人柱達   作:小豆 涼

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鬼滅の刃21巻を2回読んで5回泣いた男が書きます


本編
ワシは斬らずに護りたいがの。


「よう見える、ヌシの身体が」

 

鬼と呼ばれる異形の化け物に相対するは、明治に帯刀する侍…ではなく、鬼殺隊と呼ばれる組織の人間。

黒の隊服に、滅の一文字。

その上に羽織るは、灰色のぐらでいしょんが目を引く白い羽織。

 

「どうやら、なかなかの数の人を食ろうておるな」

 

その男、背丈は六尺に届かぬといったところ。

髪の色は白。

目つきはすこぶる悪い。

左眼の下には一本の痣。

袖の裾からは和彫りがチラつく。

 

「しかし安心せい。ヌシは極楽浄土へ招かれるだろう。その業は鬼舞辻無惨にワシが精算させよう。さぁ、眠れ」

 

腰に引っさげた刀を抜き去るが早いか、気がつくと男は鬼の背後でこう唱える。

 

「南無阿弥陀仏」

 

次の瞬間、鬼の身体は灰となった。

 

 

 

さて、今宵語るは一人の鬼狩り。

 

戦国の世最強の鬼狩りと呼ばれた、日の呼吸の使い手…その名も継国縁壱。

 

その継国縁壱の再臨、生まれ変わりなどと持て囃されるほどの強さを持つ男の話である。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「やぁ、参座(さんざ)。呼び立てて済まないね」

 

所は、産屋敷が住まう屋敷。

詰まるところ、鬼殺隊本拠地。

 

参座と呼ばれた男は、先程鬼を狩った白髪の男である。

 

「お館様のお呼びたてとあれば、例え上弦と対峙しておろうとも即座に切り捨て馳せ参じます故、何もお気になさらずどうぞ」

 

十二鬼月。

鬼の中でも特に強い鬼達。

そんな中でも上弦の鬼達はこの数百年、討伐の記録はたったの1度。

 

「参座がそう言うなら、心強いよ。さて、本題なのだけれど…近々、新しく柱に迎える子供達がいるんだ。名を天元という。先輩の柱として、色々と教えてあげてくれないかな?」

 

「お館様の頼みとあればこの天羽 参座(あまば さんざ)、全力でお答え致しまする」

 

「ありがとう、参座。参座が柱になってからというもの、子供達の犠牲がうんと減って私はとても嬉しいよ。ただ、参座に無理をさせていないかが心配だね…」

 

「この程度、皆の心労に比べれば些細なもの。お館様に置かれましては、とにかくご自愛くだされば、それで我々の士気は上がると言うものでございまする。小生にできることがあればなんなりとお申し付けくだされ」

 

産屋敷はこの天羽 参座の強さに絶対の信頼を置いている。

わずか十三歳で当時の下弦の弐を単独で屠り、鬼の討伐数は現在優に八十を超える。

 

何故こうも強いのか。

同じく同期の柱、悲鳴嶼 行冥は「知ることの出来ない強さ」と言った。

 

参座本人は「どこをどう切れば良いのか、どう動けば良いのかなど頭で浮かんでそのまま身体がうごくのだ」と、さも雑作もないかのように話す。

 

そして鬼殺隊の誰もが、参座は鬼舞辻無惨を斬るために生まれてきたのだと理解していた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あんたが人柱、天羽 参座か?」

 

とにかく派手な見た目の男、宇髄天元。

先程、柱の就任式が終わり、参座の元へと駆け寄ってきた。

 

「いかにも。ワシが天羽 参座である」

 

「お館様からはあんたに色々と派手に教われって言われたんだが。まぁ俺は自分の警邏地区を、派手に見て回ってりゃいいんだろ?」

 

天元は参座の見た目を見るや否や、本当にこの男が鬼殺隊最強なのか疑った。

時代遅れな珍妙話し言葉に、派手な白髪。

そして何より自分よりも一つか二つほど若い。

 

「うむ、概ね間違ってはおらんの。しかしだ宇髄天元殿、柱とは鬼殺をするだけの人ではおれぬ。この鬼殺隊の…ひいては、鬼舞辻無惨との戦いにおいて、いつ終わるともわからぬこの戦いのなかで、新たな時代を作り、守り、そして繋いでゆく存在なのだ」

 

参座は遠くを見ながら腕を組み、微笑みを浮かべて語る。

 

「ワシらの世代で戦いが終わるにこしたことは無いが、それが叶わぬとき、人の想いを護るという覚悟が必要なのだ。そして、それはワシも同様。宇髄天元殿、何か困ったことがあればワシを頼れ。柱が頼れるのは恐らくはワシと行冥殿くらいであろう」

 

歳下とは思えぬ優しい顔でそう言われた天元は、なんとも言えぬ気持ちになる。

柱に頼れと言わしめるほどの実力が、この男にはあるような、無いような。

そんな狐に化かされたような気分が、地味に気に食わなかった。

 

「して、宇髄天元殿。その左肩…よもやそのままで鬼殺に赴く事はなかろうな?」

 

天元は目が点になった。

先の鬼殺において、堅気の人間を守るために負傷したのだが、隠しにもましてや三人いる嫁にすらその話はしていない。

少し痛むが、なんのことは無いと放置していたが、この男は何故それを知る?

 

「ワシには見えるのだ。人の身体が。そう、透き通ってな」

 

柱最強と言わしめる理由が、ほんの少し露見した瞬間である。

 

「どういうことだ?」

 

「生まれた頃より、人の体が透けて見えたのだ。どこに力が入っているのか、血が流れているのか。そんなことまで見えるのだよ。なれば、次にどこが動くのかもわかるもの。ワシは生まれながらにして日輪刀を持つ運命なのだ」

 

天元はにわかには信じられなかった。

忍びとしては、弱点を見せないという訓練は当然受けている。

例え柱だろうと、この程度の不調であれば隠し通すという確信しかない。

 

にも関わらず、この男は初見で見抜いた。

なんと恐ろしいことか。

 

身体が透けて見える。

 

そのような戯言、本来なればまず信用せぬ話だが、こうも確証を振りかざされれば信じるのも道理というもの。

 

「アンタ…派手にとんでもねぇやつだな」

 

「なぁに、ワシは間違いなく神によって〝 そう〟造られたのだ。この左眼の痣が語りかける。哀しみを断ち切れ…とな」

 

泥臭く生き足掻いて、やっと今の地位と実力に辿り着いた天元としては、参座の生まれ持った天賦の才に嫉妬せずにはいられなかったが、参座の人々が安心して暮らせるようにと切に願うその想いを感じたのか、どことなく参座を痛ましく思った。

 

「ヌシは優しいの。こんなワシを憂いてくれるのか。なぁに、そう思い詰めることは無い。幸福なことにワシは人よりできることが多い。なれば、皆の出来ぬことをワシがやれば良いのだ。それがワシの存在価値であり、この波乱の人生において、最も心の休まる瞬間でもあるのだよ」

 

天元は、敵わないと思った。

 

「ワシらの真価は生き抜き、次に繋げること。なれば常に万全の状態で戦いに望まねばならぬ。養生せい。二刀流は片刃に違和感があるとそこを突かれやすい。四~五日くらいなれば、ワシがヌシの地区を追加で担当した所でなんの問題もない。その後は自らの裁量で切り盛りすれば良い」

 

天元としては、それでは柱になった意味が無いと思ったが、この男にとっては今の状態で戦いに出すのが何処か気がかりで落ち着かないのだろうということは汲み取れた。

 

「そうだな、今回は派手に先輩の方を借りるとする。ここ最近じゃ嫁にも構ってられなかったしな。肩が治ったらもうアンタの力は借りねぇ。テメェのけつはテメェで拭くってことにする」

 

「ヌシには何よりも守りたいものがあるのだろう。それを守ることもまた、次への繋がりを護るということに繋がる。胸を張れい」

 

そう言うと、天元が瞬きした途端に参座の姿は消える。

 

 

 

ーーー

 

 

 

それから、少し経つと胡蝶カナエなる少女が花柱となった。

その姿は可憐で、まさか刀を携え鬼の首を斬るとは思えなかった。

 

産屋敷に呼び出された参座は、カナエに助力してやることを頼まれ、これを快諾。

 

新たに鬼殺隊の療養所、蝶屋敷の設立に尽力した。

 

「こ、こんにちは天羽様」

 

「ん?どちら様かな?失礼だが、名を聴いても?」

 

少しずつ蝶屋敷の形ができ始めた頃、参座は蝶屋敷へ赴いていた。

 

「は、はい!カナエの妹、胡蝶しのぶと申します」

 

しのぶはまさか自分が鬼殺隊最強である人柱、天羽 参座に会うことができるとは思ってもいなかった。

 

「おお!ヌシがカナエ殿の。して、しのぶよ。ワシに何か用か?」

 

「あ、あの…私は身体が小さく、鬼の首を斬れないのです…。大変無礼だとは思うのですが、鬼殺隊最強といわれる天羽様より、何かお言葉を頂けないかと…」

 

体の小さいしのぶは鬼の首を斬れない。

稽古をつけてくれた岩柱、悲鳴嶼行冥もしのぶには鬼殺隊に入ることを反対された。

 

だが、しのぶは引き下がりたくなかった。

親の仇である憎き鬼が、この世を跋扈している事が許せなかった。

 

「しのぶよ…ワシは強い。どんな鬼でも斬れる。例え鬼舞辻無惨だとしても。目の前に現れさえすれば、例え眠っていようと刀を抜く。だが、ワシは斬ることしか出来ぬ。斬って護ることしか出来ぬ」

 

参座はしのぶを真っ直ぐに瞳に入れ、一語一句に力を入れ語る。

 

「しかしカナエ殿曰く、ヌシは医療に対する知識と技術が優れていると聞く。なればそこにはヌシの戦いが、護るための武器があるのでは無いか?」

 

自分の治療が、武器。

そしてここもまた戦い。

 

鬼殺隊において最強の男が。

刀を持たせれば誰よりも上にいる人間が、いま自分を心底羨ましそうに見ている。

 

「嫌味に聞こえるやもしれぬが。ワシは刀なぞ使わずに誰かを護りたかった。…尺八を吹いたことがあっての。そうだな、一年は修練を詰んだのだが、始めたての者にひと月で追い抜かれてしまうのだ。ワシは本当に、斬ることしか出来ぬ、能無しよ。しかししのぶ、ヌシの両の手はどうだ?掬えるのではないか?救えるのだろう?」

 

「天羽様、おやめ下さい…そんな、そんな悲痛なお顔をなさらないでください…。天羽様に救われた人達は沢山いるんです。だからどうか、そんな悲しいお顔をしないでください…」

 

表情は緩やかで、穏やかな気持ちに見えるが、しのぶには分かった。

 

泣いているのだ。

 

天羽参座という男は、鬼を斬る度にその心には雨が降りしきっている。

鬼になる前の人の姿に、許しを乞うのだ。

 

「しのぶよ。刀を置くことは出来ぬか?ヌシの憎しみは、ワシが貰おう」

 

「良いのですか…?私は、仇を憎まず、そして姉に守られ続けるままで良いというのですか?最後の肉親を、いつ死ぬかも分からないその時を、自分は暖かい部屋で待ち続けろというのですか…」

 

「宝なのだ」

 

「…宝…ですか?」

 

「ヌシはカナエ殿にとって、行冥殿にとって、お館様にとって、ワシにとっても。妹であり、宝なのだ。肉を抉られようとも、ヌシが治してくれれば良い。ヌシが待っていてくれれば良い。それだけで刀を握る理由であり、護るために刀を振る理由足り得るのだ」

 

カナエも言っていた。

しのぶが待っていてくれれさえすれば、どんな事があろうとも帰ってこられると。

自分は守られるだけでなく、守りたいと思いここまで鍛えてきた。

しかし、ここでカナエ待ち、傷ついた人達の命を繋ぎ止めることもまた、カナエを護ることに繋がると言うのだ。

 

混乱する。

 

「鬼を斬り、背中を預けるだけが守るということではない。賢いヌシなら分かっているのでは無いか?カナエ殿はいつもいつもしのぶの話をするのだ。ワシはそれが楽しくて仕方ない。心休まるときであるし、あれを平和…又は幸せと呼ぶのだろう」

 

「許されるのでしょうか…私は…」

 

「何を言う。誰が胡蝶姉妹に怒りを覚えるというのだ。誰がヌシに罪を数えるというのだ。しのぶ、ヌシは戦うのだ。人の命を救うという戦いに出るのだ。誇ることしかなかろう。カナエ殿は言うぞ、私の妹は誇らしいのだと。お館様は言うぞ、胡蝶しのぶは誇らしいのだと。行冥殿も両手を合わせて誇らしいという。そしてワシは傷ついた隊士に言えるのだ、しのぶがおるから安心せいと」

 

しのぶの瞳からは大粒の涙が零れる。

長きに渡り、憎しみを抱えたその心から、重荷が外されたような感覚。

鬼の首を斬れない私の身体は、最愛の姉の誇りであり、最強の男の誇りであるのだと言われた。

 

しのぶはかつてないほどに幸福な気持ちになった。

私も戦えるのだと。

 

「し、しのぶ!?どうしたの!?参座くん!!一体しのぶに何したの!?」

 

そこへ任務の終わったカナエが鉢合わせるやいなや、顔を真っ青にしてしのぶと参座の元へと駆け寄り、その胸に抱きしめた。

 

「お姉ちゃん…私…刀を置くことにする…」

 

「えっ…」

 

あれほど強情だった妹の突然の告白に、カナエは戦慄した。

そうあればいいのに…と。

どれだけ願って、どれだけ言い聞かせても聞かなかったしのぶが、刀を置き、鬼殺に赴かないと言い出した。

 

「私は…私の戦いをする…」

 

「そっか…そっかぁ…うん…うん…」

 

ついぞ我慢できず、カナエまで泣き出したところで、参座はその場をあとにした。

参座にとっても、斬るという以外で初めて人を護った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




みんな助けたいけど無理な時もあります。
しのぶさんには蝶屋敷で働いててもらいます。

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