あと感想まってます。やる気上がります。
明治が終わり、大正を迎えてすこし。
時は移ろいゆく。
哀しさも、喜びも、時代の流れには無抵抗である。
どちらも、やってくるのだ。
どちらが多いか、などと論ずるのは野暮である。
しかし、哀しみは引きずる。
長く、長く。
心を締め付けるのだ。
─風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ─
「死ねやァ!」
物騒な言葉共とに、竜巻が駆け抜けるような音。
場所は屋敷。
鬼の根城。
人が消えゆく謎の屋敷。
それだけにとどまらず、偵察に来た鬼殺の剣士たちも帰ってこなくなって十日。
指令を受けた一般隊士である不死川実弥は、鬼と対峙していた。
「かわいそうな子…あなた親にひどい扱いを受けていたんでしょう?」
その瞳に刻まれるは、下壱。
鬼舞辻無惨直属の配下である、十二鬼月が一体。
下弦の序列壱。
下弦の壱は実弥の太刀筋にひやりとしたが、この男では自分を殺せないと高をくくっていた。
「ハッ!俺は自分をかわいそうだなんて思ったこたァねェし、テメェを殺すのは造作もないことだぜェ!」
─風の呼吸 肆の型 昇上砂塵嵐─
さらに風の呼吸の太刀が増えた。
「無事か実弥!!」
現れた顔の優しい男は、実弥を見るや血相を変えて語り掛ける。
「問題ねェよォ匡近。合わせろォ、此奴は下弦だ」
「任せろ…。俺たちで仕留めるぞ!」
風の呼吸の剣士が二人。
下弦の壱を前に、緊張の糸が張り詰める。
「みんな、私のお胎に還ってもいいのよ?」
─風の呼吸 陸の型 黒風烟嵐─
─風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り─
実弥が下段からの斬り上げ。
それを囲む様に、匡近の面の回転。
その二人、曲がりなりにも共に死線を越えてきた。
背中を預け、絶対の信頼があった。
しかし気が付くと、実弥の肩には切創があった。
「問題ねェ。匡近、テメェは前だけ見てろ」
肩の傷からは鮮血が溢れる。
ニヤリと笑う下弦の壱。
依然として空気は張り詰める。
次に仕掛けたのは下弦の壱。
その爪は手負いの実弥へと届いたというのは、錯覚。
ハッと意識を取り戻すと、狙った位置より一寸手前を振りぬいていた。
「ハッハァ!!どうやら効いてきたみてェだなァ!」
不死川実弥。
稀血。
鬼を酩酊させる血。
「実弥!畳みかけるぞ!」
「わァってらァ!」
─風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹─
─風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪─
実弥が正面より刀を振り下ろす。
それに呼応するように匡近が下弦の壱の後ろから伍ノ型を振るう。
先に届いたのは実弥の切っ先。
首にはわずかに届かず、胸を深く切り裂く。
「チィ!さっさとくたばりやがれェ!匡近ァ!さっさと方付けるぞ…匡…近…!」
正面の構えに戻った実弥がその目に入れたのは、右の肩から左の腰まで深く抉られた匡近。
「行け実弥!俺が合わせる!」
匡近を助ける最善の方法。
それは目の前の下弦の壱を屠り、止血し、隠に応急手当をさせること。
なれば、今は此奴の首を落とす。
それのみを考え、前に足を踏み出すのみ。
─風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風─
─風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風─
そこからは乱戦。
一太刀浴びせれば、腕が降り返される。
実弥がまくしたて、決死の猛攻。
そのたびに二人の傷は増え、その姿は痛々しくなる。
どこか突破口を探さねば、持久戦ではこちらの分が悪い。
しかし、匡近が口から血を吐き、片膝をつく。
一瞬、実弥は動揺する。
瞬きにも満たない刻。
下弦の壱は勝ったと慢心した。
その一瞬で実弥は持ち直し、日輪等を握るその手に渾身の力を入れる。
しかし、下弦の壱もまた意識を戻す。
肉薄。
刹那、風切り音。
下弦の壱の首が落ちる。
かに思えたが、あと一寸足りなかった。
首は切れたが、落ちなかった。
実弥は体に数か所刺突され、血がだくだくと流れ出る。
隣には匡近がいた。
「実弥、俺が仕掛ける。次は必ず首を落とせ。俺の体力的にも次が最後だ」
「俺が一人でやる。匡近は動くんじゃねェよ」
自らの太刀が届くことを確信した実弥。
先ほどより出血量も多いことから、下弦の壱の酩酊具合も進んでいるはずだ。
次は首を落とし、此奴を屠れる。
そう確信した。
が、次に匡近が仕掛ければ、おそらく失血死する。
そして単身で切り込んでも、下弦の壱も最大級に警戒しているため、隙を作れるか定かではない。
匡近の命か、鬼の首か。
「実弥。俺のことは気にするな。お前は生きて、弟と暮らせ。俺の願いはそれだけだ」
「ふざけんじゃねェ。テメェも帰るんだよ匡近。こんなちんけな鬼なんざ次の一太刀で斬り捨ててやらァ」
匡近は覚悟を決め、実弥はその覚悟を受け止める。
奥歯がつぶれるほどに歯を噛みしめる実弥と、友の命を案ずる優しい顔の匡近。
このまま帰れたとして、回復の見込みはない。
匡近は、これが最後の鬼殺だと悟った。
肺に傷がつき、呼吸が苦しいのだ。
なれば肉の壁となり、友の命を守るのがこの場において自分の役目。
両の足を強く踏みしめる。
この友だけは、弟のような大切な友だけは、鬼の餌食になることを容認できない。
踏みしめ、力を入れ、血が、吹き出す。
構わぬ。
修羅となりて、この鬼の首を取る。
その時、二人の眼前に、白髪の少年が立ちふさがる。
「もうよい。もうよいのだ。刀を下げい」
実弥は理解が追い付かなかった。
匡近はこの時、生涯において最も集中していたにも関わらず、その存在を察知できなかった。
「どけェ!どかねェならテメェごと叩き斬るぞコラァ!!」
実弥は激怒した。
「もう斬った。ヌシらでもこの鬼は斬れたが、そこの頬に傷のある男…次飛び出せば死んでいた故、横やりを入れてしもうた。許せ」
「「は?」」
この男、何と言った。
「なっ…」
下弦の壱が崩れ去る。
「実に見事だった。その剣技、そして覚悟、精神。誠あっぱれとしか言葉が出ん。療養せよ」
次の瞬間、匡近は意識を失い、それを参座が受け止める。
「こんな体でよう頑張ったの。安心せい、この先は胡蝶が戦ってくれる。安心せい…安心せい…」
「匡近!!」
実弥が叫ぶ。
「ええい。ヌシも安静にせい。傷は深いのだぞ」
「天羽様!!応急処置を行います故、周囲の警戒をお任せしてもよろしいでしょうか!?」
隠がどたどたと数名流れきた。
一人の隠が、天羽と呼ばれた男に嘆願すれば、にこやかにうなずき、その場に胡坐をかいて座り込む。
実弥は助かって安堵するも、匡近の顔を見るや否や、自分も重症であることなどすっぽり頭から抜けていた。
そしてこの天羽と呼ばれた男。
全く知覚できないほどの技量の持ち主。
「ア、アンタは?」
「ワシは人柱、天羽 参座という者だ。先の戦い、あまりに鬼気迫る背中で…つい見入ってしまった。非礼を詫びる。この通りだ」
「テメェ、柱か!このクソ野郎!テメェがもっと早く来れば、匡近があんなにならずに済んだんだぞ!わかってんのか!?」
「すまぬ。申し開きも何もない。あまりに立派な男たちの背を見て、一瞬息を呑んでしもうた。すまんかった」
匡近の様子を見るに、おそらくは一命をとりとめたのは実弥も理解している。
だがこれから、五体満足で過ごしていけるかの保証はない。
それほどの力を持つのならば。
それほどの高みにいるのならば。
なぜもっと早く助けてくれなかったのか。
「し、不死川様!違うのです!子供が…子供が二人おりまして!その子を保護してくれたのが天羽様なのです!!到着が遅れたのは子供を街へ送り、その後我々隠の身を案じ、その歩みを我々と合わせさせてしまった我々の責任なのです!ついた時にはお二人が血まみれで鬼気迫る勢いで最後の一撃を繰り出そうとしているとこだったのです!!天羽様が止まったのは、ほんの一瞬なのです!どうか!どうか人柱様を、天羽様を糾弾されませんでください!その罪と責任、我々がこの身をもって罰を受けますので、どうか天羽様を責めるのはご容赦ください!何卒…何卒!!」
突然横から隠の者が額を床にこすりつけながら叫ぶ。
あの日。
母をこの手で殺した日より。
誰かが助けてくれてもよかっただろう、そう思った日もあった。
なぜ誰も助けてくれないのか。
そう、神を呪った日もあった。
なれば。
自らの最後の肉親。
玄弥がこの先の人生で、そのように神を呪うことなく済むよう。
そうやって自分は鬼殺隊に身を投じたのではなかったか。
誰かが匡近を救った。
誰かが俺を友を失う哀しみから救ってくれた。
その誰かが、今目の前にいる男。
天羽 参座なのだと気が付いた。
「すまねェ。天羽 参座。動転していた」
「何を謝る。ヌシは事実を語るのみ。ワシは遅かったのだ。ワシが早ければ、匡近という男の肺が抉られることはなかった」
「それでも、アンタは匡近と俺を救ってくれた。なんて礼をしたらいいのかわからねェ」
「なに、礼など要らぬのだ。まずは療養せい。よく頑張った。あとのことはワシらに任せて眠れ」
「というか天羽様…紛らわしいことを言ってはいけませんよ…完全に会話がすれ違ってましたよ」
「お?それは誠か?」
参座の遅かったとは、戦いの繰り広げられる部屋の戸を開けてから一瞬。
実弥のいう早くとは、匡近が致命傷を受ける前より。
最強の男の言動に、隠達は実弥とこの場で斬りあうのではないかとひやひやしたという。
そして蝶屋敷へと運ばれていく実弥と匡近に、参座は同行した。
ーーー
蝶屋敷。
しのぶはすっかり医者としての頭角を伸ばし、数々の隊士の命を立派に繋ぎとめていた。
そしてある日の明け方。
「しのぶよ。邪魔するぞ」
現れたのは、鬼殺隊最強の男、天羽 参座。
重症を負った隊士を背負う隠を後ろに携えていた。
「天羽様!?わざわざご一緒にいらしたんですか?…アオイ!隠しの方々をご案内してあげて」
「はい、しのぶ様。皆様、こちらです。向こうの部屋にベットが開いておりますので、運んでください」
少し見ないうちに、新しい少女が蝶屋敷で働いていた。
しのぶは、さっそく治療にかかるため歩きながら口を開いた。
「それで、天羽様」
「ええい、しのぶよ、参座でよい」
「それでは参座様」
「様もいらぬ。ヌシはワシが尊敬する女性(ヒト)なのだ。こそばゆくて敵わん」
しのぶは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、足を止めた。
そしてくすりと笑い、観念したように口を開いた。
「それで、参座さん。わざわざ隠の方達とどうされたんですか?」
「あの不死川という男、柱足りえる技量と心の持ち主。お館様にはワシから実弥に風柱を任せてもらえないか嘆願するつもりでの。しのぶには、実弥のことを頼みたい。そして、もう一人の匡近という男。肺をやられて、これから戦いには行けぬであろうが、実弥の心の拠り所となる友故、ぜひ救ってほしい」
「お任せください。これが私の戦いですから…!」
そういったしのぶは、ベットに横たわる二人の診察を始めた。
参座はしのぶの邪魔はできまいと、少し歩いて縁側に腰掛ける。
すると童女が庭でたたずんでいた。
その瞳はまるでガラス玉のようにきらきらしていた。
「ヌシ、ここの住人かの?」
反応はない。
「哀しいのう。このような幼子が」
参座の眼には童女の古傷が透けて映る。
殴られたのだろう、蹴られたのであろう。
参座は涙を流した。
「これではまるで人が、鬼か。鬼畜の諸行とはまさにこのこと。なんと痛ましきか…」
ゆっくりと縁側から立ち上がった参座は、庭にたたずむ少女、栗花落カナヲを抱きしめる。
「つらかったろう、くるしかったろう。なきだしたかったろう、なげすてたかったろう。ワシは斬ることでしか救えぬ。胡蝶姉妹は本当にすごいのう。斬らずとも救う手立てがある。少女よ…その口を開いて、名を、教えてはくれぬか?」
とても悲しそうに頼みごとをしてくる青年に、カナヲはどうしたらいいのかよくわからなった。
なぜこの人は泣いているのか。
そんなこと、当のカナヲは理解しかねたし、どうでもよかった。
…の、だが。
抱きしめられ、涙を流すこの男の腕の中は、とても暖かかった。
だからだろうか、つい瞳から水滴が垂れる。
が、一滴垂れたところでカナヲは身体が動かなくなったのだ。
「ヌシは恐怖しているのか。涙を流すことに。何も怖がることはない。ワシしか見ておらぬ。そしてワシは怒らぬ。怒鳴らぬ。殴らぬ。今だけでもいい、心に、委ねてみるのが良いて…」
しく、しくと。
しん、しんと。
まるで小雨のように、腕の中にある少女は涙を流す。
参座はまるで太陽からも守るように、カナヲを抱きしめ、護る。
「参座くん…ってなに!?今度はカナヲが泣いてる!?」
毎度のことながら、カナエの帰宅する都合のよさとは恐ろしいもので。
「い、いったいどうしたの?」
「なに、名前を聞いているとこでの。どうやら怖がらせてしまった。ワシが悪いのだ」
カナエは決して参座がそのようなことを間違えるとは毛頭思っていない。
何かまた、誰かのためにその心を使ったのだろうと思っていた。
しかし、あれほど表情を出さないカナヲが、今しがた知り合った参座に涙を見せているのは、姉であるカナエとしてはうらやましくあった。
参座から解放されたカナヲは、少し恥ずかしそうな顔をしている。
「ねえカナヲ?この人は天羽 参座くんよ。あなたも自己紹介してあげて?」
カナエは努めて優しい口調で言う。
「栗花落…カナヲ…」
「カナヲというのか。誠良き名だ。ヌシは綺麗な優しい瞳をしておるの。願わくば、ヌシが幸せになれればよいな」
そういって参座は優しくカナヲの頭をなでる。
ーーー
それから、数日して。
産屋敷に風柱の嘆願をした参座。
これを産屋敷は快諾。
風柱の就任式の段取りを組むこととなった。
そしてついに実弥が目を覚ました。
「おお、実弥よ。目を覚ましたか。此度の戦いは本当にご苦労だった。傷の具合はどうだ?」
実弥が眼を開けると、寝台の傍らには参座としのぶがいた。
「天羽か」
「なに、参座でよい。ワシはまだ十七だ」
同じくらいの年齢だと思っていた参座は驚くことに年下だった。
「さて、実弥よ。ヌシはワシに礼がしたいと申しておったな」
確かに、自分だけでなく、匡近まで救ってもらった身だ。
どんな無理難題であろうと、俺には義理を果たすだけの借りがある。
「アァ。何をすればいい?」
「ふむ。というのもな実弥よ。ヌシには、風柱として柱の責務についてもらいたい。下弦の壱との戦いからかんがみても、ヌシは柱になるにふさわしい力量の持ち主である。故に、不死川 実弥よ。これからの鬼殺隊を支える柱になれ。ワシに恩義を少しでも感じるのであれば、その両の腕を、人々を救うために使ってはくれぬか?主の腕は広いのだ」
匡近を守れなかった自分が果たして柱を名乗っていいのか?
この両の腕ではたして誰かを救うことはできるのか?
葛藤。
自己嫌悪。
「匡近は、しのぶが命を繋ぎとめた。そしてヌシの心意気と生き様は、匡近が繋ぎとめた。なれば次は、ヌシが柱となり、世の人々の安寧を繋ぎとめる番なのではないか?ヌシには先がある。途方もない未来がある。それは世に生きる人々も同じなのだ」
この先。
この繋ぎとめてもらった命、技を。
未来のために使う。
「謹んで、お受けいたします」
天羽 参座という男が、粂野 匡近という男が、自分の未来を繋ぎとめてくれた。
なら、俺も誰かの未来を繋がなくてはならない。
柱となり、その責務を全うすることもまた、未来を守り、匡近や参座への恩返しである。
そう理解した実弥は、風柱の推薦を受けることとした。
「それと、しのぶにも礼をしておけよ?しのぶもまた戦い、そして勝ち星を挙げた。それゆえにヌシらはこうして息をしていることを忘れてはならぬぞ」
身体を起こした実弥は、首を垂れる。
深く、深く。
瞼はぎゅうと力が入り、拳は強く握られている。
「お気になさらなくてもいいんですよ。私は私の戦いをしたまで。不死川さんの両手は、私よりも多くの人々をこれから救っていくんです。私はあなたを救えたことが誇らしいです」
こんな自分のこれからにこうも期待してくれる人がいる。
実弥はついに緊張の緒が切れ、涙を流した。
しのぶと参座は、気を使い病室を後にした。
下に降りたところで、カナヲと出くわす参座。
カナヲはまっすぐと参座の両の眼を見つめる。
「あらカナヲ?どうした…の」
しのぶが言うが早いか、カナヲはすっと参座に近寄り、そして顔を参座の腹にうずめる。
「…あらあら」
「ヌシは本当に愛いやつよのう」
そういって参座はカナヲの頭に手のひらを置く。
「哀しそう…だから…」
参座は驚いた。
当然しのぶも驚いた。
カナヲが普段感情を表に出さないこともあるが、何より参座の姿と表情を見るや、哀しそうと。
そういって見せたのだ。
「優しいのお、カナヲよ。そうだな。あのように優しい男に、柱になり修羅の道を進めというのも酷な話よ。粗暴な口ぶりだが、奴は護るために強くなったまごうことなき優しい男よ。虫のいい話だが、ワシも心が痛い」
「参座さん…」
しのぶは勘違いしていた。
その身体、技術は他の追随を許さぬ孤高の天才。
しかして、その心はまだ十七の少年なのだ。
「ありがとうな、カナヲよ。ヌシの暖かさは心地よいの」
ちなみにわいの最推しはアオイちゃんです。