前回は全く原作キャラが出ませんでしたが、今回は……
怪盗団と出会えるのはいつになるのやら……
桜が咲き、街がピンクに色付く頃。
入学、入社の時期だ。新しい生活に不安や興奮を覚える人もいるだろう。
「ふぁ〜あ」
そんな中でも、やはり水瀬探偵事務所の中は代わり映えしない。
冴えない探偵・水瀬葉折は、今日も殆ど自宅と化してしまった事務所で寝坊する。
いつもの事務所、いつものコーヒー、いつものトースト、いつもの顔無し助手。一つ変なのが紛れこんだ気がするが。
いっそ部屋の模様替えでもすれば、学生時代のワクワクする気持ちを取り戻せるのだろうか。
「そこんとこどう思う?大五郎くん」
『もう少し説明を入れてから話を振れ』
今日もこの顔のない助手は、筆談で
言葉のキャッチボールとはどれだけ素晴らしいものだろうかと実感する。まあ、返ってきたのはモヤットボールなのだが。
「いや、部屋の模様替えでもすれば新生活の気分があじわえるのかなーってさ」
『知らん。やるなら一人でやれ』
『勤務時間外にな』と付け加え、コーヒーを啜り始める助手。なんとも薄情である。
まあ、本気で新生活気分を求めているわけでもないので別に気にはしない。
「とは言ってもさー、探偵としての仕事は求めていかなきゃだよねぇ」
その独り言に、もはや大五郎は筆談すらしない。
その代わりに、「どうするんだ」とでも言いたげな顔を向ける。顔無いけど。
「う〜〜ん。広告を出すにしてもお金がねー。かと言って、今使えるコネがあるわけでもないし」
うーん、と一頻り悩んだ後、すっくと立ち上がり、葉折は宣言した。
「よし、今日はもう寝よう!」
『おう待てやコラ』
「なんだい大五郎くん、所長の僕になにか?」
大五郎は手を額に当て、いかにも「呆れてます」といったポーズをした後、メモを書き始めた。
『・勤務時間中に寝るな 客が来たらどうする
・仕事は探せバカ
・やることがないなら備品の確認くらいしろ
・コーヒー切れてたぞ買ってこい
・探偵なら足で稼ぐくらいしろバカ
・バカ』
まさかの箇条書きである。あとバカって言い過ぎなのでは?ボブは訝しんだ。
とは言え、探偵だから足で稼げ、というのはど正論である。コーヒー豆を買ってくるついでに、何か事件でも起こってないか聞き込みしてくるのもいいだろう。
「確かにそうだよね!ちょっとコーヒー買いがてら聞き込みでもしてくるよ!」
「じゃあ大五郎くん、留守番お願いね!」と言って意気揚々と玄関に向かって行った葉折は、ドアの手前で急に止まり、何かを思い出したかのように大五郎の方に向き直った。
「あのさ、大五郎くん…
やっぱりバカって言い過ぎなのでは…?」
事務所から叩き出された。
葉折の行きつけの店は、蒼山駅から渋谷で乗り換えた先の四軒茶屋にある。
それまでは電車の中だが、葉折は電車の中で無駄な時間を過ごすつもりも無かった。葉折の目的はつまるところ、電車の中で聞くことのできる「うわさ話」である。
「うわさ話」というだけなら、SNSの方が集めやすいのではないか、と思われる人も多いだろう。
しかし、だ。探偵業というのは、「事件を見つけたから解決した!報酬ちょーだい!」というわけにもいかないのだ。
正式に依頼主から依頼され、その成功によって報酬を得る。依頼主と直接交渉しなければ、報酬を得ることなんてできない。
そういう時に、SNS上で困っている人を見つけて「私が解決しましょうか?」と言うのと、
実際に困っている人を見つけて「私はこう言う者なんですが、その件を私に任せていただけないでしょうか?」と顔を合わせて交渉するのとでは、まるで信用度が違う。
さらに、顔を合わせるから、こちらが報酬を取りっぱぐれるリスクもSNS上よりは少なくて済むのだ。
そのあたりの金銭問題の怖さは、この2年の探偵業で身に染みてわかっている。
それに、SNSというのは自分の「見たい情報」が優先して目に入ってくるものである。これを俗に「フィルターバブル」というのだが、このフィルターバブルのせいで、見たくない情報は手に入りにくいというのが実状だ。
とまあ、長くなったが、足で稼ぐことにも大きな意味があることはわかってもらえたと思う。
そう、決してペーパードライバーなせいで車が運転できず、仕方なく電車で移動しているわけではない。無いったら無いのだ。
閑話休題。
そういうわけで、葉折は電車の中でうわさ話に耳を傾けていたのだが、耳に入る情報は同じようなものばかりだった。
「探偵王子、ほんとかっこいいよねー!」
「明智に全部任しとけばいいでしょ。他の探偵って要る?」
「また精神暴走事件?これで何件目よー」
「電車の運転手だって。この電車大丈夫かなぁ?」
「そろそろだよね、斑目画伯の展覧会!」
「あとひと月くらいだっけ?由美子、楽しみにしてたもんね」
…なるほど。
明智に、精神暴走事件。そして…斑目?
確か有名な画家だったか。その展覧会が近日開かれる、と。
電車の運転手の精神暴走事件、これは一番新しいやつだな。これも案の定、明智が解決している。
事件発生は一昨日、明智が解決したと報道されたのが昨日の夕方だ。
相変わらず恐ろしい速さでの解決。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
…いや絶対おかしいって。
正直、明智と精神暴走事件の黒幕(居るのか知らないけど)が繋がってるとしか思えない速さだ。
寧ろ同一人物なのでは?
いや、それは流石に考えすぎか。
とかなんとか考察するが、実のところ、探偵業という意味では明智と葉折はほぼ「同期」だ。葉折の方が2つも年上なのに。そういった部分の
2年前、最初に起こった精神暴走事件。それが当時高校1年生だった明智にとっての最初の事件だった。
奴は理路整然と華麗にその難事件を解決し、一躍時の人となったのだ。
葉折が探偵として事務所を構えたのが、大体その2週間前。地道にペットの捜索や浮気調査を積み重ねていこうと思った矢先に起こった明智の鮮烈なデビューのおかげで、探偵としての仕事は減る一方だ。といっても、今こうして探偵を続けていられる程度には依頼もこなしたのだが。
「そういえば、大五郎くんと会ったのも大体2年前だっけな……」
少しばかり昔のことに思いを馳せていると、電車のアナウンスが、目的の場所に着いたことを教えていた。
慌てて立ち上がって降りると、葉折は慣れた様子で四軒茶屋を歩いて行った。
その喫茶店は、四軒茶屋の住宅地の中にひっそりと立っている。
赤い看板が目印の、「喫茶ルブラン」。それがこの店の名前だった。
葉折がドアを開けようとドアノブを握ると、葉折がドアを引くよりも先にドアが開く。
「おっと、失礼」
「……」
店内から出てきた秀尽学園の制服を着た少年は、葉折に無言で会釈すると、少し急いだ様子で駅の方へ歩いて行った。
葉折は気を取り直して、ルブランの中に入る。
「マスター、こんちはー」
声をかけると、ルブランのマスター、佐倉惣次郎がこちらにいつも通りの無愛想な顔を向けて返事をした。
「…あぁ、お前さんか。らっしゃい」
惣次郎と葉折は、知らない仲ではない。コーヒーを買いに来る客というだけでなく、惣次郎からの依頼を葉折が請け負うこともあった。
「いつもの豆と、あとコーヒーを1杯お願いします」
「あいよ」
マスターがコーヒーを淹れてくれている間に、葉折は世間話を始める。
「ところで。さっき店から出てった彼、どなた?バイトさん?」
葉折がそう聞くと、惣次郎はピクリと反応して葉折の方を向いた。
露骨に嫌そうな顔をしている。
「あ、聞いちゃダメでした?」
「いや、そういうわけでもねぇが……」
別に、話して困るようなことでもないらしい。だが惣次郎の様子からするに、「何といえばいいのか、どこまで話していいのか」を迷っているようだった。
葉折は少し周りを見渡して、他にお客さんがいないことを確かめると、話を続けた。
「朝っぱらからバイトってわけでもないでしょうし…居候とか?」
「あー…あいつはその…何つったらいいんだろうなぁ」
居候、という言葉に惣次郎の目は少し泳ぐ。
「なるほど居候ですか。佐倉さん、そんな顔して優しいんですもんねー」
「そんな顔してってなんだよ…」
そう言いながらも、「お待ちどう」といってコーヒーを出す惣次郎は、少し照れているような様子だった。
葉折はコーヒーを一口飲んで香りを楽しんだ後、もう少しこの話を広げてみることにした。
「なら、彼は佐倉さんのお宅で寝泊まりしてるんで?」
「いやいや、双葉がいるんだぞ!?そんなことできるわけ 」
「え?じゃあどこで……まさか、あの屋根裏?」
「あっ…あー、その、だな……」
またも惣次郎は動揺する。
「あの屋根裏」というのは、この喫茶ルブランの屋根裏部屋のことである。
葉折は一度見せてもらったことがあるが、埃を被りまくっていて酷い有様だった。物は散乱してるし、本はぐちゃぐちゃどころか本棚ごと倒れてるし、何故か置かれてる観葉植物は萎れてるし。
あそこに住んだら、ハウスダストやらなんやらで喉を痛めること間違いなしだろう。
「いや、流石に掃除したんです…よね?」
「ちゃ、ちゃんと掃除したぞ……アイツが」
「アイツが」
それを聞いて、葉折は少しばかり呆れた表情を見せる。
「いやぁ、マスター。その様子だと、誰かに頼まれて預かってるんでしょう?何も手をつけてないあそこに放り込むのはちょっと……」
「仕方ねぇだろ!?
「おっと?そういうことですか…」
葉折がそう呟くと、惣次郎は「しまった」とばかりに口を噤む。
「いやすいません、ここまで立ち入った話を聞くつもりはなかったんですが。
安心してください。誰にも口外しませんし、これ以上突っ込む気もありませんよ」
葉折は残っていたコーヒーを飲み干してお金を置き、「コーヒー、ご馳走様でした」と言って席を立つ。
惣次郎はコーヒー豆を袋に詰め、葉折に無愛想に渡してきた。
「…ほら、さっさと持って帰れ」
「いや、ほんとすいません。もう帰りますよ。
あ、でも最後にひとつだけ。
居候の彼、そんなに悪い人には見えませんでしたよ?」
「じゃあこれで」と店を出る葉折を見送ったあと、惣次郎はカウンターでコーヒーを一口飲んだ。
「……わかってんだよ、そんなこと」
だから困ってんだろうが、という、誰に言うでもない言葉は、閑古鳥の鳴く喫茶店の中で消えた。
(
帰りの電車の中で、葉折は先ほどのルブランの「居候」、仮称「レンくん」について考えていた。
惣次郎は言葉を濁していたが、
惣次郎は強面だが、かなり優しいおじさんであるというのは、今までの交流から葉折の知るところである。頼まれたらぐちぐちと文句を言いながらも断り切ることができず、なんやかんやで引き受けてしまうのだ。
その上、惣次郎は元お役所仕事のエリートだ。確か法務省の出身だったはず。今は喫茶店のマスターだが、法務省出身なら保護観察官の経験があってもおかしくないし、なんらかの事情で「レンくん」の保護観察を任されてしまった、という可能性は大いにある。
何か……例えば暴行事件をやらかした「レンくん」のツテには他に誰も引き取り手がおらず、巡り巡ってお人好しの惣次郎が引き取ることになってしまった。ついでに、流石に前歴がある「レンくん」を双葉ちゃんと一緒に住まわせるのは気が引けたから、屋根裏に押し込んだと。
まあ、ことの顛末はこんなものなのではないだろうか。
惣次郎としては、厄介な悪ネコを引き取ってしまった、と言った感じか。
「そういえば、うちにも一匹いるねぇ。厄介な『ネコ』が」
渋谷駅で降りた葉折は、その『ネコ』を拾った時のことを思い出していた。
渋谷駅近くの路地裏。
そこは、葉折が「
「そう言えば、あの時もコーヒー豆を買った帰りだったっけか」
彼を見つけたのは偶々だった。
2年前のある日、四軒茶屋でコーヒー豆を買った帰り道に、ボロボロになった彼をこの路地裏で見つけたのだ。
最初に見た時は本当にびっくりした。なんせ、彼は
目、口、鼻。そのどれもが顔に存在するということはわかるのに、何故かその顔立ちは認識できない真っ黒。間違いなく異常だった。
すぐに救急車を呼ぼうとしたが、彼自身に止められた。「やめてくれ」と、血で書かれた筆談で。
それで当時の自分は何を思ったのか、彼を自分の事務所まで連れ帰り、手当てしたのである。
事務所を開いてまだ数日しか経ってなかった頃のことだった。
最初は、一応保護しただけで、元気になったら勝手に出ていくだろうと思っていた。路地裏に倒れていたのも何らかの事情があったのだろうし、それに深く突っ込むつもりは無かった。
なので、食事や寝床は提供すれど、基本的に話すことはほとんどなかった。
しかし、暫く経っても彼は事務所から動こうとはしなかった。それどころか、『行く場所がない』『ここで働かせてほしい』と言い出したのだ。彼が話すことができず、筆談しかできないことを知ったのも、この時が最初だった。
「まあ、行く場所が見つかるまではいいか」と軽い気持ちで彼を採用してみれば、彼の能力は驚くほど高かった。
計算、法律、心理学など、彼は探偵として必要な能力は全て持っていたのだ。
それに、「独りでいなくていい」ということは、葉折の精神を大いに助けていた。何か言葉を発すれば、筆談とは言え返事が返ってくる。それは、長く独りで暮らしていた葉折にとっては心のオアシスにも等しかった。
仕事・プライベートの両面で、葉折は彼に助けられたと言っても良い。
そんなこんなして暫く後、葉折はようやくそのことに思い至った。
「彼の名前って何?」と。
何故今まで気にしなかったのか不思議だが、ことここに至って葉折はやっとそれを気にし始めたのだ。
それで、彼にそのまま聞いてみると、彼は事務所にあった江戸川乱歩の小説を片手間に読みながら、こう答えたのだ。
『小林大五郎』と。
・佐倉惣次郎
惣次郎が変換で出てきにくい喫茶店のマスター。元ネタの「そうごろう」だと出てきやすいよ。
ただのお人好しのおじさん。実は元エリート。ハァイジョージィ
・双葉
可愛い。死ぬほどかわいい。
葉折とは実は知り合い。
・「レンくん」
パーマメガネの一見目立たない高校生。あんまり喋らない。というか、喋らなくても自分の言いたいことが相手に伝わる能力持ちだと思う。
2話を無事に投稿できたので失踪します。