ラビット・プレイ   作:なすむる

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67話 戦争遊戯(3)

「…我が名はヒュアキントス・クリオ。『太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)』。我が太陽にこの身を捧ぐ…我が太陽を地に堕とす訳にはいかない。名乗れ、兎よ。この物語のような舞台に相応しく決着をつけようではないか」

 

それは、唄うかのように紡がれた名乗り。

それは、男同士の浪漫。

少し遠くで蹂躙を終えたレフィーヤも、空気を読んでそっちで大人しくしていた。仮に、もし、万が一、億が一にもベルが負けたらすぐにこの男を抹殺できるように、と魔法の詠唱をしておきつつ。

 

「僕はベル・クラネル。神様から頂いた二つ名は『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』。道化師の子として………無様な情けない姿は、見せられません」

 

これは、星が太陽に灼かれる悲劇の物語ではない。

これは、道化を背負う英雄が、英雄たらんとする物語の中の一つの山場。

 

ーーさぁ、『喜劇』を始めましょう。

これは、僕が道化師の子として皆を笑顔にさせる、ただの壮大な茶番劇だ!

 

叩きつけるようなベルの言葉に、茶番、茶番か…そうかもな、とヒュアキントスは笑う。ベルも、笑う。

 

「ク、クククククっ…行くぞ!」

「ハハ、ハハハハっ…来いっ!」

 

互いに、笑いながら武器を構えた。先手はヒュアキントス。Lv3のステイタスを最大限に活かした突貫を、ベルが受け止める。力は、互角。

バベルでは、信じられないものを見る神々の眼に、ロキが晒されていた。

 

『おぉいロキぃ!? なんでまともに打ち合えてるんだよ!? ヒュアキントスはLv3だぞ!?』

『そうだっ! 何かしているに決まってる、一体何をしたんだ!?』

「何もしとらんわぁっ! 純粋な成長と、スキルの効果や!」

「こりゃあ、ベル君、随分とステイタスの貯金があったんじゃないのかい?」

 

神々の疑問に叫び返したロキに、ヘルメスがそっと近寄って尋ねてくる。

 

ベルがLv3に至ったという情報はない。となれば、Lv1の際に鍛え上げられた基礎能力値と、現在のLv2の基礎能力値の合計で、Lv3のヒュアキントスに迫る能力を発揮していると見当をつけた彼は、よっぽど能力値が高い状態でランクアップを果たしたに違いないと確信していた。

 

ロキは、胡散臭そうなものを見る眼をヘルメスに向けると、お前には言わへんで、と素っ気なく突き返す。

 

「ならロキ、私からもお願いするから、教えてもらえないかしら? 勿論、ヘルメスが周囲に漏らしたらその分も私が罰を与えると約束するわよ? それから…ああ、そうね、嫌と言うなら私が貴方に貸した物を返してもらいましょうか?」

「フレイヤ…お前はほんまに…それに、なんやうちが借りた物って。そんなんあっ「鷹の羽衣」…………………………Lv1の最終ステイタスでアビリティオールSや、器用と敏捷に至っては、SSまで行っとる………今は力だけSで後はSS…あ、敏捷はSSSやったかな…」

 

フレイヤに弱みをしっかりと握られていたロキは、どうせいつか漏れるだろうしと観念してステイタスを教える。

 

それを聞いたヘルメスは眼を瞠ってマジ…? と呟き、フレイヤはふぅん…と軽く悩ましい声を出す。

 

そんな中、ベルとヒュアキントスの戦いは熾烈さを増していた。

 

「ヒュアキントスぅっ! 負けるんじゃないぞっ!?」

「行けぇ、ベルきゅーんっ!! そこだぁ!」

 

神々の応援にも、熱が入ってきた。

放たれる斬撃、受け止めるは白銀の槍。

鋭く重たい一撃で、太陽に愛された男は剣を振るう。道化た兎は、受け止め切った剣を押し込んだ瞬間、槍から片手を離しダガーを引き抜き、振る。突然の攻撃に、しかしヒュアキントスは反応して叩き落とす。

 

攻防が目まぐるしく入れ替わるがしかし、徐々にヒュアキントスが防戦一方になっていく。油断は微塵もしていない、ステイタスは忌々しいことに互角…力で多少勝り、敏捷で多少負けている。

 

であれば、両者を分けるのは純粋な技術。確かな鍛錬に裏打ちされた洗練された武術を、ベルは惜しむことなく披露していた。

 

「…っ、く、私は、Lv3だぞ!?」

 

戦慄するヒュアキントスに対して、ベルはダガーを囮にして蹴りを放つ。波状剣(フランベルジュ)が、ヒュアキントスの手から弾き飛ばされていった。

 

「ああぁあぁ、何をやっているヒュアキントスぅぅっぅぅぅ!」

 

アポロンはとうとう、絶望染みた悲鳴をあげた。

可愛い子だ、信頼も信用もしている、だけどしかし…勝てない。アポロンはそう悟ったのだ。予想外にも程がある、なんだ、この戦闘能力は。全て見損じていたのか、ここまでの実力など、知らないことだぞ。

アポロンは内心で荒々しくそう思いながら、今はなんとかヒュアキントスに祈るしかなかった。

 

「ちぃっ!?」

「うくっ!?」

 

破れかぶれに駆り出された、ヒュアキントスの長い脚による不格好な蹴りはそれでもベルの腹に当たり、一瞬の隙を作る。

 

その間にヒュアキントスは少し距離を開け、言葉を紡ぎ出す。

 

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ」

 

それは、先程の名乗りと似た文言、そのせいで、ベルは反応が遅れた。

 

「我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ」

 

そこまで来て、ようやくベルはそれが魔法の詠唱だと気が付く。だがしかし、距離を取りながら詠唱を続けるヒュアキントスを見て魔法の発動は阻止できないと判断してその場で槍を片手に立ち止まる。

そして、ならばとスキルを行使する。リン、リン、と音を響かせながら、手に持つ白銀の槍へと光が収束していく。

 

「放つ火輪の一投、来れ、西風の風」

 

そしてとうとう、完成する魔法。起死回生の切り札となり得る、その技の行使。

 

「アロ・ゼフュロス!」

 

放たれるは、太陽を閉じ込めたかのように輝く円盤。それは、ベルの元へと一直線に向かう。

 

リン、リン、リン、と音が響く度に強まる光、その槍を、ベルは振りかぶるように構えた。

 

そして、雷が奔る。

 

投擲された白銀の槍は、その進路に一筋の白光を残して恐るべき速度でヒュアキントスの投じた円盤へと進み、2人の中間地点で激しくぶつかる。まだ、鈴の音は戦場に響いている。

ベルの槍が、ヒュアキントスの円盤を押し切ろうかと言うその瞬間、鋭い声が戦場を切り裂く。

 

赤華(ルベレ)!!」

 

その言葉をトリガーとしてヒュアキントスの円盤が輝きを更に増してその場で爆散する。ベルの槍は、弾き飛ばされた。

 

だがしかし、安堵したヒュアキントスの視界の中にベルはおらず。

 

既に駆け出していたベルは、ヒュアキントスの死角から、雷と、白い光を纏った短剣を振りかぶり…その、胴体に深く切り付けた。

 

「があっ、ご、ぐぁ!?」

「ぐふっ!?」

 

しかし、ゼロ距離へと入ってきたベルの姿を視認しないままにヒュアキントスは己の勘から強く殴り付ける。頭を思い切り殴られたベルは、身体を揺らしながら距離を取る。

 

既に互いに主武器は失っている。互いに持つは短剣。それによる激戦が繰り広げられ、血が、汗が流れ出す。

 

「はっ…ひゅ、く」

「あ、えふ、はぁ」

 

死闘を繰り広げること、数分。既に互いに満身創痍で、冴えは失われてきた。そうして、最後に2人とも構えを取り、ニヤリと笑い合うとお互いに一閃。

 

ヒュアキントスの持っていた、サブウェポンの短剣はベルの持つミスリル合金の短剣に切り裂かれ…ヒュアキントスはもう一度、深々とその胴体に刃を受けた。ぐらりとよろめいていく身体を、ヒュアキントスは立て直すことができずに倒れていく。

ベルは、ガクガクと膝を震わせながら、それでも、倒れ込むことなく二本の脚で立ち続けた。

 

「…負けた、か」

「…僕の、勝ち、です」

 

その瞬間、オラリオの至る所が破壊されたのではないかと言うほどの大音声がいくつも上がる。

戦争の舞台となった都市には銅鑼の音が鳴り響き、オラリオには大鐘楼の荘厳で重厚な鐘の音が鳴り響く。

観衆達は総立ちになり、興奮の叫びを声にならない声として発散した。

 

「エイナ、やった、やったよ!?」

「ベル君…! 良かった!」

 

ギルド本部の前庭では、エイナとミィシャが喜びを分かち合い、涙を溢す。

 

『戦闘、終了〜〜〜! まさに、まさにまさに偉業を成し遂げたか!? 戦闘遊戯の勝者は、ロキ・ファミリアだぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

そこにある舞台、主神でもあるガネーシャが興奮からか雄々しくポーズを取っている横で実況者であるイブリが拡声器に叫び声をぶつける。

 

その声は、都市中に響き渡り、映像だけでは理解を認識し切れなかった数多の人間に事実を伝えた。

 

『『『『『ヒャッハァーーーーっッ!!!』』』』』

『『『『『チックショぉぉおぉぉっ!!!』』』』』

 

至る所の酒場では、ロキ・ファミリアに賭けた神々と一部の冒険者、更には、贔屓で賭けた民間人達が勢いよく立ち上がり勝利の歓声を上げる。

その一方で、アポロン・ファミリアに賭けていた冒険者達は紙屑となった賭券を破り捨てて放り投げる。酒場の中は、紙吹雪が舞うような光景となった。

 

豊穣の女主人では、良い子であるところのベルをみんな可愛がっていることもあり、歓声が飛び交う。やったニャー!!次来た時にはいっぱい褒めてあげるニャー!と呑気に言うアーニャ、賭券をしっかりと換金し、しめしめとした顔をしながらこれは少年に何かお礼をしないとニャアなんて言っているクロエ、ルノアはそんなクロエに呆れながらも、ベルの勝利を祝う。シルとリューは言わずもがなだ。

 

「良かった…ベル君、本当に…」

「ええ…今度、お店に来たら、褒めてあげなければなりませんね」

 

そして、ロキ・ファミリアのホームは壊れたのではないかと思わせる程に揺れた。更には、その勝利を散々っぱら本人のいないところで祝った直後には全員が財布を取り出し、持ち合い、ベルとレフィーヤの為の宴会を開こうとする。

誰もが、この1ヶ月以上のベルとレフィーヤの努力を知っているのだ、更に、その頑張ったがための成長をスキル有りきで考えベルを罠にかけて脅し、レフィーヤを貶し、あまつさえベルを奪おうとしたアポロン・ファミリアへの敵意は半端無かった。

 

そんな相手に、それも、格上の団長を相手にベルが一騎打ちで勝利したのだ。もう、祝いに祝う。祝いすぎてベルが潰れてもまだ祝うくらいの気持ちで祝おうとした。

 

そんな彼らに、待ったの声が掛かる。

 

団長によるものだ。

 

「まぁ、ひとまず落ち着いて話を聞いてくれ」

 

その声に、仕方ないとばかりに全員が話を聞く体勢に移る。一部、早くしろと言わんばかりに外をチラチラと見ているものもいるが今日ばかりはフィンもリヴェリアも目くじらを立てない。

 

「ベルとレフィーヤの祝勝会だけど…みんな、財布は一度大事にしまってもらおうか」

 

その言葉に、皆が一瞬不満そうな顔をする。祝勝会を挙げるなと言うのか、そんな視線がフィンに集まる。

 

「はは、そうじゃないよ…今回の費用は、僕とリヴェリアが全て持とう。金に糸目はつけない、好きなように好きなだけ準備してくれ。盛大にやろうじゃないか!」

 

そして、放たれた言葉。それを聞いた皆は2秒程、考えて…今度こそ、館が壊れるのではないかと思うほどの大音声が響き、先程より迅速に動き出す。その際、窓が数枚割れたがそれは声によるものか誰かがぶつかったのかは定かではない。

 

食糧や酒が、ひっきりなしに運ばれてくる。質も量も問わず、あればあるだけありったけ、のような買い方をされた物資達がファミリアの本拠地を埋め尽くす勢いで買われてきて、ようやく買い物が終わった頃には数えられないほどの材料が集まっていた。

 

そして、腕を奮い出すは料理自慢の女冒険者達。そこに、アイズとティオナ、ティオネの出る幕はなかった。




ついでにアルゴノゥトエッセンスを挿入。少し無理矢理感はありましたけど。次話で戦争遊戯編終わる予定です…思ったより文字数が…

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