「それでは、眷属会議を始める。今回は、非常に重大な議題があるので、各々忙しかったとは思うけどほぼ全員を招集させてもらったよ」
ロキファミリア団長である、『勇者』フィン・ディムナの一言で会議が始まる。ファミリア内のほとんどが集まった会議室では、滅多にない人数が集められたことでなんの話がされるのかと騒めいていた。
「まず、『遠征』の反省についてから。今回、僕やリヴェリア、ガレスやアイズに加えて他数名がいない中で37階層、階層主であるウダイオスの復活の確認を兼ねた遠征を行ってもらった。一応、前回の撃退からまだ2ヶ月と少しということで、復活していない前提の遠征だった。ここまではいいね?」
全メンバーが、首を縦に振る。
「今回に限っては今まで遠征に連れて行っていなかったメンバーにも加わってもらった。各々、学ぶことは多くあったと思う。今後もこういう機会は設けていくし、成長の糧にしてほしい」
若手のメンバーが、強く頷く。
「問題は、その後。遠征からの帰還時だね…ミノタウロスが、上層に逃げ込んだというのは、いったい何があったのかな?」
そして、その言葉には、誰も反応しなかった。
厳密には、出来なかった。その言葉が出た瞬間、アイズ・ヴァレンシュタインその人から放たれる『重圧』を感じたからである。
「…ハァ、俺が説明する…」
ギシリ、と椅子を軋ませながら、1人が声を上げる。
ベート・ローガ。Lv5、狼人の冒険者で、今回の遠征に参加した数少ない幹部級の1人でもある。
「ベート…いや、まぁいいか。じゃあ、説明して」
「チッ…発端は、休憩を終えて中層に上がった後だ。理由は分からねえがミノタウロス共が群れてたから、今回はLv1、Lv2の連中も多かったから経験を積ませようと戦闘を指示した」
刺々しい口調を交えながらも、しっかりと説明を行うベート。それをフィンは静かに聞く。
「Lv3の奴らを控えさせて、駆け出し主体で戦わせたんだが…後ろに控えている俺らにビビったのか、一部のミノタウロスがまともに戦わねえ内に離脱した。追いかけようにも、逃げ出さなかったミノタウロスと戦ってるパーティ、逃げ出したミノタウロスを追うでもなく呆然としてるパーティ、そいつらが壁になって、第一級、第二級の奴らが追いかける頃には、もうかなり上層まで登って…結局、一番上まで逃げたのが第6層でようやく仕留めた奴だ」
「…うん、説明ありがとうベート」
そう言いながら、ふぅ、とため息をつく団長を前に団員は緊張する。間違いなく、罰せられる問題である。運良く討伐できたから良いものの、ちょうど駆け出し冒険者がミノタウロスが逃げ出した経路上にいた場合、なす術なく殺されていた可能性が高いのだ。
「まずは、今回の件に関して、遠征に参加した幹部級、準幹部級に関しては後程罰則を課す。それ以外の団員に関しても、ペナルティは設けさせてもらうよ。ギルドへの示しも立たないしね。それから、ベート…さっきの最後の発言は違う。最も逃げたミノタウロスは5階層…ほぼ4階層まで上がってきていた。そこで、アイズが運良く討伐したんだ」
チラリと、目をアイズの方に向ける。それを受けて、剣姫はほんの少し表情を歪めながら、コクリと小さく頷く。
「…本当に、間に合って良かった」
アイズが静かに返したその言葉を聞いて、遠征に参加した面々の顔が強張る。その言い振りでは、誰か、駆け出しの冒険者が死にかけていたのではないか…その考えを、決定付ける発言が追加される。
「…後、数秒遅れていたら、ベルが死んでいた」
ヒュッ、と。息を呑み込む音が聞こえる。
そうして、場を沈黙が支配する。誰も彼もが想像したのだろう。最悪の事態を。
「…今回は被害はなかった。とはいえ、次があってはならない非常事態だ。各々、肝に命じるように…それで、今の話と少し繋がるんだけど、こっちが本題」
先程までの顔より、より一層引き締めた顔付きの面々が強く頷く。
そうして、この話より大事な本題はなんなのかと体に力を入れる。
「件のベルのことなんだけど…実は、誰にも告げずにダンジョンに潜っていてね。遠征で監視体制が薄くなった隙をついて、リヴェリアの座学の休憩時間に脱走したようなんだ。今回は運良く助けられたから良かったものの、また同じようなことがあっても困るからね」
━━誰か、正式に
その言葉に、何人かに視線が集中する。
『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴ
『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン
『千の妖精』レフィーヤ・ウィリディス
『大切断』ティオナ・ヒリュテ
ベルと親交があり、かつ、首輪をつけれる…あるいは手綱を握れそうな面々。何故か女性だらけなのは、彼が彼たるなんらかの理由があるのだろう。
男の団員は嫉妬を抱えているものも多いが、面と向かって文句を言えるような人間はいない。ベル自身いい人間であるし、その境遇に同情しているものも少なくはない。それに何より、本人に問題があるというのならともかく、女性陣のお気に入りに真っ向から文句を言える男は少ないのだ。
また、神ロキが目をかけている、という事実もプラスに働いている。
子供の可能性を見抜く神が目をかけているのであれば、何か光るものが間違いなくあるのだろう、と。
「誰か引き受けてくれる人はいないかな、と思ってね。自薦でも他薦でもいいよ。ただ、1人の人間についてもらうからには時間的にも肉体的にも拘束されるから、そのデメリットもしっかりと考えてほしい」
視線の集まった先程の4人が、互いに目配せし合う。本人達も、この中の誰かが適任だろうと自覚しているのだ。
その間、他の女性陣は少し惜しい気持ちを持ちながらも我関せずと視線を逸らし、男性陣は誰か1人に肩入れするわけにはいかないと存在感を消した。
「…私は、立場的に難しいだろう」
そうして、アイコンタクトでのやりとりがひと段落した時点で1人が降りる。リヴェリアである。
「まぁ確かに、副団長という立場の君が直接というのは流石にね」
そもそも、座学をほぼマンツーマンで見ている時点でどうなのかという声もあるが。
「…んー、私も今回は諦めるかなぁ。色々と、やらなきゃいけないことも多いし…」
そして、盛大に悔しそうな表情をしながらティオナも引き下がる。
後に残ったアイズとレフィーヤは、互いにおろおろちらちらと目線を交わしている。読み取れた限りでは、互いに相手を推しているようだ。
「…ちょっと残念だけど、多分、レフィーヤの方がベルにとっては良い…と、思います」
「ええ!? いやいや、私なんかよりアイズさんの方が…ほら、ベルは剣を使いたいみたいですし…」
「魔法も、使いたいって言ってたよ? …それに、私は怖がられているみたいだし…」
その言葉と同時に、表情が陰る。
どうやら、ファーストコンタクトから何から失敗続きで、警戒心が解かれていないのを気にしているらしい。
これは、レフィーヤで決まりか。大多数の人間がそう思ったところで団長の横槍が入る。
「なら、2人で順番に面倒を見るのはどうかな?」
まるで、最初からそうする予定であったかのように淀みなく告げる。
伸び悩み、力を求め、ダンジョンに潜りっぱなしのことも増えたアイズ・ヴァレンシュタインのこと。自信を持てず、自らの力を十全に発揮できていないレフィーヤ・ウィリディスのこと。
2人のことも考えた末に、ベルと共に過ごすのは何かいい影響が出るのではないかと考えていたのである。
こうして、ベル・クラネルはアイズ・ヴァレンシュタインとレフィーヤ・ウィリディスに鍛えられることになったのである。