一応絵も描くのでなんか挿絵リクエストあったらください
「ヌシはここで斬り捨てる。なに、心配するなカナエ殿。すぐに終わる」
上弦の弐、童磨。
「おやおや、君は?柱かい?男の子はあまり食べたくはないのだけれど…」
ここで、胡蝶カナエは瞬いた。
一度だけ。
秒に満たぬ刹那。
吐血し、朦朧とする頭。
肺が凍結。
命に別状はないが、呼吸をするたびに、激痛で意識を持っていかれそうになる。
だが、瞬いた後。
痛みを忘れた。
目の前で起きたことがその意識をすべて持って行った。
上弦の弐は、その四肢を失っていた。
「ヌシ、名は?」
童磨は、何一つ理解できなかった。
身体を斬られていることも。
名前を尋ねられていることも。
「あれ?僕はなんで這いつくばっているんだろう?」
「…?ワシが斬ったからだが?して、ヌシよ。名は?」
次の瞬間には、童磨の身体は再生していた。
そして、血鬼術を使おうとすると次は下顎から鼻下までが消し飛んだ。
「のう?ワシは名を聞いておるのだ。上弦の鬼とは、会話することができぬのか?なれば、もう首を斬るのだが」
「驚いたね…。黒死牟殿よりも早い…というより、反応ができないな…君、一体何者?」
童磨は顎を治すや否や、逆に参座に問いかける。
「うむ、貴様の名などどうでもよくなった。その黒死牟とやらは上弦か?」
「それは言えないなぁ。僕が鬼の情報を吐くと思ってい」
剣戟。
童磨の鉄扇と、参座の日輪刀が鍔ぜりあう。
「ううむ。話す気がないなら、生かす時間が無駄である」
「すごい目をしているね、君」
「のう、上弦の弐よ。ワシはヌシを斬るなど造作もないし、カナエ殿が手負いであるからして、早急に妹のところに帰してやらねばならぬのだ」
「へぇ!彼女、妹がいるのか!きっと可愛らしいんだろうなぁ!妹さんも食べてあげ」
鍔ぜりあっている。
にもかかわらず、童磨の下顎がまた落ちた。
「のう、聞かれたことに、答えろ。そのあとに世間話に付きおうてやる」
カナエは寒気がした。
童磨の血鬼術によって、周辺の温度は確かに下がっているが、そのような理由ではない。
「君、もしかして腕が四本あるのかい?そうとしか思えない攻撃だね」
「ワシはいま…腸が煮えくり返っておるのだ。ついうっかりヌシの首を落としてしまいそうだの」
童磨は、やれると思った。
話せば話すほどに、自分の血鬼術が、参座の肺をむしばんでいくと思った。
「参座君!その鬼の血鬼術は、肺を凍らせるの!呼吸を吸ってはダメよ!」
カナエは参座を思って、痛む肺に鞭を打って声を荒げる。
「なに、問題ない。呼吸など当に止めておる。さて、上弦の弐よ。黒死牟とは何やつだ?」
「うーん、残念だなぁ、僕があの方の不利益になることを話すと思われているのか…残念だけど、話さないよ?」
参座の周りの空気がゆがんだ。
カナエにはそう見えた。
そして、童磨には。
無惨の記憶が蘇る。
耳飾りの剣士。
圧倒的強者。
「なればよい。輪廻転生するがよい」
そこらの野良の鬼を斬ったような感覚。
それがカナエが抱いた感想だった。
鍔迫り合いが突然引いたものだから、童磨は前によろけた。
それと同時に、慣性に従って、童磨の首は落ちた。
落ちた。
カナエがそう認識した時には、参座は隣にいた。
参座の瞳には、少しばかりの愁哀の色が見えた。
カナエの痛ましい姿を見て、左の眼から大粒の涙が伝う。
「遅れてすまぬ、カナエ殿…いつもいつも、ワシは間に合わないんだ…。実弥にも怒られたことがある、本当にすまぬ」
「私は大丈夫だよ…助けてくれてありがとう…参座くん…」
「その肺はもう、全集中の呼吸はできまいて…乙女の柔肌にも、多くの傷がついてしもうた…なんと詫びをしたらいいか…」
「参座くん、背負いおすぎよ…。私は命があるだけで、幸せ…だわ」
そういってカナエは参座の頬を撫でる。
「人柱様ぁ!花柱様は無事にございますか!?」
隠の者たちが、わらわらと追いかけてくる。
「胡蝶様!応急処置をいたします!意識はどうですか?」
「ええ…問題ないわ…」
隠達はてきぱきと周りの後処理と、カナエの手当てを行う。
「人柱様…鬼は?」
「斬った。上弦の弐だった。何ともいけ好かぬやつであった」
隠は数秒、固まった。
柱の中では群を抜いて優しく、まともな男というのが隠達の参座への印象だった。
まず、心を荒げることがない。
隠さえも護ろうと、その足で皆を視界に入れながら援護に向かうというのだ。
評判はすこぶるよかった。
が。
今の人柱はどうだ?
抜き身の刃のように、まとう空気は周りを傷つけんとしている。
激怒…という言葉では、到底間に合わない。
優しいはずの眼は、鷹のようで
にこやかな口元は、手負いの狼のようだ。
「あ、天羽…様…」
からっからに渇ききった喉で、隠が声をひねり出す。
「ぬ…すまぬ。柄にもなく…な。やはり近いものが傷つくというのは、耐えられるものではない。ワシはまだまだ未熟じゃのう」
最強の男。
しかし、十七の少年である。
隠はいたたまれない気持ちが込みあがってくる。
ーーー
「姉さん!!カナエ姉さん!」
「大丈夫よ…しのぶ…。命には…関わらない…から」
蝶屋敷にて。
上弦の弐を斬ったあと、参座はその足でしのぶの元へ向かった。
「すまぬしのぶ…カナエ殿を護ることができなんだ…」
カナエとしのぶは目を丸くした。
この男は、何を言っているのやら。
全く理解が及ばなかった。
上弦の鬼と相対して、生きて帰ってきた。
それも、四肢がかけることなく。
確かにカナエの肺が壊れたが、この先生きていくのに困ることはさほどない。
それなのにこの男、護れなかったと宣う。
「いえ、頭を上げてください。上弦の弐と対峙したのにこうして姉の顔を見れたのは、あなたのおかげなんです。護ったんです、参座さんは。本当に、ありがとうございます」
次に目を丸くしたのは、参座だった。
「ワシは、護れたのか?この様で…」
「えぇ、あなたが護ったんです。姉さんを…そして私も」
「そうか…そうなのか。ワシは護れたのか。皆の宝を、護れたのか…」
そう言い、参座は立ち尽くした。
すると蝶屋敷で働く少女たちも駆け寄ってきて、カナエの身体を支えて涙する。
皆は口々に参座に感謝を述べ、カナエを連れて行く。
参座は縁側に座っていた。
自らの刀が、大切な者たちの大切な人を護ることが出来た。
未来や、想いなど、形の無いものをひたすらに護り続けてきた参座にとって、身近な人間を護り、その感謝を受けることはなかなか無かった。
心あるものは、いたずらに他を傷つけてはいけないし、傷つけられても、いけない。
そして、それを護るのが、神より特別に造られた自分なのだと。
どこか霞を掴むような感覚で、刀を振っていた参座が、目の前の人のことを想って振るった刃が、感謝という形となった。
嬉しかったのだ。
参座は、とにかく嬉しかった。
庭を駆け回りたかった。
それほどに浮き足立っていた。
気がつくと、隣にカナヲが座っていた。
「カナヲか。カナエのところに居なくていいのか?」
「…眠った…から。邪魔に…ならないように…」
「そうか。のう、カナヲ。ワシはとても嬉しい。護れたらしい。大切なもの達を。斬るしか能のないワシだが、斬ることで、形あるものを護れたらしい。嬉しいのだ、ワシは」
カナヲが、笑った。
初めて目にする顔だった。
「ヌシは、笑うと愛いのう」
「…ありがとう、参座…さん…」
「なに、ヌシの笑顔が見れるのなら、安いものよう」
参座も笑った。
ーーー
「百年続いた均衡が、揺らいだ。参座、やはり君は特別な存在だね。今回の上弦の弐、討伐。本当に感謝するよ、ありがとう、参座」
ところ変わって、産屋敷邸。
先の上弦の弐との戦いを、参座は産屋敷に報告している。
「勿体なきお言葉。小生、これにこそ存在価値を見いだせるというもの。して、お館様。上弦の弐の口から、黒死牟なる名を聞きました。恐らくは上弦の鬼ではないかと」
「黒死牟…か。うん、ありがとう参座。ところで、とても嬉しそうだね、参座。なにかいいことでもあったかい?差し支えなければ、聞かせて欲しい」
蝶屋敷にて、しのぶに護ることが出来たと感謝されたこと。
カナエにとにかく感謝されたこと。
アオイや、蝶屋敷で働く少女たちに感謝されたこと。
そして、カナヲが言葉で感謝を伝えてくれたこと。
産屋敷は、珍しく早口でまくし立てる参座に、表情が綻んだ。
「よかったね、参座。君は自分が思ってる以上に、多くのものを護っているよ。それは私が保証する」
「ありがたき幸せにございます」
「その力、これかも私の子供たちを護るために振るってもらってもいいかい?」
「当然にございます。そのために小生は生まれた故」
「…そうではないと思うんだ。参座は、確かに特別に力をもって生まれた。でも、参座は…人はだれしもこの世界で人生を全うして、笑って暮らすために生まれてきたんだよ。参座、君は本当に、心の底から優しい子だ。その心が傷つくのは、私自身とても心が痛む。いつかその心が、張り裂けそうになった時は、私でもいい。ほかの人にその心を支えてもらってもいいんだよ?」
参座は言葉が出なかった。
皆が、命の炎を燃やして鬼殺に赴いている。
血を吐き、涙で頬を濡らしながら刀を握っている。
なれど、参座自身は飯を食うように鬼殺ができる。
不公平だ。
であれば、この命。
刀を握ることのできぬ者たちのために使うのが当然。
そう、思っていた。
「なれば、必ず。必ずや鬼舞辻無惨の首を取り、刀を置きまする。それまでは不肖、天羽参座。お館様の刃となりてこの身を振りましょう」
この鬼殺が本当の意味で終わったとき。
自分はいったい何になるのか。
参座はこの瞬間、少し怖くなった。
ーーー
カナエが運ばれてから数日。
蝶屋敷へと足を運んだ参座は、玄関口で水柱 富岡義勇と出くわした。
「おお、義勇。息災かの?」
「どうも…」
「ええい、無口な男じゃな…はて、義勇よ。何か悩み事か?」
珍しく義勇と会った参座は、世間話でもしようと義勇の顔を見た。
何やら思い詰めている様子。
「何でもない」
「そう硬いこと言うなて。ほれ、行くぞ」
参座に無理やり腕を引かれ、義勇は縁側へ連行されるのだった。
「して、義勇よ。何があった?話したくないか?」
この男は昔からそうだ。
人の内側にすらすらと入ってくる。
水柱に就任した時も、頼れ頼れと。
生まれ持って力のある人間はいい。
大切な人を失わずに済むのだから。
もし、自分に力があれば。
蔦子姉さんや、錆兎を失うことはなかった。
「たたき上げてきたんだのう。痛ましや。義勇よ、ヌシは強い」
はて、この男は何を言っているのか。
「鬼殺隊の皆…特に柱は、痛ましい過去がありながらも、よくもまあ折れずにここまで自分をたたき上げたものよ。そこには己のみではなく、誰かの尊ぶべき想いがあったのだろうな」
「ちがう。俺はそんなんじゃない。許されることなんてない、これまでも…これからも」
義勇が自分を叱咤すると、参座は優しい瞳で言った。
「誰も怒ってはおらぬ。怒っておるのは己のみなのだ。最近、ワシもそれを痛感した。義勇よ、ヌシは罪を数えられる人間ではない。今一度、亡き者たちの言葉を思い起こしてみよ」
みんな。
皆、怒ってはおらぬのだろう。
しかし、義勇はそれでも弱かった自分を許せなかった。
「無理に許す必要はない。己を裁けるのは、己のみなのだ。いつか必ず、自らを許せるときがくる。その時までは、死ぬな。生きろ。…さて、今宵はカナエ殿の見舞いに赴いておってな、ワシは行くとする。そう思い詰めるな…何かあればワシを頼れ。そのためにワシは強く生まれたのだ。そして誰かに頼られたとき、ワシはワシを少しだけ許せるのだ」
自分を許す。
まずは、あの兄妹を護る。
それが、己を裁き許すことへとつながると。
義勇はそう思った。
義勇に別れを告げた参座は、カナエの居る病室へと足を運んだ。
「カナエ殿~。どうだの?体の調子は」
参座は努めて明るく、おどけてカナエの顔を覗く。
「参座くん!もうある程度は回復したわ~!」
思ったよりも元気そうなカナエの姿を見て、参座は安心できた。
「それは誠よきかな。傷跡は痛々しいが、それでもべっぴんだの。引く手は数多じゃろうて」
「もう、参座くんたら…冗談はよしてよ」
「冗談というわけでもないのだが…。ヌシはもう呼吸をつかえぬであろうから、余生は旦那でももろうて、平和に暮らすのが良いと思うが。ヌシの刃は、ワシがもらい受けるからの」
参座に救われて、自らの鬼殺のために育てた刃を、この男はもらい受けてくれるといった。
カナエとしては本当に頭が上がらない。
鬼に両親を食われ。
少しでも自らのような境遇を作るまいと、身体に鞭を打ってここまで来た。
そして今回、上弦の弐を屠ることに成功した。
これで、少しは世のため…不遇の人たちのためになったのではないかと。
少しばかり満足感があった。
「ワシはの、カナエ殿。無惨の首を斬るために生まれてきたんだと思っとった。しかしお館様がのう…そうではないと仰ってくださった」
参座の顔に、少し影が差す。
「そうよ、参座くん。あなたみたいな優しい子が、鬼を斬るためだけに生まれたなんて嘘よ」
「…カナエ殿も、そう言ってくれるのか。ワシは、斬ることしか能がなかった。この先、無惨を斬って…鬼が出なくなって…。するとどうだろう。ワシは生まれてきた意味をなくすのではとな。怖くてたまらなんだ」
カナエは涙があふれた。
これほどまでに、人のために刃を振るい。
これほどまでに人を安心させて。
誰よりも強く、だれよりも固い意志で。
誰よりも多く、だれよりも速く鬼を滅したこの男が。
まるで、幼子のように…。
先が、怖いと。
「ねえ参座くん…こっち来て?」
参座は言われた通りにカナエに寄る。
すっと。
抱きしめられた。
カナエは何も言わない。
「誰かに抱き留められたのは、いつぶりだろうかの…。温いのう。人というのは、本当に温いのう」
参座は声を殺して泣いていた。
自分がわからない。
可哀そうだと鬼を斬り。
助けたいと鬼を斬り。
救いたいと鬼を斬った。
斬って、斬って、斬り続けた。
もとは人なのだ。
飯を食うように。
人が肉を食うように。
鬼も人を食っているだけなのだ。
しかして斬らねばならない。
鬼になる前の人も、人を食いたくはなかっただろうて。
斬ってやらねば浮かばれぬ。
斬ってやらねば救われぬ。
「しかし、忘れられぬのだ。肉を断つ、己が太刀筋。もとは人なのだ。ワシが護りたい、人だったのだ…。ワシは人を斬って、感謝され…そして人を斬るために生まれたと気が付いた。ならば、これからも人を斬ることのみが、ワシをワシたらしめる行為なのか?もしそうなのだとしたら、怖いのだ。まだ斬らなくてはならぬのかと…怖いのだ…」
「参座くん…人を救うって、とても難しいことなのよ?大丈夫。難しいことを、やってきたんだもの。ほかのことなんて簡単よ。私も手伝うし、しのぶも…お館様も手を差し伸べてくれるわよ。だから、大丈夫。すべてが終わったら、全部やってみましょう?参座くんが、これをやるために生まれてきた…と思えるものが絶対にあるわ」
「優しいのう…カナエ殿は…一目見たときからわかっておったが、強いの…やさしいの…」
この少年は。
一人にしてはいけない。
カナエは固く、硬く。
そう誓ったのだった。
たのしい。
コメント感想ありがとうございます。
書き書きせっせかがんばりますね