人柱達   作:小豆 涼

14 / 27
ワシは斬り合なれば決して負けぬが…。

「その勇敢な名も、聞けぬのか…」

 

上弦の参、猗窩座は戦慄した。

突然現れた、白髪の隊士に腕を切り落とされていたのだ。

全く知覚できなかった。

 

「せめて安らかに眠れ。ワシがその刃を貰い受ける」

 

炭治郎も、なにも匂いを感じ取ることが出来なかった。

参座に、感情を感じ取ることができなかった。

 

「杏寿郎…すまぬ。寝すぎた」

 

「参座殿…俺は…俺は…!」

 

「ワシのせいだの。杏寿郎、集中」

 

至って冷淡に言う参座。

しかし、その声で少年にかばわれた杏寿郎の消えそうな心の炎は再度燃え上がる。

 

己が打ち倒すべき敵の姿を見る。

参座が斬った腕はもう再生していた。

しかし、もうそんなことはどうでもよい。

 

「立ち上がった勇敢な少年の為にも!!ここで貴様を倒す!」

 

「さて、杏寿郎。斬るぞ」

 

─術式展開 終式 青銀乱残光─

 

猗窩座は本能で察した。

この白髪の男に動かれてはならないと。

最高最広最速の、全力。

柱でも受けきれないその攻撃。

 

杏寿郎の日輪刀は、その究極奥義を受け、折れた。

しかし、その脅威が杏寿郎を襲うことはなかった。

 

「のう。ヌシは上弦の参か?どうだ、力ない少年が己に刃を向けた姿は」

 

腕が消し飛んでいる。

まずい。

距離を取らねば。

再生を急げ。

 

「何も…感じぬのか?心が…震えぬのか?」

 

しかし、どれだけ足を急いでも。

どれだけ速く動いても。

その男は正面から外れない。

 

不快だ。

だから、猗窩座は言葉を投げつける。

 

「貴様こそ!よくそんな無感情でいられるな!俺にはわかるぞ!お前に感情はない!その身体に闘気を感じない!!」

 

猗窩座は自分で言って初めてその違和感に気がついた。

闘気のない人間など、見たことない。

赤子ですらその身に闘気を宿しているのに。

 

「ふむ。ヌシにはそう、見えておるのか。なれば、鬼になろうと此処にはたどり着けまいて」

 

闘気に反応する血気術、術式の羅針。

しかし、その針は振れない。

違和感が恐怖となり、猗窩座をひるませる。

 

「ヌシ程度の羅針で測れると思うなよ。ワシの背には、数多の刃がヌシにその切っ先を向けておる」

 

「そんな…バカな…」

 

参座の闘気とは。

この場をまるっと包み込んで余りあるほどだった。

羅針はその針を止める。

 

「斬る」

 

この鬼の首を斬らんとしたとき。

新たな影が現れた。

 

─月の呼吸 陸ノ型 常夜弧月・無間─

 

その無数の斬撃は、参座と杏寿郎を切り刻もうとしていた。

しかし、参座はそのすべての斬撃を弾き飛ばす。

 

「ふむ…その眼。ヌシが上弦の壱か。名は?」

 

「…私は、黒死牟」

 

上弦の壱、黒死牟は目の前にいるその白髪の男に。

己の弟を幻視していた。

 

「お前は…不快だな。縁壱を見ているようだ」

 

「その縁壱なるものは知らぬが。そうか、ヌシが黒死牟か」

 

言うが早いか、その場にいるものたちの目から参座が消えた。

刀を抜き、黒死牟に斬りかかった。

多くの目が蠢く、黒死牟の刀は切断された。

 

刀を交えた参座は、察した。

この鬼の殺気が己に向いていないことに。

 

「猗窩座、帰るぞ。もう夜が明ける」

 

黒死牟は猗窩座に声をかける。

憎々し気に舌打ちするも、猗窩座は黒死牟の後ろを追いかける。

 

「待て!逃がさん!!」

 

「杏寿郎!!判断を違えるな!」

 

参座はそのあとを追いかけようとした杏寿郎を止める。

 

「ワシが黒死牟と刀を交えれば、猗窩座によってここにおるものたちは皆殺しだ」

 

「しかし…!」

 

「ワシらは敗北したのだ。これ以上、みじめな姿を晒せまいて。それはあの少年への侮辱にもなる。今は耐えよ」

 

「………はい」

 

そうして、朝日が顔を出す。

大いなる日輪。

それは、敗北したものたちを照らす。

 

「杏寿郎、ヌシの心は、いかように折れる?」

 

「…!折れません!たとえ四肢が引きちぎれようとも!たとえ目の前で何を失おうとも!この命ある限り、人々を護るという誓いは、決して折れません!」

 

杏寿郎は、涙を流しながらもあの時誓った言葉を叫ぶ。

 

「ヌシは強い。ワシは、本当に間に合わなんだ。いつもいつも、いつも。間に合わなんだ…」

 

そういいながら、参座は命を捨てて皆を護ってくれた少年の元へ向かう。

 

「せめて…その名を。強き少年の、名を聞きたかったでの…。ワシは、ヌシを尊敬する。そして、決してその姿忘れぬと誓う」

 

惨たらしい姿となった少年の頭を。

参座は優しく、優しくなでる。

 

「すみません、煉獄さん…参座さん…!俺が!俺が弱かったから。俺が刀を握れなかったから!!」

 

「…こっちへおいで、炭治郎」

 

炭治郎は、泣きながら参座の元へ寄る。

 

「ワシが、遅すぎたのだ。ヌシが気に病むことはない。忘れるな、炭治郎。どんなに打ちのめされようと、どれだけみじめに這いつくばろうとも。ワシらは誰かを護るために戦っておる。だが、人なのだ…出来ぬ事はある。ワシはそれを教えてもらったのだ。だから炭治郎、その足を止めるな。悔しいと思うのならば、次があれば…必ず護って見せよ」

 

そういって、炭治郎を抱きしめる。

やっと、参座からにおいがした。

ひどい哀しみのにおいだ。

この場にいる誰よりも濃い。

 

「こぼしすぎておるのだ、ワシは。その救いの手を。斬ることは簡単にできる。だが、護ることは本当に難しいのう」

 

強く強く炭治郎を抱きしめる。

参座もこの時、己の無力さを感じていた。

 

斬ることと、護ることは全くの別。

自分が簡単にできることは、斬ること。

 

それをよく知っているからこそ、参座は足を止めない。

斬ることをやめたとき、己は誰かを護れるかもしれない可能性を捨ててしまうと理解しているから。

 

「伊之助も、おいで。ヌシも悲しくて哀しくて仕方ないのだろう?今は良い。こっちへ来るのだ」

 

伊之助は、何も言わず参座の元へ近寄る。

杏寿郎は、日輪刀を納刀し、少年の亡骸に手を合わせる。

 

この日、鬼殺隊は敗北した。

だが、一人の名もなき少年の行動が。

 

鬼殺隊の宝たちを護った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「カナエ。帰った」

 

唯一無傷の参座は、自宅へ帰宅した。

 

「参座くん、お帰りなさい!お昼ご飯の支度する…わ…」

 

何も言わず、参座はカナエに抱き着いた。

そこにはいつものような、包んでくれる優しさはなかった。

カナエは、ただただ体重を預けてくる参座に、今回はただ事ではないと察する。

 

「護れなかった」

 

一言。

カナエは、参座を抱き留めながら居間へ連れていく。

 

「力もない、刀も握ったことのない少年に。背負わせてしまった。ワシが護らねばならぬものを」

 

いつもの優しさも、強さも。

その顔からは伺えなかった。

カナエですら、何も言えなかった。

それほどに、衰弱していた。

 

「ワシは弱い。強いと豪語してきたが。弱い」

 

そんなことない、と声をかけてやれなかった。

カナエもまた、己の不甲斐なさを呪う。

 

「だが。それでも、ワシは前を向かねばならぬ。刀を握らねばならん。カナエ…力を貸してくれ」

 

「当然です。あなたのすべてを、私も背負います」

 

そのあと参座は泣いた。

枯れるまで泣いた。

昼餉をすっ飛ばして、眠るまでカナエの胸で泣いた。

疲れ果て眠る参座を、その視界からなるべく離さぬようカナエは夕餉を支度した。

 

そして、夕餉を食いながら。

また参座は涙を流した。

 

なんて旨いのだろう。

なれど、あの少年はもう飯を食うこともできない。

愛しいと思うものと出会うこともできない。

 

心が、初めて軋む。

 

護れないことは今までたくさんあった。

間に合わないこともあった。

だが。

 

護るべきものに、護られたことはなかった。

己は何のために刀を握っている?

どうして人より強く生まれた?

 

今日、この日のためだったのではないか?

自分を斬ってやりたかった。

その心の地獄が、燃え盛る。

その劫火が、心を焼き尽くそうとする。

 

それでも。

その心には、一人の女性がいる。

その女性が、参座の心が壊れぬように護っている。

 

そして。

目の前には、本物がいる。

息をしている、声を発している、触れてくれる。

なればこの心。

折れるわけにはいかぬ。

 

そうして、床に就く。

 

「参座くん、彼にたくさんありがとうを言いましょう?ごめんなさいじゃなくて、感謝を言うの」

 

「…そうだの。名も知らぬ少年よ…ありがとう」

 

参座はカナエの胸で眠った。

その夜は、夢を見た。

 

自分の心、白い珠。

それを優しく包んでくれる、女性。

そしてそこに。

 

強く優しい、男の子の手が添えられた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

杏寿郎の傷がある程度回復した。

片目は使い物にならなかったが、それでも両腕があるならば刀を握るときかなかった。

全快してはいないが、刀を振らねば身体がなまるとしのぶに無理言って退院を申し出る。

 

しのぶたちは止めたが、参座の好きにさせてやれという言葉で皆が折れた。

 

そして、杏寿郎が退院して数日。

参座は傷の痛みをやせ我慢する炭治郎を連れ、煉獄邸を訪れた。

 

「御免!杏寿郎はおるか!」

 

炭治郎は、煉獄邸の大きさに驚いた。

 

「あ、参座さん!兄でしたら、道場のほう「貴様何をしに来た!」…父上!」

 

「貴様ほどの剣技を持ちながら!死人を出すとは何事だ!!お前は強いんじゃなかったのか!!杏寿郎だってそうだ!柱になったからといって何になる!何を護れた?何を救えた!?」

 

槇寿郎が、怒鳴る。

柱の引退の原因でもあった参座が、一般人の死人を出した。

それでは、このみじめになった心をさらにみじめにするではないか。

 

これほどの男でも、誰かを護れないことがある。

ならば、己の刀はどれほど弱いか。

それを叩きつけられた。

 

「父上!兄上をお守りくださった皆さんにそのようなこと」

 

「うるさい!刀を握れぬお前がいうな千寿郎!」

 

千寿郎がぶたれた。

それをみた炭治郎は、怒り狂う。

 

「俺の命を救ってくれた人を悪く言うな!あんた何がしたいんだ!命をかけた息子を罵って!殴って!」

 

「お前たち、俺たちのことをばかにしているんだろう…。その耳飾り、日の呼吸の使い手の証!貴様らは特別力をもって生まれた!なのになぜ…なぜ…!!」

 

そして、そこから罵詈雑言が浴びせられる。

槇寿郎は、そうしなければ己の弱さを誤魔化せなかった。

自分は弱い。

日の呼吸の使い手は、それは強かった。

だが、その派生の呼吸はどうだ?

真似事でしかない。

そして、この参座という男。

己にしか使えぬ呼吸。

型を持たぬ、完成された剣技。

 

どれをとっても完璧ではないか。

なぜだ。

なぜ自分はあのようになれぬ。

なぜ、杏寿郎はあそこを目指す。

至ることはできないのだ、誰も。

 

「日の呼吸の使い手だからといって!!特別な力をもっているからといって、調子に乗るな!」

 

「乗れるわけないだろうが!今俺がどれだけ自分の弱さに打ちのめされていると思ってんだ!この、糞爺!!煉獄さんと参座さんを悪く言うな!!」

 

そういって、炭治郎が槇寿郎へ向かっていく。

千寿郎が声を荒げて炭治郎を止めようとするが、止まらない。

 

参座は、槇寿郎の言葉がその頭をぐるぐると回っていた。

 

そして炭治郎のこぉくすくりゅう頭突きが、槇寿郎にひっとした。

ごちんと、盛大な音がする。

 

そこで、参座の意識は戻ってきた。

気絶した槇寿郎を、皆で布団へ運んだ。

 

その騒ぎを聞きつけたのか、杏寿郎も来た。

 

「うむ!父上が見苦しいところを見せてしまい、申し訳ない!」

 

「い、いえ…。俺の方こそ、お父さんに頭突きしてしまってごめんなさい…」

 

「なに、気にすることはない。すぐ目をさました。いまは参座殿と対談している!」

 

それから、日の呼吸について聞くと、千寿郎が槇寿郎の保管している歴代炎柱の書を持ってくる。

しかし、その中身はズタズタにされていた。

槇寿郎が己の無力さに耐えきれず、破いてしまったらしい。

 

「なに!心配いらない!竈門少年、俺の継子になると良い!俺が、君のことを鍛えてやろう!何よりまずはその身体を全力で治すのだ!」

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

「竈門少年、これをやろう。俺の日輪刀には、新しい鍔をこしらえる。新たに誓うことがたくさんできた!俺は新たな想いで、日輪刀を握る!…そして君の妹!俺は信じる!血を流しながら、人々の為に戦うその姿は、鬼殺隊の一員といっても問題ない!胸を張って生きろ!」

 

そういって杏寿郎は、己の折れた日輪刀の鍔を炭治郎に渡す。

 

「…ありがとうございます。俺は、絶対煉獄さんを助けられるくらい強くなります!」

 

「楽しみにしている!俺もまずは、この片目での戦いに慣れなくてはならん!あの少年の為にも、俺たちはこの刀を置くわけにはいかん!」

 

「はい!」

 

元気よく返事をする炭治郎に、杏寿郎は自然と笑顔がこぼれる。

 

その頃、参座は槇寿郎のもとで話をしていた。

 

「…天羽、お前でも上弦はてこずるのか?」

 

冷静さを取り戻した槇寿郎は参座に問う。

 

「いえ。そのようなことはございませぬ。上弦の壱…奴は少し手ごわいやもしれませぬが、首を斬ることはそう難しくないと踏んでおります」

 

「ならばなぜ、今回のようなことになった?」

 

杏寿郎にも聞かなかったことを、訪ねる。

 

「恥ずかしながら血鬼術に長く落ちていた故、のちに聞きますと下弦の壱。それが今回の列車において人を多く食っていた黒幕であり、この天羽 参座が死の一歩手前まで見た鬼でござりまする」

 

まさか。

最強の男がてこずったのは、たかが下弦の鬼だという。

槇寿郎は信じられなかった。

 

「もし今回、小生一人にて原因の究明および鬼殺に赴いておれば、まず間違いなく食われていたでしょう。それほどまでに、小生の心は脆く、弱いのです。なれど、杏寿郎がいた。炭治郎が、伊之助が善逸が。そして、禰豆子がいてくれました故、こうして生きております」

 

どれだけ強くても。

その心は、精神は。

まだ若いのだと。

槇寿郎は痛感した。

 

「醜態をさらした、この小生の汚点を…。皆が拭ってくれたのです。感謝で頭が上がりませぬ。どうか、杏寿郎に一言ねぎらってやってくれませぬか?その意志は、この天羽 参座など到底追い付かぬほどの高みにある故。どれだけ寂しくとも、どれだけ打ちひしがれても、己の足で立ち上がれるのです。小生は、それが叶いませんでした。愛しきものが、この心を、刀を支えてくれておるのです。杏寿郎もその一人。なれど、あの男は、己のみで立ち上がるのです。なんと強いか、何と立派か」

 

参座の言葉に。

槇寿郎は、己の息子が少し誇らしくなった。

誰よりも強い男の先に、杏寿郎は至っているというのだ。

 

刀を捨てた己が育てた男が。

そして何より、己が愛した妻が育てた息子が。

その境地に届いているというのだ。

 

「どうか、杏寿郎を誇ってくだされ。これからの鬼殺隊に…人の世に。彼は必要不可欠にございます」

 

「…頭を上げてくれ、天羽。そこまで誠意を見せられては、こう腐ってもおれぬ」

 

そういって、槇寿郎は立ち上がり、部屋を出る。

向かった先は、杏寿郎と千寿郎、それに炭治郎がいる部屋。

襖を開けて、声をかけた。

 

「…杏寿郎、ご苦労だった。俺はお前を誇りに思う。千寿郎、お前はお前で励めよ」

 

それだけ言って、槇寿郎は部屋を後にする。

しかし、その一言で兄弟には十分だった。

二人は視線を合わせると、笑う。

 

「はっはっは!父上らしい!参座殿になにか言われたらしいな!!それに、竈門少年の頭突きも相当効いているのだろうな!あっはっはっは!」

 

「ぷっ!そうですね、兄上!あははは!」

 

炭治郎は、その時のにおいを忘れないだろう。

無邪気な子供のようなにおい。

そこに、溢れんばかりの嬉しさのにおい。

 

幸せが、溢れていた。

 

杏寿郎は、ここまで握ってきた刀が報われる思いだった。

そして、こんな気持ちになれたことを。

 

いつか来るその日。

あの少年に、心からお礼を言おう。

 

そう、誓ったのだった。

 

 




く!明日の投稿はお休みさせていただくかもしれません…!!!!
すみませぬ…!

感想、評価、誤字脱字報告、本当にありがとうございます!!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。