欲しそうな目をしているように見えたのだろうか?

 

「あ、いえ、その、そういうわけでは…その、様になっているというか、綺麗だなぁと見惚れていて…」

「嬉しいことを言ってくれるな。何か話があって来たのだろう? どうせだから淹れてやろう。私も休憩しようかと思っていたところだからな」

 

丁度良い、焼き菓子もあるが、食べるか? そう聞かれた僕は大人しく、はい、と返事を返す。

てきぱきと用意してくれたそれらを、執務室内に備え付けられた応接スペースのテーブルに置かれる。

僕は、その後をつくようにして動き、ソファへと座る。

 

「…さて、なんの話だ? 生憎、フィンもロキも出掛けてしまったから私で答えられるものだと良いのだが…」

「その、報告とお願いごと、あ、後、相談がありまして…」

「まぁ、まずは話を聞こう。どれからでも良いぞ?」

 

ゆるりと、リラックスした姿勢でソファに掛けるリヴェリアさんと、腰を深くソファに落とす僕。対面する形で座る。

 

「その、報告なんですけど…実は、Lv2にランクアップ可能になりました!」

 

リヴェリアさんは一瞬、表情を緩めたが、ん? と首を捻って段々と表情が険しくなっていく。

 

「…ほう? このタイミングで…ということは、朝か、昨日の夜か、何かあったな?」

「あっ…その、朝、迷宮に潜って…インファントドラゴンの強化種を倒しました…」

「…1人でそこまで潜ったのか…?」

「は、はい…」

 

お、怒られる…そう思って、ぎゅっと目を瞑り身体を小さくする。

 

「…………はぁ………まぁ、良いだろう。祝事を前にして怒鳴りつけるほど私も狭量ではない。よくやったな、ベル。そんなに身構えるな…私が悪かったから、ふふ、ほら、その綺麗な眼を見せてくれ」

 

そんな僕を見て、褒めながら笑ってくれるリヴェリアさん。

恐る恐る目を開けると、リヴェリアさんは朗らかな笑みを浮かべていた。

 

「あ、ありがとうございます…それから、無謀なことをして、ごめんなさい」

 

でも、怒りたいのも事実だろうと謝ると、リヴェリアさんは気にするなと手をひらひらと振る。

普段にない、軽い対応だけどそれがありがたい。

 

「良い良い、冒険者たる者そういう時も必要だ。これで、大怪我でもして情けなく帰って来たのならば無茶をしたことの後悔どころか、懺悔するほどの勢いで説教をしていたが…偉業を成し遂げたのだ、少しくらいは目を瞑ろう」

 

それで、後の話はなんだ? と僕から話すように促される。

それに内心で感謝しながら、まずは相談を持ちかけた。

 

「はいっ、そ、それで相談なんですけど…フィンさんに話をした時に相談するのを忘れて…発展アビリティだったんですけど」

「ああ…相談ということは、選べるほど出たのか。それで?」

「はい…一つ目が魔導、二つ目が精癒で…」

「どちらも魔導師としては垂涎の的だが…」

「それで、三つ目が…幸運、なんですけど」

 

二つ目までは、喜ばしい顔をしていたリヴェリアさんだが、三つ目を告げると途端に難しい顔になる。

 

「幸運…聞いたことがない発展アビリティだな。ロキは何か言っていたか?」

「あ、はい、ロキ様も見たことも聞いたこともないし、効果の見当もつかない…と」

「ふむ、間違いなく希少なものだが…効果がわからないのではな…貴重な発展アビリティの枠を使うほどのものなのかどうか…ベル自身はどう考えているのだ?」

 

そう尋ねてくるリヴェリアさんに、僕は上手い返答ができなかった。

 

「えーと…実はどれも気になって、選べなくて…」

 

それを聞いて、益々悩ましい顔を深めるリヴェリアさん。

 

「…私の意見だけを言うならば精癒が一番良いんだが…このファミリア内でも私にしか発現していないもので、魔導師なら泣いて喜ぶアビリティだ。魔導は…まぁ、次回以降のランクアップでも取れるだろうし本職の魔導師じゃないベルなら、無理に取るほどのものでもないだろう…しかし、幸運か」

「ロキ様からも、無難に取るなら精癒が一番良い…と」

 

うーん、と2人して頭を悩ませる。

じっと僕のことを見ていたリヴェリアさんが口を開く。

 

「…当分、ランクアップは保留するのか? それともすぐにでも決めたいのか?」

「まだ伸びそうですし、魔力が伸びるまでは保留しようかな…と。魔法のストック数も増えるみたいですし…」

「そうか…ならば、少し考えてみるとしよう。改めてフィンにも相談した方が良いし、レフィーヤ達が帰って来てから相談してみるのも良いだろう…とは言え、皆も精癒を推すとは思うが…」

「はい、そうします!」

 

2人、一度紅茶を啜り話を一旦切る。

 

「…それで、お願い事もあるんだったか」

「はい、あの、酒場のリューさんにもお願いして来たんですけど…並行詠唱を教えてもらいたくて」

「並行詠唱か…レフィーヤですらまだ充分に扱えない代物をもう求めるのか?」

「え、そ、そうなんですか? レフィーヤさんなら使えると思って、教えてもらおうかとしてたんですけど…」

「…レフィーヤには言ってやるなよ? あいつもまだまだ未熟だ、できないことの一つや二つはある」

「それもそうですよね…あの、インファントドラゴンと戦った時にも頑張ったんですけど…回避に専念しながら詠唱するのが精一杯で」

「…うん?」

「英雄譚とかでは剣を切り結びながら詠唱して、魔法を近距離で放つ…みたいなことをよくしているので、それに憧れたんですけど…」

「あ、ああ、まぁ、完成形はそれになるだろうな。特にお前が師事するという同胞はその形を確立していると言えるだろう。私が知る限りでは最も巧く近接戦闘に並行詠唱を取り入れている」

 

そ、そうなんだ。少々の自信はあるっていうのは…謙遜ってやつかな。そんな凄い人に教えてもらえるなんて…!

 

そんな風に感嘆しているとリヴェリアさんが、しかしな、ベル、と呆れたような顔で告げる。

 

「皆が皆、それを出来たら私達完全に後衛にいる魔導師は存在価値がなくなるだろう? 殆どの者が回避しながらや、走りながらの並行詠唱ですら満足に出来ないのだ。魔力を制御することに集中しなければいけないからな」

「そ、そうなんですか…?」

「そうなんだ。特に、詠唱が長ければ長いほど、制御する魔力が多ければ多いほど難易度は増す。つまりだな、お前が言う『回避に専念しながら詠唱』と言う物ですら、十二分に高度な技術に当たるんだが…ベル、初めてのぶっつけ本番で出来たのか? 内緒で練習していたとかでもなく?」

「は、はい!」

「…止まって詠唱して放つという魔法の常識…いや、先入観がなかったから出来たのか…? 単純に分割思考能力に優れている可能性も…いや待てよ、ベルの魔法はストックという形を取るのだったな。もしや、ストックした魔法を放つには制御がいらないのか…? いや、それならそもそも…ふむ。とりあえず考えるのは後にしよう。わかった、明後日からはラウル達と迷宮に潜るんだったな? では明日1日、見てやろう」

「ありがとうございます!」

 

何か、思案に耽りながらリヴェリアさんが僕のお願いを聞いてくれる。

 

詳しい話は後にするか。私もそろそろ書類を片付けてしまわねばならないというリヴェリアさんの元を去り、自室へと戻る。

 

時刻は、気が付けば夕方近く。そう言えば、昨日、自分の勘違いで泣きながら不貞寝して出来なかった読書をしようと思い立つ。

 

「…飲み物と、何かつまむ物でも買ってこよ」

 

館を出て、近くのお店で飲み物と幾らかのお菓子を買う。

今日はのんびり過ごせそうだと、勘違いから来ていた気分の沈み込みと、その後の誤解の解消に加えて、ランクアップの高揚感。今の僕は、気分が非常に良い。

 

自室へ戻り、数少ない自分の荷物の中からお気に入りの本、その数冊を取り出して夜まで読み耽った。


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