ラビット・プレイ   作:なすむる

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94話

 いつかと同じ感想ではあるけど、寝れない。

 いや、アキさんの時よりはマシかもしれないけど。

 

 アイズさんは僕が布団に大人しく入るなり、手を握ってきた。剣を幾度と無く振り、鍛え上げられたその手はしっかりとした固さの中に、柔らかさが内包されていた。

 二人、枕を並べて天井を見ている。

 その僕の左手を、アイズさんの右手が握っている。

 

 手を握ること自体は、レフィやシルさんともしていることだし比較的なんてことのないはずなのに…なんだろう、状況が状況だからか物凄く恥ずかしい。

 

 それはアイズさんも同じようで、だんだんと掌から感じる温もりが高まっていっている気がする。

 

「…なんだろう、少し、恥ずかしいね」

「そ、そうですね」

 

 言葉にされたことで、余計に感覚が左手に集中してしまったような気がする。

 

 そう思っていると、アイズさんの手が蠢く。にぎにぎ、さすさす、と、僕の手を弄ぶように。

 

「…手、固く…ううん、大きくなったね」

「…成長期ですから」

「そうだよね、ふふ、ベルはまだ13歳だから……ベルは憧れている人とか、いる?」

「…憧れ…とは、少し違うんですけど…『始源の英雄』や『大英雄』のように、何かを成し遂げたいな、とは…」

「…君なら、いつかなれるよ」

 

 ふと、そこで気になったことを聞いてみることにした。

 先ほど、僕に聞かれたことと似ているそれ。

 

「…アイズさんは、どうして冒険者になったんですか?」

「…私?」

「はい」

 

 幼い頃…それこそ、まだ年齢が一桁の頃に冒険者になったとは聞いたことがある。僕と同じく、両親が既にいないことも聞いている。

 

 僕の手を握る力が、強くなった。

 

「…何がなんでも成し遂げたいことがあるから…かな」

 

 力と、気持ちが込められた言葉。

 

「…君みたいな、前向きな、明るい目標じゃないかもしれないけど…私にも、悲願(ねがい)があったから…だから私は、冒険者になった。もう一つ、昔は、他の願望(ねがい)もあったけど…」

「…どんな、こと、なんですか?」

「…黒龍の、討伐と…『英雄』を見つけること、かな」

 

 ギュッと、僕も手に力を込める。そうしないと、アイズさんがどこか遠いところへ行ってしまいそうな気がして。

 リヴェリアさんから、アイズさんは危ういところがある、と聞いたことがあるけどこのことなのだろうか。明らかに、いつもとは違う。

 

「…でも、最近は少し、寄り道してもいいのかなって思えるようになったんだ…リヴェリアやレフィーヤ、ティオネにティオナ達…それに、君のおかげで」

 

 ぽつり、ぽつりとアイズさんの独白が続く。

 

「…7歳の頃に冒険者になってから、もう8年。がむしゃらに、ひたすらに、悲願(ねがい)を叶える為に走ってきたけど…今までは、立ち止まったら足元が崩れて無くなると思ってた。だけど、違った。周りには確かにみんながいて…帰る場所があって…」

 

 それは、『剣姫』ではないアイズさんの心のうち。皆が見ている、知っているアイズさんではない、一人の人間としてのアイズさん。

 

「…初めて君を見たときは、昔の自分みたいだって、そう思った。心に何かを抱えていて、蓋をして…でも君は、私とは違った。その中身は白くて明るくて、近くにいるとなんとなく癒されるような…だから、私も気になって…」

 

 アイズさんが寝返りを打って、こちらに顔を向ける。僕は、天井を眺めたままだ。

 

「…悲願(ねがい)は捨てられないけど、もう一つの願望(ねがい)も追いかけていいのかなって、そう思えて…そうしたら、なんだか、普段のことが楽しくなって」

 

 のそりと、アイズさんが身体を起こす。手は繋ぎかえられ、指と指が絡む形になった。視界の中の天井が遮られ、アイズさんの顔が見える。金の瞳に、赤の瞳が反射している。

 

「…ねぇ、ベル。私が助けを求めたら…君は、私を助けてくれる?」

「勿論ですよ」

「………ありがとう、きっと、私の悲願(ねがい)を叶える為には…君の力が、ううん、()()必要な、そんな気がするんだ」

 

 そして、にこりと微笑んだアイズさんは。

 

 そのままパタリと倒れ込むようにして、寝息を立て始めた。

 

 頰と頰が、触れ合っている。

 

 耳には、アイズさんの穏やかな呼吸音が流れ込んでくる。

 

 僕の激しく鳴動する心臓とは、相反して宥めるような緩やかな心音が身体を通じて伝わってくる。

 

「………………」

「すぅ……すぅ……」

 

 これから4日間毎日これだと、僕は死んでしまうかもしれない。

 そう思いながら、僕は目を閉じた。

 

 …あ、ちょっとアイズさん、あんまり動かないで…っ!

 

 

 

「…よし、行こう」

 

 翌朝、いつもより機嫌が良さそうなアイズさんと、あまり眠れず、少し元気のない僕は旅館から外へ出ようとしていた。

 これまた豪華な朝食を食べ、私服に着替えた僕達はどこからどう見ても立派な観光客だ。季節的に客は多い方らしく、確かにオラリオのような人込みはないけど大規模な都市から離れている場所にしては人が多い。

 

「まずは、どこにいきましょうか?」

「えっと…お土産とかは、最終日の方がいいよね?」

「そうですね、長持ちするなら買ってしまってもいいかもしれませんけど…荷物が増えちゃいますし、せめて明後日にしましょう」

 

 受付の人に挨拶をして旅館から出て他の旅館が立ち並ぶ中をしばし歩くと、お店が揃った通りへと出る。どこも、市場のような構えで、なんとなくわくわくとする。

 

「じゃあ、食べ歩き…?」

「あ、朝ごはん食べたばっかりですよ…?」

「…そうだね、私も、あんまり食べられそうにない…うぅん」

 

 目的の第一がじゃが丸君であるアイズさんは、それ以外はあまり目を引かれるものがなかったようでキョロキョロと辺りを見回している。

 

「…あ、あのお店、見に行ってみませんか?」

「どこ?」

 

 僕が指差した先には、刃物屋の文字。

 

「…刃物屋、虎徹…?」

「多分、包丁とかを扱ってるお店だと思うんですけど…あ、アイズさんって料理とかは」

「…うっ…あ、あんまり得意じゃない、かな」

 

 なんだろう、すごく、聞かれたくないことを聞かれたような顔をしている。そんなに気にすることなんだろうか。

 

「僕も得意じゃないですけど、やっぱり遠征に行くようになったらある程度できた方がいいってレフィからも言われて…せっかくだから少し見て行きませんか?」

「…いいよ、行こう」

 

 そして、のれん、というらしい布を潜って店内に入ると。

 

 そこには…大小様々な武器が立ち並んでいた。

 

「これ…カタナ?」

「いらっしゃい…なんだい、ずいぶん若い坊主達だな」

「あ、お、お邪魔します…ここって包丁屋さんじゃないんですか?」

「あー…まぁ、包丁も並べてるが、ここは刀剣屋だ。とはいえ、殆どが刃を潰してる模造刀だけどな。なんでか知らんが温泉地では木刀とか模造刀が売れるんだよ」

 

 これなんかよく売れるぞ、と見せてくれたのは確かに刃が砥がれておらず、細身で緩く湾曲した片刃の剣。カタナ、とアイズさんは言っていただろうか。

 

 そのカタナの刃の部分には、精緻に蛇のような龍のようなものが彫られており、ここの温泉地の名前が刻まれている。

 なんだろう、この、なんだろう。

 

「…なんか、確かに欲しくなるような気がします…」

「…坊主くらいの歳の子供は特によく買っていく印象だな、包丁を買いに来た親にねだってる姿はよく見る」

「…すいません、その奥の刀、見せてもらえませんか?」

 

 僕と店主のおじさんが話をしていると、なぜかやけに瞳を輝かせたアイズさんがおじさんの後ろのケースに飾られている一本の刀を指差す。どうやら、あれは真剣と言って実際に使える刀らしい。

 

「お、おお、構わんが…この刀に目を付けるとはな。さては嬢ちゃん、上級冒険者か?」

 

 こくり、と頷くアイズさんにおじさんは丁寧に取り出した刀を差し出す。

 

「やっぱりな…見るのは構わんが、気を付けてくれよ。業物には違いねえ、極東ではこれを鍛ったのと同じ一派が作る刀は最上級の業物として評価されている…が、こいつは曰く付きでな」

 

 ぴたりと、受け取ろうとしたアイズさんの手が止まる。

 

「…い、曰く付き…? ゆ、幽霊…とか、ですか?」

「いや、流石にそんなものじゃねぇが…なんでも、持ち主を選ぶらしい。刀に認められなかった主人がこいつを振るうと、己を傷付けてしまう、とかいう話でなぁ。ただ、造りと刃紋は素晴らしいの一言だからな、展示用にここに置いてたんだが」

「…今までに使いこなせていた人は?」

「俺が知ってる限りじゃあ、これを売り払った前の前の所有者は扱えてたって話だな。極東でLv3に至った『剣豪』ってやつだそうだ」

 

 それを聞いたアイズさんは、ゆっくりと刀を構える。そして、ふっと構えを解いて丁重な手つきでおじさんへと刀を返した。

 

「…うん、少し難しい…あまり使いこなせない、かな」

「ははは、構えただけでわかるのか。見事な構えだったがなぁ…」

 

 それに対して笑いながら受け取るおじさんは、それを元通りにしまう。

 

「…あ、ちなみになんて名前なんですか? あの刀」

 

 僕が疑問に思ったことを尋ねると、ああ、とおじさんは呟いてその名前を口にする。

 

「そんな物騒な曰く付きの割に実は付けられた名前が可愛くてな…『子兎丸』って「買います」いう…え?」

「やっぱり買います、あの刀」

 

 驚いて声も出ない僕とおじさんの前で、アイズさんは静かに財布を取り出した。

 

 

 

 ホクホク顔で剣帯も買って腰に下げたアイズさんは、とても満足そうだ。お土産、買っちゃった、と言いながら満面の笑顔である。服を買った後のシルさんみたいで、アイズさんもやっぱり女の子なんだな…と一瞬思った後、でもこんないい笑顔だけど、買ったのが刀なんだよな…と少し複雑な感情を胸に抱いた。

 

 僕も一緒に包丁を4本…レフィの分と、アキさんの分と、シルさんの分と自分の分を買った。アイズさんに話を聞いたところ、ティオネさんティオナさんもアイズさん同様あまり料理はしないというので、二人の分は買わなかった。リヴェリアさんは、エルフの人達を筆頭に料理なんていう雑事はさせられないと言われ、止められるそうだ。渡しても困るかもしれないし、別のものを探そう。

 

 レフィはよくお菓子を作ってくれるし、料理も得意だから喜んでくれると思う。アキさんも料理は人並み以上にできるらしい。

 シルさんについては…えっと…うん。これを渡したことで変に張り切られないといいけど。リューさんからも、ちゃんと受け取ってあげてくださいねと念を押されたことがある。

 

 作ったのに僕に渡す機会がなかった日は、主にお店の誰かが食べているらしい。特に、嗅覚と味覚が優れている猫人の二人からはそれはもう弱った笑顔で頼み込まれたことがある。今日はシルが待っているからお店の近くに寄ってくれ、と。

 

 

 

 時刻は、昼近くになっていた。

 ようやく、アイズさんが待望しているじゃが丸君のお店へと行くことになる。刀の件も含めて、いつになく上機嫌なのが伝わってくる。




連載開始からまる4ヶ月になりました。
いつも読んでくださってる方々、ありがとうございます。
これからも投稿続けて行きますので、よろしくお願いします。

ちなみに、実際に日本刀には子狐丸や猫丸という銘の刀があります。子兎丸はありませんけど。

以下、興味のない方には一切わからないでしょうが『子兎丸』の詳細です。自分も日本刀マニアというわけではないので間違った表現もあるかもしれませんが、お許しを。

極東の上級鍛治師が鍛った作品。
第二級から第一級の間に位置する名刀。刃はどこぞの白兎の髪を彷彿とさせる小乱れ紋様。細身で反りが高く、踏ん張りが強く鋒の鋭い優美な見た目。鍔は波に兎。金あしらい。柄は糸巻。蛇腹。鞘は金梨地高蒔絵。

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