人柱達   作:小豆 涼

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今回は刀鍛冶の里編はお休みです。


ワシが斬っているものはなんなのか。

「玄弥、すまないが力を貸してくれー」

 

粂野 匡近は、実弥の弟である不死川 玄弥と行動を共にしていた。

今では自分で仕事を見つけ、寺子屋で教鞭を振るっている。

その間に、実弥とも連絡を取りながら、玄弥に対するほとぼりが冷めたころをめがけて二人を引き合わせようとしていた。

 

「なんだ匡近さん、またとんでもない量をもらってきたな」

 

玄弥が外に出ると、両手に風呂敷を携えた匡近が立っていた。

 

「ああ、子供達の親御さんがいろいろくれたんだ。そろそろ身体が痛くてな。すまんが手伝ってくれるか?」

 

気性の荒い玄弥だが、兄の恩人である匡近にはよく懐いていた。

実弥と会うのはまだ時期が早いということで見送られているが、今まで面倒を見てくれた匡近が言うのだからと自制していた。

 

匡近は、怪我の後遺症で継続して身体に力をかけていると肺や胸筋が痛む身体になっていた。

それでも玄弥を探して四六時中歩き続けて、出会ったときにはひどい顔をしていたことを玄弥はよく覚えている。

 

「あんまりムリすんなよな」

 

ぶっきらぼうに言うが、匡近は心配してくれているんだと理解した。

そんなところが、本当に兄に似ているな、と思わざるを得なかった。

最初こそ、早く柱になって兄に会いたいと躍起になっていたが、それもやっとなりを潜めた。

 

「そういえば、見慣れない子が街にいたよ。えらい別嬪だが、たぶん玄弥と同じくらいの年頃だろうな。さて、薪を買って帰ろうとしてたんだが、両手がふさがっててな。悪いんだが、買ってきてくれないか?」

 

「わかった」

 

玄弥は任務があるときは家にはいない。

だから、家にいる間はできるだけ匡近の力になりたいと、態度には出さないが二つ返事で出かけた。

 

思い出すのは鬼を食ってでも成り上がって、実弥に会うと思っていたあの頃。

 

兄に、謝りたかった。

自分を守ってくれたのに、ひどい言葉を投げつけてしまったから。

母を殺してでも、守り通してくれた。

そんな兄の為に、少しでも役に立ちたい。

 

そう思ってあの日まで無茶をしてきた。

 

しかし、匡近と出会ってすべてが変わった。

兄をよく知る者だといった匡近は、身体に鞭を打って探しに来ていた。

匡近が初めて会ったときに自分に言った言葉をよく覚えている。

 

「俺はお前の兄に生きる意味をもらった。だから、今度はお前の兄の生きる意味を護りたいんだ」

 

兄貴がそんな風に言うわけない。

最初は全く信じられなかったが、匡近の話を聞くにつれて、涙がこぼれてきた。

鬼殺隊をやめるように言われたが、それでもこれはやめることができない。

罪滅ぼしでもある鬼殺。

あの日、護ってくれた兄の背中を追いたい。

 

それが玄弥の譲れない想いだった。

 

匡近はしぶしぶそれを承諾して、稽古をつけてくれた。

自分は身体を激しく動かせないが、それでも何か教えてやりたいと申し出てくれた。

 

呼吸を使うことに全く才能がなかった玄弥だが、それでも匡近はあきらめず付き合ってくれた。

しかしやはり呼吸は習得できなかった。

それでも体格に恵まれた玄弥は、何とか自力で鬼を狩っている。

殺されてしまいそうな時もあったが、周りの隊士となんとか連携を取って命を繋いでいた。

 

「おばちゃん、薪売ってくれ」

 

「あら、玄弥くんじゃない。お久しぶりね」

 

そう長く住んでいたわけではないが、それでも街の住人は匡近の身内であると知ると顔と名前を憶えてくれた。

そう小さな街ではないが、それでも風の噂でいろいろな情報が入る。

それにできた先生だと、匡近は割と有名だったこともあるし、もともと根が優しい玄弥は、街で困っている人たちに力を貸したこともあった。

自分は体格がよく、鍛えているし重い物なんかも軽々持てるからだ。

 

「おまけしとくね。玄弥くん、力持ちだから余裕でしょ?匡近先生によろしくね」

 

「ありがとおばちゃん」

 

そういって大量の薪を軽々背負い、玄弥は帰路に就いた。

そこで、目の前の茶屋の前で座り込んでいる少女を見かけた。

年端は自分と同じくらい。

恐らくは匡近が言っていた少女なんだろう。

見た目がとても整っているし。

どこかから嫁いででも来たのだろうか。

 

まあ自分には関係ないと思い、素通りしようと思ったとき。

 

ぐうぅ。

 

と、腹の虫が鳴く音が耳に入る。

少女は顔を真っ赤にしてうつむいた。

腹が減ったなら、茶屋で団子でも頼んだらいいのに。

そう思ったが、目の前で座り込んでいるということは、金がないのだろう。

仕方なく、玄弥は声をかけた。

 

「おい、なにしてんだお前」

 

びくっと肩を震わせて、少女は口を開いた。

傷だらけの目つきの悪い男に急に声をかけられたのだから、驚いたんだろうと玄弥は思った。

 

「じつは、お財布をすられてしまって…」

 

「家に帰ったらいいじゃんか」

 

「うっ。…仕事を探してこの街に来たので、家には帰れず…」

 

なにやら困りごとのようで。

放っておいてもよかったが、あのお人よしの匡近に知られるとどうなるか考えた玄弥は、提案をした。

 

「とりあえずウチくるか?飯くらいなら出るぞ」

 

「い、いいんですか!?」

 

よほど腹が減っていたのか、少女は玄弥の後ろをついてきた。

街から匡近の家までは、およそ十分ほどで、ほんの少しだけ街の外れに住んでいた。

その間、少女は謝罪と感謝を繰り返し述べる。

玄弥としては、飯を食えない辛さや、外で過ごす寂しさを知っているし、女の子ということもあり放っておけないというのが本音だった。

 

家について、玄関を開けて玄弥は匡近に聞こえるように大きな声を出す。

 

「匡近さーん、悪いんだけどもう一人分飯作ってくれー」

 

台所から、匡近が廊下に顔を出す。

 

「なんだ?今日はいつもより腹が減って…!?げ、玄弥!一体どうしたんだその子!」

 

まさか誘拐…?

驚く匡近。

玄弥は、何をそんなに驚いているのか全く理解ができなかった。

しかし、すかさず後ろの少女が声を出した。

 

「あ、あの!家主様でしょうか?私、この街は初めてでして…!財布をすられて途方に暮れていたところ、この殿方にお声かけ戴きまして…!」

 

あの玄弥が?

そう思う匡近だったが、そんな風に他人の心配ができる心境にあることが喜ばしかった。

 

「それは災難だったね…。うちでよければ、何日でもいてくれても構わないよ」

 

「お恥ずかしい話なのですが…ここにきてどこにも頼れるお方がおりませんで、困り果てていたところです。本当に、何と感謝したらよいか…」

 

「はっはっは。困ったときはお互い様だよ。感謝ならそこの玄弥に言ってあげてくれ。それじゃ、俺は夕餉の支度を続けるよ。玄弥、お嬢さんを居間にご案内してから、薪をくれ」

 

「わかった。ついてきな」

 

居間に少女を案内して、自分は釜戸に薪をくべる。

 

「玄弥…お前は兄貴にそっくりだよ」

 

「えっ。なんだよ急に」

 

「なんだかんだ困ってるやつは放っておけないんだよな、お前ら兄弟は」

 

腑に落ちないが、褒められたことに素直にうれしいと思う玄弥だった。

匡近に茶を淹れてやれと言われたので、玄弥は茶を沸かして湯飲みを居間に運ぶ。

 

「茶だ」

 

「お気遣い痛み入ります…」

 

「そんなかしこまるなよな。こっちまで気ぃ使うだろ」

 

「えと、玄弥様…でよろしいでしょうか?」

 

「様なんかつけんなよ。玄弥でいい」

 

「では玄弥くん?」

 

年頃の女の子と会話なんかしたことのない玄弥としては、この少女との会話が続くとは思えず、さっさと逃げ出したかった。

 

「どうして、声をかけてくれたの?」

 

「…困ってたら声かけるだろ。俺は家を空けることが多いから、匡近さんの話に付き合ってやってくれ。あとは勝手にしたらいい」

 

誰か助けてくれ。

いつもそうだった。

粗暴な父が母を殴っている時も。

 

誰か兄を助けてくれ。

そう思わない日はない。

今だってそう思う。

 

この少女もきっと、誰か助けてくれと思っていたに違いない。

 

「本当に…本当にありがとうございます。このご恩はいずれ必ず…」

 

玄弥は少し気恥ずかしくなり、そそくさと台所へ逃げた。

それから二人で夕餉を作り、食卓に並べた。

 

「今日は腕を振るって作ったぞ。さあ、食べようか」

 

食卓には、豪華なすき焼き。

寺子屋の保護者からもらった風呂敷には、牛肉とたくさんの野菜が入っていたので、たまには贅沢しようと匡近は張り切っていたようだ。

 

「いただきます」

 

玄弥も心なしか気分が上がっていた。

そして、少女はというと。

 

「…ぐすっ…」

 

泣いていた。

さて、女心なんて考えたこともない二人。

しばらくは空気が凍った。

 

「…申し訳ございません。こんな見ず知らずの女に、ここまでしていただけるなんて…。なんとお礼をしたらよいか…」

 

「…俺達は、割と苦労してきたと思うし。同じような境遇の人間は、助け合ったっていいだろ。だから気にすんなよ」

 

「よく言った玄弥。そういえば、君の名前は?」

 

「…凛です。私は、ただの凛です。玄弥くんに、匡近様。このご恩は生涯忘れまいとお誓いします…」

 

「様なんてつけなくてもいいよ。さて、冷めてしまう前に食べようか」

 

うつむいていた凛も、すき焼きを一口食べるとその味に頬をほころばせる。

玄弥も育ちざかりな年頃で、うまいうまいとたくさん食べた。

 

「匡近さんは、何をされているのでしょう?」

 

「俺は、寺子屋で先生をしているよ」

 

「素敵ですね!玄弥くんは?」

 

「俺は…」

 

「先ほど、部屋の隅に刀がございました。もしかして…鬼殺隊ではございませんか?」

 

男二人は目を見開いた。

それをどこで?とどちらともなく尋ねると、凛は口を開いた。

 

「私は吉原よりきた、元振袖新造でございます。何やらとても強い鬼が現れて、死傷者が出てしまいました。それにより、足抜けが頻発し、再興する力がない遊女屋は次々と畳んでいったのです。私がお世話になっていた店もその一つ。私より下の禿たちは面倒を見てくれるところがありましたが、女将さんがこの機に外を見てきなさいと、旅をしながら仕事を見つけようと放浪していたところでございました」

 

上弦の陸のことは匡近も聞いていた。

本来であれば鬼殺隊が被害を補完するのだが、遊郭ということもあり手が出せなかったのだろうか。

なんにせよ、鬼の被害は多い。

このように街単位の大きな被害になると、手が回りきらないのも悔しいが納得できた。

 

「ならなおさらここにいなさい。玄弥は現役だし俺も元は鬼殺隊だ、鬼の被害にあった人たちを助ける義務がある」

 

「…匡近さん、ありがとうございます」

 

「まあ同じ境遇ってのは間違ってなかったな。もっと砕けた感じでいいだろ」

 

「…うん、玄弥くんも本当にありがとう…」

 

凛は泣きはらした目で、はにかんだ。

そして、二人もほほ笑む。

すき焼きを平らげてから、三人で茶を飲んだ。

凛の旅はそれなりに波乱万丈で、愉快痛快。

笑い話をたくさん聞いて、みんなで笑った。

 

玄弥が風呂を沸かして、まず一番に凛が入った。

一番風呂を居候が入るのは心苦しいといったが、今更気にするなといわれ、観念して入る。

その間にもともと荷物の少なかった玄弥の部屋を、凛の部屋として開けた。

風呂から上がった凛は、まさか自分が一人部屋をもらえるなんて思ってもおらず、またも泣きながら頭を下げる。

玄弥はあまり家にいないから居間で寝るから気にするなといった。

 

そして夜。

皆が寝静まった頃。

玄弥はこの家に住人が増えたことにあまり現実味が持てず、眠れずにいた。

縁側に座り込んで、空を見上げていると、上の階の窓が開いた音がした。

凛は下で玄弥が起きていることに気が付く。

 

「…そっちへ行っても?」

 

「いいけど」

 

凛が下に降りてきた。

気が付くと、すっと玄弥の隣に腰掛けていた。

 

「…もう、なんてお礼を言ったらいいか…」

 

「まだ言ってんのかよ。もういいって」

 

「…あのね、私ね。両親は鬼に食べられたの。それで、間一髪のところで鬼殺隊の隊士様に救われて、親戚のところへ引き取られたんだけれど、あまり裕福でなくて…」

 

どうやら、それで遊女屋へ身売りされたらしい。

 

「当時は十歳を超えたくらいでね。女将さんが怖くて怖くて…。でも年月が経つと、女将さんも少しずつ認めてくれて、仕事が楽しくなったの。道行く花魁さんは、本当にきれいだったし、芸事も楽しかった」

 

「…残念だったな。本当に」

 

玄弥はいたたまれない気持ちになった。

せかっく鬼から救われたのに、また鬼によってその人生を狂わされてしまった。

凛が気の毒で仕方なかった。

 

「吉原に鬼殺隊の隊士様が来た時も、私は泣いてすがることしかできなかった。無事を祈ることしかできなくて、本当にみじめだった。だって、素敵な花魁さんだと思ってた人が、隊士様の奥様だったんですもの。立派で、かっこよくて。私なんかとは違って、強くてたくましい方だった」

 

「普通に生きてれば、鬼になんて立ち向かわなくていい。俺たちはそうしないと気が済まないからやってるだけだ」

 

「それでも…ね。私に玄弥くんみたいな強さがあれば、刀を握れたんじゃないかって。決して簡単なことだとは思ってないんだけど、どうして私にはその強さが無いのかなって…」

 

「強くなんかないよ俺は。強くなりたいと思ってるだけだ」

 

「そんなことないわ。とっても強いとおもう。今日だって、私に声をかけてくれた」

 

そんなこと言って、笑いかけてくるものだから、玄弥の顔は真っ赤になる。

 

「俺には、兄ちゃんがいるんだ。世界一やさしくて、かっこいいんだ。でも、俺はひどいことを言っちゃったんだ。だから、もっともっと強くなって、謝って、今度は俺が護ってあげたいんだ」

 

「…本当に、玄弥くんは優しくて強くて。素敵ね」

 

月灯りに照らされた凛の笑顔はとても素敵で。

玄弥は気恥ずかしさでもういっぱいいっぱいだった。

さてどうしたものかと耐えがたい心情になっていると、凛が口元を手で押さえる。

欠伸をしているらしい。

 

「今日はいろいろ疲れたろ?もう寝ないと体に障るぞ」

 

「…そうね。玄弥くんも早めにおやすみしてね。それじゃあ」

 

そういって凛は上の自室へ上がっていった。

家族を失う辛さは、痛いほどよくわかる。

自分はまだ兄が生きているが、凛はもう肉親が誰もいない。

 

今自分が鬼殺を続けることで、凛のような人を少しでも減らすことができるなら。

そう思わずにはいられなかった。

 

「強く、なりたい」

 

そうつぶやく玄弥の頭には、実弥の姿があった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

炭治郎が刀鍛冶の里にいる間、参座はというと。

 

「ここが、万世極楽教の本拠地かの」

 

「はい、私の掴んだ情報によりますと」

 

「…哀しきものよの。鬼にすがり、人が食われてもまるで無関心。それでいて、何もしたくなくなれば死を選ぶか」

 

隠と共に上弦の弐、童磨が教祖として崇められていた万世極楽教の本殿へと足を運んでいた。

というのも、前々からかなりの頻度で人がいなくなる宗教があり、その周辺を探ってはいたのだが、確たる証拠がなく踏み入れなかったが、ここにきて鬼の姿を見たという情報が入った。

 

「しかし、なぜ今までは情報がなかったのかのう。何百年と続く宗教なのであろう?」

 

「はい。ですが最近、教祖が変わり人を救う行為の頻度があまりにも早く、手に負えないということで内部からの裏切りがあったようです」

 

「…度し難いの。ヌシはここで待っておれ。ワシのみで行く」

 

「御意」

 

童磨が万世極楽教の教祖だったとは知らない鬼殺隊が、なぜここに来たのか。

つまり、童磨の時は人を食う回数が多くはなかったが、新たについた教祖は早く強くなろうととにかく生贄を強要した。

それについていけなくなった幹部たちから、教祖を斬り離すべく鬼殺隊に通報があったということだろう。

 

「何も知らずに、宗教にすがるものは致し方ない。人間とは、強くも弱い生き物だしの。しかし、それを食い物にする人間は許すことはできんな。…しかし、ワシが言っても仕方ないのであろうな」

 

空気がひりつく。

珍しく参座は機嫌が悪い。

 

大きな屋敷だった。

そこには白い着物の信者が多数いて、それぞれが怠惰な生活を送っていた。

 

「御免。ワシは鬼殺隊じゃ。鬼が出たと聞いてきた」

 

「ああ、これは鬼殺隊の隊士様!教祖様が変わられてから、何と人を食ろうているのが目撃されまして!皆恐ろしくて夜も眠れないのでございます!」

 

屋敷の玄関口で、隊服を見た幹部と思しき初老の男は、すがるような声で参座に助けを求めた。

 

「…案内せい。鬼は斬る」

 

よくもまあ思ってもないことを言える。

参座は怒りを押し込めて、教祖の元へと案内させる。

 

中は豪華絢爛で、節々に高級品と思われる壺やら額やらが飾られていた。

ついに参座は怒りを通り越して呆れになった。

様々な信者が、金も何もかもを万世極楽教につぎ込んで、与えられた救いというものにすがってきた証なのだろう。

 

そうして、一層豪華な部屋の前。

その襖を開けると、美しい女の鬼がいた。

 

「教祖様、直々に救いを求める信者が謁見を望んでいます。通してもよろしいでしょうか?」

 

「よい。通せ」

 

「さて、お初にお目にかかる。ワシは天羽 参座。教祖様の首を頂戴しに参った」

 

参座の腰の日輪刀を見ると、鬼は血相を変えた。

 

「貴様、鬼狩り!おのれ、謀ったな!」

 

言い終わるとき、鬼の首は斬れていた。

 

「ああ、鬼狩り様!あなた様のおかげで、万世極楽教にはまた平和が訪れます!本当に感謝の意が絶えません!」

 

「さて、ヌシにとって信者とはなんだ?聞かせてくれるかの?」

 

男はそう聞かれて、用意していたであろう言葉を吐き出す。

 

「信者とは救うもの。我々の信ずる万世極楽教を信仰する信者たちとは、現世の苦行からの解放を求めておるのです!鬼狩り様もご興味がおありで?」

 

「無い。…が、貴様の悪行には興味があるでの」

 

「悪行とはいいがかりでございます。確かに宗教というのは理解されがたいものです。それでも信者の皆は喜んで信仰していることは確かでございます」

 

何とも歯痒かった。

この男、斬り捨てようかとも思ったが、己が持つのは鬼殺のための刀だと言い聞かせ、ぐっと抑える。

 

「ワシは頼られねば答えぬ。信者にはそれがない。しかし覚えておけよ。もし信者がワシのことを頼ったとき、万世極楽教は終いじゃ。肝に銘じておけ」

 

気温がぐっと下がったその部屋で。

男は身動きを取れず、冷や汗を流した。

そして、舌打ちを一つして参座に早く帰るように吐き捨てた。

 

どうも機嫌の直らない参座は、足早に屋敷から出る。

 

「…人柱様。嫌な役回りで本当に申し訳ございません」

 

堪らず隠が参座に頭を下げる。

 

「なぜヌシが謝る。悪いのは人を食い物にしておる存在の方だの」

 

「…同じ種の恥さらしですね」

 

「何を言う。奴らは人間などではない。鬼じゃ。鬼殺を頼まれればワシは迷わず斬るでな。今回は教祖が鬼だという話だったから奴しか斬らなかっただけだの」

 

隠は思った。

生まれる時代と、環境が違えば。

修羅に身を落として、鬼と呼ばれたのは、人柱の方なのだと。

 

「ワシが、怖いか?」

 

急にそんなことを問いかけられたものだから、隠は言葉に詰まった。

 

「意地が悪かったでな。すまんのぉ」

 

「い、いえ!そのようなことは…」

 

「ワシも、己がこわい。ワシはよう斬れるからの…」

 

そういってとぼとぼ帰路に就く参座の背中を見た隠は、何も言えなかった。

 

参座は自問自答していた。

鬼とはなんなのか。

人とは、いったい何なのか。

 

その答えは、ついに出なかった。

 

 




玄弥って鬼殺で疲れてるから気性が荒いだけで、余裕があればタダのツンデレだと思うのが私です。

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