なんか、これでよかったんだろうか。
今も僕の背後、カーテンを隔てたステージの向こうは騒がしい。
写真が撮り足りないだとかなんだとか騒ぐ人の声に、もっと魔石を持って来いと叫ぶ声。
そして客観的に見ると、この服、まるで女の子の…いや、一応男用…?
うーん…装飾過多というか。こんな格好を保存されるのはとんでもなく恥ずかしいんだけど。
…でもこのチョーカーはちょっと気に入ったかも。鈴の音が凄く綺麗。
「みゅふふ、あの女もいい趣味をしてるニャア、でも、ミャーの選んだ服が一番に決まっているニャ。さぁ少年。次はミャーの用意した服を着るニャー!」
「わっと、クロエさん。は、はい」
チリン、首の鈴を揺らしたと同時、何処からか音もなく現れたクロエさんが僕に袋を手渡す。
「…じゃ、じゃあ着替えてきますね?」
いつも以上にお尻への熱視線を感じることに少し身体を震えさせながら、逃げるようにそそくさと更衣室へ入っていく。
ええと、今回の服は…ジャケット…? に、短パンかな?
凄く手触りがいい、高そうだ。色も、黒系で綺麗な感じ。
失礼な話、クロエさんのことだからもっとなんかこう、変なものだと思っていたけど。
えっと、それからこれは…長い靴下に…これどうやって使うんだろう? 輪っかみたいなもの。
とりあえず短パンを履いて…うわ、短いなこれ。それからジャケットを羽織る。丈は長めで、腰辺りから少しプリーツのついたひらひらした部分がある。アキさんの用意していたズボンと似た雰囲気だ。
これ、合わせて着ると短パンがほとんど隠れてなんか凄く危ない感じの見た目だ。
それで、これは…?
「あの、クロエさーん?」
使い方が検討もつかなかったので、クロエさんを呼ぶ。
「ニャ? どうしたのニャー?」
「その、この輪っかみたいなやつってどう使えばいいんですか?」
「あー…入ってもいいかニャ? 上着とズボンはもう着てるニャ?」
「はい、大丈夫です!」
そして、開けられたドアからクロエさんが入ってくる。
僕を見た瞬間に、一瞬、眼がいつも以上に細められた気がした。
僕が認識しきれない速度で顔を逸らされたから、実際のところはわからないけど。
「ショ、ショタっ、の、生脚…っ」
「あの、クロエさん…?」
「あ、あぁ、ごめんごめん…ニャ。それで、それはソックスガーターって言うんだけど、太腿辺りにつけて靴下が下がらないようにするもので…ニャ」
えっと、てことはこういうことかな?
僕はそれを、脚先から通して太腿の辺りまで持っていく。
それを、両脚分。二回。
「むぅ…これ、つけるの難しいですね」
そして靴下を履いて、ガーターに付いているクリップのような物を靴下に付けようとするけど、イマイチ難しい。靴下をぐっと引っ張り上げながら、クリップを挟もうとするけど、片手と片手じゃどちらも半端になる。なんだか歪になるというか、ぐちゃぐちゃになる。
「貸してみるニャ、ミャーが靴下引っ張ってあげるから、パチっと閉じるニャ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
床に座って、悪戦苦闘する僕を見兼ねたクロエさんがしゃがみながらそう言ってくれる。
「うわ…なにこの肌…すべすべつるつる…産毛すら生えてない…? …なんかこう、女として納得いかないものもあるけど…これは…」
「よし、片方付けれた…って、ちょ、ちょっとクロエさん、くすぐったいですよ」
まず片脚分を付けれた後、手伝ってくれたクロエさんが僕のまだ剥き出しの脚を見て何かをボソッと呟くと、手を伸ばしてすねの辺りを触ってくる。すりすりっと撫で回すようにして、膝に手を這わされ、太腿を軽く握られる。
膝はちょっとくすぐったい。
「あ、ああ、ごめんニャー。やり過ぎたらシルのことだから本気で追い出されかねないし…我慢我慢ちょっと気になって…少年、毛は処理してるのかニャ? 全然生えてないみたいだけど」
あぁ、それが気になったのか。なるほど。
「体質なのかまだ成長期が来ていないのかわからないんですけど…全然生えないんですよね」
「にゃる程ニャア、うんうん」
まぁ、そういう人も結構いるし、ミャーはその方が好きだからいいんじゃないかニャア。そんなことを言われる。
僕としては、少しくらいは生えてきて欲しいんだけど…その方が男らしさがあるというか。
「うん、見立て通り似合ってるニャ。じゃあ、ミャーは何をしてもらおうかなぁ…」
ようやく着替え終わった僕の姿を見て、クロエさんは満足そうに頷く。そして、僕にとって聞き逃せない言葉が発せられる。
「あの。僕はこの後ずっとステージの上で何かをしないとダメなんですか…?」
「恨むならあっちの黒猫を恨むニャ。初っ端にあんなのぶち込んだせいで、皆、少年に何をさせるかにも思考を割き出したニャ。断りたいなら断ってもいいだろうけど、なんで私はダメなんだっていう人もいるだろうニャァ」
「アキさん…」
その言葉は、無慈悲だった。アキさんを今ばかりは恨んでしまうかもしれない。あれ、かなり恥ずかしかったんだけど…この先も、何度も似たようなことをやらされることになるのか。
安易にアキさんの提案と要望を飲むんじゃなかった。今回のことに対して2度目の後悔をする。
「あ、そうそう、最後にこれも忘れずに、ニャ…折角だからこれも貸してもらうとするかニャ」
そして、着替え終わった僕にクロエさんから告げられたのは、まぁ、それくらいならいいか…と思わせるものだった。なんだろう、やっぱり普段の印象とは違ってまともなように感じるんだけど。今日のクロエさんは一体どうしたんだろうか。
「…さて、ベル君のお着替えタイムが終わったようです。それではまたまたその姿を皆に見せてもらいましょう。どうぞー!」
今回は、先程のように左右にパッと開くのではなく上にするすると捲り上げられていく。
本当に、どう言った理屈で出来ているんだろうかこのステージ。訳がわからない。
疑問は置いておいて、先程と同様に前に進み出る。
今回は、何故か食堂の窓という窓が黒いカーテンで覆われて真っ暗とまではいかないけど、暗くなっていた。ちょうど、ステージの中央辺りまで進むと僕に向かってライトが集まる。
視線が集まると同時、僕は最後にクロエさんに頭に乗せられた帽子を右手で取る。そして、胸に抱え込むようにすした。頭には先ほども付けていた、猫耳。
左足を前に、右足を後ろに引き、一直線上にして…左手をゆるりと外側へ出す。そして、腰から深く曲げるようにしながら膝を軽く曲げて一礼。クロエさん曰く「ショタ貴族」というのが今熱いらしい。
ちょうど戦争遊戯の後にフィンさんとリヴェリアさんがやっていたような大仰な礼だ。そして、頭を上げてからニコリと微笑み、くるりとその場で1回転する、と。
ジャケットのプリーツが綺麗に開いて、僕に遅れるようにして回ったのがわかる。
「シャッターチャンスニャァァァァァァァァ!」
そして、僕が真後ろを向いた瞬間。クロエさんの絶叫。鳴り響く音。
それを聞いて驚き、少し脚が乱れ、転びそうになり…というか、転んだ。
「わ、た、と…あだっ!?」
片脚で回っていたのが仇になり、バランスを崩した僕は2.3歩歩いた後でも立て直すことができずに転んでしまう。
ずべしゃ、と情けない擬音がぴったり合うような転び方。
顔から倒れ込むようにして転んだため、お尻を突き出すような恰好。猫耳同様付けたままの猫尻尾が、一度上に跳ねた後、重力に従って垂れ落ちる。
ぺたん、その作り物の尻尾が床につく音がなんとなく、いやに耳に残った。
泣きたい。
どうして僕は皆に見られている、それもスポットライトを浴びている場所でこんなことになっているんだろうか。いや、まだ身内ばかりだからいい、これ、戦争遊戯の後のあの時にやっていたら僕は今頃この都市にいなかったかもしれない。ポジティブに考えよう。
いややっぱりダメだ、さっき回復したメンタルがガリガリと音を立てて削り取られるようなダメージを負っている。致命傷だ。
「っふ、う、うぅ…っ」
涙が出そうだ、僕はなんでこんな辱めを受けているんだろうか。
いくらシルさんのためとはいえ、これは…いや、二割くらいは僕の安請け合いが原因で、三割くらいは僕の自業自得な気もするけど。
そんな僕の耳に、落ち着け俺、あいつは男だぞ! なんて声が幾つか聞こえてきた気もする。
大丈夫か、と心配を含んだ声も聞こえてきたが、体にうまく力を入れることが出来ず、立ち上がれないでそのまま固まる僕。
そんな僕の元に、一陣の風が…
「ベル、大丈夫?」
「クラネルさん、大丈夫ですか?」
二陣の風が吹いた。
正面から持ち上げるようにして顔を上げさせてくれたアイズさんと、背後から肩を支えるようにして起こしてくれたリューさん。
「「…む」」
そんな、風の印象の強い二人の間で、なぜか火花が散る。
「…剣姫、これは私の同僚が原因のようなものです。尻拭いは私に任せてください」
ぎゅっと、背後から僕を抱き締めるようにするリューさん。背中に何か柔らかいものが当たっている。
「…ベルはロキ・ファミリアの団員です、何かあれば助けるのが先輩の役目…だから、ここは私が」
ぎゅっと、僕の頭を抱え込むようにするアイズさん。額が柔らかいものに包まれた。
「「むむ…」」
二人は互いに言い合うと、僕に対して込める力を強くする。
「あ、あの…」
唐突に訪れたその状況に僕の涙と羞恥心は引っ込んだ。羞恥心が上塗りされたからだ。
「二人とも心配してくれるのはありがたいんですけど、その、できれば離れてもらえると…っ!」
「…剣姫、クラネルさんがこう言っていますよ?」
「…ベルは貴女に言っているんです、ベルのことを離してください」
バチバチと火花が散る。
「…ぼ、僕のために争うのはやめてくださいっ!?」
そして口走った言葉に、ピタリと二人の動きが止まる。
「…負けられません!」
「…負けられないっ!」
どうやら火に油を注いだようで、ますます強く抱き締められる。
「「…でも、まずは」」
だけどそれも束の間、二人とも僕を離すと、皆のいる方を向く。
「「貴女より…あの黒猫が先」」
その目線の先には、僕の方へと飛び込んできたアキさんとクロエさんの姿。
「出遅れた…っ、ベルを慰めるのは私よ!」
「ミャーの番なのに、出しゃばるんじゃないニャ、リュー!」
「おおっとぉ、愛らしく転んでしまったベル君を慰める役を取り合うべく四人が動き出したぁ! あ、収拾つかなくなるんでこれ以上の乱入はご遠慮くださーい! 主催者権限で退場にしますよー!」
「シルさん!?」
そしてまさかの、シルさんの言葉による乱入。それによって数名、腰を浮かしかけていた人達がすとんと座り直す。まさかの展開にも程がある。というより僕、もう大丈夫なんだけど…。
「さぁさぁ、誰がこのキャットファイトを制するか! 今のオッズはアイズ・ヴァレンシュタインが1.5倍、リュー・リオンが2.8倍、アナキティ・オータムが3.2倍、クロエ・ロロが3.5倍っすよー!」
「ラウルさぁぁぁぁぁん!?」
そしてそしてまさかまさかの、ラウルさんが胴元になって賭けが開催され出した。
誰も武器は持っていないため、素手による争い。ハイレベルすぎる壮絶な喧嘩のようなものだ、当事者が僕でなければ確かに見目麗しい少女達が争う様は見ていて面白いものなのかもしれない。
「そっちの猫、まずは協力しないかニャ!?」
「…乗るわ、まずはアイズを倒さないと、ね!」
「…私も混ぜてください、一対一では勝ち目が薄い」
「!?」
そして、この中で最もレベルの高いアイズさんを相手に徒党を組み一対三での戦いが巻き起こる。
リューさんの洗練された蹴りをアイズさんは躱し、クロエさんが突き出した腕は手刀で弾き落として往なし、アキさんの飛び蹴りもカウンターの回し蹴りで迎撃する。
呆然とする僕、盛り上がる会場、ますますヒートアップしていく戦闘。
そしてとうとう倒れ伏す猫人。
それからも激闘は続き、僕はもうどうにでもなぁれ、と思いながらそれを観戦していた。
そして、最後は。
「…やはり、強いですね」
「…貴女も、強い」
互いに、側頭部への上段蹴りが相討ち。鈍い音が重なった。
フッ、と二人とも微笑みながら相手を称え、同時に倒れこむ。
勝者、なし。
なんだこれは。本当に何なんだ。僕は頭を抱えた。
その後、少しして場の空気は落ち着いた。なんか僕ももう吹っ切れた、どんな服が用意されても着こなして見せようじゃないかとそんなテンションになってきている。
僕の意見はともかく、皆の反応は好意的なようだしどうせ避けられないなら楽しんだ方が得だろう。
あの後すぐに復帰したクロエさんからはごめんニャーと軽く謝られた。そして、とうとう一度目の投票が始まる。結果は…
「…3票差で、アナキティ・オータムの勝利です!」
「そんニャ馬鹿ニャァァァァァぁぁっ!?」
「やったぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
アキさんの勝利で第一ラウンドは幕を閉じた。
「それでは、次の人を選んでいきまーす…まずは………リヴェリア・リヨス・アールヴ! 続いては………アリシア・フォレストライト! おっと、偶然にもエルフ同士の対決となりました!」
そして、第二ラウンドが開始される。
第一ラウンド、アキさんの勝利。
やはり猫の鳴き真似とあざとさは強かったよ…
ハプニングに見舞われたベル君ですが、ここはギャグ時空なのでコメディ要素マシマシで。
猫vs猫の次はハイエルフvsエルフ
次からは少し巻き目で行きますが、これ結構話数かかってしまいそうな気が…
本編執筆ストックを完全に切らしているので、その補充作業の息抜きに投稿していきます。
第一ラウンド
アキvsクロエ
猫耳猫尻尾パーカー 貴族少年風with猫耳猫尻尾
アキwin
第二ラウンド
リヴェリアvsアリシア