ラビット・プレイ   作:なすむる

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41話 対放火魔

少し肩を落とす僕に、ラウルさんは遠慮がちな声で言う。

 

「…まぁ、アキの言うことはあながち間違いじゃないっす。厄介な攻撃が分かっているからには、それを潰すように立ち回るのが当たり前っすよ」

「そ、それはわかるんですけど…なんか…はぁ…」

 

言いたいこともやりたいこともわかる。

でも、なんていうかもっとこう…という、いわば僕のわがままに過ぎない妄想を木っ端微塵にされた気分。

そんな僕を見て、どうよ!? と言いたげな眩しい顔で僕の方を振り返ったアナキティさんが、僕の顔を見て驚く。

 

「あ、あれ? ちょっと、なんでベルは落ち込んでるの?」

「「なんでもないです(っす)」」

 

それに揃って答える、僕とラウルさんの感情の乗っていない声。

流石にアナキティさんも何かあるのはすぐに察するけど、それと同時にその声音に乗っていた踏み込ませない気持ちを察したのか。

 

「何よそれ…絶対何か隠してるでしょ…まぁいいわ」

 

そこで掘り返すでもなく流してくれる。その辺りは、やっぱりアナキティさんらしいところ。

そこで一旦話に区切りがつくと、ぴるぴる、っと、耳と尻尾を動かしながら、顎に指を当ててんー、とアナキティさんが呟いている。考え事でもしているのだろうか、迷宮の中だというのにとても絵になる仕草。先程見せられた脳筋っぷりを忘れてしまいそうな程の綺麗さだ。

 

「じゃあベル、次はベルがやってみよっか」

「えっ」

 

そう思ったのも束の間。いきなりの実践を求められる。うん、やっぱりこの記憶は消えない。この人もスパルタ族の人に違いない。

…実践…えっと、とりあえずアドバイスとやることをまとめると…先手必勝、と。うん…参考になる部分は少ないかなぁ…。いやこれ、失敗したら死にかねないよなぁ…助けてくれ…ないよなぁ…。

それでも、一縷の希望だとラウルさんの方を見る。

ラウルさんの顔は少し強張っていた。

 

「ラ、ラウルさん?」

大丈夫、ベル君なら頑張ればやれるっすよ(自分じゃ、アキのことは止められないっす)!」

「ラウルさん!?」

 

あっさりと、やはり見捨てられる僕。え、本当にやるの!? まだLv1なんだけど!? いやいやいや、確かにお2人がカバーしてくれれば問題ないでしょうけど…っ!?

 

って、あああなんかもうアナキティさんの後ろになんかってかヘルハウンドがいるううううううう!?

 

「きゃー、だれかがたすけてくれないとたべられちゃうー」

「棒読みにも程がありますよ!?」

 

くねくねと身体をよじりながら、僕の方を見てそんなことを言うアナキティさん。

後ろにいたヘルハウンドは、むざむざと背中を晒す獲物に若干警戒しながら距離を詰めてくる。

 

「うう、かよわいねこじゃあこんなおおきないぬには…ちらっ、ちらっ」

「あああぁああぁもおおぉぉおおおぉっ!?」

 

大根芝居どころか、芝居と名を付けるのもおこがましいそれを見せられた僕は持てる全力で踏み出した。彼我の距離は、20Mほど。アナキティさんの後ろには、ヘルハウンドが一体。

一歩踏み出す、ヘルハウンドが口を開ける。

ぐん、と身体を沈めて、更に強く踏み込む。

数歩駆け出す、ヘルハウンドの口から火の粉が漏れる。

ダガーをホルスターから抜き放ち、逆手に持つ。

更に駆け込む、アナキティさんの横を通り、口から火を出そうとしているヘルハウンドのその顎を、潜り込むように最後の一歩を終え下から強制的に閉じさせるように、ダガーの尻で叩き上げる。

 

『ギャオブギャルォっ!?』

「うひゃあぁ!?」

 

無事、ヘルハウンドの口を強制的に閉ざさせることに成功し安堵した僕の前でヘルハウンドの頭が爆発する。幸いにも、爆発と、それによって撒き散らされた血や肉片は回避することに成功できた。

危なかった、戦闘時は脚を止めるなという教えを受けていなかったら、その場に留まってまともに浴びていた。

 

それで、ヘルハウンドはどうなっ…うわ…何、うわ、グロい…。しかもまだ死にきってないのかビクビク動いてるし…動くたびに血と変なものが…おえっ。

 

「おえ…っ」

 

アナキティさんも背後でえずく。僕も若干の吐き気を催した。

な、なんで急に爆発なんか…。

 

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)っすね、ベル君は聞いたことないっすか?」

 

そんなふうに疑問に思っていた僕に、背後から答えが投げかけられる。近寄ってきた、ラウルさんの声だ。なぜ疑問が見抜けたのかはわからないけどそれは置いておいて。

その言葉は、確か…。

 

「あ…リヴェリアさんから、聞きました」

「ヘルハウンドの火炎は、魔力によって行使されてるっすから。吐き出せなかった火炎を制御しきれずに爆発したってところっすかね」

「…え゛、あんな爆発するんですか…?」

 

ラウルさんから教えられたそれを聞きながら、以前のことを思い出す。

リヴェリアさんから聞いた並行詠唱のデメリット。魔力の制御を維持する難しさ。時に魔力爆発を起こす、と言われてはいたけど…え、失敗したら下手したら死ぬって、ちょっとデメリット大きすぎるんじゃ…?

僕の魔法、難しくなくてよかった…っ!

きっと、難しかったらそれでも憧れて無理して、爆発させてた未来が見える…! よかった、本当によかった…死因:自爆とかにならなくて!

 

「人がやっても、基本的に外に魔力を向けてるから内側から破裂するなんてことはないっすけどね。でも、レフィーヤが昔、大魔法を失敗した時には肩から先が焼け焦げて見るも無残に吹き飛んで………あ、いや、なんでもないっす」

「ほとんど言い切ってましたよね!? というか、そんなことになるんですか!?」

 

ましてや、レフィーヤさんにそんなことが!?

あの腕が!? 吹き飛んだ!? か、考えられない…っ!

 

「まぁ、自分は魔法が使えないから実体験としてはないっすけど…人によっては、失敗しても魔力が散るだけだったりするみたいなんで、個人差じゃないっすかね?」

「そ、そうですか…あ、アナキティさん、大丈夫ですか…?」

 

口元を抑えながら床を向き、座り込んでいたアナキティさんがふらりと身体を揺らし、顔を上げる。非常に難しい顔…あ、いや、あれはただ吐き気に耐えているだけだ、うん。顔に力を込めて、しかし力なく僕に話しかけてくる。

その弱々しい瞳を、先程の演技の時に見せてくれていたら、僕はもっとやる気が出た気がする。うん、ちょっと俗っぽいけど。

 

「…ベル、無茶を言った私が悪かったけど…やり方ってものがあると思わない? もう少しスマートにというか、綺麗にできなかった…?」

「それをアナキティさんが言いますか!?」

 

それは偶然にも、先程の僕がアナキティさんに抱いていた感想と同じものだった。

 

「まぁまぁ、まずはベル君が無事にヘルハウンドを倒せて良かったっす。この調子なら、15階層くらいまでは頑張れるかもしれないっすね。まぁ、あそこからはミノタウロスが出るから少しこの辺りの階層に慣れてからの方がいいっすけど」

「ミ、ミノタウロス…ですか」

 

その単語に、少し肩を震わせる。

いい印象は勿論ない。しかも、Lv2冒険者達のパーティですら稀に壊滅する程の化物だ。今、ランクアップしたとしてその直後ならあっさりと負けるだろう…正直、怖い。というのが頭の中にある。

 

「あー…そういえば、逃げたやつに襲われたんだっけ、ベル」

「アイズさんが言ってたっすね…まぁ、無理することはないっすよ。当面は1階層から14階層を、色んなことを教えながら動き回る予定っすから」

 

なんだか自然と、休憩を兼ねた雑談の時間になった。

僕は言われたことについて肯定しながら、自分の思いも話す。

 

「はい…いや、でもそのうち絶対、僕の力で倒します」

 

そう、いつかはミノタウロスに絶対雪辱を晴らそうと。

これが、僕が主人公の英雄譚なら恐らく第一の壁として立ちはだかる、好敵手のような存在…そういう、何か運命的なものを感じたのだ。あの怪物相手に。

 

あの時の僕では手も足も出なかったけど…いつか、絶対に倒したい。

 

「それはいいけど、無茶はしないでね?」

「それは、はい、もう肝に銘じてます…」

「無茶をさせたアキがそれを…?」

 

ちくりと刺すようなラウルさんの言葉に、吐き気と戦って青白い顔をしているアナキティさんの顔に更に力が篭る。

 

「うっ、で、でもほら、ちゃんと対処できてたんだから無茶じゃなかったでしょ」

「それは結果論っすよ、Lv1冒険者をいきなり単騎で、しかもほぼ無策でヘルハウンドに突っ込ませるなんて、普通の考えじゃやらないっすよ? まぁ、ベル君は技術もしっかり磨かれてるみたいっすし、アビリティもかなり高いみたいっすから、問題なかったっすけど」

「…うう」

 

尚も責め立てられて、耳を垂らすアナキティさんが座ったまま僕のことを上目遣いに見る。う、こ、このなんというか、庇護欲を誘う目線は…。

 

「ま、まぁまぁラウルさん、何事もなかったんですし…それに、僕も成長は確かにできたでしょうから…」

 

それを受けた僕は、あっさりとアナキティさんを庇っていた。

アナキティさん、恐るべし。これが天然でやっているならばシルさんに匹敵しそうだ。

 

「ベル君は優しいなぁ…まぁ、そうっすね。この辺で切り上げておくっす」

 

そこで話は終わり、ぽつらぽつらと中身のあるようでない雑談をしながら、少し長めの休憩を取った。


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