「リヴェリアさんはどんな服を用意してくれたんですか?」
いっそのことワクワクしながら尋ねる僕に、リヴェリアさんは少し苦笑した。
「なんだか、少し自棄になっていないか? ベル。嫌なら気にせず断ってもいいんだぞ? …私も少し楽しみにしていたのは否定しないがな、アキやあの酒場の猫人の用意した物を着たのは男のベルにとっては恥ずかしいことだろう?」
それは、僕を気遣う言葉。でも、今の僕はもう大丈夫だ。
うん、本当に着たくない服は流石に拒否するけど。
「いえ、最初はちょっと気が引けてきましたけど…ここまで来たらもう良いかなぁと。普段こんなことにはならないですし、それなら折角だし楽しもうと思いまして…よっぽど恥ずかしい服以外は」
「…良いところでもあるんだろう。しかし、お前のそういうところが私は心配だ。妥協したり諦めたりして都合の良いようにされる人間にはなるんじゃないぞ? それから、この流れで出すのもあれだが…私が用意したのはこれだ。着方がわからないと思うから着せてやりたいのだが…恥ずかしいか?」
「いえ、リヴェリアさんなら大丈夫です。お願いします…? なんですか、この服?」
裏に下がってリヴェリアさんと少し会話をした。そして手渡された服は、リヴェリアさんの普段着や戦闘衣にも似ているような色合いの衣服。けど、かなり豪華な作りに見える。
「…まぁ、ハイエルフに伝わる
「そ、そうなんですか…? なんか見た目からして、オーラを感じるんですけど…」
「そんなことはないぞ、ただの古着…を仕立て直したものだ。私と長い付き合いのある者に頼んでな」
両腕で広げるようにして持ったその服は、全体的に透き通るような緑色が目立つ。一部、真っ白で艶々とした部分もあるが全体の印象としては上品な感じだ。
「よし、着せてやろう」
「お、お願いします」
そうして、それをリヴェリアさんに手によって着せられた。身体にぴったりフィットしたその服はしっかりとした男物だった。それだけでなんとなく嬉しい。
最後につけた外套もとても格好いい。なんだろう、妙に心をくすぐる。バサっと風にたなびかせたくなる。
「…あー、色々とありましたがこれより第二ラウンドを始めて行きまーす! ちょうどお着替えも終わったようなので、早速登場していただきましょう…ベルくーん!」
その声に、僕は前を見て胸を張って歩く。
食堂の中は既に常と同じような状態に戻っており、激しい戦闘の跡も先程まであった黒幕も無くなっていた。
そして、僕の姿が晒されると。
多数のエルフが同時に声を上げ、一部の人は立ち上り、一部の人は腰を抜かしたのか椅子から転げ落ちるようにしている。
…やっぱりただの服じゃないよね、これ。
エルフ以外の人は似合ってるとか格好いいとか言ってくれるから僕のメンタルは回復していっているけど、いまだにエルフの人達は目を見開いている。あのリューさんですら呆然としている様子だ。
「あの服は…!?」
「せ、世界樹の…」
「それに、あれは白金絹…?」
「あれは、アールヴ氏族の王族衣装じゃないの…っ!? リヴェリア様が自ら…?」
エルフの集まる席が騒めく。その声は僕の耳にも届いていた。
「えっと…?」
僕は首を傾げる。つまり、どういうことだろうか。
「…えー…と……………」
エルフの人達から、羨望、嫉妬、色々と入り混じった声と視線が届く。
漏れ聞こえてきた情報から察するに、これは恐らく超が何個も付くような貴重な素材でできているんだろう。世界樹の、とか聞こえてきたし。
あの、リヴェリアさん、これ本当に僕が着ていて大丈夫なんですか?
そんな想いを込めてリヴェリアさんの方に顔を向けると、大層御満悦な表情でニコニコと僕のことを見ている。そして、珍しく…というより僕は初めて見る、少し悪戯な笑顔を僕に向けた。
息を吸う、何を言われるのだろうか。
「似合っているぞ、ベル、
リヴェリアさんは、柔らかな笑みを浮かべながらそんな言葉を投げ掛けてくる。
「ーーベル、
高貴なハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴのその発言はじわりと染み込むようにして、会場となっている食堂内に広がっていく。
ステージ上にいるベル・クラネルはその言葉を受け、その慈愛に満ちた微笑みを見て、顔を赤らめる。
しかしその言葉が、言葉通りの
しかしその言葉が、ベルの感情をどれだけ揺さぶるかをここにいる一部は知っていた。
「あ…ぅ、そ、その…」
きゅぅ、っと、胸が締め付けられるような感覚を覚えているのか、片手で胸元を掴み、何かに堪えるようにしている。その姿は、愛らしい。
嬉しい、嬉しい、けど、本当に良いのだろうか…
そんな心の揺れ動きが、他者にまで伝わってくる。
「…その服は、我が一族が儀式の際に着る衣装だ。私が過去に着た物を仕立て直したのだが…私の息子なら、例え血の繋がりがなく、エルフでなくとも着る資格はあるだろう? こういう機会でもなければ、難しかったが…」
「…〜〜っ!」
最早言葉も出ない、と言わんばかりにベルはステージを駆け下り、リヴェリアの元へと走る。リヴェリアも、迎え入れるように立ち上がり腕を広げた。そこに当たり前のように抱き着き、落ち着くベル。
「…ありがとうございます、
そしてその言葉が、気持ちの篭ったその言葉がリヴェリアに深く深く突き刺さった。
ロキ辺りにふざけてママと言われた時のような拒否感は一切生まれることなく、そのまま身体の中にスッと入り込む。
それが自然だと言わんばかりに…いや、違う、これは、私自身がそれを受け入れているからこそだなとリヴェリアは結論を出し、ベルの頭を優しく撫でた。
ベルの甘えっぷりとリヴェリアの満更でもない様子を見て数人は頬を緩めてその光景を眺め、また、他の数人はショックを受け、一柱の女神は良いものを見たと笑みを零し、もう一柱の女神は悔し気に顔を歪めながらも、年相応…いや、それ以上に子供らしい甘え方をしているベルを見て留飲を下げた。
そして、リヴェリアを信奉するエルフ達は最早、とめどなく騒いでいた。
「…リヴェリア様が我が子のように扱う貴方に、こんな貧相な物を着せるわけにはいきませんので…っ!」
「いやいやいやいや、それで良いですって! むしろそれが良いです…! というより敬語なんて使わないでください、アリシアさんっ」
「エルフの一員として、できません…っ! それに、敬語は私にとっては常のことですから! あ、あー! 手が滑っちゃいましたー!」
リヴェリアとベル、他種族の間とはいえ、結ばれている絆を確かめるような心温まる光景があった後、少し照れながらステージ裏に戻ったベルの元にアリシアがやってくる。
そして、緊張した面持ちで少し待っていてください、とベルに告げた。
どうやら何かを取りに行くらしい。
そのため、ベルは大人しくアリシアの帰りを待っていた。そこに残されたのはベルと、一つの袋。
これが用意してくれた服かな、そう思ったベルは中身を覗く。
そこにあったのは、これもまたエルフらしい衣装である。
緑と茶色が主な配色で、柔らかく、しかし強靭な作り。森に生きる者としては最適な服だろう。
真面目なアリシアらしい、至って普通の選択だった。
言ってしまえば、エルフの少年の普段着そのままである。
だがしかし、先程のリヴェリアとのやり取りによってそれが崩れた。
急いで戻ってきたのか、息を荒げたアリシアがベルが手元に持っている服を見ると焦った顔でそれを奪い取り、別の袋を手渡す。
「こ、これを着てください!」
「ええっ!? そ、そっちの服は…?」
「これは…その、貴方には…」
サッと隠されたため、まぁいいかと諦めて手渡された服を取り出して見るベル。
それは、流石にリヴェリアが用意した服には及ばないにせよかなり良い仕立ての衣装。
エルフらしく、露出は控え目。配色は薄緑と薄青、白、アクセントに赤が映える、見事な作りのーー
それを見たベルが、必死になってアリシアから服を取り返そうとしたのだ。
だがしかし、ベルの前で抵抗も虚しくその衣服はただの布、いや、端切れへと変貌していく。
「あ、ぁぁぁぁぁぁ!?」
「あらー、破れてしまいましたねー。こんな物を着せるわけにはいきませんねー」
「すごい棒読みなんですけどぉ!? 破れたんじゃなくて破いたんじゃないですかぁ!」
そして、破れててもこれを着ます! とベルが言い出さないようにか、アリシアは素手で念入りに念入りにその服だった何かを破り千切っていく。もう雑巾にすら使えない状態だ。
「…さて、と。こちらが私の用意した服です」
「仕切り直す雰囲気にするのやめてもらえませんか!? さっきまでのことは無くなりも忘れもしませんからね!? あぁぁ…なんでこんなことに…」
スッと真顔に戻り、姿勢を整えたアリシアがまるで今まで何事もなかったかのようにベルへと袋を渡そうとする。流石のベルも、それには激しく突っ込んだ。
だがしかし、なんやかんや言葉では色々と言いつつ悲しんでいる様子を見せながらもアリシアにされるがままに着せられていくベル。
アリシアが手ずから着付けを行い、最後に、何故持っているのかはわからないが金髪ロングヘアーのウィッグを被せられる。
アキやクロエの時とは違い、完璧な女装である。
しくしくと泣き真似をして悲しさを醸し出してはいたが、内心、今のベルは少し楽しい気持ちでいた。
先ほどのやり取りだって、普段ならアリシアを相手に見せることのないような姿をベルは出している。
「こ、これが僕…?」
「薄く化粧をしただけですが…元から中性的な顔立ちですし、よく似合いますね。私の昔の服で申し訳ありませんが…リヴェリア様のものと違い、作りもそれなり程度ですし…ですが本当に似合っています。折角だからエルフ耳にしましょうか、確かつけ耳も誰かが用意していたはずです」
そして、そうこうしているうちに化粧までもが施され、エルフ耳を付けられた。そこにいたのは、どこからどう見ても美少女エルフなヒューマンの少年。鏡の前で座るベルの姿と、その背後でブラシを手に持つアリシアという姿。どこから見ても、仲睦まじい姉妹のような姿だ。
だがしかし、ベルの心の中では激しい葛藤が起きていた。
確かに僕は金髪ロングヘアーのエルフは好きだけど、大好きだけど、別に自分がなりたいわけじゃない。
でも…この美少女が自分自身じゃなければうっかり初対面で好きになっていたかもしれないと、ベル・クラネルは鏡の中の自分を見て思った。
それと同時に少し冷静になったその頭で、エルフとしては僕に庶民的な服を着せるのはダメで女装させるのはいいのだろうかと、ベルはアリシアの、いや、エルフの価値観を少し疑っていた。
【朗報】正式に(?)ベルがリヴェリアの庇護下入り
まぁ特に変化はありませんけどね、水面下では街中にもっと噂が流れてますし。遠慮しがちなベル君が更に甘えやすくなるくらい…?
後エルフ勢がベルに甘くなりそうです。伏線です(雑)
【悲報】アリシアさん、キャラが崩れる。
【朗報】アリシアさんの手により完璧女装エルフっ子ベル君爆誕
感想全部読ませてもらってます、返事は返せてないですけど、励みになってます。カモン感想、リクエストとかは受けられませんが、皆さんに投げ込まれた妄想はたまに私の胸に突き刺さっています。いい意味で。
それから、お気に入り2500件ありがとうございます!