蝶屋敷で今日が終わった。
…なぜ?
「うん、こんなものかな」
気が付くと参座の家には様々な家具が配置され、暖かさを醸し出していた。
カナエが泣きだしたあと、参座はカナエに腕を引かれ、街へ繰り出していた。
そして、あらかたの家具をその場で買い漁られ、街の男たちにその荷物を運ばせていた。
人々には、ついに家で暮らす気になったかとか。
珍しく頼られてうれしいだとか。
この女性は嫁か?
など。
とにかく賑わしかった。
参座は人が好きだ。
街でたくましく生きる者達も、田舎で細々と生きる者達も。
自分の護っている者たちが、やいのやいのと参座の頼みならばと快諾してくれることは、本当に心からうれしかった。
「すまんのう…カナエ殿」
「何言ってるの?私が言い出したことよ」
家具などはすべて、カナエが金を出した。
参座はほとほと困り果てたが、カナエも柱。
金がないわけでは決してない。
命を救われたお礼だと言っていたが、参座としてはそれは心苦しい。
「迷惑をかけてばかりですまんのう…」
参座は謝った。
これほどまでに、自分のことを気にかけてくれるカナエに、頭が上がらなかった。
「もう!参座くんは私に謝るの禁止!迷惑だなんてとんでもないし、私はありがとうって言われたほうがうれしいな」
うーむ、この女性にはかなわぬ。
参座は本能的に理解した。
「でも、今日はここでご飯食べるのは無理そうね…。さて、今日は蝶屋敷へ帰りましょう」
「そうか。なれば屋敷まで送ろう」
「…?何言ってるの?あなたも今日は蝶屋敷に帰るのよ?」
「…なぬ?しかし、ワシは柱の業務もある故、ここで寝泊まりせねばならんのだが…」
「お館様に了解は取ってあります。今日は一般隊士の方たちが、人柱様の代わりに警備をしてもらえないか文を出したら、みんな快諾だったそうよ」
「…カナエ殿にはかなわんのう」
参座は観念してカナエの後ろをついて歩いた。
ーーー
蝶屋敷にたどり着いたのは、夕刻。
日が橙色になってから。
「しのぶ~帰ったわよ~!」
「あら、姉さんお帰り。それに、参座さんもお帰りなさい」
参座は空いた口が塞がらない。
お帰り、なんて。
もう何年言われてないだろうか。
「ただいま~。今日は疲れたわ~」
カナエがしのぶに話しかけていると、その後ろにカナヲが見えた。
「しのぶ、カナヲ。今日は世話になる」
「ええ、自分の家だと思ってくつろいでくださいね」
カナヲもぺこりと頭を下げた。
そして、奥からぱたぱたと足音が数人。
「人柱様~ようこそいらっしゃいました~」
「お荷物は私たちが~」
「お召し物もお預かりしますよ~」
三人の幼子が口々に参座の身の回りの世話を買って出る。
「アオイが夕餉の支度をしていますので、参座さんはどうぞ居間へ」
「…お言葉に甘えようかの」
そういって参座は腰の日輪刀、白い羽織をなほ達に預けた。
蝶屋敷は、夕餉のいい匂いが充満していた。
作る量は、患者の分もあるため、アオイは大忙し。
しかしてきぱきと無駄なくその仕事をこなすから大したものだ。
参座は気になって、厨房に顔を出す。
「んー、いい匂いだの。アオイ殿よ、今日の夕餉はなんだの?」
「天羽様!?ど、どうされたんですか?」
「おお、今晩は蝶屋敷に世話になるでな。アオイ殿の作る夕餉のにおいにつられてきたのだ」
「そうだったんですか…。今日は、肉じゃがと唐揚げです。もうすぐできますから居間の方で…って天羽様!!」
参座は我慢できず、唐揚げを一つつまんだ。
アオイは驚いた。
鬼殺隊において、人知を超越した男が、まるで年端もいかぬ幼子のように夕餉のおかずをつまんだのだ。
お茶目だなと安堵するが、ここは叱ってやらねばとアオイは心を鬼にする。
「もう、天羽様!すぐにできますから、座って待っていてください!カナエ様みたいなことされては困ります!」
「はっはっは!カナエ殿もこのようなことをするのか!それはいいことを聞いたのう。すまんなアオイ殿。あんまりうまそうだったので…な。ではおとなしく待つとするかの」
参座はアオイに謝って居間へと向かった。
とても新鮮だった。
誰かに叱られることなど、今の今までなかった。
どこか懐かしような気がした。
「参座くんったら、アオイに怒られたのね」
「はっはっは。叱られるとは、存外に心地いいものだの。確と思いやりを感じる。アオイ殿は優しい子じゃの」
「そうよ~アオイはうちの自慢のお母さんだもの」
「私はまだお母さんといった歳ではないのですが…」
参座とカナエが談笑していると、出来上がった夕餉をもってアオイが来た。
食卓の前にみんなが集まる。
「では、私は患者さんに配膳してきます」
「うむ、ワシも手伝おう」
「いえ、お客人にそのようなことはお願いできませんので、お座りください」
「なに、このような経験めったにできまいて。やらせてはくれぬかのう、アオイ殿」
「いいじゃないアオイ。参座くんやりたいみたいだし、今日だけでも。…ね?」
カナエにそういわれたアオイは、折れた。
二人で患者のもとへ夕餉を運ぶ。
病室には様々なけが人がいた。
再起不能の者。
四肢がかけているもの。
精神を病んでいるもの。
参座は痛ましく思った。
「ああ、人柱様…。このような敗残兵のもとへわざわざお越しいただけるなんて…」
一人の隊士が、参座へ声をかけた。
その姿は、もう日常生活は送れないほどだった。
眼は片方がつぶれ、右の足が膝から先を失っていた。
左手の指は二本足りない。
頬にはおおきな抉られた跡。
「何をいうか。負けてなどおらぬ。立派に戦っておる。あきらめるでない。ワシが無惨を討つその時まで、生きろ」
「天羽様…そのようにお言葉をかけていただけるなんて…刀を振るった甲斐があったというものです」
隊士は安心したように笑った。
「飯は…一人で食えるかの?」
「はい。大丈夫です。お手数ですが、そちらに置いておいていただけますと…ありがとうございます」
「…ヌシの刃は、ワシが確ともらい受けた。安心して余生を過ごせ」
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
参座の刀は、刃は。
傷ついたものを見るたび、刀を握れぬ悲痛の声を聴くたびに。
鋭く、そして厚くなっていく。
「アオイ殿、こっちは配り終えたぞ」
「ありがとうございます。今回は、自分で食事ができないかたがいなくてよかったです。さあ、居間へ戻りましょう」
「アオイ殿。ヌシの刃も、ワシがもらい受けよう」
目頭が熱くなる。
参座の前を歩くアオイは、涙がでそうだった。
そして、参座の手のひらがアオイの頭に置かれる。
「心が痛かろう。胸が締め付けられよう。しかし案ずるな。ワシがその想いの分、鬼を斬ろう。ヌシは優しい子だの。いつも自分を責めているのだろう。自分を、いつか許せるときがくる。その時まで、ヌシの哀しみはワシが預かっておこう。人を治すこともまた、戦いなのだ。刀を振るうことだけが鬼殺ではなかろうて。しのぶを見るがよい。彼女の背中からは学ぶものが多いのではないか?」
「…ありがとう…ございます」
「たまにはカナエ殿やしのぶにわがままを言うてみるのもよかろうて。ヌシはもう十分に自分を責めた、叩き上げた。心元ないが、ワシが太鼓判を押そう。アオイどの、ヌシは立派な人だの」
もう、いいのだろうか。
もう、逃げた自分を許していいのだろうか。
もう、罪を償えたのだろうか。
「難しく考えすぎなんじゃ、アオイ殿は。委ねい。今のヌシは、決して間違うとることはしていない。ワシは尊敬しておる」
しのぶがアオイに言う。
人柱様は、すごいお方だと。
カナエは言う。
参座は強いと。
運ばれてきた隊士たちは言う。
人柱様のようになりたいと。
隠達は言う。
人柱様は、尊いお方だと。
アオイは、その理由を垣間見た。
「そのようなお言葉、私にはもったいないです」
「何を言うか。釣りがくるわい。よいのだ、ヌシが斬れぬ分、ワシが斬る。なれば、ワシが治せぬぶん、ヌシが治してくれるか?」
「…全力で、お応えいたします…」
「うむ、よい!さあ、飯だ飯!」
アオイは、涙を止めたかった。
このままでは、カナエ達を心配させてしまう。
しかし、涙は止まらなかった。
そうして歩いていると、居間へたどり着いた。
カナエは察した。
参座がまた何か救ったのだと。
しのぶは珍しく涙を流すアオイを見て、一瞬面を食らったが、すぐに察した。
なお達三人娘は、アオイにどうしたどうしたと詰め寄るが、アオイは嬉しくて泣いているというや否や、ほほ笑んだ。
「さて、実にうまそうな夕餉だの。アオイ殿はいい嫁になれるの」
ここでアオイ、虚をつかれた。
嫁という言葉に、顔を真っ赤にする。
「天羽様、冗談はよしてください…」
「カナエ殿といい、冗談ではないのだが…それにアオイ殿、参座でよい。一宿一飯の恩を受けるのだからな」
「…では参座様、私のこともアオイとお呼びください」
「様もいらぬ。アオイよ、飯を食ってもよいかの?」
「そうね!さ、いただきましょ!アオイ?」
「はい…では。いただきます」
「「いただきます」」
皆で手を合わせ。
食卓を囲み。
他愛もない話をして。
ご馳走様と声をそろえる。
腹が膨れたら、茶を淹れ、縁側で未来について語らう。
これがなんと幸せなことか。
「どう?参座くん」
「うむ。いいものだな、カナエ殿。飯を食うというのは、こうも楽しいものなのか」
「…ねえ、参座くんって肉親はいないの?」
天羽 参座。
鬼殺隊最強の人柱。
しかしてその過去は、だれも知らない。
「ふむ、ここまでされて語らぬというのは野暮よのう。なれば語るか。しかしまあ、これといって面白いものでもないのだが」
「聞かせて?…参座くんのこと」
三人娘は床に就き、アオイは厨房にて明日の朝餉の支度。
しのぶは部屋で勉学に励んでいる。
カナエと二人きり。
「そうだのう。物心ついたころには、婆様と暮らしておった。この話ことばも、婆様の影響だの。藤の家紋の家だった」
「だった?」
「婆様は、元鬼殺隊での。ワシに呼吸を教えてくれたこともあった。ワシの両親も鬼殺隊であった。まあ、ワシを産んですぐに鬼に食われたがの」
親の顔も知らないという。
「九つの時であったかな。婆様が体調を崩しての、藤の香を焚けなんだ。その日は運悪く、鬼が来た。婆様は身体に鞭打って日輪刀を握った…が。瞬殺だった。目の前で婆様の首が飛んだ」
目の前で。
最後の肉親の首が飛んだのだ。
「その時、理解が追い付かなんだ。しかし、己が刀を握り、この鬼を斬れるということだけはわかった。そして、首を斬った。仇は取った。しかしだ」
影が差す。
何度目かわからない。
カナエは思った。
この男の、この表情は、いつになっても慣れない…と。
「ワシの幼き頃は、それはそれは無口での。婆様もほとほと困り果てていた。なれば、感謝の言葉も文句も…およそ孫らしいことはしてやれなんだ…。何も言えんかった。いう暇もなく、目の前で首が飛んだ」
「おばあちゃんは、いまも参座くんを見守ってくれてるよ。その言葉は、届いてるよ」
「…そうだな。婆様は優しいひとであった。物言わぬワシに、いつも語り掛けてくれた。愛をくれた」
きっと、参座の心の中では、今もおばあちゃんが生きているのだろう。
で、なければ。
このように優しく生きれるわけがない。
「その時握った日輪刀で鬼を斬り続けた。人は汚いガキがチャンバラでいじめられていたと思ったろうな。盗みもよく働いた。そして、三年がたち百を超える鬼を斬った。気が付くと、婆様の日輪刀は細くなっていた。もう折れるというとき、元鳴柱の桑島殿に出会った。お館様に話を繋いでもらい、新たに日輪刀と隊服をもらい受けた。育手を必要としないワシを見て、当時のお館様はそれは驚いていたのう」
十にも満たない歳で。
鬼を斬り続けたのだという。
明日の食い物もまともに手に入れらぬとしても、鬼を斬ることをやめなかったという。
「そうして、一年ほど鬼殺隊を続けると、下弦の鬼と出会った。すぐ斬った。気が付くとワシは柱になった。どこの呼吸にも属さぬワシだ、柱の命名に途惑ったが、人のための柱となろう。そう想い、人柱と名乗った。行冥殿にはその時出会い、幾星霜続くこの鬼殺隊の歴史、そして柱とはいかなる存在か。それらは行冥殿に教わった。そしてお館様がワシを気にかけてくれたのだ。ワシは、未来を護るための刀となると決めた」
なぜ笑う。
なぜ、にこやかにこんなつらい話をできるのか。
カナエは、まともではないと思った。
まともであれば、当に心などおれている。
来る日も来る日も鬼を狩り。
痩せ細っていく身体を感じながら。
それでも鬼を斬ったのだという。
「婆様の仇を取ったとき、ワシは強いのだと確信した。婆様は刀を握る必要はなかった。ワシが斬れた。しかし、婆様はワシに刀を握ってほしくはないんだと気が付いたのは、埋葬が終わった後での。ワシも思うのだ、皆に刀を握ってほしくないと。なれば婆様もそう思ってワシに剣術を教えなかったのだ。さすれば、握ったこの手。どこかの誰かに刀を握らせないために使うのが、責務。そう思っておる」
「おいで、参座くん」
いつかのように、カナエは参座を抱き留めた。
「しかし、幸せだのう。皆で飯を食い、唐揚げの味に心躍らせて、茶を飲み、満腹感にみをゆだねる。婆様は、ワシにこれを見せたかったのだろう。なんと…なんと幸せか」
さめざめと泣きだす参座を、カナエは力いっぱい抱きしめた。
「私はね、参座くん。あなたからたくさん幸せをもらったの。ここにある幸せも、あなたが護ったものなの。だからね、今度は私があなたを幸せにしてあげたい」
「…皆の刃が、ワシに動けと。鬼を斬れと囁く。ワシはそれに応えたい。もらい受けた以上、使わねば裏切るというものよ…。ワシは皆に誇れるワシでありたいのだ」
「だからこそ、斬ること以外は、私が…私たちが全力で支えるわ」
「…やはりカナエ殿は強いのう…優しいのう…」
気が付くと、カナヲも隣で参座を小さな両の腕で捕まえていた。
「ヌシも優しいの…ここには優しいものしかおらぬ…ワシは本当に心が休まる」
伊黒さんとか絡むの難しそうなんだよなぁ…
誤字脱字報告して頂いたのに使い方わからんくて…
むつかしい…