シャンフロ短編置場   作:えりんぎ.

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軽率に結婚していただきました。
最後の方駆け足でぐだってるのですが、まあこの2人ならありえなくはないかな……と広い心でお願いします。


変わる日

.

 

 

 

 戸惑い、緊張、そして期待。他にもいろいろ、名前の付けられない感情が渦巻いて、そのすべてを伝えてくる眼差し。いつだって彼女の瞳は、口よりも雄弁に俺に語りかけてくる。

 

 

「玲さん。改めて、これからよろしく」

 

「……」

 

「玲さん?」

 

「……は、はひゃあっい! こっこここっこそ……!」

 

「なに? 鶏?」

 

「こちゅらこそ!! よろしくお願いします!!」

 

 

 顔を真っ赤にして、なにやらごにょごにょ反論しようとして結局口篭る玲さんに少し笑ってしまう。この数年の間に見慣れた反応ではあるのだが、何度見ても可愛らしい。いつまでたってもこの噛み癖は治らないんだな、なんて考えながら、扉をあける。随分前から2人で住んでいる部屋なのだから、なにか変わったものがあるわけではないし、そもそも、朝に出かけて、今戻ってきたばかりなのだ。何かが変わるはずがない。けれど。これからは、俺たちの関係性と、その名前が大きく変わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校を卒業して、大学に進学、卒業、そして就職。順当に歩んできた俺たちは、就職後、ある程度生活が安定してから、同棲を始めた。手を繋ぐ、というそれだけの事にもかなりの時間をかけたし、繋いだら繋いだで玲さんが何度も意識を飛ばしかけたのだから、一緒に住むのはもっと先になるかと思っていたのだが……俺も玲さんも、仙さんのゴリ押しには勝てないのである。まあやはりというか、最初の頃はてんやわんやでほぼほぼ騒いでいた記憶しかない。それも徐々に収まって、揃ってひとつのことをしたり、お互いの感情を共有したり、ただの日常をゆるやかに過ごす日々。たまに外道どもが突撃してきたり、いつの間に仲良くなったのか、妹が我が物顔で玲さんの部屋に遊びに来たりするが、俺は満足していたし、きっと玲さんもそうだろうと思う。

 

 そんな生活を変えようと思ったのは、いつだったか。

 

 俺も玲さんも、それなりの歳になって、同級生の結婚式に参列する機会もできてきた。同い年の奴らが結婚することで、結婚とか、将来とかを考えることも増えて、そしてそれは相手もそうなんだろうな、と感じていた。だからといって、お互いに行動に移すとか、話し合うとか、そんなことはしていなかったのだ。少し気恥しいところもあったし、なんとなく、まだ早いかなと思っていた。

 

 

 きっかけは、そう。染まった肌、触れ合うほどに近い吐息、俺を呼ぶ唇、存在を確かめあうたびに感じる熱。そのすべてが俺のものなのだ、と漠然と思ったとき。恋人としての独占欲以上に、このひとのすべてを、俺のものにしたいと思ったとき。それから、他の誰でもなく、俺が、幸せにしたいと思ったとき。きっと、思い返せばいくらでも出てくる。

 でも本当は、理由なんてなんでもいい。結局は、俺が、このひとと生きていきたいと思ったのだ。このひとのためならば、なんだってできるとも。

 

 

 だから、

 

 

「玲さん、俺と、結婚しない?」

 

 

 お洒落なレストランとか、夜景が綺麗なスポットとか。そんな気取った場所ではなく、部屋のダイニングテーブルで。指輪も何も用意していない、プロポーズにもならない、ただの雑談を装って。食事をとりながら、日常会話のように、なんでもないようにして伝える。

 

 

「どうかな、玲さん」

 

 

 何を言われたのか理解できなかったのか、漫画みたいに固まった玲さんは、見たこともないほどに目を丸くして、徐々に顔を赤く染めていく。典型的な、ぽかんとした表情に少し笑ってしまった。

 

 

「……え? な、なん………? けぅ、け、けけっこん?」

 

「うん、そう。俺と一緒に生きてよ、玲さん」

 

 

 玲さんが手にしていた箸が滑り落ちて、そこそこ大きな音を立てた。それでもなお固まっていることに苦笑する。タイミング間違えたか、せめて食後に言えばよかったな。とりあえず箸を拾って洗い、ついでにお茶を注いで持っていく。

 

 

「玲さん、お茶飲む?」

 

「……あっ、えっと、はい。ありがとう、ござい、ます。あっあの、お箸も! ありがとうございます! ごめんなさい!」

 

「いやいいよ、むしろ大丈夫?」

 

「だっ………だいじょぶです……。えっと、あの、それで………」

 

 

 全然大丈夫に見えないのだが……。でもまあいつものことだしな、と失礼なことを考える。それにしても、玲さんが話の続きを聞こうとしてくれているのは僥倖だ。想定していた最悪なパターンは、笑って誤魔化されることだったから。いや、万が一にも、玲さんがそんなことをするはずないとは思っているんだがな?人間は誰しも、なにかをするたびに最悪を考える生き物なのだ。なんでもないように、なるべく平静を装ってはいたけれど、内心は心臓が跳ね回るほどに緊張していたもので。

 

 

「んー……明確な理由を述べろって言われると、ちょっと困っちゃうんだけどさ」

 

「………」

 

「俺、玲さんと一緒に生きていきたいし、俺の隣には、玲さんにいて欲しいと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、今に至る。

 

 あの外道共には散々からかわれて、凸凹コンビにはやっとかとため息をつかれ、京極にはむしろなんで今までしてなかったんだとデカデカと顔に書かれ、秋津茜には祝福され…………素直に祝ってくれたの秋津茜しかいないな?? その他もなんだかんだで祝ってはくれたのだが。岩巻さんはどこからか取り出したルイロデレールを開けて一人で飲み始め、俺と玲さんに何故か説教をしながら祝ってくれた。キレられながら祝福されるという、稀有な体験だったな。なお、玲さんの実家に挨拶に行ったときには、仙さんにようやくですか、と重々しく頷かれた。俺の家族は報告したら狂喜乱舞しただけなので割愛。

 

 

「あ、あの……楽郎、君」

 

「ん、どうしたの、玲さん……いや、まず部屋入ろう、ずっと部屋の前にいるのも変だし」

 

「そっ、そ、そうですね! あああああの、私、お茶! 淹れますね!」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 慌ただしく靴を脱いで部屋に入っていくのを見て、なんだか同棲初日も同じようなことあったな、と思う。あのときは凄かった、今でも思い出せる玲さんらしくない失敗の数々……具体的には、お茶っ葉いれるの忘れてそのままお湯いれるとか、次はお茶っ葉入れたと思ったらお湯を入れるのを忘れてたとかな。ほかにもいろいろとやらかしていたが、思い出すのもこれくらいにしておいて、さっさと部屋に入ることにする。なんせ、あのときほど酷くはないが、なにやらドンガラと音がするからな……ほらやっぱり、鍋落としてる。

 

 

「玲さん」

 

「……」

 

「……」

 

「……お茶もまともに淹れられず……面目次第もございません……!」

 

 

 なんかデジャヴを感じるなあ……。

 

 

「いいよ、大丈夫。たしか羊羹あったはずだから、一緒に食べよう」

 

「ぅ……はい……ありがとうございます……」

 

 

 たしかこの辺に……、あった。以前、妹が何かのツテでたくさんもらったから、と押し付けてきた栗羊羹。賞味期限も問題ないな。4っつ切り取って2切ずつ小皿に乗せ、和菓子だからと黒文字を添える。まさか、黒文字を常備するような家になるとは思わなかったなあ。

 

 

「らく、楽郎君、」

 

「あ、終わった? ありがとう、運ぶよ」

 

「は、はい……ありがとう、ござい、ます」

 

 

 赤と青の揃いの湯飲み茶碗、セットの茶托。敷いてあるテーブルランナー、活けられた花、飾っているランプ。どれも玲さんが選んで買ってきたものだ。俺と玲さんで選んだものなんて、それこそ家具家電、カーテンにラグあたりがせいぜいだ。この家に少しずつ、小物を増やしたりして色を付けて飾ってくれたのは、玲さんなんだなと改めて考える。別に好きでも嫌いでもなかった雑貨類に、なんとなく愛着を持ち始めたのも最近だ。

 

 

「ど、どうかしましたか……?」

 

「ああいや、なんでもないよ……そういえば、仙さんから手紙が来てるんだっけ」

 

「あっ、はい。婚姻届けを出したら、一緒に、すぐに読むようにと」

 

 

 持ってきますね、と言って自室に向かった玲さんを視線だけで追いかける。お茶がうまい。それにしても手紙なあ……なんか嫌な予感がするんだよな。一緒に読むように、と念を押すあたりにとても嫌な予感がする。

 ほどなくして戻ってきた玲さんの手には、茶色の飾りっけのない封筒がある。宛名を見せてもらったが、デカデカと「斎賀仙」と書いてあるだけだ。

 

 

「お待たせしました……あの、大丈夫ですか?」

 

「え? ああ、うん……大丈夫。ちょっと嫌な予感がしただけだから」

 

 

 じゃあ開けますね、といって玲さんが取り出したのは、半分に折られた1枚の便箋。2、3枚はあると思っていたからちょっと拍子抜けだが、重要なのは枚数ではなく中身だ。どうなんだ……?

 

 

「……」

 

「玲さん?」

 

「………………」

 

「玲さーん」

 

 

 文字を追う玲さんの目がだんだんと潤み、顔が真っ赤になって固まっている。これダメな奴なのでは?

 

 

「……玲さん?」

 

「……アッ、ハイ、アノ、コレ、ステマスネ」

 

「いやいやいや待って」

 

「ダイジョウブデス」

 

 

 えらい片言で言い切られたが、機械でももっと流暢に話すぞ。そしてこれは仙さん、やっぱりなにか書いたな……玲さんがキャパオーバーになるレベルのことを……。

 なんとかなだめて手紙を受け取る。玲さんは両手で顔を隠してうつむいてしまった……えーと、なになに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論として、この手紙はしばらくの間封印することにした。

 いや子どもとか孫とかまだ早いんだわ!

  


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