田中と鈴木と佐藤 作:ベーカリーのべるん
「……ただいま」
玄関に寂しく、僕の声が響く。
激動の学校生活一日目を終えた僕は、やっとの思いで我が家に帰還することができた。
疲れで重たくなった体に鞭を打ち、自分の部屋がある二階へと足を進める。
部屋に入り、制服の上着を脱いで、皺がつかないようにハンガーへ掛けた。
まだ着慣れない制服から解放された僕は、なだれ込むようにベッドへと身を投げた。
「……知ってる天井だ」
天井の丸い照明をぼんやりと眺めながら、今日自分の身に降りかかった災難を一つずつ思い出す。
幼なじみの代表挨拶、小島くん、ヤの付きそうな担任の先生、強制連行によってかけられた大勢の目、小島くん……。
なんじゃコレェ……?
初日から僕、ハプニング特集すぎるでしょ……色々あったってレベルじゃねぇぞ……!
件の昼休み、小島くんに二度目の尋問を受けた僕は、その場しのぎの嘘をつきながらも、なんとか彼を説得することができた。
まだ少し彼の目には疑いの色が浮かんでいたが、ヒメとヒナ二人のファンである彼に二人のどんなところが良いのかを質問すると、嬉々としてその素晴らしさについて語りはじめたので、お茶を濁すことに成功した。
また、同じヒメヒナ好きである僕は、彼のプレゼンにそれはそれは首を大きく振って肯定した。ヘッドバンキングばりに。
窮地を乗り越えて、そのまま安堵とともに話を聞いていると、彼のプレゼンが昼休み終了のチャイムによって終わりを告げた。
「もうこんな時間か。いやー、二人の良さを語るのには全然足りなかったぜ」
心なしか物足りなさ気である。
確かに二人の良さを語りつくすのはとても容易なことではない。彼の態度に共感できた。
お昼ご飯の片づけをしていると、彼はおもむろに携帯を取り出した。
「こんなに語り合えたのは久しぶりだぜ。ヒオとは良い酒が飲めそうだ。これ、俺のLIMEな」
人生で初めて、同い年の男の子から連絡先の交換を申し込まれた。
同じヒメヒナ好きを見つけられたことに加え、初めての同性の友達を作ることができた僕。
生涯において友達のトータルスコアが2だった僕には歴史的快挙である。
彼とはぜひ良好な関係を結んでいきたい。
けれども、小島くんには悪いがヒメとヒナ、二人との関係を明かすわけにはいかないのだ。
もし彼や他の生徒に秘密がバレてしまえば、すぐに噂は広がっていき、瞬く間にに僕の存在が明るみに出てしまうだろう。
また、彼の言う二人の親衛隊に知られでもすれば、数日後僕の亡骸が太平洋に沈んでいそうである。
陰キャな僕が平穏な学校生活を送るためにも、そうなることは避けなければいけない。
ヒメとヒナと僕、三人の関係は、なんとしてでも隠し通していきたい。
━━それにしても、今日は本当に疲れたなぁ。
災難は多々あったが、二人と同じクラスになることができ、新しい友達を作ることができたことを考えると、案外悪くない一日だったのかもしれない。
物思いに耽ってると、いつの間にか部屋が暗くなりつつあることに気づいた。
精神的な影響で少しだけ痛む胃を抱えながら、泥のように重くなった気怠い体を起こす。
今日はあっさりしたものにしようかな。
夕ご飯の献立を決めながら、僕は暗がりのかかる部屋を後にした。
・・・
一人ぼっちの部屋に、弦の震える音が木霊する。
夕食、入浴などのルーチンワークを終えた僕は、自室でゆっくりとくつろぎながら、アコースティックギターに触れていた。
一通りチューニングを終えて、抑え慣れた弦に指をかける。
よし、今日はこの前ヒナが見てたアニソンにしようかな。
動画サイトで誰かが耳コピしてアップしてくれたコードを思い出しながら、少しづつ指を運ぶ。
ちゃんと覚えられているようだ。
弦の音、コードを一つ一つ重ねて、曲になるよう紡いでいく。
閑静な住宅街、とある一軒家、二階。
僕のワンマンライブが始まった。
・・・
ギターを始めたのは、物心つくかつかないかほど前のことである。
歌うことが大好きなヒメとヒナに感化されて、自分も音楽を始めてみたいと思ったのが最初のきっかけだったはずだ。
昔から人見知りで声を出すことが苦手だった僕にとって、もしかしたらギターは一つの自己表現なのかもしれない。
親にギターをねだって買ってもらい、二人に披露するために僕は陰でたくさん練習をした。
指が思うように動かなかったり、皮がめくれてしまったり、初めてのギターはとても難しく、大変だった。
そうして、今思えば拙くボロボロの曲をなんとか仕上げ、二人に聴いてもらうことができた。
ずっと隠しておいたギターを見せたとき、二人が目を丸くして驚いていたのを覚えている。
二人を前にして弾くギターは、まるでステージに立っているかのように緊張した。
深呼吸をして、僕はどうしようもなく震える指を動かし、演奏を始めた。
演奏中、僕は周りを見る余裕なんてなかった。
たくさん練習した苦手なフレーズ、指を運ぶ順番、練習の様々な思い出が頭を駆け巡った。
自分がミスをしたかどうかなんて分からないほどに、精一杯弾いた。
演奏を終えると、不思議と二人とも静かであった。
失敗だっただろうか……?
不安で胸が一杯になり、顔を伏せてしまった。
しかし返ってきたのは、二人の精一杯の拍手と、喜びの声。そして温かいアンコールだった。
自分を出すのが苦手で、怖くて、二人のようにすごくない僕が、
「ここに居てよ」
そんな風に言われた気がして、嬉しさのあまり涙をこぼしてしまった。
それ以来、僕はギターを弾き続けている。
二人の笑顔を見るために、僕がここにいるために。
・・・
高校生になった僕たちは、ずっとやりたかったことがある。
三人の力を合わせて、動画を投稿すること。
ヒメもヒナも、僕のギターと同じように歌とダンスの練習を重ねている。
二人とも素人目に分かるくらい、歌って踊ることが上手になっている。
自分のやりたいことに向かって、彼女たちは流星のように真っすぐに突き進んでいる。
僕なんかはすぐに、振り落とされてしまいそうなほどに。
いつからか、同じような夢を見る。
ヒメとヒナ、二人が大きなステージに立って色んな光を浴びている、そんな夢。
ステージで輝く二人の笑顔は、どんなライトよりも眩しい。
絶対に、二人にこの景色をみせてあげたい。
「……もっと、頑張らないと……」
僕は今日もギターを弾く。