ラビット・プレイ   作:なすむる

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85話 着替白兎(2)

その一報は、一部の人間に激震を齎した。

 

豊穣の女主人の看板娘であるシル・フローヴァが都市最大派閥の主神()()の元に持ち込んだ、特級の情報。

 

それを受けた両派閥の面々は動き方に違いこそあれ、一斉に動き出す。

 

方や、神の名の下に最上級の素材を取りに迷宮へと潜り。

方や、家族の為に最も似合う衣服を探しに都市中を巡り。

 

財あるものはそれを惜しみ無く使い、縁あるものは誇りを捨てそれに頼り、運あるものは偶然にも手元に転がり込んできた機会を掴む。

 

その行動は哀れな白兎の想定を遙か斜め上に飛び越え常識の成層圏を軽々と突破し、それでも尚衰えることなく膨大な熱を持ったまま奇想天外に宇宙を駆け巡り、何処にも着地することなく阻まれることなく皆がその準備を終え、着々と近付くその時を待っていた。

 

白兎が看板娘と約束してから、5日。

 

与えられた時間の限りを尽くして、それぞれが忙しなく動き回り、その日のための準備を進めていた。

 

1日だけベル・クラネルにどんな格好でもさせられる。

 

それは、一部の人間のブレーキとかストッパーとかそういった物を、吹き飛ばしていた。

 

ここに、ベル・クラネル着せ替え大会が開催されることとなった。

 

 

 

「あ、あの、シルさん…何処かへ出かけるんじゃないんですか?」

「え? 外になんて出ませんよ?」

「あ、あれ? ま、まぁいいか、わかりました…それで、今、これはどういう状況なんですか?」

 

シルさんと約束した日から、5日が過ぎた。

一昨日、今日を空けといてくださいと言われた僕は大人しく頷き、明日までを遠征の休暇に充てていた。

 

何故か、皆忙しそうにしていたため僕は自室で本を読み耽っていたのだけど、時たまアキさんやレフィが僕の部屋にメジャーを片手にやって来てあちらこちらを測られた。身長はともかく、肩幅や腕の長さなんて測ってどうするんだろうか。

 

それから、皆、何やら魔道具を新調したみたいだ。

ヘルメス様のファミリアの団長で、魔道具作製者のアスフィさんという方が納品に来ていたところを偶然見たけど、なんでも、景色を自動で紙に書き写してくれるような魔道具だとか。

 

便利そうですね、探索とかに使うんですか? と聞くと、一様に顔を逸らされたのが印象に残っているけど、あれは一体何に使うんだろうか。

 

アイズさんが、特に高そうなやつを持っていったけど…。最初ぱっと見たときは、そういう新種の武器かと思ったくらいだ。

 

 

 

で、そんなことがありつつも約束の日が訪れた僕は早速街に出掛ける時用の服に着替えたんだけど…何故か、シルさんがホームにいた。

着替えて外に出ようとした瞬間に声を掛けられた時は本当に驚いた。

 

 

 

「ふふ、ではベル君、こちらはどうぞ? 準備は終わっていますから!」

「え、うわっ、ちょっと!?」

 

そして、外へ繋がる扉の前で手を繋がれて、中へと歩き出すシルさんに引っ張られる形で僕も付いていく。

一体、何処で何をするつもりなんだろうか?

この先にあるのは、食堂なんだけど。

 

訝しみながらも、まぁいいかとシルさんに連れられて行き、扉を開くと…そこには何故か、ファミリアの皆に加えて、知り合いが結構な数いた。

 

そして、誰も彼もが例の魔道具を持って、なんだろう、凄く熱の篭った目で僕のことを見つめてくる。

 

これは一体、どういうことなんでしょうか。

 

「あの、シルさん…これは?」

「実は、皆でベル君の服を用意したんです。それぞれが最もベル君に似合うと思った物を用意していまして…一体誰が用意したものがベル君に一番似合うか、コンテスト形式で選ぼうと思いまして」

「あ、あぁ…なる、ほど…?」

「私1人では、ベル君に服を着てもらうために用意するのも限度がありますからね! こうすれば、色んな服が沢山集まりますから!」

「そ、そうですね…?」

 

鼻息を少し荒げながら熱を込めて話すシルさんの姿に、少しの違和感と恐れを抱きながらも答えると、さぁさぁ、まずはこちらへ! とシルさんに手を引かれて、即席で作られたのであろうステージの上へと連れて行かれる。

 

「っよし! それでは皆さん、お待たせ致しました。今日の主役の登場です!」

「「「「「ウォォォォォォォォォっ!!!」」」」」

「えっ! 何このノリ!?」

 

そして、シルさんがノリノリで拡声器のようなものを使って話すと、皆が一斉に立ち上がって雄叫びを上げる。どうしよう、もうついていけない。

 

「今回は、ロキ・ファミリアを代表してロキ様に審査員をお願いしております! ロキ様、一言お願いします」

「えー、今日はベルたんの色んな姿を見れるってことで、楽しみにしています。もちろん、うちが用意した衣装もあるからベルたんも楽しみにしといてなー!」

「ロキ様、ありがとうございました。そしてもうお一方、外部からの特別審査員ということでフレイヤ・ファミリアの主神、フレイヤ様をお招きしています! フレイヤ様、一言お願いします」

「ふふふ、話を聞いてからの5日間、この日が本当に待ち遠しかったわ。久々に、子供達と同じような時間の感覚を取り戻してしまうくらいに」

「それ程までに楽しみにして頂いていたということですね! ありがとうございました、では早速ですがルールの説明をして行きます! 今回はトーナメント方式で篩にかけて行き、最終的にベル君に一番似合う衣服を用意できた方を優勝といたします。その際の評価についてですが、審査員の御二方が持ち点10ポイントを、その他の方々は持ち点1ポイントで投票して頂きます」

 

呆気に取られている僕を他所に、会場は盛り上がりを増して話が進んでいく。くい、くい、とシルさんに繋がれたままの手に少し力を入れるけど、流し目に微笑まれるだけで、説明してくれそうにない。

 

なんだろう、なんとなく、とんでもなく嫌な予感がする。

 

「…それと、ベル君があまりにも嫌がるような衣服は弾かせて頂きます。また、そんな衣服を持ってきた罰として退場処分とすることも有り得ますので皆さん、自重してください」

 

えっと、そんな服を持ってくる人がいるのだろうか。

おかしいな、冷や汗が止まらない。

 

「それでは、くじ引きをして行きます。この中に、名前が書かれた玉が入っていますのでその方から順番にベル君に衣服を提供してもらいます。それでは…………ふむ、ほほう、第一回戦は…アナキティ・オータム対クロエ・ロロ! 黒猫対決になりました!」

「ふふん、負けないわよ!」

「少年の尻はミャーのものニャ!」

「では、一度ベルさんには後ろの控え室の方で着替えて頂きます。ベル君、さぁ、こちらへ」

「え、あ、は、はい…あの、これって…?」

 

 

 

期待の眼差しが僕に注がれている中、僕はシルさんに連れられてステージの裏から降りる。そこには、更衣室のような部屋が作られていた。

ここで着替えるということだろうけど…えっと、服は…?

 

「さて、ベル。まずは私が用意した服からね。いやぁ、前に用意しといたものがようやく使えるわね! じゃあこれ、はい。()()()がわからなかったら声掛けてくれれば手伝うから」

 

そう思っていると、横から回り込んできたアキさんが袋を僕に手渡す。成る程、これに着替えればいいのか、とシルさんの方を見ると頷きを返してくれる。

 

「わかりました、じゃあ、ちょっと着替えてきます」

 

…ん? 付け方?

 

疑問に思いながらも受け取った袋を手に更衣室へと入り、袋を開けてその一番上にあるものを見た僕はその場に崩れ落ちた。その拍子に、袋の中身があまり広くないその部屋の床に散らばる。

 

猫耳、猫尻尾、やけにひらひらしたズボンに、猫耳フードのパーカー。

 

それから、小さな鈴がついたチョーカー。

 

「…な、何、この…何?」

 

少し、アキさんに不信感を抱きながらもそれらを拾う。

 

「着なきゃダメ…だよね、えっと…あはは…」

 

想像していたこととは一切違う、着るもの。

まさしく着せ替え人形にされるのではないかと僕はここでようやく気が付いた。

 

詳しく話を聞いておくんだった。

後悔先に立たず。今更嫌だと言っても、いや、言えば皆諦めてはくれるだろうけど…悲しむというか、残念がられるだろう。皆のここ最近の様子を見ると、事情を知った今ようやく分かったけど僕の服を手に入れるために頑張っていたみたいだし…うぅ、恥ずかしいけど仕方ない。これもシルさんのためだ…代償、少し大きくないですか?

 

そんなことを考えながらもそもそと着替えて、そろっと外に出る。

待ち受けていたアキさんは、僕の姿を見て目をまん丸くしていた。

 

「あ、あの…どうですか?」

「うわ、かっわ、可愛い…っ!」

 

そして、抱きつかれて撫で回される。あ、ちょ、折角付けた猫耳がっ!?

 

「いやぁ予想以上に似合ってるわね…よし、まずはこのフードを被って、ステージの上に上がってからタイミングを見て外してね。それから、手をこう、こうして、にゃーんって鳴くのよ?」

「そこまでしなきゃダメですか!?」

 

そして、演出まで言い渡される。

くっ…仕方ない、やろう。アキさんにはいつもお世話になってるし…。

 

そして僕は、この阿鼻叫喚の地獄の始まりへと身を捧げた。

 

 

 

「…さて、ベル君の準備が整ったようです。それでは、出てきて頂きましょう。カモーン!」

 

シルさんの声に合わせて、どういう原理かわからないけど僕の前に存在していた幕が左右にパッと開かれる。

そして、そこから僕は皆の前へと姿を表す。すると、色々な方から声が上がる。

 

可愛いとか、なんとか。あまり、嬉しくはない。

 

しかし、まだ僕はスカートのように見えるパンツを履いて、猫耳型の飾りがついたフードを被っているだけで、まだ比較的普通の格好の方だ。猫耳も猫尻尾も服の中に仕舞われている。

 

そして、ステージの一番目線の集まるところに辿り着いた僕は…徐に、猫耳を出すためにフードを外しながら、着ているパーカーを少し上に引っ張り、物理的に尻尾を出す。

 

現れた猫耳と猫尻尾、それに視線が集まったところで、僕はすっと姿勢を取り、アキさんに言われた通りに声を出す。

 

「にゃ、にゃぁ〜ん…?」

 

えっと、お尻を少し後ろへ突き出して、背中は曲線を意識しながら少し反らせる。上体を右斜め前に倒しながら、腰を捻って正面を向く。それから、手は緩く握るようにして右手は頬の横に少し高めの位置で、左手は胸の前辺り…と。

 

思い返しながら身体を動かして、鳴いた。

 

しん…と食堂の中が静まる。

 

チリン、と。

首の鈴が、その静寂の中を寂しげに鳴り響く。

 

僕の羞恥心が天元突破しそうになる中、誰も動かない。微動だにしない。

 

もうやめよう、やっぱり駄目だ。今から逃げるように走り出して市壁から外に飛び降りてしまおうか。そんなことを考えた瞬間、凍っていた空気がザワッと動き、爆発的に熱を持ち出す。

 

そして発生する、大量の機械音。

皆が構えていた、例の魔道具が一斉に起動された。

 

「ちょっとあざとすぎますよベル!?」

「いきなりこれは…刺激が…っ!」

「ふーっ…ふーっ…っ!」

「アキが獲物を狙う狩人の眼になってるっす!?」

 

そうして掛けられた声。それは、好意的なものだったと思う。

喧騒が大きすぎてほとんど聞き取れなかったけど、悪くはないようだ。

 

ほんの少しだけメンタルを回復して僕はステージから下がった。

 

次は、クロエさんが用意してくれた服だ。


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