「さて、ベル君、お説教があります」
「はい…」
僕はアキさんの前で肩を落としていた。
アキさんの横には私、怒ってます! という言葉を身体中から発しているように感じるレフィに、怒りを内に秘めているであろうアミッドさんの姿。
しょんぼりと肩を落とす僕の前にいる3人の女性。
僕が探索中に注意散漫になり、あわやという危機に陥ってしまったことに対する説教が始まった。
それは、23階層での出来事。
「ベルっ、右からモンスター来るよー!」
ことの発端は、1匹のモンスター。アキさんが前から飛ばしてきた声に反応して右を見ると、そこには独特な色味をしたモンスターがいた。
「はいっ! …兎?」
それは、まさに兎のような見た目で、僕は一瞬気持ちを削がれた。
しかし、モンスターには違いないと武器を構え直したところでレフィが僕に説明してくれる。
「メタルラビットですね、少し硬い相手ですが…ベルの槍なら問題ないはずです」
「わかりました、行きます!」
そして、それを信じて僕は背中の槍を抜き放ち、メタルラビットへと突き掛かる。
結果、多少の抵抗は感じたけど無事に傷を負わせることに成功した。
だがしかし、手負いになったメタルラビットは、その脚を翻し…一目散に逃げ出そうとした。それも、アミッドさんの方に目掛けて。
「あっ、待てっ!?」
「ちょ、ベルっ!?」
追いかけ出した僕を見て、メタルラビットは進路を変える。アミッドさんの方に一歩飛び跳ねたところから、90度ターンを決めるように左へ飛び込んでいく。草深い、木々が立ち並ぶ方へ。
ぴょん、と木陰に飛び込むメタルラビット、それを追って飛び掛かる僕。
レフィの慌てた声を背中に受けながら突っ込んだ先は…急な斜面になっていた。
あると思っていた地面はそこになく、身体がふわりと浮く感覚。地に着くと思って下ろした脚は、脳内の感覚とズレが生じて力が抜け、ガクリと膝が崩れる。あ、と思った時には遅く、僕の身体は落下を始める。
少しでも落下によるダメージを少なくしようと身体の向きを空中で入れ替えて背中を下に向けると、メタルラビットが上を向いた僕の瞳に映る。
先に飛び込んだメタルラビットは、その斜面ギリギリの木の後ろにいて、こちらを見下ろしていた。なんだか、「うわ、あいつ、間抜けだな」と馬鹿にされているようにも感じるその澄ました顔に若干の苛立ちを覚えながら………僕は、背中を地面に叩きつけ、そのまま転がり落ちていった。
「うぎぃっ!? あ、あぁぁおぁぁぁおおぉぉぉぉおぉ!?」
一瞬で息を全て吐き出させられるかのような衝撃が身体に響く。
その後も、身体を全くコントロールできないまま斜面を滑り、転がり、落ちていく。所々にある木の幹や木の根に身体がぶつかり、なんとか掴もうとするも苔が生えていたり木々が腐っていたりと、滑ったり、掴んだところが折れてしまったりして止まることができない。
「うぐっ、がぁっ!?」
そして、最後。落ちて落ちて辿り着いたそこには巨樹が聳えており、僕はその幹に身体を思い切り叩きつけられることでようやく止まることができた。
「はっ、げほっ、ふっ、はぁ」
吐き出し続けて空っぽになった肺に空気を取り込み、必死に酸素を身体に回す。全身に切り傷、擦り傷、打撲、色々な怪我を負い、熱く感じるところもあれば冷たく感じるところもある。
血もかなり流れており、まだまだ酸素の回り切ってない頭でも危険な状態だと認識する。
今、現状で分かる限り右腕と左脚は折れている気がする。それから、肋骨も何本か…右眼が霞んで見えるから、恐らく眼の近くを怪我しているんだろう。
立ち上がることもできそうにない状態だ…みんなが助けに来てくれるのを、待つしかない。
ただ、落ちている時のことは全然認識できていないけど、目の前に広がる光景と落ちた時間を考えると…かなり深くまで来ている気がする。
「と、りあえず…ポーション…は、割れてるか…ぐぅ…」
少しでも回復しようと、腰のポーチに入れていたポーションを確認するもそれらは全て無残に割れていた。どうしようか。あぁ、そうだ。
「…リューさんに感謝しないと……………レプス・オラシオ………………ノア・ヒール」
そして、ゆっくりと身体が癒されていく中で僕は意識を失った。
目を覚ますと、昨日買った天幕の中に僕はいた。
全身の怪我は癒されており、傷一つない状態に戻っていた。それでも、なんとなく身体がふらつくというか、頭を揺さぶられているような感覚が残っている。多分、頭を何度もぶつけたせいだとは思うけど。
「う、げほっ、けほっ」
身体を起こそうとすると、咳き込む。喉が渇いている。
その音に反応したのか、天幕の入り口が揺れる。
「…ベル、起きたんですか?」
「は、はい」
「喉、渇いてますよね。少し待っていてください、お水を持ってきますから」
ひょこり、と覗く長い耳、山吹色の髪。
レフィが、顔だけを隙間から出して声を掛けてくれた。
僕の様子を見て求めているものが丸わかりだったのか、足音を立てながら少し離れたところまで歩いて行き、戻ってくる。
「本当に危ないところだったんですよ…アミッドさんが居て良かったです。今回はエリクサーも持ってきていませんでしたから」
次は、中まで入ってきたレフィがコップに水差しから水を注ぎながら言う。
受け取ったお水を一口、また一口とこくり、こくりと飲む。
「先も確認しないで飛び込むなんて…迂闊に先走ったり、下手に動かないように言ったのに」
「ごめんなさい…」
心底呆れたかのようなレフィの声に、心の底から謝罪する。
「まぁ、結局私は何もできませんでしたから…貴方を探し出したアキさんと、回復魔法を使って頂いたアミッドさんには深く感謝してくださいね」
「お、ベル、起きたんだ」
そんな風にレフィと話をしていると、アキさんが先程のレフィのようにぴょこりと顔を出す。
「あ、アキさん。その…ごめんなさい、それから、ありがとうございました」
「んーん、気にしないで。よくあること…とは言えないけど、事故だからね。無事に見つけられて良かった」
「…その、手間も迷惑も苦労もかけさせて…」
「まぁ、それはそうだけど…きつく咎めたり理不尽に怒ったりはしないよ。あ、でも、アミッドさんも来たことだし、ちょっとお話し…いや、そうだね」
丁度、2人が入ってきたのを見たのか遅れて入ってきたアミッドさん。それに気が付いたアキさんが、僕の方を見ながら言葉を続ける。
そして、冒頭の言葉へと戻る。その後、僕はただひたすらに謝り続け大人しく説教を聞き、意気消沈としたまま1日を終えた。
少し、ほんの少し周りに警戒して、注意していれば気が付けたことだ。
朝、アキさんに何度も叩き伏せられて油断や慢心は消し去ったつもりだったけど、つもりでしかなかったんだろう。自覚はしていないけど実際にはあっただろう、僕ならできると言う変な自信があの無茶な暴走に繋がったのかもしれない。
明日からは、より一層気を引き締めないと…こんなことじゃ、みんなと一緒に遠征で深層に行くなんて夢のまた夢だ。ステイタスがあっても、Lvがあっても、知識がないんじゃ危険過ぎる…そう、骨身に応えた。
そんなアクシデントがあったものの、明けた次の日、僕達は順調に探索を進めていた。まぁ、僕が落ちてきてしまった地点から正規ルートに戻っているだけではあるけど。
道中では巨象のモンスターや鹿のモンスター、蜂のモンスターなど、自然界にいる動物を模したモンスターを数多く見ることができ、それぞれへの対処法をアキさんに教えてもらいながら何度かは自身の手で討伐した…以前のヘルハウンドの時よりアキさんの動きが分かるのは、成長なんだろうか。
今回もほとんど、先手必勝的な教えばっかりだったけど。
ただ、少し腰が引けていると指摘された。慎重に…と及び腰になっていたのを見抜かれたんだろう、難しい…。
そんな僕を見て、巧遅拙速、と言う言葉をアミッドさんが教えてくれた。巧いけど遅いのと、拙いけど速いの。
個人的な意見ですが、と前置きした上で、時と場合によるから見極める力をつけた方が良い、というアドバイスをされた。
色々と学ぶことが多い…絶対的に経験値が少ないから、もっともっと経験を積めば慣れてくることもあるんだろうけど、頑張らないと。
決意をしながらも、相対するモンスターにおっかなびっくりな状態が続く僕にアキさんは懇切丁寧に対処法を授けてくれる。
ようやく戻ってきた、昨日落ちた地点で身体が無意識に震える。運が悪ければ僕はここで…と思うと、血の気が無くなっていく錯覚を覚えた。今になってよく辺りを見ると、木々が薄いところからはその先が崖のようになっていることがわかる。
なぜ、昨日の僕は気が付かなかったのかとも思いつつ、崖を見ていると気分が悪くなり、身体が震えてきたので、努めてそちらを見ないようにしてそこを抜ける。
これ、トラウマ…みたいになっている気がする。
そんなこんなでゆっくりとしたペースで探索を進めてとうとう24階層、中層の最下層へと辿りつく。
今回は用事もなかったので戦闘は行わなかったけど木竜…グリーンドラゴンというモンスターを遠めに見に行くことになった。見事な大樹の前に鎮座する荘厳な竜。
レフィ曰く、この中層で最強種だそうで…多分、上層のインファントドラゴンのような存在なんだろう。今の僕の精神状態では、とてもじゃないけどまともに戦える気もしないほど、強大なモンスターに見えた。
そして、ようやく足を踏み入れた25階層。
24階層までの大樹の迷宮も凄かったけれど、更に一段と幻想的な光景がそこには広がっていた。
中層と下層を繋ぐ道から既に見えたのは、巨大な滝。
エメラルドブルーの、非現実的で壮大で、逸話の中の存在のようなそれに目を奪われる。
それに目を取られて暫しの間気が付かなかったけれど、空を飛び回る翼を持った生物達。ハーピィと呼ばれる、有翼人型のモンスター。
まさに、英雄譚の中にいるかのようなその光景に見惚れて固まる。
水がキラキラと反射しているその光景は、酷く魅力的だった。
上層が洞窟だとすると、中層は密林、木の世界。
そして、この下層…新世界と呼ばれ、ランクアップを果たした冒険者達のみがまともに探索できるここは、まさに水の世界だった。
怖気付いていた気持ちはそのままに。
熱い、好奇心と探究心が顔を出す。
怖いけど、知りたい。その感覚は、とても心地良いものだった。
ベル君にはこの辺りで慎重さ、というものを持ってもらおうかなとこんな話にしました。でも、女の子を助けるためなら秒速で忘れそうですねこの(自覚なし)女好き兎君。
なお、ここで筆者の指が勝手に動いてベル君がまだまだ懲りない性格だったらグレートフォールに叩き込んで死に掛けのまま27階層へ突入、アンフィスバエナ戦or更に深層行きになっていたかもしれません。いえ、流石に今回はしませんでしたが。今回は。
現在仕事が多忙のため投稿、少し間が空くと思います。
追記:お気に入り2400件超え、評価者100人超え、ありがとうございます、励みになります。もう少しで総合評価も4000Pt達成できます、感謝感謝です。