ラビット・プレイ   作:なすむる

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3章 兎は猫に、狩を教わる
38話 魔法特訓


結局あの後、夕食まで本を読み耽っていた。

夕食後にはリヴェリアさんと明日の待ち合わせの時間を決め、フィンさんに発展アビリティの相談をして、残った時間はまた本を読んでいた。

 

今度は、リヴェリアさんから渡された魔法に関する学術書だったけど…内容は難しくて、全然わからなかった…。結局、本の内容をほぼほぼ理解することもなく、脳味噌の中が文字で埋め尽くされた頃、僕は自然と身体をベッドに預けて深い眠りについていた。

 

 

 

翌朝、朝食を早めに済ませた僕は身支度を整えて館の正門の前にいた。

ちなみに昨夜読んだ本の記憶はびっくりするほど残っていない。ちゃんと読んでおかないと…いつ試験だ、と言い出されるかもわからないし。もしその試験をパスできなかったら、普段のスパルタっぷりが天国に見えるくらいのスパルタ授業が行われるらしいし…。

アイズさんが震えながら教えてくれた情報だ。今のところ、僕は運良く試験を突破し続けられているから、そろそろそのスパルタを受ける時かもしれない。何故か、身体に悪寒が走った。

 

リヴェリアさんとの待ち合わせの時間までは、まだ十数分程あるが待たせるわけにもいかない。早めに着いた僕は、一応、詰め込んできた携帯品を確認し直す。

 

「おはよう、早いな、ベル」

 

そうこうしていると、リヴェリアさんが杖を片手に、いつも着ているものよりは少し簡素な戦闘衣を纏って姿を現す。上層、中層用の装備かな? あのローブ、重たそうだもんなぁ…。

それでも、気品ある白と緑を基調とした綺麗なローブ。凄く高そうだ。

 

「おはようございます、僕も、今来たばっかりですよ」

「ふふ、そうか…まるで逢引の待ち合わせでもしていたかのような台詞を言うな?」

「あ、そ、そんな…揶揄わないでくださいよ…」

「すまんすまん、可愛いことを言ってくれるからつい、な。さて、行くとするか」

「はいっ!」

 

少し、冗談を交えながらの挨拶に緊張は解された。

僕は今から、名実共にオラリオ1の魔導師である、高貴なハイエルフの王族、リヴェリア・リヨス・アールヴその人…そのエルフ? に魔法に関しての教導をしてもらうのだ。

 

いかに、普段からかなり頼っている…甘えているとは言え、ホームの外に出ればアリシアさんに釘を刺されずとも共にいると緊張してしまう。

 

それに、他の魔道士の人に聞かれたら血の涙を流すような待遇だろう。僕も、かなり恵まれていると実感せざるを得ない。本当に、拾ってくれたレフィーヤさんには感謝しないと…今の僕があるのは、九分九厘レフィーヤさんのおかげだ。今度、何かお礼…レフィーヤさん、欲しいものとかして欲しいこととかないかなぁ。

 

そんなことを考えながらも、リヴェリアさんは普段の威厳ある姿とは違って親しみやすい様子で話してくれる。僕の気持ちを知ってか知らずか、軽口を交えながらの歩みは、なんだか楽しい時間だった。

 

「しかしだな、ベル。急ぐのは良いが髪はしっかりと梳かせ。ここも、ほら、ここも跳ねているじゃないか。全くお前と言う奴は…それとも、若い女の子相手じゃないと髪を整えるやる気も出ないか?」

「ごめんなさい…」

 

辛口を交えるのは、勘弁して欲しかったけど。

後、歩きながらとは言え他の人の目もある中で頭に手をやって撫で回されるのは…あの、ちょっと…かなり、恥ずかしいです…。

 

解けた緊張は、少し違う意味合いでの緊張となって何倍返しかになって戻って来ていた。

 

 

 

ダンジョン、5階層。

あの後、そのまま色々と話をしながらダンジョンを目指すこと数分。無事にダンジョンに入った僕達はこの階層まで潜って来ていた。

いつぞやにミノタウロスに襲われた、若干忌避感のある階層で僕の特訓は行われるらしい。進んで来た先にあったのは、これまたなんか走り回っている最中に通った記憶のある大きめのルームで。えっと、L-8…かな。あの時はわからなかったけど、リヴェリアさんの授業をしっかり受けた今の僕なら、この正規ルートを外れた脇道のルートもちゃんと把握して…

 

「さて、ここでやるとするか。ちなみにここはK-8だぞ」

 

前言撤回。一本ずれてたみたい。

 

「…はい!」

「なんだ、今の微妙な間は…間違えて覚えていたか?」

 

そして、その一瞬の間はしっかりと聞き咎められた。

 

「うっ、えっと、L-8かなぁと…」

「L-8は先程の別れ道を左だ。まぁ、この辺りは来ることも少ないだろうから仕方ないか…よし、早速始めるとしよう。今のストック魔法はいくつある?」

「はい…えっと、レフィーヤさんのアルクス・レイが2回にヒュゼレイド・ファラーリカが1回とアイズさんのエアリアルが1回、それから、リヴェリアさんのウィン・フィンブルヴェトルが1回です」

「そうか…では、私の魔法を一度放ってもらおうか。少し、確認したいこともあるのでな」

「はいっ!」

 

そう言って、詠唱を始めた僕をじっと見つめるリヴェリアさん。

特に、このふよふよと動く魔法陣と、僕の胸辺りを何度も目を行き来させながら見ている。

 

「…ベル、返事はしなくて良い。ベルの魔法の詠唱が終わった後、私の魔法の詠唱を始める前に少し待ってもらえるか? 魔力の流れを確認したい」

 

その声に、詠唱は途切れさせることなく頭を縦に振り了承の意を返す。

 

紡ぎ終わった詠唱と、練り上がった魔力を意識しながら魔法名を口に出す。これで、僕の脳内では自然と5つの球体が自らを主張するかのように浮かび上がって来た。後は、この中から選んで詠唱するだけだ。

 

「…なるほどな、ベル、詠唱を始めて良いぞ」

 

じろじろと、矯めつ眇めつ僕の様子を確認したリヴェリアさんがゴーサインを出す。それを受けて、僕は詠唱を始めた。頭の中に思い浮かべられているのは、やはり、最初に使ったのと同じ綺麗なその球体。

 

「…やはり、そのまま機能しているな。と言うことは、制御は元の魔法行使者に依存。方向性のみをベルが操っていると言うことか…? うぅむ、興味深い。一体どういった原理なんだ…」

 

リヴェリアさんが見守る中、詠唱を済ませ、膨れ上がった魔力をそのまま前方に向かわせ、魔法を行使する。

 

放たれた魔力の奔流は、一面を銀世界へと変貌させた。

 

それを見ていたリヴェリアさんは何度も頷いたり首を横に振ったりと忙しそうに何かを考えている。僕は、その考えが纏まるのを大人しく待つ。

 

「…そうか。これならば確かに遥かに楽に詠唱できるはずだ。なるほど、そうかそうか。面白い」

「えっと…何かわかりましたか?」

 

ぶつぶつと、顎に手を添えて呟いていたリヴェリアさんが一旦考えを区切っただろうところで声を掛ける。

 

「いや、仮定ではあるがベルの召喚魔法の原理が何となく理解できてな。恐らくだが、ベルが他者の魔法を行使する際、ほとんど制御に困らないのではないか?」

「えぇっと…普通の人の魔法がよくわからないから何とも言えないんですけど…多分…?」

「ああそうか、後ベルが使えるのは付与魔法だから制御自体は難しく…いや、アイズの魔法を使った時に吹き飛ばされていただろう? あの魔法は、ちょっとした事情もあって特別扱いにくいし、付与魔法の制御に関しては詠唱中の物ではないから少し違うのだが…あのような現象が、普通の魔法にもあるんだ」

 

すると、答えと共に例を指し示される。例えば、魔力爆発なんかだな。そう告げたリヴェリアさんに、僕はおうむ返しのように質問する。

 

「いぐにす…?」

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)、まぁ簡単に言うと、練り上げた魔力が魔法の形にならずに失敗して、集められた魔力が自分の元で暴れ狂い自分ごと爆発するような現象だな」

「ひぇっ!?」

 

な、何それ、怖い…ってか危なくない!?

リヴェリアさんの使う魔法の規模でそんなことが起きたら…い、一体どうなっちゃうの!?

 

「普通はそう言った危険性があるから、並行詠唱は難しいとされるんだが…ベルの場合は、恐らくストックとして内包した魔法自体が魔法の発動を手助けしているのだろう」

 

とりあえず、僕の魔法では安心していい…のかな?

 

「…つ、つまりは…?」

「ベルの魔法は、途轍も無く並行詠唱に向いている、と言うことだな」

「お、おおおおお!?」

 

最終的なリヴェリアさんの判断を聞いて喜ぶ僕を見たリヴェリアさんは、尚も仮定した理論とその他運用方法などをつらつらと告げてくる。中身はほとんど理解できなかったけど、端的に纏めるとこんな感じらしい。メモ書きに箇条書きにして渡してくれた。

 

 

 

・放たれた他者の魔法自体をストックしているので、細かい魔力の制御が必要ない、もしくはほぼ要らない。

 

・ベル自身の魔法の詠唱は、他者の魔法を呼び起こすトリガー程度なので細かい魔力の制御が必要ない、もしくはほぼ要らない。

 

・それでも他者の魔法の詠唱式が必要なのは、魔法自身が自らの魔法としての在り方を思い出す為? 詠唱やトリガー、魔法名を間違えた際にどうなるかは要検証

 

・ストックする際の魔法の詠唱及び魔力の制御はどうなっているのか? 要検証。戦闘時に使うことはないから些細な問題

 

 

 

とりあえずよくわからないけど、なんとなくわかったから良しとしよう。うん、並行詠唱向いてるってわかっただけで嬉しいからいいや。

 

その後も、リヴェリアさんが講義を交えながら、リヴェリアさんの魔法を分けてもらいつつ、リヴェリアさんを敵役として並行詠唱の訓練に勤しんだ。

最終的には、何とか、リヴェリアさん曰くLv1上位程度の冒険者の動きを相手取って戦闘を行いながら魔法を発動することができた。

 

こ、これ、単純に、戦って動き回りながら詠唱するだけでも辛い…っ! それに、リヴェリアさんの杖、当たったらめちゃめちゃ痛い!?

 

しかし、僕の並行詠唱を見たリヴェリアさんは仮定が大体合っていそうだと御満悦な表情だった。息も絶え絶えな僕に向かってつらつらと難しいことを話しながら、話を聞いているのかと不機嫌になるのは少し怖かったけど、リヴェリアさんが楽しそうで良かったです…。

 

精も根も尽き果てた僕は、床にへばりつくようにしながらその話を黙って聞いていた。全く、この程度で倒れるとはだらしがないぞと言うリヴェリアさんの声にも、反応することができなかった。

 

リヴェリアさん…座学だけじゃなくて実戦でもスパルタだったんだ…ちょっと後悔した自分がそこにいた。


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