暫し、僕はその光景にうずうずとしながら見惚れていた。
「よし、目的の25階層も見たことだし、帰りながらアミッドさんの依頼を果たすとしましょう。ベル、気持ちはわかるけどそろそろ行くわよ」
そこに掛けられたアキさんの声を聞いて、後ろ髪を引かれる思いで振り返る。
「…はい」
だけど、声には如実に現れていたようで。
その声を聞いて、僕の後ろにいた3人が少し呆れるような、けど、微笑ましいような顔になる。
「そんな残念そうな顔しないの。ベルなら、近いうちにまた来れるわよ」
「そうですよ。ファミリアの遠征に参加すればもっともっと深い階層まで降りるんですから、嫌でも通りますからね」
「…ベルさんなら、すぐにここに来れる程の冒険者に成長するでしょう。今は、流石にまだ早いでしょうけど」
そして掛けられた3人の声は、僕を慰めるような声で。
きっと、僕が今にも行きたそうにしているのがわかったのだろう。
でも、それが分不相応で危険だというのは、僕が一番わかっている。
24階層までですら、アキさんの先導がなければ危険だったのだ。それに、アミッドさんがいなければ、アキさんがいなければ、あの傷は死んでもおかしくなかった、
ここから先は、今の僕にはまだ早い。
「はい」
だから僕は大人しくその景色に背を向ける。
いつか必ず、またここに来ると誓って。
それからまた日数をかけて、降りて来た道を戻りながら沢山の薬草や木の根のようなもの、色々な薬の材料らしきものを採取していった。
帰りは、僕がサポーターの役目を担いアキさんに色々と教えられながら。道中、アミッドさんとレフィからも薬草や素材の話を教えてもらう。
あまり縁がない話と思っていたけど、実際、Lv2.3の冒険者だと戦闘でモンスターを倒すばかりでなく、採取クエストなんかも重要な金策となるらしい。
特に偶然見つけることができれば一攫千金の素材なんかもあるそうで、そういう活動をしてお金を貯めて上位の道具や武器防具を揃えていくのが普通なんだとか。
まぁ、ベルはそんなにいい槍と鎧を持っていますから、お金はそんなにいらないかもしれませんけど、とレフィにぼやかれた。
なんでも、魔導師も意外と装備にお金がかかるらしい。いつもお金には悩んでいるのだとか。
言われて思い返してみれば、僕の装備…
槍、フィンさんからの贈り物
短剣、2本とも武器庫から貰った物
鎧、フィンさんからの贈り物
火精霊の護符、アキさんからの贈り物
戦闘衣、レフィからの贈り物
全部、貰い物だ。
そんなやりとりがありながらも、アミッドさんの採取した素材をしっかりと保管し採取中は周囲の警戒を行い、索敵に関してもアキさんからコツを教えてもらった。
一部、やっぱり人間種族にはない独特な感覚を見せ付けられたけど、出来ないものは仕方がない、他で補おうと色々と模索した。
まだしっくりと来るものはないけど、それでも、何かは見えてきた気がする。
今回の探索で僕はかなり成長することが出来たと思う。ステイタスの数値に現れるようなものではないけれど、知識や経験面でかなり貴重な体験ができた。
「…それでは、これで依頼を完了とさせていただきます、ベルさん、それにお二方もありがとうございました」
「こちらこそ、いい経験をさせて頂きました、ありがとうございます」
「いい機会だったし丁度よかったから、私達にとっても渡りに船だったしね。何より魔法まで使ってもらって、こっちがお礼を言わないといけないくらいだわ」
「そうですね、アミッドさん、今回はありがとうございました。また、機会があればご一緒しましょう」
「ありがとうございます、あまり、時間を取れる身でもありませんが、もしそのような機会があればよろしくお願いします…それで、ベルさん。今回の依頼の報酬なんですが」
一週間という日程を経て迷宮から出た僕達は、バベルの前の広場で別れを惜しんでいた。
そんな最中、アミッドさんが特に取り決めていなかった報酬の話を僕に切り出す。その言葉に、僕は固辞する。
「ほ、報酬なんて頂けませんよ! むしろ助けてもらってばっかりで…」
「それとこれとは話が別です、成果には報酬を払わなくてはいけません。私は当初の目的以上に多量の素材を得ることが出来ましたから…そうですね、実は帰り道の18階層の野営の際にレフィーヤさんとベルさんが夜、二人で話しているところを見かけたのですが「「えぇっ!?」」…その後の魔法の鍛錬の様子を見るに、恐らく、貴方の魔法は他者の魔法を吸収して扱うことが出来るのではないですか?」
帰りにも18階層の丘の上で野営を行っていたんだけど、実は、中々寝付けなかった僕は天幕から外に出て、草むらに寝っ転がってぼんやりと天井を眺めていた。
そこに、同じく眠れなかったというレフィが来たから二人で話していたんだけど…まさか見られていたなんて。いや、特に大した話はしていないからいいんだけど。僕が落ち込んでいると思ったのか、レフィが過去の失敗談や死にかけた話をしてくれたくらいだ。
ただ、アミッドさんが近くに来ていたということにはまったく気が付かなかった…その事実に驚く僕とレフィをスルーしながら話を続けるアミッドさん。
そして、その内容。僕の魔法に対する理解は正鵠を射ていた。
「そ、その…それは、あの」
「…まあ今更隠すことでもないんじゃないですか?」
「うんうん、あれだけ派手にお披露目したんだから魔法くらいはね」
それに口籠った僕、言ってしまった良いものかという逡巡にすぐさま2人が話してもいいんじゃないかと後押ししてくれる。
「そ、そうですよね…確かに、アミッドさんの言う通りです。誰の魔法でも、と言うわけにはいきませんが…」
「…やはりそうでしたか、それでは、私はその魔法の対象に入っているでしょうか?」
アミッドさんが? えっと…信頼はしているけれど…どうだろうか。
リューさんの時は大丈夫だったし、アミッドさんも平気だと思うけど。
「…ちょっと、わからないですね…多分大丈夫だと思うんですけど」
「…ベルさんが使っていた魔法は、リヴェリアさん、レフィーヤさん、アイズさんのものですか。条件、というのを聞いても宜しいでしょうか?」
「え…っと、僕が信頼している相手…ってことなんですけど」
それを伝えると、成る程…とアミッドさんは呟き、じっと僕の瞳を見つめてくる。目を合わせている、というよりかは、僕の瞳を見ている、と表現するのが正しく思えるくらいに、だ。
「…私は、ベルさんの信頼に足る人間でしょうか?」
そして、スッと透き通るような声でそう尋ねられる。
はい、勿論です。そう答えた僕に、コクリと一つ頷いたアミッドさんが目を瞑りながら胸の前で手を合わせる。それはさながら、神に祈るかのような仕草。
「わかりました、ベルさん。貴方への報酬として…私の魔法を教えて差し上げましょう」
「「「ええええええっ!?」」」
そして紡がれた発言に、僕も、レフィも、アキさんも。
心の底から驚愕し、腹の底から驚嘆の声を上げた。
その後、場所を移して僕の詳細な魔法の効果を教えると、定期的にアミッドさんが魔法を教えてくれるという契約を結ぶことになった。
だがしかし、幾らなんでも無償でそんなことをしてもらうわけにはいかないというアキさんの言葉によって、ロキ・ファミリアを巻き込む形で交渉が進んで行く。
まずは身体を休めようとそれぞれ本拠へと戻り、探索結果を報告、そして、契約について各々の主神や幹部陣に相談した。
翌日午前、こちらからはフィンさんやリヴェリアさんが、あちらからはアミッドさんと、主神のディアンケヒト様が交渉を行ったようだ。
けど、最終的には最大限毟り取ろうとするディアンケヒト様と、ディアンケヒト様が提示した金額を出すわけにはいかないけど、誠意として金銭か依頼などの対応を取りたいフィンさんの間で交渉が膠着したところで、アミッドさんの鶴の一声によって速やかに契約が結ばれたらしい。
曰く、それ以上つまらない交渉が長引くようなら私の自由時間に私の意志で勝手にベルさんに教えます、と言ったのだとか。
その言葉とアミッドさんの雰囲気に、本気でやりかねない、そうなれば一銭も得られなくなると焦ったディアンケヒト様がフィンさんの提示を呑む形で交渉が決着したらしい。
そして、僕は無事アミッドさんの魔法を習得することができた。これからも魔法を使うような場面に陥った後は必ず治療院に来て診察を受け、魔法をストックしていくことと厳命されてしまったけれど…。
フィンさんにそれを報告すると、とても悪い顔をしながら祝福してくれたけど、どうして笑顔であれだけ悪そうな顔ができるのだろうかあの人は。不思議で仕方がない。爽やかな笑顔なのに、どことなく黒いオーラが見え隠れしているというか…。
「あの聖女が君に何を見たのかはわからないけれど…何か、君になら力を貸しても良いと思えるものがあったんだろう。それは誇るべきだ、数多の冒険者達を癒してきた聖女のお墨付きまで貰えたんだ。頑張って恩返しをしないとね」
フィンさんはそう言ってくれたけど、実際、あそこまで破格な報酬を出してくれたことには恩返しをしないと…とりあえず、迷宮に潜った時にはお土産に薬草を持ち帰るようにしようと思う。
その為に、リヴェリアさんに頼み込んで勉強用に薬草図鑑を借りた。なんでも、ハイエルフやエルフ達によって長年蓄積されてきた知識を書物に記したもので、そこに書かれていないものが見つけられれば世紀の発見だ、とまで言われた。
確かに、本と呼ぶには少し抵抗のある…というより、紙一枚の縦横より、厚みの方が大きいから本としてはすごく不格好。どれだけの種類がここに描かれているのかと一瞬意識が遠のきかけたけど、頑張ろう。
こうして、僕の中層攻略は一旦の終わりを告げた。
特に変哲のない、ある意味普通の冒険でステイタスもそこまで向上することはなかった。流石に上限に近いんやろな、というロキ様の言葉。
ランクアップについても、上位の経験値、質の良い経験値、というものが必要だそうで昇華には至らなかったけれど、確実に前に前に進んでいるらしい。それは、ありがたいことだった。
今回、見ることができた未知の世界。
まだまだ僕には知らないことがあって、知らないことだらけで。
それがすぐそこで僕を待ち受けている。そう思うだけで、いくらでもやる気が湧いてくるような気がした。
まずは、同じLv帯の人とのパーティや単独で大樹の迷宮をある程度探索できるようになること。それを目標として、頑張ろう。
新たな目標と新たな魔法を胸に、僕は久々に豊穣の女主人へと向かっていた。
レフィから知らされた事について2人に聞いてみて、もし、事実なら謝らないと。
初日にレフィから齎された僕自身が知らない僕がやらかしたことを、忘れることができずにいた。
アミッド編終わり、アミッドがベル君に何を感じたかは後々出てくるかなぁと思いますけど、今回はあっさり目に終わらせておきます。
描写していないところも含めて何かあったんだろうなとふんわり考えていただければ。
何より綿密に描写しようとしたら文字数が半端ないことになって1ヶ月くらいアミッド編が続きそうだったので…そのうち番外編的なものでちまちま出していこうと思います。
▽ ベル は かいふくまほう を てにいれた!
レスキューラビットになりました