ラビット・プレイ   作:なすむる

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3話 野兎捕獲

ベル・クラネルは天涯孤独になった。

唯一身内と呼べる祖父が谷底へと落下し、ほぼ間違いなく亡くなったためである。その祖父から聞かされた数多の英雄譚が、彼の趣味嗜好、果ては人格形成に大きく影響している。

そのため、彼は胸に秘めたる思いを実現してみたいと、育った村を離れわずかな路銀を手に迷宮都市へとやってきたのである。そして、ほぼほぼ路銀を使い果たしたところでなんとか迷宮都市オラリオへとたどり着いた。

 

しかし、現実は非常である。

齢13、しかも成長期らしい成長期が未だ訪れず、実年齢より幼く見えた彼は、冒険者になろうとしてもどこのファミリアにも受け入れてもらえなかった。

 

そうなると、生活もままならなくなる。最初の数日こそなんとか手持ちのお金で腹を満たし、屋根の下で寝ることができた。しかし、一週間、二週間と経つにつれ、素泊まりの宿すら取ることができなくなり、食料を調達することもできなくなった。

 

ファミリア探しに奔走していたため、まずい、何か仕事を探さなきゃと思った時にはもう、体力が残っていなかった。そして体力が尽きた彼は、大通りからほんの少しだけ入り込んだ路地裏にひっそりと座りこんでいた。

 

そこへ、神の救いとでもいうべき手が差し伸べられたのだ。

 

「あの…大丈夫、ですか?」

 

杖を片手に、おずおずと声をかけてくる少女がいた。しかしその時、空腹と疲労で荒んでいたベルはこれが大丈夫に見えるのかと八つ当たり的な思考に陥っていた。また、単純に口を開くことすら億劫であったため、すぐに返事ができなかった。

 

「え、えーっと…君、大丈夫?」

 

すると、困惑しながらも続けて言葉をかけてくる少女。とても優しい心根を持っているのだろう。ぴょこりと山吹色の髪から覗く、特有の耳から、エルフ族であることがわかる。

 

「…なんですか」

 

そんな彼女に、愛想のかけらもなく──今思えば、まさしく警戒している野生の獣のような──感情を乗せずに、短く返事をした。その態度に少し怯んだ少女であるがその直後、くぅ、と、小さく、されどしっかりとベルのお腹が鳴ったことにより表情が優しくなる。

そうして、腰につけていたポーチの中を漁って何かを取り出す。

 

「あの…これ、もし良かったら…」

 

そう言いながら、何かが入った袋を差し出してくる。

怪訝に思いながらも、ゆっくりと受け取り中を見るとそこにはいくつかの焼き菓子が入っていた。

 

「…ありがとう、ございます」

「気にしないでください…ねえ、君、こんなところで1人でどうしたの?」

 

恵まれた手前、まだ強がるわけにもいかないかと事情を簡潔に話す。話している途中、あるファミリアの名前を出した際に幾つか質問を受けた以外は、淡々と話を進めていく。

それで、ここにいたんです。と話を締めくくると感受性が高いのか、少女━━レフィーヤというらしい━━はちょっぴり泣きそうな表情になりながらちょっと待っててください! と駆け出して行ってしまう。

 

「なんだったんだろ…あ、これ、美味しい…」

 

走り去っていった少女からもらったお菓子を一口、穏やかな甘さに癒されながら、考える。そうだ、仕事を探さないと…。

しかし、まだ体に力が入らず、立ち上がることもできないまま一口、また一口と焼き菓子を頬張る。空腹は最高のスパイスとでも言うのか、今まで食べた物の中でも1番美味しく感じられた。

 

そうして、30分ほど過ぎただろうか。袋に入った全てを食べ終わった頃、ようやく体に力が戻ってきた。

 

「よし…今日中にどこか、仕事をさせてくれるところを探そう。まだ…昼過ぎ位、かな?」

 

そう独り言ち、よいしょ、という軽い掛け声と共に立ち上がり路地裏から出ようとする。

 

━━そういえば、あの少女はどこへ走って行ったんだろう?

そんなことを思いながら、待っててとも言っていたなぁと考えて路地裏の方を振り返り足を止める。しかし、彼女が何か即効性のある案を出してくれるというならともかく。やっぱり無理でした、というような可能性の高いだろうなんらかの話の結果を待っているのは少し博打すぎると考え直し、また、大通りの方に振り返り足を進めようとする。

 

ちょうど、その瞬間。

 

「あ、良かったまだいた! ベル君、ちょっとついてきてもらえますか?」

 

先ほどの少女が戻ってきて、声を掛けてくる。

 

「あ、レフィーヤさん…えっと、僕、これから何か仕事を探さないと…」

「大丈夫、心配しないでいいですよ、君の話をしたら一回連れてきてって言われましたから!」

 

とりあえず今日は心配しなくて大丈夫だよ、と、太陽のように明るい笑みを浮かべる少女を見て、消えた警戒感が蘇ってくる。いくらなんでも話が怪しいのではなかろうか?

もしかして、ついて行ったら身包み剥がされてどこかに売り飛ばされたり…?

 

「え、えーっと…ついていくとは、どこにでしょうか?」

「…ん? あ、ごめんなさい。言ってなかったですね」

 

そう言いながら、何か、エンブレムのような物をチャリっと取り出す。

 

「私はウィーシェの森のエルフ、レフィーヤ・ウィリディス。ロキファミリアに所属する、Lv3の冒険者です!」

 

…Lv3、冒険者?

…しかも、都市最大とも言われる、ロキファミリアの?

 

「驚きましたか? 驚いたでしょう? ということで、一緒にロキ様の元に…って、無視ですか? ベル君?」

 

…ああ、そうか、やけに面倒見のいい人だと思ったけど、なるほど、そうかレフィーヤさんってエルフだもんね…少し年上のお姉さんかと思ってたけど、実年齢どのくらいなんだろうなぁ、実は100歳超えてたり…?」

 

「ベル君? ベル? 何が言いたいんですか?」

「え、あれ、僕、口に出してました?」

「ええ、しっかりと。100歳ってなんの話ですか? もしか…いや、もしかしなくても私のことですよね?」

「いえいえ、気のせいですよ」

 

ガシッと肩を掴まれながら詰問される。まずい、口に出すつもりはなかったのに。女性に年齢の話はタブーだと、あれほどおじいちゃんから言われたというのに…っ!

 

「…まぁ、いいです。では、行きますよ。私達のホーム『黄昏の館』へ」

 

じとっとした目線で見られたけど、今回は見逃しますと言わんばかりの態度で許してもらえた。そうして、彼女と共に、これから長くお世話になることになる建物へと向かうことになった。

 

「…ちなみに、私、14歳ですからね」

「1つ上!?」

「え、1つ下なんですか?! もっと年下かと…!」

 

そんな話をしながら。


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