ラビット・プレイ   作:なすむる

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久々にそれなりの文字数。


65話 戦争遊戯

丸一日、アポロン・ファミリアが都市内を確認する時間を待ちに待ち、それがようやく終わり、戦争遊戯の開始日になった。

 

僕達はアポロン・ファミリアに先んじて、ギルド職員の案内のもと都市内へと入っていく。事前に決めた家に入り、レフィと2人、その時を待つ。一応、1週間分程度の食料も持ち込んではいるし、簡単な調理ができる程度の道具も持ち込んでいる。

相手がどう出てくるかはわからないけど、長期戦も警戒してのことだ。

 

シルさんから、あのお出掛けの時に貰った首飾りを軽く服の上から握り締める。

戦争遊戯に出るかもしれないので、今週の買い物の付き合いはもしかしたら行けないかもしれないです、と言うことを喫茶店の個室の中でのんびりとしていた時に話した僕に、シルさんがその日、首に付けていた首飾りを外して僕に渡してくれたのだ。

 

雫型に細く、綺麗な彫金で縁取られた美しい緑の宝石。僕が、リヴェリアさんに贈った翡翠より深みのある緑色だ。何らかの力を宿す冒険者用装身具(アクセサリー)だろう。

 

お守りです、と。そう言われながら手渡してもらった時に、無事に帰ります、待っていてくださいという言葉を返した。

 

だから僕は、絶対に勝って、凱旋しなければいけないんだ。

ファミリアのために、応援してくれる人のために。

 

昇ってきた太陽を窓の外に見ながら、今か今かとその時を待つ。

心が、熱くなっていた。

 

 

 

交易都市跡地、かつて、物流の中継地点として栄えた大都市の跡地が今回の戦争遊戯の舞台となる。

今現在では、迷宮都市オラリオを中心とした経済になっており、そこから遠く離れたここは、その存在意義を失って久しい。

そもそも、ダンジョンからモンスターが湧き出てきていた時にはこの辺りは危険な区域であり、崩壊の憂き目に何度か遭っていたらしい。

 

最後に壊滅したのがいつかはわからないが、恐らくはオラリオにバベルが出来た時点で放棄されたのだろう。人間同士の戦争においても立地、施設的に戦術的価値は低く、利用されることもなく朽ち果てていくばかりであったようだ。

 

その都市内で、今、急ピッチで作業が行われていた。

 

戦争開始まで、あと僅か、アポロン・ファミリアは戦争開始地点に選んだかつての交易都市の支配者の館の補修と、100名を超える全団員分の資材を運び込んでいた。

 

「…よし、予定していた物資の搬入は終わったな。恐らく、相手は隠れに隠れて奇襲を仕掛けて来るだろう。準備は万全にしろ、補強できるところは補強しておけ」

 

食糧に、武器、防具、それらの予備、日常生活に使う消耗品など、多岐に渡る資材を運び込み、仕分けし、保管する。

それらを、彼らは昨日1日の時間と、今日、ロキ・ファミリアの2人が先んじて入った後の僅かな時間を使って行っていたのだ。

 

「…ふん、下らんな。ここまで準備する必要もないだろうに…虱潰しに探して、見つけ次第叩き潰す…それだけで終わることだろう」

 

その建物の最上階、かつて、謁見の間として使われていたのだろう。

朽ちた赤絨毯が伸びる先に、豪華な椅子が置かれていた。

それの清掃を他の団員に行わせたヒュアキントスは1人、そこに腰掛けていた。

 

そして、あくせくと働いている他の団員達を見下すようにして、独り言を漏らす。

 

内心、主神への不満を少し持ちながらそれを押し留めて神命を果たすのみと、ヒュアキントスは深く瞑目した。あの少年にどれだけの物を見出しているのかはわからないが、たかだか1人のためにこの大掛かりな作戦だ。面白くはない。

 

「…つまらない茶番だ」

 

ヒュアキントスが漏らした言葉は、どこにも届くことはなかった。

 

 

 

「…しかし、可哀想ねあの子も。まぁ、ウチも抵抗したけど…今は、結局こうなっているしね」

 

アポロン・ファミリアの幹部であるLv2冒険者、ダフネ・ラウロスは館の2階、本棟と別棟を繋ぐ渡廊下にいた。そこは吹き抜け構造になっており、外の様子がよく見えた。

吹いた風が、彼女の短い赤髪を揺らす。荒れた髪の毛を、手で撫で付けるようにしていると不意に声が掛かる。

 

「ダ、ダフネちゃん…」

「カサンドラ?」

 

黒い長髪を垂らした女性冒険者が、ダフネへと声を掛ける。

何かに怯えるように震えながら、片手で反対の肩を抑えるようにしながら口を開く。

 

「こ、ここにいたら駄目…早く、早く逃げよう」

「ハァ?」

「炎が、炎が…全てを呑み込んじゃうの…」

 

突拍子もないことを言うカサンドラに、ダフネは呆れた顔を隠さず見せる。

 

「また、夢でも見たの? 炎って…『千の妖精(サウザンド・エルフ)』の魔法? いくら彼女だって、そんなこと、できるはずがないじゃない。格上とは言っても、Lv3の魔導師よ?」

「違う…っ、違うの、白い英雄が…お願い! 信じて…っ」

 

いつも外れる『予知夢(被害妄想)』を、嘯くカサンドラは、必死にダフネへと縋り付く。普段ならハイハイと聞き流すダフネも、その様相に少し気圧されていると、カサンドラがピクリと何かの音に反応するようにして動きを止める。

 

「あぁ…もう、駄目、間に合わない…」

 

遠くから、開戦を告げる銅鑼の音が鳴り響き始めていた。

段々と音を増すそれは、都市外から鳴らされているはずのそれの音は、既に都市中央のここまで辿り着いていた。

 

「…もう諦めなさい、カサンドラ。とにかく、終わるまでは出られないわよ」

 

子供を諭すかのような声で言葉を残して、去っていくダフネを見守るカサンドラの顔は、悲観に溺れていた。

 

「もう駄目…みんな、みんなあの炎に裁かれてしまうんだ…」

 

 

 

都市は、街中何処を見ても賑わいを見せていた。

娯楽に飢えた神々が、戦闘に高揚する人々が、待ち望んでいた戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。熱気と興奮の坩堝と化していたオラリオでは、全ての店が早朝から営業を始め、そのほとんどが満席となっていた。外では、街の至る所に露店や屋台が立ち並び、朝から酒を煽る人が多く見られた。

 

神々の喧伝によって、面白おかしく伝えられた今回の戦争遊戯の概要は、悪ノリした吟遊詩人や酒場の酔客、恋愛話を好む町娘によってたった1匹の小魚がまるでリヴァイアサンになったかのような変化を見せ、熱狂に華を添えた。

 

その中で最有力となっている切っ掛けが、ロキ・ファミリア期待のルーキーであるベル・クラネルと、彼と深い仲であるレフィーヤ・ウィリディスの仲を裂き、自らのモノとしようとした神アポロンへの怒りが原因であるというものだ。これは、普段から良く街中を歩いている2人を見かける者達の間で話されていた。

 

これは、ロキ・ファミリアの面々をしても正直否定するに困るところであったから余計に話が盛り上がった。実際、ベルが怒りを見せたのはレフィーヤへの侮辱、ロキ・ファミリアへの侮辱が原因であるのだ。若干中身は違うにしても、だいたい大筋は合っている。

 

今日という日ばかりは、街中で働いているのは食材や酒類を販売しているお店と飲食店、ギルドの職員くらいだと言うくらいの人数がそこかしこでそんな話をしながら、開戦の時を待っていた。

 

『あー、てすてす、あー、えー、みなさんおはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯実況を務めさせて頂きますガネーシャ・ファミリア所属、喋る火炎魔法歩く火炎放射器ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は『火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)』気軽に火爆火(火馬鹿)とでも呼んでください』

 

ギルド本部、慌ただしく職員が動き回る中、前庭となる場所では観客達の前に仰々しい舞台が設置され、勝手に実況を始める褐色の肌の青年が、オラリオ特産とも言える魔石を利用した製品の拡声器を片手に声を響かせていた。その前には、大勢の人々が待ち構えていた。

 

『また、解説役として我らが主神、ガネーシャ様に来て頂いております! ガネーシャ様…それでは一言何か!』

 

その声に、イブリの横に立っていた、巨大な像の仮面を被った男神が息を吸い込み、叫ぶ。

 

『ーー俺が、ガネーシャだ!』

『はいっ、わかっていたことですけどありがとうございましたー!』

 

オラリオ中が、それぞれにそれぞれの思惑があるとはいえ一つとなり盛大に行う戦争遊戯は、下手をすれば既存の他の祭りより規模の大きい興行となる。

オラリオ内で観戦することができるそれを見るために、他地域のもの達がわざわざオラリオへと来ることも珍しくなく、そこでも莫大な金額が動くことになる。都市への入場料然り、街中で観光客が店に落としていく外貨というのは、非常に大きなものだ。

ギルドにとっても、その権威を示す好機となり、また、優秀な冒険者や冒険者候補がこれを機にオラリオへと訪れることもある。

 

そして、戦争遊戯は誰よりも神々が求める、至上の娯楽の一つである。オラリオは今、熱狂が熱狂を呼んでいた。

 

「おー、外はもう盛り上がっとるなぁ」

 

べったりと窓に張り付きながら、眼下の光景を見下ろすロキが楽しげに声を出し。それを聞いて、周りの神々は少し不思議に思いながらも口は挟まない。

 

天界であれだけ騒ぎを起こしたトリックスターが、何か弱みがあったとは言えアポロンに好きなようにされている現状に、不満を持たぬはずがないと皆が考え…そして、アポロンに悲劇が訪れるであろう未来を悟った。

 

ほんの少し冷静になれば、そうなのだ。ロキと犬猿の仲と言われているフレイヤとはベクトルが違えど、ロキも子供への愛情は深い。そんな彼女が、このような事態になって高確率でベル・クラネルを手放すかもしれない現状を放っておくはずがない。

 

確実に、何かがある。

 

神々はそれを察し………しかし、一切おくびにも出すことはない。

 

何故か、と言われれば、娯楽を求めているからである。

 

神々の楽しみは、眼前の戦争と共に戦争終結後のアポロンのこと、それが、当人を除いた周りの共通認識となった。

 

「…さて、ウラノスー、そろそろええやろ? 『力』の行使の許可を』

 

ロキが、不意に声を発する。それに応えるは、重々しく神々しい声。

 

【ーー許可する】

 

それが響くと同時、オラリオ中の神々が一斉に指を弾き鳴らした。

 

瞬間、待ち詫びていた人々の前に、酒場、街角、広場、空中、本拠内、場所を選ばず至る所に『鏡』が出現する。

 

どわぁぁぁっ、と、都市が震える。

 

オラリオから遠く離れた都市跡地にて行われる戦争遊戯を、これを通して皆は見るのだ。これが置かれたと言うことは、待っていたその時間は近い、皆が理解し、酒場ではお代わりの注文が相次いで飛び交い、そこかしこで金貨が舞っていた。

 

『では、鏡が置かれましたので改めて私の方からご説明させて頂きます! 今回の戦争遊戯はロキ・ファミリア対アポロン・ファミリア! 形式は市街戦! 両陣営の戦士達は既に事前に決めた開始拠点へと身を置いており、戦争開始の銅鑼が打ち鳴らされるのを待ちわびております!』

 

それを契機にして、実況が今回の戦争遊戯の概要を説明していく。それを聞き、都市の盛り上がりは一段と膨れ上がり、酒場や街角では冒険者や商人が胴元として取り仕切る賭け事が白熱していた。

 

「おら、お前ら、もう始まるぞォ!? 締め切るけど、いいかァーっ!?」

 

戦争遊戯の勝者はどちらになるかと言う単純な賭け。胴元がいくらかは持っていくにしても、賭け事好きな者なら見逃せないだろう、賭けた分だけ、応援にも力が入るというものだ。

 

「オッズは…ロキ・ファミリアが8に対してアポロン・ファミリアが1ってところか」

「おいおい、2人対100人超えだぜ? オッズ低すぎんだろ」

 

人数だけを見れば50倍もある差が、オッズにしてたかだか8倍。それだけ、ロキ・ファミリアに賭けている人数が多いことを指し示す。

 

「何処の誰がこんなに賭けてるんだよ…」

「神連中と…まぁ、噂好きな一般人ならロキ・ファミリアにいくんじゃねえか?」

 

神共は大穴が随分と好きなようだ、1000年も昔の皮肉を込めながら呟く冒険者の視線の先では、大金が書き込まれている賭券を握り締めている神々の姿があった。

 

『いけぇーっ、ベルきゅーん!』

『ファミリアの金庫から勝手に全財産持ってきたんだ! 勝ってくれーっ!』

『俺は団長の子の大事な武器を質に入れてきたんだ! 負けたら送還されちまうぞぉー!』

 

などと叫んでいる様は、冒険者達に深い溜息を吐かせた。

 

 

 

その頃、別の酒場では

 

「ここの酒場の冒険者はアポロン派ばっかりじゃねえか、つまらねえな、誰かいねえのか!?」

 

嘆く胴元がいた。この場に神はおらず、賭ける冒険者達はこぞってアポロン派だ。そこへ、1人の男が歩み寄る。少し前にLv2になったばかりの冒険者だ。胴元の前に出て、懐から出した金貨の詰まった袋をニヤリと笑いながら叩き付ける。

 

「ーー兎、ああ、いや、ロキ・ファミリアに全財産だ!」

 

その声に一瞬、酒場の中は沈黙が流れる。

次の瞬間

 

「おいおいっ、正気かお前!?」

「マジかよっ、て、お前、兎と一緒にミノをヤった奴か!」

「ぎゃはは、ご祝儀賭けか!? おぉい、他にロキ・ファミリアに賭ける奴はいねぇのか!?」

 

名乗り出たその男に、酒場が湧く。それも、全財産、金額にして80万ヴァリスというその大金に、大笑いが巻き起こる酒場の中でその男は悠然としていた。終わった後に悔しがって文句を言っても、俺は全部きっちり掻っ攫っていくぞ! と勝利宣言をした男に酒場は更に沸き立つ。

 

街中は何処を見ても、熱狂が渦巻いていた。

 

 

 

『…っと、銅鑼が鳴り始めましたね…さてさて皆様、待ちくたびれてしまった方も多くいるかと思いますが…とうとう! 戦争遊戯が開幕いたします! 皆様、眼前の『鏡』にご注目ください!』

 

「ロキ、ベル・クラネルとの別れは済ませてきたのかい?」

「アホぬかせ、んなこと誰がするか」

「クク、まだ強気でいるとはね。まぁ、後悔しないように祈っておくよ」

「…それはこっちのセリフや、アホンダラ」

「ん、何か言ったかい?」

「いーや、お前もそろそろ自分の席に着いた方がええんちゃうんか? うちはうちの可愛い子供の勇姿を見るのを楽しみにしてるんや、さっさとどっか行け」

「やれやれ…じゃあ、私は戻るとしよう」

「ふんっ…余裕かいてられるのも今のうちだけやで」

 

優雅に座席へと戻るアポロンの後ろ姿に、視線を突き刺しながらロキは笑う。ここまで行けばもう、取り返しはつかない。

 

ロキは、戦後を楽しみにしていた。

 

ギルドで動きながらも、鏡を見ていたエイナもまた、その時を待っていた。同僚のミィシャと共に、不安を胸に抱きながらその時を待つ。

そして

 

『戦争遊戯ーー開幕です!』

 

戦争の火蓋は、今この時、切られた。

 

 

 

ベルは、銅鑼の音を聞きつけてレフィーヤの方を向いた。2人、こくりと頷いて…外へと出て、駆け出す。

 

目標は、あの大きな館…の、外の石塀。まずはあれを吹き飛ばす。

魔法が届くところまで近寄った2人は、堂々と姿を現しながら詠唱を進める。

 

一方、館の中で4人から6人程度のパーティを作り虱潰しに探しに行こうとしていたアポロン・ファミリアの面々はそれに気が付くのが遅れた。

気が付いた時には2()()の詠唱はほぼ完成しており、止めに入る余裕など一切無かった。

 

ロキ・ファミリアの方から攻めてくるなど、アポロン・ファミリアの面々の、ヒュアキントスの、頭の中には無かったのだ。それを後悔する暇もなく2人の魔法は完成する。

 

未だ、堂々と立ち、2人同時に魔法を完成させる瞬間には、悪戯な子供のような表情を浮かべる。

 

ーーもっともっと、注目されちゃいそうですね

ーー今更ですから、見せ付けちゃいましょう

 

目で交わされた2人のそんな会話に気がつく人はいなかったが、その特別な何かを感じさせるやり取りに観戦者、とりわけ、2人を特別な間柄だと思っている街の人々は黄色い歓声をあげる。

 

「ーーレプス・オラシオ」

「ーーエルフ・リング」

 

そしてとうとう放たれた魔法。しかし、何も起こらない。それもそのはず、放たれたのは詠唱もトリガーも違えど、召喚魔法。それ単体では効果を成さない魔法で…次に始まった2人の詠唱を聞いて、広がった魔法陣を見て、アポロン・ファミリアの一部は顔を蒼褪めさせる。

 

「「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬」」

「!? と、止めろ! 奴等の詠唱を止めろォっ!?」

 

叫ぶヒュアキントスの声、動き出す団員、しかし、2人の姿は、遠い。

 

遠く離れた都市での戦いに、オラリオはもう、街が壊れるのではないかというくらいに大興奮していた。

 

『な、なんということでしょうか!? この魔法は、かの『九魔姫(ナインヘル)』の魔法!? いえ、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』については皆様ご存知の通りかと思いますが、『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』まで!?」

「おいおいおい、なんつぅ隠し球だよ!?」

「そうか、最速記録はこの魔法のおかげか!?」

 

酒場では冒険者達が騒ぎ

 

「な、なんっ、何だと…!? あの成長は、スキルの効果では無かったのか!?」

「んー? どないしたんやアーポォロォン〜? 随分焦ってるようやけどぉ〜?」

「ぐっ…!? く、ま、まだまだ…この程度で私の可愛い子供達が崩れることはない!」

 

バベルではロキがアポロンを煽り倒し

 

「「間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き」」

 

交易都市の中央部では、青い魔法陣が赤く染まり、ヒュアキントスは益々焦りを強める。

カサンドラは震え、ダフネは汗を一筋流し、他の団員達も各々行動を始める。ヒュアキントスの第一声で向かった団員も、2人を食い止めるには距離がありすぎる…それは、埋めることができない。

 

「「暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。」」

「駄目だ! 間に合わん! 全員、防御態勢を取れぇ!?」

 

2人の魔力が膨れ上がる。走り寄っていた団員達ももう少しで届くか、と言ったところでヒュアキントスが再度叫ぶ。それを聞いて、館の方にいた全員が咄嗟に防御態勢を取り、魔法に備える。

 

「「焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ」」

 

チラリと、ベルとレフィーヤが視線を交わす。

こくりと、互いに頷いて…肩を合わせるようにして、ベルは槍を持った右手を、レフィーヤは杖を持った左手を、前方に掲げる。

 

「「レア・ラーヴァテイン!!」」

 

瞬間、魔力が爆発的に膨れ上がり、轟ッ!! と音を立てて火山の真っ只中のような火柱が、炎が、アポロン・ファミリアの籠る館を襲う。

 

炎が消えた後には、ガラガラと崩れる音。補強された石塀は、その一撃によって崩され、吹き飛ばされた。そこかしこで、嗚咽のような声が聞こえてくる。どうやら、2人を止めるために飛び出てきていた団員が巻き込まれたようだ。その余波で一部、館にも被害が出てはいるがまだまだ健在。ここから先は乱戦も覚悟して…2人は、焼け崩れた石塀を乗り越えて中へと入り込む。

 

『な、ななな、なんということでしょう!? あっさりと石塀を破壊し、館内へ侵入していくロキ・ファミリア! というよりあの魔法は、まさしく『九魔姫(ナインヘル)』のもの! いえ、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』に関してはわかっておりましたが、『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』までもが放ったぁ!? 私、この二つ名を名乗るのが今、少し恥ずかしくなるくらいの特大の火魔法を目の前で見せ付けられて、ショックを受けております!』

 

その光景に、観戦者達は大いに沸き上がった。




次話で終わるかどうか。

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