ラビット・プレイ   作:なすむる

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77話 迷宮楽園

そして、16階層を易々と突破した僕達はもぬけの殻の17階層へと足を踏み込む。

 

嘆きの大壁と呼ばれるそこは、どことなく幻想的にも思える見た目で同時に、なんだか空虚さをも感じさせた。

 

本当ならここに居るべき…ここを守るかのように存在しているはずの強大なモンスターはいない。がらんどうの大広間。そこの中心で僕は立ち止まった。

 

「…アイズさんが倒したおかげで、素通りできるのはいいんですけど…見てみたかったですね、ゴライアス」

「この4人だと…勝てるかなぁ。あぁ、まぁ私が前衛頑張ればレフィーヤとベルの魔法でなんとかなるか」

「い、いや、戦いたいってわけじゃなくて…」

 

ゴライアスという階層主、巨人のようなモンスターだと聞いているけど…ちょっと、見てみたかったかも。次に湧くのは…10日後くらいかな。別に無理に戦いたいわけではない。

 

「…まぁ、ベルもそのうち戦う機会があると思いますよ。遠征の先陣組に参加すれば嫌でも討伐して通ることになるんですから」

「そうそう、それに、ベルならあと一回ランクアップすれば充分遠征入りできると思うし…近い未来の話だよきっと」

「………ベルさんは本当に恵まれていますね。普通の、いえ、優秀な冒険者でも、Lv2に至るのに2年から3年、そこから、中層を突破するのに時間をかけて…探索に専念している人でも3年掛ってもまだ、18階層近辺で留まっている人が多いというのに…」

 

アミッドさんは、僕へのレフィとアキさんの言葉を聞いてしみじみとそう言う。そ、そうなのかな…?

 

「そう…なんですかね、なんか、実感はないんですけど…」

「…周りが強すぎるというのも、善し悪しなんでしょうか。一度、他の小さな探索系ファミリアの内情を知れば自分がどれだけ化け物染みた成長をしているのか理解できるかと思いますが」

 

気が付けば上層を攻略していて、自暴自棄になってランクアップ可能になって、そうこうしているうちに中層に入って、そして鍛錬で中層に長く留まって、それから、あの戦争遊戯だ。ここ2ヶ月くらいの時間は、瞬く間に過ぎ去っていった感覚がある。

 

いや、言ってしまえば4ヶ月間、気が付けば過ぎていた。

 

「…まぁ、ベルですからね」

「そうだね、ベルだから仕方ないね…『小英雄(リトルヒーロー)』なんて非公式の二つ名が付くくらいだし」

「え、なんですかそれ!? 今初めて聞いたんですけど!?」

 

アキさんの言葉に僕は驚く。

何それ、本人は今初めて聞いたんですけど…広まったとしたら、昨日のことか。

 

「そう言えば、治療院を訪れた方から聞いたのですが『小勇者(リトルブレイバー)』もありましたね。なんでも、『勇者(ブレイバー)』を彷彿とさせる振る舞いを見せた、とか」

「アミッドさん!?」

 

そして、アミッドさんまでが情報を寄せてくる。

つまり、宴会の日には話が作られて、昨日のうちには話が広まった…?

今日はそんなに目線が集まってなかったように思うけど、朝早い時間だったからだろうか、明日からまた、じろじろ見られる日々が続くのだろう。

 

「………気にしないことにします」

「魔法大国からも間違いなく目をつけられたでしょうし、これからは大変ですね、ベル」

「な、なんでレフィはそんな他人事みたいに…」

「いえいえ、魔法大国からの狙いというか、嫉妬が分散されて嬉しいなーとか、思ってませんよ? まぁ、私はせいぜい同胞の扱う魔法だけなので『(サウザンド)』ですけどベルは『(オムニス)』ですからね」

「そっち方面でもなんかあるんですか!?」

 

少し、ちょっぴりだけ後悔する。

もう少し色々と隠しておくべきだっただろうか。

 

「…まぁ、ベルがお願いした場にいた神々は下手な引き抜きなんてして来ないでしょうし、そういう意味では良かったんじゃないですか? フレイヤ様は少し、気を付けた方が良さそうですけど…」

「フレイヤ様は…あの方は、どうなんでしょうか…」

 

悪いお方ではない、と、そう思う。

でも、無条件に良い神様でもない。それも、間違いなくそう思う。

総合的には…きっと、神様らしい神様なんだと思う。ロキ様とはベクトルが違うけど、何かへのこだわりが強い神様。

 

「ベルはもうあんまり会わない方がいいです、というより、2人きりで会ったりしないでください。絶対」

「え、で、でも、そんな悪い方じゃなさそうでしたけど…」

 

そんな僕に、レフィは強い口調で言い切ってくる。

 

「いえ、悪いです。特にベルの教育とかに非常に悪いです、何せあの神様は気に入ったと見れば見境なく食べちゃう神様だと聞きました。ベルは迂闊に近付いてはいけませんよ? 獲物の方からのこのこと肉食獣の元に近付くなんて、危険すぎますっ!」

「そ、そうなんですか…?」

 

そんな僕達のやりとりを聞いて、アキさんがすいっと身を乗り出してくる。

 

「まぁまぁ、ベルも今更簡単に他所には行かないだろうしさ。レフィーヤも心配なのはわかるけど、その辺はベルのことを信じてあげようよ」

「信じてますよっ! 信じてますけど、この警戒心が無くなってきた今のベルとあの女神様のやりとりを見たら誰でもこうなりますっ!」

「…ベル、今度は何をしたのよ?」

 

そしてアキさんに聞かれたことに、僕は大人しく答える。

頰を撫でられたこととか、頭を撫でられたこととか、勧誘されたこととか。話を進めるうちに、アキさんは尻尾を垂らした状態で大きくゆーらゆーらと揺らし出した。

 

アミッドさんも呆れたような視線を向けてきた気がする…なんだろう、まるでダメな子供を見る親戚のような目…かな? 親戚とか、会ったこともないし居るのかどうかも知らないならよくわからないけど、多分そんな感じ。

 

「…うん、まだまだ1人にはできないかなぁ」

「…ベルさん、お願いですから背中に受けた刃傷なんかで私の元に訪れるのはやめてくださいね」

「…背中に気を付けろって、ロキ様からもエルフィさんからも言われたんですけど、どういうことなんですか…僕、何かに狙われてるんですか…?」

 

ある意味狙われている、その言葉が三者三様違いはあれど、揃って返ってきた。

 

そのまま、肩を落とした僕に励ましの言葉を掛けながら、とはいえ、僕にもっとしっかりするように説教もされながら僕達はその階層を抜けていく。

 

嘆きの大壁、17階層を抜けるとそこは18階層、安全地帯であり、迷宮の楽園とも称される階層で冒険者によって作られた街があるのだとか。

 

 

 

そして、僕の目の前には雑多な雰囲気を醸し出す街が広がっていた。

 

 

 

「す、すごい…ここが」

「迷宮内に唯一存在する、冒険者による冒険者のための街、リヴィラです!」

「まぁ、基本的にここに立ち寄ることはあんまりないけど…物を買う時は高いし、売る時は安いし。よっぽど手持ちが溢れてきた時とか、ポーションが無くなった時くらいかなぁ」

「遠征だとそもそも、充分な物資を運んでいますからね。宿も高いですし、街に入るメリットは特にありません」

 

レフィ、アキさん、アミッドさんによる説明を聞きながら、僕は近場にあった露店の品物を見る。偶然にも、鍛錬中よくお世話になったアミッドさんのポーション…と似た物が見える。本当に同じものかはわからないけど。

えっと値段は…地上の…5倍近い…?

 

「アミッドさん、あ、あのポーション…?」

「…私の作った物ですね。店舗での価格と比べると4倍ですか」

 

震える声で僕が指差した先を確認したアミッドさんが、それを見て僕の声に出されなかった疑問に答えてくれる。

4倍。つまり、仕入れた額の3倍が丸々懐に入るということ。

 

な、なんてぼったくりな…。

 

「…まぁ、この程度は可愛いものです。この街はギルドの管轄外ですから、平然とあのようなことも行われていますので」

 

すっ、と指差された先には何やら交渉しているように見える冒険者と、店の店主。間を遮る机の上には、見たことがない…何かのモンスターのドロップアイテムだろうか、それなりに大きい物が置かれている。

 

「あれは、非公式の買取所です。ギルドに対してではなく、あくまで個人間のもの…地上との買取額の差は、比べるまでもありません」

「それでも、あれだけ大きなアイテムですと持ち帰るのも大変ですから大抵は諦めて売っていってしまうんですけどね…地上の2割くらいでしょうか?」

「うん、そのくらいかな?」

「ほええ…」

 

立て続けに説明される3人の言葉に感心するやら放心するやら。

 

ともかく、この街は色々と賑わっているのは間違いないということはわかった。それと同時に、あまり1人では近寄らない方がいい、ということも。

 

 

 

「…では、今日はここで野営しましょうか」

「ちょっと待っててね、テント用意するから…レフィーヤとベルは料理の準備お願いしてもいい?」

 

そして、街の探索、というより僕への説明が終わると、僕達は街からそれほど離れていない丘の上で夜を過ごすことにした。

 

朝、少し遅めの時間から出発したために今はもう夕方近い時刻だ。

アキさんが手慣れた手付きで持っていた荷物からテントを一張り取り出すとテキパキと立てていく。

 

今回はあんまり戦闘に参加しないからねー、と、代わりに探索に必要な道具一式の用意からその荷物の運搬までアキさんがしてくれていたのだ。最初こそ、僕が持ちます、と伝えたけど代わりに私をちゃんと守ってねー、なんて頑なに言われると僕には何もできなかった。

 

慣れてるなぁ、流石は熟練冒険者…と、それを少し慣れない手付きながらも手伝うアミッドさんと2人、テントを立てているその姿を横目で見る。

 

そして、レフィが鞄から取り出していく材料や鍋を並べるのを手伝う。

 

「よし、と…予定では5日間ですから…そうですね、今日のところは軽めな物にしておきましょうか。ベル、この野菜の処理の仕方は分かりますか?」

「え、と…わからないです、すいません…」

 

そしてそこから、ひょいひょいと今日使う材料を取り出していく。ひと段落したところで使わない食材は再度仕舞い込み、火の準備をしているレフィに声を掛けられる。

 

残念ながら、料理らしい料理は今まで一度もしたことがない。

田舎育ちだから、畑仕事には慣れているし普通の野菜は見たことがあるし食べることもある。とはいえ、それらは皮を剥いて小さくして焼くか煮るかすれば大抵は食べられる。

 

今レフィに指し示されている野菜も、適当に刻んで焼けば普通に食べれそうな気がするけどきっとそうはいかないんだろう。

 

大人しく、わからないと告げるとレフィは僕を手招きする。

 

「…では、折角だから教えてあげましょう。ロキ・ファミリアでは性別関係なく料理当番が当たることもありますから、最低限のことは覚えていて損はありません。尤も、数名は当番から除外されていますけど…ベルは器用そうですし」

「じょ、除外…?」

「ええ、どこの世界にも料理が壊滅的に苦手な人というのは…いえ、それはまぁ知らなくても良い話です。では、ベル、こちらに来てください」

「? は、はい!」

 

そして、レフィの指南のもと野菜の処理をし、火を通し、簡単なスープの作り方を教えてもらう。

 

テントを立て終えた2人もこちらに混ざり、4人で料理を作るのはなんだかこう、楽しいものだった。

料理が完成した時には、もう光も薄く、暗くなり始めていたので早めにご飯を食べてしまおうとみんなで揃ってご飯を食べる。

 

なんでも、天井にある結晶が昼の時間には光りを放ち、夜に向かうと光を失っていくんだとか。

 

そもそも、迷宮内で昼夜って何だろうとは感じるけど、そういうものらしい。本当に、迷宮のこういうところは凄いというか、ワクワクするというか、胸が熱くなる。ちょっとくらいあの光ってる水晶、持って帰れないだろうか。

 

そんなことを思っていた僕の目線の先には、アキさんとアミッドさんによって立てられた()()()のテント。

 

そこで僕はふと、疑問に思ったことをアキさんに尋ねる。

 

 

 

「…ところでアキさん、あの、僕の分のテントって…」

「あっ」

 

 

 

動揺したアキさんが、手に持っていたお碗を揺らした。


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