人柱達   作:小豆 涼

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評価、感想…圧倒的感謝…!!

もうこの流れはカナエさんヒロインだわ。
だって勝手に動くんだもんこの人…。

あと、名前のよみかたわからんという至極真っ当なご意見いただきましたので、一話の最初だけフリガナ振りました…。
ルビ振り…それやったら投稿頻度落ちそうで…すみません…。

ちなみに「さんざ」とよみます。


ワシが斬り方を教えよう。

「おおい、伊黒殿。おられるか?」

 

参座が訪れたのは、伊黒邸。

 

「…天羽か。何用だ」

 

目つきの悪い、黒髪の。

口に包帯を巻くこの男。

 

名を、伊黒 小芭内。

鬼と共謀し、金品を奪う一族より生まれた、三百七十年ぶりの男。

 

「元気にしておるかと心配でのう。顔を見に伺った次第」

 

「ふん、貴様に心配される筋合いなどない」

 

「まあそういいなさるな。信用できないのは重々承知の上、少しでも親睦を深められればとな」

 

参座は伊黒と冨岡がとにかく心配だった。

 

自分のように、天賦の才などなく。

それでも己をたたき上げ、柱にまで至った逸材。

 

そんなものたちが、生きているだけでその心を痛めていると思うと、居てもたってもいられないのであった。

 

「親睦など必要ない。貴様は黙って鬼を斬ってろ。そのために生まれたといっていただろう」

 

「むう、痛いところをつかれたのう。しかしだ、ワシはそのために生まれたわけではないと言ってくれるものが最近多くてのう。…伊黒殿、ワシはヌシらと出会えたことがたまらなくうれしいのだ。世間話にでも付きおうてくれぬかのう?」

 

鬼殺隊最強の男が、まるで友達のところへ遊びに来たように言う。

 

伊黒としては、追い払ってもよかったのだが。

ばつの悪そうに尻すぼみになっていく参座の声に、少しだけなら付き合ってもいいかと、折れたのであった。

 

「…最近、胡蝶と仲がいいらしいな。付き合っているのか?」

 

一瞬面くらった参座だったが、話に付き合ってくれるという意思表示なのだと口元を綻ばせた。

 

「うむ、そうだの。まるで姉…母のようでのう。心遣いが本当に痛み入る」

 

「なんだ、付き合ってるわけではないのか」

 

「懇意にしてもらっておることは変わりないが、カナエ殿もどこか手のかかる弟を見ているような視線だとおもうがの」

 

お互いがどう思っているのかどうかは、お互いにしかわからない。

少なくとも参座は、恋心というものを知らない。

 

鬼を斬ることだけを考えていた男に、惚れた晴れたなんてまだわからなかった。

 

「して、お館様より新たな柱の任命があった。甘露寺 蜜璃という、元は杏寿郎の継子であったおなごでの。遠目から一度見たことがあったが、派手な髪の色が目を引く。なれど、その笑顔は太陽のような子であった。任命式の時には、ぜひ気にかけてやってくれ」

 

「ふん、信用しない。そんな女が柱だなんて、俺は信用しない」

 

「そういうでない。ヌシの初めての下の柱だろうて。気にかけてやってくれ。この通りだ」

 

自らが斬りかかっても、おそらく十秒ももたぬ男が頭を下げた。

 

いつもそうだ。

力があるのに、まったくもって上からものを言わない。

下から、支えるようなその物腰が、伊黒は嫌いになれなかった。

 

「貸しだぞ、天羽参座」

 

「はっはっは。なれば、その貸しを返せるように精進するかの」

 

「信用しない」

 

「信用してもらわねば困るのう…」

 

それから、蝶屋敷の飯がうまいとか、杏寿郎と食べ比べしたとか。

実弥の家からついに匡近が旅立ったとか。

 

そんな他愛もない話をして、参座は伊黒邸を去った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「みんな、忙しい中集まってくれてありがとう。今日集まってもらったのは、新たな柱を任命するためなんだ。さあ、蜜璃。おいで」

 

伊黒と話してから数日。

産屋敷邸では、恋柱の任命式が行われていた。

 

「きょ、今日から恋柱の名を襲名しました、甘露寺 蜜璃です…!い、至らない点はございますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」

 

伊黒の心拍数は上がった。

参座から容姿がいいとは聞いていた。

しかし、その奥ゆかしさたるや。

その可憐であることや否や。

 

目を奪われた。

釘付けになった。

 

「のう?言うたろう?」

 

隣で跪く参座が、伊黒に小声で囁いた。

 

「…少しは信用してやってもいい」

 

伊黒は得も言われぬ気持だった。

浮足立っていたのかもしれない。

 

だが。

恋心とは、存外に気分のいいものだった。

 

「蜜璃は、小芭内と警邏地区が近いね。小芭内、すまないが蜜璃のことを気にかけてあげてくれないかい?」

 

「は。お館様の命とあれば」

 

「よかったのう、伊黒殿」

 

「黙れ」

 

つれないのう…そういった参座だが、伊黒の心境の変化を察してどこか嬉しそうだった。

 

任命式が終わり、柱たちは各々自分の警邏地区へと帰っていく。

 

「杏寿郎」

 

参座は帰ろうとする杏寿郎に声をかけた。

 

「参座殿?いかがされた!?」

 

「うむ。炎の呼吸ではないとしても、ヌシが育てたものがこうして柱になるのは、誇らしい。よくぞ繋いだ!」

 

「いえ!それは甘露寺がひたむきに努力したからこそ!まずは甘露寺に声をかけてやるのがよいかと!」

 

「なに、甘露寺にも声はかけるとて。まずはヌシだ。甘露寺の努力もそうだが、ヌシが目をかけてこそなのだ。誠、立派である。ヌシはやはり人に何かを与えるのが得意のようだ。この先も死んでくれるなよ」

 

「身に余る光栄!参座殿より見せられた境地、一日も早く到達して見せます故、心配めされず!」

 

「うむ、期待しておる」

 

杏寿郎は満足げにその場を去る。

そして参座は甘露寺と伊黒に向き合う。

 

「こうして話すのは初めてだのう。ワシは人柱、天羽 参座。何か困ったことがあれば、ワシを頼れ。さすれば応えん」

 

「初めまして!お話はかねがね聞いてます!鬼殺隊最強のお方だとか…!」

 

「うむ。だがワシもやることが多くての。ここにいる伊黒 小芭内という男、信用に足る男故、まずはこ奴を頼るのも良い」

 

「甘露寺、こんな胡散臭い白髪頭よりまずは俺を頼ってくれていいぞ」

 

「胡散臭いとは何事じゃ」

 

甘露寺は吹き出してしまった。

あんまりにも遠慮なく憎まれ口を叩く伊黒に、最初は最強の人柱に失礼のないようにと構えていた甘露寺の緊張は解けた。

 

「お二人、仲がいいんですね」

 

「こんな男と仲がいいわけない」

 

「ええい、伊黒殿。人が悪いぞ…。しかしな甘露寺殿。皆が恐縮する中、このように軽口を叩いてくれるのは伊黒殿とカナエ殿くらいなものだ。ワシは嬉しい。甘露寺殿も、気軽に言葉をなげてくれの」

 

「はい!もちろんです!」

 

「二人とも仲ようやれよ?」

 

「貴様に心配などされずとも問題ない。いこうか、甘露寺」

 

「え、は、はい!」

 

そういって二人の姿は消える。

殺伐としたこの鬼殺の世界で。

 

恋の芽生えとそれがまとう空気。

あたたかな風が吹く。

 

「いいものだな、行冥殿」

 

「何を言う、参座。お前もだ」

 

「…というと?」

 

「胡蝶と仲睦まじいと聞く。婚姻はせぬのか?」

 

「…人が悪いのがここにもおったか。行冥殿。ワシは無惨を斬るまで止まれぬのだ。この腕でできることは、斬ることのみ。皆からもらい受けるは、鬼滅の刃なりて。大切なものを抱きしめるために使う腕は持ち合わせておらぬ」

 

「それは参座、お前が抱きしめる場合のみだ。お前のことを抱きしめてくれる腕は振り払ってくれるな」

 

「…これは一本取られたのう。先人の助言とあらば、肝に銘じておこう」

 

誰かが、歩いてくる。

後ろを振りむくと、産屋敷 あまねが立っていた。

 

「失礼千万とは承知ですが、一言よろしいでしょうか?」

 

「失礼とはとんでもない。お聞かせ願えまするか?」

 

「いついなくなるともわからぬ人を見ているのは、存外苦しいものです。その隣に寄り添いたいというのは、自然なこと。どうか、天羽様におかれましては、悔いのないよう過ごしていただきたく」

 

「…あまね様もそう仰ってくださるか。なれば、それ相応の心の準備はしておきます故。ありがたいお言葉、痛み入りまする」

 

ぽんと、頭に手のひらが置かれる。

行冥の手だった。

 

「参座よ。お前が人の幸せと安寧を願うのと同じように、我々もお前の幸せと安寧を願っておるのだ。無下にしてくれるなよ?」

 

「…あいわかった」

 

このように言葉をかけられては、参座も参った。

自分が他者に想うように、自分も想われているのだと。

これほどうれしいことはなかった。

 

参座は涙が出る前に、産屋敷邸を後にした。

 

 

 

ーーー

 

 

家に帰ると、カナエがいた。

 

「あら、参座くんおかえりなさい」

 

先ほどまで婚姻がどうのこうのといわれた参座は、意識せざるを得なかった。

 

「…今帰った。カナエ殿、そう甲斐甲斐しく訪れる必要はないのだぞ?」

 

「もう、気にしなくていいって言ってるじゃない。私が好きでやってることなんだから」

 

「しかしだ。ワシは、カナエ殿に何もしてやれなんだ。家で一人、待たせてしまうのだ。心苦しくて敵わん…」

 

死ぬ気はない。

負ける気もない。

 

だが、万が一。

無垢の民の命が、危険にさらされたとき。

 

この命、投げ捨ててしまうかもしれない。

そうなったとき、この女性を傷つけてしまうのではないかと。

 

「ワシは…ワシの腕は…斬れるのだ。抱きしめてやれなんだ…」

 

「嘘よ。カナヲを抱きしめたじゃない。大丈夫よ。大丈夫」

 

カナエは黙って参座を抱きしめた。

新たな柱。

新たな部下。

 

柱合会議で、何かあったのだろう。

口にせずともわかる。

また何かに押しつぶされそうになっているのだ。

 

支えてやらねばなるまい。

 

カナエは、本能的に察した。

 

「カナエ殿とおると、どうも甘えてしまうな…」

 

「いいじゃない。人はみんなそうよ。私も、しのぶも。よく母様と父様に甘えて、ねだって、困らせたわ。参座くんは今まで頑張ってきたんだもの。甘えたっていい。困らせたっていいのよ」

 

「…カナエ殿」

 

「…なに?」

 

参座の心臓は、強く脈打つ。

口から心臓が飛びでそうだった。

 

「その…ええと…」

 

「聞かせえて?」

 

言ってしまえば、どれほど楽か。

言えてしまえば、どれほど幸せか。

 

この想いが伝われば、どれだけ救われるか。

 

「なんでもないのだ…今はまだ…。すまぬ、忘れてくれ…」

 

しかし言えなかった。

カナエが両腕を広げて待ってくれているのに。

それでも言えなかった。

 

自分を許せなかった。

 

この、数多の鬼滅の刃を譲り受けた己が。

皆から刃を取り上げた自分が。

 

のうのうと、その刃を錆らせてしまうことが…。

 

「いつか、聞かせてね。きっと…きっとだよ?」

 

「必ず…」

 

さんざん泣いて、珍しく参座は疲れ果て、眠った。

カナエの腕の中で眠ると、幸せな夢を見た。

 

産屋敷邸にて。

祖母と話している。

実弥が、弟の玄弥とイノシシを狩ってきた。

匡近が茶を用意している。

天元が嫁達と談笑していた。

しのぶが、アオイやカナヲと昼餉を持ってくる。

杏寿郎が、稽古をつけろと迫ってくる。

伊黒が、甘露寺とこちらを見て笑っている。

行冥が、お館様とあまね様と縁側に腰掛けている。

義勇が、しのぶたちの持ってきた鮭大根を見て感動している。

炭治郎が、禰豆子が、鱗滝が、千寿郎が、槇寿郎が。

 

関わったもの達が皆、笑っていた。

 

そして、横へと視線を移すと、カナエが笑っている。

 

このまま、目が覚めないでほしいと思った。

この甘美な夢を、終わらせたくないと願った。

 

しかし、気が付いた。

この夢を、作るのは己だと。

己でしか、作れぬ夢なのだと。

 

この身を押しつぶさんとしている、もらい受けた刃たちが。

 

両の腕に、力をくれる。

握る刀に、熱を入れる。

 

鬼舞辻 無惨。

奴を、斬るため太刀となる。

 

そこで、参座の幸せな夢は終わりを告げた。

 

「よく眠ってたわね、参座くん」

 

「…すまぬ。カナエ殿が、あんまり優しくての」

 

「それはよかったわ。さて、夕餉にしましょう。支度するわね」

 

カナエは蝶屋敷に文を送った。

 

「あ、そうそう。今日は泊っていくから」

 

「…なんと」

 

「参座くんは夜の警邏があるでしょ?夜道を一人で帰るのは心細いし…」

 

「構わぬが…。しかし三日三晩鬼を狩って、今日は警邏を休めとお館様からお達しがあっての…」

 

「あら…じゃあ今日は一つ屋根の下に二人っきりね」

 

その日、参座は隣にカナエがいることに緊張して眠れなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

それから少しして。

時透 無一郎という、始まりの呼吸の剣士より血を継ぐ少年の意識が戻る。

 

産屋敷は始まりの呼吸の剣士と同等、もしくはそれより強い参座に師事を仰いだ。

参座はこれを快諾。

 

無一郎はほどなく、天羽邸へと預けられるのだった。

 

「無一郎や。ヌシ、刀を振りたいか?」

 

産屋敷邸で無一郎を預かり、天羽邸で改めて問いかける。

 

「よくわかんないけど。斬りたくて仕方ないんだ。鬼がいるから、いけないんでしょう?」

 

「うむ。なれば、ワシのすべてをヌシに教えよう」

 

無一郎は笑わなかった。

記憶の欠如もそうだが、剣術以外に関心を持たなかった。

 

当然、カナエも無一郎に会うことになるのだが、その時も何も言わなかった。

 

打って、打って、打って。

ひと月も刀を振れば、参座に食らいつけるようになった。

 

産屋敷も、始まりの剣士の末裔である無一郎の成長の早さは予感していたらしい。

それもあってか、参座はとにかく無一郎の稽古に当たった。

 

警邏の頻度は半分ほど軽減され、とにかく無一郎を木刀で相手する。

 

足元にも及ばないが、それでも。

悔しさと、哀しさが。

 

無一郎を突き動かした。

 

そしてある日。

 

「無一郎よ。今日は街へ出るぞ」

 

「そんなことしている暇はあるの?」

 

「なに、ヌシの成長はワシの度肝を抜いておる。今日くらいよかろうて」

 

そこへ準備の終わったカナエがやってくる。

 

「無一郎くんの羽織を買いに行きましょう?やっぱり年頃の男の子だもの、恰好良いほうがいいでしょ?」

 

「どうでもいいよ。何を着たって、鬼は変わらないし」

 

そこでカナエは両手を無一郎の頬に添える。

 

「鬼は確かに変わらない。でもね、私たちが無一郎くんのことを大切に思ってるって想いが、いつか伝わるかもしれない。だから、私たちの想いを受け取ってほしいの」

 

感動したとか。

心を打たれたとか。

 

そんなことはなかったが。

 

無一郎は言葉が出なかった。

 

そして少し頭痛がした。

 

「ほれ、行くぞ」

 

参座は無一郎を肩車した。

 

決して軽いわけではない。

だが、ひょいと持ち上げる参座。

普通なら恥ずかしいと声を荒げるが、無一郎はされるがままだった。

 

その日は、太陽の光がこれでもかとまぶしい晴天だった。

そして、いつもより何尺か高いところからの景色は。

 

無一郎の心に刻み込まれた。

 

「なんだか、忘れていることがあるような気がするんだ」

 

「ふむ。思い出せそうかの?」

 

「…わかんない。でも、忘れたらだめなことだった気がするんだ」

 

「無一郎くん、ゆっくりでいいのよ。でも、思い出したら、私たちに教えてね。きっとよ」

 

参座の肩の上で、ゆらゆらと揺れる無一郎は心地いのか、参座の頭に身体を預けて眠ってしまった。

 

「絶対。絶対この子を死なせてはダメね」

 

「次の世につなげなくてはならぬ子よの。なんと尊いか」

 

「なんだか、親子みたいね。髪の色は似つかないけれど」

 

「まだそのような歳ではないがの…。なれば、カナエ殿は母だろうて」

 

「あら?私は構わないわよ?」

 

したり顔でいうカナエに参座は押し黙った。

ここ最近のカナエは、ことあるごとに参座を茶化してくる。

 

参座としては、心臓が破裂しそうになるくらい脈打つ。

 

それから、最近参座が顔を見せないからしのぶがさみしがっているとか、カナヲがたまに、参座は来ないのかと言葉を発したり。

そんな蝶屋敷の話をして街まで歩いた。

 

人の喧騒。

たくましく生きる人々。

 

参座は街が好きだ。

皆が、人らしい生活をしている。

 

店の売り子の大声を聞いたのか、無一郎が目覚めた。

 

「起きたか。見よ、これがこれからワシとヌシらが護っていくものよ。確とその目に焼き付けよ」

 

参座は無一郎に街を見せてやりたかった。

自分たちが何のために刀を握っているのか、見せてやりたかった。

 

例え、今は伝わらぬとも。

 

「うるさいね」

 

「そうだろう」

 

「それに、臭い」

 

「人がたくさんおるからのう」

 

「なんでみんな笑ってるんだろう」

 

「生きておるからだ。皆、今日を…そして明日を生きておるからだ」

 

「ふーん。そういうものなの?」

 

「そういうものなのだ。ここに生きとし生ける者たちを、ヌシの両の腕で守っていくのだ。護り、戦うのだ。そのためにワシはヌシに剣を教えておる」

 

なにか感じるものがあったのだろう。

無一郎は黙りこくってしまった。

 

呉服屋にて、カナエが声を上げた。

 

「ねえ、参座くん、これなんていいんじゃない?」

 

カナエが手に取った羽織は、薄い雲が描かれていた。

 

「奥方!お目が高いねえ!そいつはこの街でもきっての仕立て人が仕立て上げたものよォ!染められてるのは巻雲!最も高い位置にある雲のこってぇ!誰よりも高く高くって願いが込められた代物よ!」

 

「ふむ、これはいい代物だの。どれ無一郎、着て見せい」

 

無一郎は参座の肩より降りて、その羽織に袖を通した。

無一郎と並んだ参座を見たカナエは、本当に親子のようだと声を漏らした。

 

「先も言うたがまだ十八歳だというのに、このように大きな子がおってたまるか。いいとこ兄弟じゃろうて」

 

「なんだ、あんたまだ十八なのか!そいつは驚いたぜ。老け顔過ぎやしないかい?」

 

「そこにおる女性(ヒト)が茶化して心労を増やすでな…ここ最近めっきり老けあがってしもうたわい」

 

売り子は軽快に笑う。

それにつられて、参座とカナエも笑った。

 

それを見ていた無一郎も、笑いたかった。

 

「笑えないんだ。口が、動いてくれないんだ」

 

カナエは、何も言わずに無一郎を抱きしめた。

 

「いいのよ。少しずつで。私も、参座くんも。ずうっと待ってるからね」

 

見かねた参座は、会計をすまして、カナエから無一郎を受け取り、羽織を着せたまま肩に乗せる。

 

「カナエ殿は優しかろう?どれほどヌシが不器用であろうと、決して見捨てたりはせぬ優しい女性(ヒト)じゃ。何も焦ることはない」

 

「うん」

 

「さあ、夕餉の買い出しをして帰るとするか。のう、カナエ殿」

 

「ええ、家に帰りましょう」

 

参座の肩の上で、無一郎は記憶を失ってから初めて心が安らいだ。

 

 

 




特に何も考えずに書き出したこれが、たくさんの人の目に留まっていただけることがとてもうれしいです。

単行本派なので、21巻までしか読んでないですが、そこまではそれとなく流れをくみ取っていきたいです。

時系列やらおかしなところもございますが、そこは目をつむっていただけますと幸いです。

これからもよろしくお願いします。

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