人柱達   作:小豆 涼

7 / 27
オリジナルがとおりますよっと。

評価、感想毎度ありがとうございます…!
そして誤字脱字報告も大変助かっています。
ありがとうございます。(ボタンひとつで直るんだね凄いね…)

さらになんと!UAが1万突破!
さらにお気に入りが300を超えました!

ひとえに皆様のおかけでございます…!
これからも頑張りますので、ご愛読の方よろしくお願いします!


ワシが斬る、そこに立っておれい。

月夜に照らされた街。

そこに現れたるは、一人の鬼殺の剣士。

 

鴉から指令を聞き、向かった先は貴族の屋敷。

 

人が大勢消えた。

隠が探ってみれば、どうやら鬼の仕業らしい。

 

一番近くにいた自分が駆り出されたが、相対した鬼は、目に下参の刻印。

つまりところ、十二鬼月。

 

下弦の参であった。

 

「黙って食われい、弱き鬼狩りよ」

 

運が悪かった。

自分の手には負えない。

 

せっかく戊にまで上がったのに。

人を護れる鬼殺の剣士になれたのに。

 

こんなところで、死ぬのか。

 

「お前では相手にならぬ。そんなこともわからぬのか、鬼狩りよ」

 

だが、ここで俺が足止めをせねば、少なくともまた人が死ぬ。

 

「…敵う敵わないの問題じゃないんだ。刀を握れる限り、俺はお前ら鬼に立ち向かわなきゃならないんだ!」

 

「ならば、そのまま死ね。誰も守れぬまま、犬死するがよい」

 

どうして自分には力がないのか。

血反吐を吐いて鍛えても。

 

我が刃は届かないのか。

 

無念。

 

そして、死んだ。

鬼の爪を受けて、俺は死んだ。

 

だが、息をしていた。

 

「ねえ、目を瞑る暇があるんなら、逃げてくれないかな?邪魔なんだよね、きみ」

 

鬼は飛びのいていた。

そして目の前には白い、雲の羽織を来た少年。

 

「き、君は?」

 

「鬼殺隊。いいから、どっか行って。邪魔」

 

「お、おれも手伝う!囮でも何でもいい!肉の壁にだってなる!この命、使ってくれ!君を一人で戦わせたりしない!」

 

「…じゃあ、師匠に連絡してるから、迎えに行って。西の方角。名前は天羽 参座」

 

「し、しかし」

 

「早く!」

 

雲の羽織の剣士に怒鳴られ、戊の隊士は外へ駆け出す。

 

「師匠、護るっていうのは、めんどくさいことだね」

 

無一郎はつぶやいた。

 

「貴様はあの剣士よりもできる口かのう?」

 

「うるさいな。早く首を斬られてくれないかな?」

 

─霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り─

 

下段から斜めに切り上げ。

移流霧がごとく、その刃には霞がまとう。

 

鬼の肩がバッサリと斬られる。

 

─血鬼術 鬼灯─

 

床より肉の種子が咲く。

そしてそれは、はじけ散った。

 

小さく細かくなったその種子は、鉄砲玉のように無一郎へ向かう。

 

「汚い血鬼術だね」

 

事もなげに無一郎の姿は消える。

鬼の後ろを取った。

 

斬れる。

 

そう確信して無一郎は刃を振る。

 

─血鬼術 百日紅─

 

鬼の首から、花が咲く。

それに阻まれ、無一郎の日輪刀は届かない。

 

「厄介な血鬼術だね。本当に邪魔」

 

「今のは危なかった。貴様、その歳でなかなかやりおる」

 

─霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海─

 

目にもとまらぬ、細かい斬撃。

まずは腕と足を胴体から切り離すために放った。

それは立ち込める、雲海の如し。

 

─血鬼術 千日紅─

 

またも鬼の周りに花が狂い咲く。

花言葉は、不朽。

幾度となく斬りつけられても、その花は次から次へと咲き乱れる。

 

─霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫─

 

広範囲の回転切り。

眼前のおぞましき花たちをきれいに薙ぎ払う。

 

「花って、そんなに気色の悪いものじゃないんだけど」

 

形容しがたい気持ちだった。

 

カナエは街に出ると、たまに花を買ってきた。

美しいと水を与えていた。

 

その花の鮮やかさを、無一郎は覚えている。

そしてその隣にしゃがみ込む、カナエの姿もひとくくりに記憶に刻まれている。

 

優しい気持ちになれたのだ。

花と、優しい人。

 

その思い出を、汚されたような気がした。

 

「本当に、鬼(おまえ)達を見ると、イライラするよ」

 

─霞の呼吸 弐ノ型 八重霞─

 

繰り出した無一郎の技は、鬼に届いた。

その左足を斬り飛ばした。

 

が、鬼は依然として余裕の表情。

 

「貴様は、なぜ我が十二鬼月になれたのか、理解できておらぬようだな」

 

「どうでもいい。斬るから。早く斬られてよ」

 

─血鬼術 鳥兜─

 

またも花が咲き乱れる。

 

─血鬼術 芙蓉─

 

立て続けに繰り出される血鬼術。

桃色の汚い花は、その花弁を回転させ、無一郎に迫る。

そして紫色の汚い花に、あたりを囲まれる。

 

─霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消─

 

そして無一郎はその血鬼術を切り刻んだ。

 

「斬ったな。鳥兜を斬ったな!」

 

突然鬼が声を荒げる。

 

するとどうだろう。

無一郎の視界が回る。

 

「…毒?」

 

「愚か者め!この鳥兜の毒を食らって立っていたものはいない!」

 

頭に激痛が走る。

膝が言うことを聞かない。

 

死ぬかもしれない。

 

でも。

 

「無一郎。たすけはいるかの?」

 

参座の声が幻聴で聞こえる。

 

「いらない!」

 

自分でやれる。

見てくれ師匠といわんばかりに、両の足を踏みしめる。

 

─霞の呼吸 漆ノ型…─

 

もともと、参座の刀には型がない。

ないというより、必要としない。

その時その時で、最善の刀の振り方がわかっているからだ。

 

だからこそ、斬れないものはない。

 

そして呼吸。

生まれながらにして、他人よりも多くの酸素を身体に取り込んでいる。

それは参座のみが使える呼吸。

故に、名はない。

 

そんな中、参座が無一郎の身体を見て、最も合うと思い身に着けさせたのがこの霞の呼吸だ。

 

そして霞の呼吸をわずか二月で極め、新たに漆ノ型を編み出した。

 

─朧─

 

下弦の参は、無一郎を目でとらえた。

しかし腕が当たらない。

 

また現れ、捉えた。

しかし、当たらない。

 

現れては消える。

そのたびに、一太刀を浴びせる。

 

そして無一郎は、鬼の首を確かに捉えた。

 

「見事なり」

 

またも参座の幻聴が聞こえる。

 

「師匠。見てよ。僕は一人でもやれるんだ」

 

斬った。

鬼の首を、斬った。

 

下弦の首を一人で斬った。

 

そこで無一郎の意識は途絶えた。

倒れ行く無一郎を、参座は受け止めた。

 

「一端の漢よのう、無一郎。ワシは嬉しいやら、さみしいやら…複雑だの」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「しのぶー!しのぶやー。おるのだろー」

 

参座は、隠を置いて無一郎を背負ってきていた。

鬼を斬ったので、毒は消えた。

 

しかし、体力を使い果たしたのか目を覚まさない無一郎を見て、休息が必要と蝶屋敷へ運んできた。

 

「あら、参座さん。今日はお弟子さんもご一緒ですか?」

 

「うむ。手のかかる弟子でのう。すまんが数日休ませてやれぬか?」

 

そんな苦労を知ってか知らずか、無一郎は背中で眠りこくっていた。

 

「そういうことでしたら。どうぞ奥の部屋が開いていますので」

 

しのぶが四六時中治療に専念している分、患者も早く退院することができていた。

これであれば、無惨を斬った後も一般向けの診療所としてくいっぱぐれることはないだろう。

そしてそこで働くもの達もだ。

 

さらにしのぶは新たに研究をしているという。

 

「毒と、その逆。鬼になった人から、鬼舞辻 無惨の血を抜くための研究をしています」

 

「なんと。ヌシは誠すごいの。ワシは本当に尊敬する」

 

「参座さん、あなたがこの道を私に示してくれたんです」

 

「ヌシの力になれたようで、ワシは嬉しいぞ」

 

しのぶの後ろにはカナヲが立っていた。

参座に気が付くや、すっと寄ってきて参座の裾を掴む。

 

「おお、久しいのカナヲ。息災か?」

 

「…お久ぶりです」

 

「最近のカナヲは、自分から言葉を紡いでくれます。これも参座さんの影響ですよ。本当にうれしいこと尽くめです」

 

「それは誠よきかな」

 

「参座さんになら、姉さんを任せられます。挙式はいつ行うんですか?」

 

「そうだのう…って、今なんと申した?」

 

参座は動揺した。

はて、いつの間にそのような話になったやら。

 

「ですから、挙式です。結婚式。あまり待たせると、姉さんがどこの馬の骨ともわからない殿方にさらわれますよ?妹の私が言うのもなんですけど、本当に引く手数多なんですから、カナエ姉さん」

 

「ええい、最近では皆口を開けば式はいつだの、子は孕んだか?だのと好き勝手言ってくれるわい…」

 

ほとほと困り果てた参座を見て、しのぶは笑みを浮かべる。

してやられた。

 

しかし、今回はやられてばかりの参座ではなかった。

反撃の火ぶたは切って落とされた。

 

「しかししのぶよ。カナエ殿から聞いたぞ。最近何やら義勇と仲がいいらしいの。その藤の簪も、義勇からの贈り物だと聞いたが?毎日欠かさずつけていると聞くぞ」

 

「…無一郎くんの様子を見てきますね」

 

「あ!しのぶ!これ、逃げるでない!全く…カナヲよ、ヌシの姉君はずるいのう…」

 

しのぶに逃げられた参座は、カナヲに愚痴る。

 

「きっと…参座さん…勝てない」

 

「…とほほ」

 

しかし、さすがはあの姉妹の妹。

しっかりと参座に止めを刺した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

蝶屋敷を後にして、参座はカナエが待つ自宅へと足を向けていた。

 

思えば、いろんなことがあった。

しのぶの刀を下ろさせ、カナエを上弦の弐の魔の手から救い。

アオイの心の重荷を下ろさせ。

カナヲの言葉を取り戻した。

 

蝶屋敷には、数えきれないほどのたくさんの思い出があった。

 

そして、無一郎が家にやってきた。

カナエにはたくさん迷惑をかけている。

 

最初のころは、無一郎は言うことを聞かず、よく服を脱ぎ散らかしたりしていたものだ。

そのたびに、カナエは優しい口調でいつか来るその日、自分のことは自分でできなければならないと無一郎を叱っていた。

 

嫌な役回りをさせてしまった。

それでも、カナエは文句の一つも漏らさずについてきてくれた。

 

二人で布団を並べて寝ることも多々あった。

最初のうちは緊張こそしていたが、今となっては安心感が勝る。

 

護りたいものが、手を伸ばせばそこにいるというのは、参座にとってふたつとない幸福なことだった。

 

そして、無一郎の布団がそこに追加されたとき。

参座は家族を知った。

 

自分はほかの場所でこうして日々幸せをかみしめている者たちのために刀を握っているのだと再確認できた。

 

「む?伊黒殿。どうされた?」

 

参座は自宅に到着した。

すると、珍しく伊黒が玄関口に立っていた。

 

「遅い。どれだけ待たせるんだ」

 

「戸を叩けばよかろうに…カナエ殿がおると思うのだが…」

 

「いないから、こうして待っていたのだろうが。適当を言うな」

 

カナエがいない。

はて、蝶屋敷にもいなかったはず。

なればどこへ?

 

しかし参座は夕餉の買い出しにでも行っているのだろうと気に留めなかった。

 

「して、伊黒殿。何用かの?ああ、茶を淹れよう。居間で待っておれ」

 

「邪魔する。あと茶は要らん」

 

何やら悩み事でもある様子。

参座としては、あの伊黒が頼ってくれることがうれしかった。

 

「待たせたの。粗茶だが。して、何を悩んでおるのかの?」

 

「要らんと言った。…このことは、ここだけでとどめろ。それほどに重大だ。本来なら胡蝶の姉にも意見を聞きたかったのだが、まあいい。いいか、絶対に誰にも言うなよ」

 

深刻な顔。

鬼殺関連か。

空気が冷え込む。

 

「…甘露寺に、贈り物をしたい。しかし、何を送ればいいかわからん。そこで、蝶屋敷の女どもをたぶらかしている貴様の意見を聞きに来た」

 

ここで、参座は一度思考の海に潜る。

 

…恋の悩みか!!

 

そう悟った参座。

張り詰めた空気は、音を立てて離散した。

 

「っはっはっはっはっは!!」

 

つい笑いだしてしまった。

 

「貴様っ!わらっ笑うなっ!こっちは恥を忍んで貴様を頼ったのだぞ!ええい、貴様などやはり信用できない!」

 

「いやあ、すまんすまん。あまりにも張り詰めていたから、無惨でもでたのかと思ったわい。あーっ腹がよじれるかとおもったわい」

 

伊黒は心底不服そうだった。

恥ずかしいが、甘露寺の喜ぶ顔が見たい。

そうして、自らの自尊心をかなぐり捨ててまで頼ったのに、あろうことかこの男口が裂けんばかりに笑った。

 

「のう、伊黒殿。甘露寺とはどのような女性(ヒト)じゃ?」

 

「…可憐だ。屈託のないあの笑顔は、周りを和ませる太陽だ」

 

「そうじゃのう。なれば、何を送ったとてその太陽はまぶしかろうて」

 

「当然だ!そんなことは当に分かっている!俺が聞きたいのは、内容だ!送る物についてだ。時間を取らせるな」

 

「そうだの…あ、そういえば。しのぶ殿がの、義勇よりもらい受けた藤の簪を嬉しそうにつけておった。やはり贈り物とは、欠かさず身に着けるものがよかろうて。そうだのう…下沓などどうかの?カナエ殿も毎日欠かさず履いておる」

 

下沓とは、つまるところ靴下である。

 

「下沓…か。そんなものでいいのか?」

 

「よい。似合うと思ってとかなんとかいって渡すのがよいて」

 

思い付きだった。

参座自身、意中の人に物を送ったことなどなかった。

 

しかし、ほかでもない伊黒の頼みだ。

知らぬ存ぜぬで通したくはなかった。

 

だから、自分がもし、カナエに送るならばと考えたとき、これが出た。

カナエはハイカラな足を出す服が好きだ。

なればそのおみ足が不埒な男どもにさらされる。

 

少しばかり、参座には独占欲があった。

 

「そうだな…確かに、いきなし高価なものを送るより、生活に必要不可欠なものがいいな。それに、甘露寺は肌を出しすぎだ」

 

「うむ」

 

「…癪だが、感謝するぞ参座。お前のことはもう少しだけ信用してやってもいい」

 

「それは嬉しいのう」

 

「で、貴様らはいつ式を挙げるんだ?」

 

げっ。

参座はまたこの話かと心底参った。

 

「挙げぬ。全く、皆この手の話が本当に好きだのう…。伊黒殿のほうが早いのではなかろうて?」

 

「俺は…ダメだ。甘露寺とは添い遂げられない」

 

「なに故?」

 

「…五十人。俺が引き起こした事によって死んだ人の数だ」

 

参座の顔からは笑みが消えた。

哀しい顔を隠せない。

 

「話してみい。ワシが、聞いてやる。その心の闇、ワシが少しばかり肩を貸す」

 

伊黒は、だれにも話したことのない身の上話をするべきかしないべきか。

 

心底迷った。

 

「よい。話せ。ワシはヌシに言った。頼れと。いま、その心が…ワシに助けを求めておる」

 

そういって、伊黒の頭には参座の手のひらが置かれる。

 

「つらいだろう。己の中でしか生きぬ闇を飼うのは。ワシにも分けておくれや。その痛み、哀しみ。分けてはくれぬか?」

 

「なぜ、そこまで俺を、俺たちを気に掛ける」

 

伊黒は聞いておきたかった。

柱たちに、頼れ頼れとのたまうこの男の声を。

 

確かに誰よりも強い。

だが、柱も強い。

手を借りることなど、ほとんどないくらいに。

 

だから柱になった。

だから柱になれた。

 

だというのに、この男は頼れという。

 

なぜ。

 

「友だからだ。横に並び立つ、友だからの。友の出来ぬ事はワシがやる。ワシのできぬことは、友がやってくれよう。あいにく、鬼殺においてはワシが一番できる。なれど、甘露寺と他愛ない話で笑顔にできるのはヌシだ。実弥が心置きなく話せるのは、匡近だ。お館様が心休められるのは、あまね様の前じゃろうて。では、ワシは他に何ができる?斬るのだ。それができるのが、ワシなのだ。ヌシらの闇をも斬って見せよう。ワシは斬れるのだ。だから、話してみるのがよいて」

 

不器用だと思った。

それと同時に、信じたいと思った。

 

伊黒は今、目の前の男を、信じてみたいと思っている。

 

「俺の一族は…穢れている。そして、俺にもその血が流れている」

 

それから伊黒はぽつぽつと。

一族の恥を語った。

 

己が生贄にされようとしていたこと。

口を裂かれ、鬼と瓜二つの顔になったこと。

親族にすら裏切られ、人を信用できなくなったこと。

鏑丸が牢に迷い込んできてくれたこと。

 

そして、いとこに会ったこと。

 

参座の両の眼からは、大量の涙があふれていた。

 

「ヌシは、なんて可哀そうな。痛ましや、痛ましや。いまだその一族が、ヌシの身体を掴んで離さぬのだな…」

 

心を痛めている友が、横にいた。

こんな穢れた自分のために、涙を流してくれる、友がいた。

 

「立つのだ、伊黒殿」

 

参座は涙を止めぬまま、立ち上がる。

それにつられて、伊黒は立ち上がった。

 

「ワシが斬る。その一族の亡霊…このワシが斬って見せようぞ」

 

日輪刀を抜く。

 

その気迫たるや否や。

伊黒は動けなかった。

蛇に睨まれた蛙のように、固まった。

 

眼球のみが動かせる。

その眼に、参座を捉えれば。

鬼気迫る表情で、息を吐きだしていた。

嵐でも来ているかのような轟音。

そして参座が息を吸いだせば、あたりは真空になったかのような錯覚に陥る。

 

息ができぬ。

 

怒っているのだ、この男。

大地を、そして大気を震わせ。

わなわなと、腸が煮えくり返る想いで。

 

今、その亡霊を切り伏せんとしているのだ。

 

「のけ、亡霊よ。ワシの友にすがるでない」

 

ぱぁんと、音が一つ。

伊黒は、参座の一挙一動から目を離せなかった。

 

ものすごく、長い時間だったような。

瞬きにも満たぬ時間だったような。

 

そして、参座が刀を鞘へと戻す。

 

かちんと。

その音で、伊黒は身体の自由を取り戻した。

 

「斬った。ヌシの、一族とのつながりは今、ワシが斬った。これよりヌシは、“蛇柱”の、伊黒 小芭内である!…のう、小芭内。ワシに斬れぬものはなかろうて?」

 

言葉にしたかった。

小芭内は、声を出したかった。

 

「参座…」

 

「なんだの?」

 

「…感謝する。…斬ってくれて…感謝…する」

 

「うむ、友よ。お安い御用よのう」

 

そういって参座は、がしがしと小芭内の頭を撫でまわす。

小芭内は、うっとおしく思いながらも、口の包帯をといて茶を飲んだ。

 

参座は、もう少しでカナエが帰ってくるから夕餉でも食っていけと小芭内に言う。

この口を見られる事を良しとしない小芭内は、最初こそ拒否したが、参座がこれでもかと言うほどにねだる。

すると観念したのか、小芭内はこの誘いを承諾。

ほどなくして、カナエが帰ってきた。

 

帰ってきたカナエは、小芭内を見てほんの少し哀しそうな顔をした。

参座が軽く説明すると、笑顔を取り戻して、いつも通り振舞った。

 

小芭内は、この顔が嫌いだ。

でも、この二人の前ならば、晒しても気にならなかった。

 

「なるほど~蜜璃ちゃんへの贈り物ね~。参座くんにしては、まともな意見を出したんじゃない?それに、蜜璃ちゃん食べるのが好きなんでしょう?だったら、食事に誘ってお腹を満たしてから渡すのがいいと思うな」

 

「ああ、参座にしてはな。胡蝶、お前は天才か?」

 

「おおい、二人とも…もっとワシにも優しくしてくれぬかの?」

 

カナエが夕餉の支度をしている間、三人の会話は途絶えなかった。

その姿はだれが見ても、仲のいい友人たちの姿だった。

 

夕餉を堪能した小芭内は、参座に礼をいい「またな」といって去った。

参座はそんな小さな言葉に、胸が暖まった。

 

「…カナエ殿」

 

参座は少し不安そうな口調でカナエを呼んだ。

いつもとは違う口調に不安を覚えたカナエは、洗い物の手を止めて、参座の隣に座った。

 

「どうしたの?参座くん」

 

「今日、しのぶに会うての。その…なんだ。カナエ殿に…あーうむ」

 

参座は口ごもった。

しかし、カナエは何も言わない。

 

「…見合い話が!!…数多に来ておると…聞いたのだが」

 

カナエは新しいおもちゃを見つけた幼子のようににやけた。

参座はこれから言うことで、カナエが言ってほしくないことを口にするのではないかとひやひやしていた。

 

「で…だ。良い殿方がおれば…その…嫁に行ってしまうとしのぶに言われての…。そ、そうなのだろうか?カナエ殿は、ワシに愛想を尽かせてしまうのだろうかの…?」

 

「そうねー。カナエって呼んでくれなきゃ、どこかへいくのもいいかもしれないわね~」

 

茶化すように言った。

いつものように、小馬鹿にした口調で。

 

人が悪いぞ…カナエ殿…。

 

そう帰ってくると思っていた。

 

「か、カナエ!」

 

参座は、声を張った。

 

あっけにとられたカナエ。

参座の顔を見ると、瞼をぎゅうっと瞑り、顔を真っ赤にしている。

明らかに無理している。

 

でも、言い出したのはカナエだ。

カナエのために思い切ったのだろう。

 

その茹で上がった顔を見たカナエは、思わず赤面してしまった。

 

「カナエ…いつか…いつの日か!ワシが皆の刃を本当の意味で使ったとき!この口から言う!…待っていては…くれぬだろうか…」

 

珍しく声を張り上げる参座。

カナエはもう、茶化す気になどなれなかった。

本当に、嫌なんだと感じた。

 

心から、自分が必要とされていることが感じられた。

 

「…いつまでも。いつまでもお待ちいたします」

 

ただただ、カナエは参座を抱きしめる。

でもやっぱり少しだけ茶化したくなった。

 

なので、参座の耳元に口をもってきて、こう囁いてやった。

 

「そうやって誰かのために無理しちゃうところ。好きだよ、参座くん」

 

参座は死んだ。

 

おっと。

間違えた。

死んでねえや。

 

参座は夢見心地だった。

 

その日の警邏では、奇声を発しながら森を駆け回る参座が見れたとか見れなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やべえんだわ。
キャラクターが勝手に動くんだわ。

怖えよカナエ様。

もうヒロインの変更できねえよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。