メルティクラウン─王冠を戴く少女─ 作:メルティーキッス
セーアエットの離宮──王家の保養地として長年愛されてきた離宮は今は女王の朝廷として機能しています。
離宮は代々セーアエット家が王家の庭番として管理してきました。
侯屋敷を正面玄関に、深い堀を境に回廊橋を抜け、門をくぐればそこに緑に包まれた離宮があるのです。
ここが今のメルロマルクの政治の中心となっています。
『女王がいる所が王宮であり、すなわち王朝である』──この国に古くからある言葉です。
女王が国にある限り、王が二人いようとも中心となるのは女王である、という考え方がメルロマルクにあります。
半年前に離宮を改築し、侯屋敷から引っ越しして一月余り。今日はどこにも出かけず公務をするため自室に引きこもりです。
お母様のブレーンとしてミルドリオン先生も動かしているので離宮に籠りきりになる日なのだ。無論町にも行けません。
不愛想な顔のグラフマルドが部屋の外で睨みを利かしているので公務の間は誰も入ってこない。
メルティはペンをせっせと動かす。その胸元に下げるのは冒険者のペンダントだ。
青い空が見える窓から外を眺める。向こうには木々に囲まれた侯屋敷だ。
今の時間、エクレールは兵たちと調練に励んでいる頃だろう。軍服と鎧に身を包めば、彼女は軍人の立場となって指揮を執ることもある。
軍服姿のエクレールは惚れ惚れするような麗人となるので町人からの人気も高い。
「殿下、お持ちしましたよ」
「ええ、そこに置いて」
新たに届けられた手紙など配達物がどさりと机の上に置かれる。が、いつもこなしている一/五程度の量だ。
午後最後の便だろう。ぱっと見重要なものはない。
「今日はこれだけですか?」
公の書簡に収める書類にサインをして自分の証である小王冠の蝋封印を刻む。
「ええ」
「ありがとう、ヴァン」
「どういたしまして、メルティ様」
恭しく礼をして返事を返すのはヴァン・ライヒノット。女王派の貴族の一人だ。
「あなたがこんなことをしなくてもいいのに。暇なんですか?」
メルティはひと段落付けてヴァンに顔を向ける。
眼鏡姿の優男。いつも笑顔を絶やさず、身なりも貴族の若様らしい雰囲気が漂っている。
郵便係をやるような立場ではないが、彼なりの羽目の外し方のようだ。
「いえ、うちの菜園を経営するおばから新茶葉を頂きましてね。町の焼き菓子でお茶をどうでしょうか? とお誘いに来たのです」
「まあ、それは妙案ね。私もお茶をしたいと思っていたのよ」
「メルティ様、それ」
「はい?」
ヴァンの視線に胸元を確認する。
冒険者認証を示すカードからペンダントに仕様が変更されているが機能はカード時代と変わらない。
冒険者の地位が向上しつつある昨今、見た目も重要なファクターなのか、ペンダントを見れば一目で冒険者と分かる。
耐久性も薄い金属のカードより優れているという点も大きいかもしれないですね。
まだ交換していない人もギルドの受付に行けばすぐに交換の手続きをすることができます。
メルティが持つのは『銀等級』の証だ。
「見たわね」
「目立つようにかけているからです」
メルティの咎める視線をヴァンがかわす。
「まあ、うっかり部屋着でいた私が悪いんです……」
見つかってしまったか、とペンダントをしまい込む。朝から溜まっていた仕事に集中していたせいだ。
「新しい冒険者のペンダントですね。銀は何番目でしょう?」
「最上は白金。私のは銀で上から三番目です」
「エクレール様は金等級と聞いています。メルティ様。いえ、剣の乙女の相棒であるあなたが銀なのはなぜでしょう?」
不思議ですね、とヴァンが追及の視線を向ける。
「等級は銀以上は国からの依頼を直接受けることが多いから身元不確かな人には依頼できないのです。冒険者メルルという方はよくわからないことが多いようなのですね。それにあまり目立ちたくないみたいです。ですから在野では限界の銀ということになっています」
「それはそれは……メルルという魔法使いは謎が多いのですね」
「金等級の冒険者から指名があれば、銀等級でも国からの仕事に参加できるので、等級とかは彼女は気にしていないようですよ」
「欲がないのですね」
「お金よりも欲しいのは睡眠時間でしょうか……」
ふわわ……と込み上げそうになる欠伸をかみ殺してヴァンを恨みがましく見る。
「それは普段の行いのせいでは?」
と、ヴァンが返す。
冒険者エクレアとメルルの正体はセーアエット王宮では公然の秘密となっている。
お母様にも隠し通せるものでもなかったので、「公私はきちんとわきまえなさい」と釘を刺されながらも冒険者業を続ける許可を貰っています。
新等級は十段階からなり、「白磁」、「黒曜」、「鋼鉄」、「青玉」、「翠玉」、「紅玉」、「銅」、「銀」、「金」、「白金」となっています。
駆けだしは白磁からはじまり、経験を積んでレベルを上げ、ギルドや国に貢献すると等級を上げる資格を得ます。
この等級はギルドが冒険者に割り振ることができる仕事の内容にも反映されるので、昇級資格を得ることは冒険者にとって大きな意味を持つようになりました。
新等級制度は全国にある冒険者ギルド共通のものなので、冒険者がどの国に行ってもこの十段階制で区分けされます。
「お菓子の気配がするクポ~」
バタバタと隣の部屋からモーグリがやってくる。昼寝タイムから起きたようだ。
「現金よねえ」
「大丈夫、モーグリの分も持ってきてありますから。ご一緒にどうぞ?」
「それでは遠慮なくいただくクポ!」
「たまには遠慮なさい。デブモーグリになるわよ」
プニプニと良く伸びるほっぺを引っ張ってやる。
決まったからには早速お茶にしましょう、とお仕事モードを放棄して立ち上がる。
向かうのは離宮の庭だ。いい天気だし、開放感のある庭のテラスでお茶を飲めば気分もリフレッシュできる。
侍衛として立つグラフマルドもついてくるが、彼は職務を全うして席にはつかない。
「今日は街に出ましたか?」
メルティの問いかけも日課だ。ヴァン・ライヒノットは王家の伝達役としてあちこちを出歩いている。
さまざまな情報を仕入れてくる。メルティも知らないことを教えてくれるので話し相手としても申し分ない。
「来週のフォーブレイの使節団一行のメンバーですが──」
最近の関心ごとといえばフォーブレイの使節団を迎えることだ。
近年のメルロマルクの急速な発展は諸外国の熱い注目を受けるものとなっている。
特にゲートを民間のギルドに運営させるという大胆ともいえる政策と、軍事目的使用の禁止を徹底して法に定めたこともだ。
世界会議に上げる議題では、「ゲート法」と称して各国首脳を前に世界法に則った約束を行い、これを受理する国家すべてがその技術を共有するという法案を通すことが最終目的だ。
メルティも外交トップの一員として公使を務めた。ロイヤルクラウンを戴く存在として各国の主要人物と交流を持った。
多くの人々と出会い、メルロマルクの立場を示してきた。
そして今回のフォーブレイ使節団の訪問は外交に「王手」を決める一手となるだろう。
フォーブレイもまた近年の発展は目覚ましく、最先端の技術と大国という立場から周辺国の覇者として君臨している。
そのフォーブレイが法案を支持すれば、中立の立場にある国はこぞって賛成に票を投じることだろう。
シルトヴェルトにもフォーブレイを通じて働きかけがしやすくなる。
大使とは領事館を通じて対話を詰めていたが、フォーブレイの立場を公に表明する場をメルロマルクで開催することで外交力を周辺国に知らしめる目的があった。
若い娘は取り留めもない話題を好むものだが、メルティ王女の言葉は並ではない。大人でさえも舌を巻く高度な政治の話をまだ一〇になるかという少女が話題に上げるのだ。
今はヴァン・ライヒノットだけがこの小さな王女の真価を理解しているのだった。
◆
ヴァンとのお茶の時間は有意義に過ごせました。
使節団一行の代表は前にも会ったことがある大使で、今では大の親メルロマルク派の方です。
彼は元よりこちらの取り組みには大いに興味を示していて、国元への印象も悪くありません。
大使のお孫さんと仲良くなったことがきっかけで大使と接近し、フォーブレイ側にこちらの意思を十分伝えることができたのです。
これには影の情報網が大きく役立ちました。裏から攻めて主役を落とす。奥方があれば奥から行くのです。
ミルドリオン先生の見様見真似ではありますが、結果良ければすべては良し、の精神です。
花壇側に腰掛けて花にまとわりつく虫を眺める。
「うん。うん……ごめんねぇ。来週は行けそうにないんだ。ハロウィンのお祭りには行けるよ」
現在、ルロロナ村のラフタリアと通信中です。
サディナさんのリンクパールを通じてラフちゃんとはよく話をする。キール君やリファナちゃんとも通話しています。
仲良し三人組は冒険者パーティを結成してリンクシェルを持つのが目標です。
私から上げても良かったのですが、世間では高価なものであるし、サディナさんに相談したら、まだ少し早いと言われました。
でも、次のハロウィンのプレゼントで用意してはあります。そろそろ子どもだけの秘密があってもいい頃合いだと思うし。甘いかなぁ?
サディナのパールの通信を終えて午後の庭の一時を静かに過ごす。ここにいると世界を忘れていられるのだ。
◆
そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がるがメルティは違和感を覚える。周囲の景色が酷く曖昧になって景色が溶けあった絵の具のように交じり合う。
何……?
グラフマルドを探すが前後の感覚が突如失せていた。周囲は眩い光に包まれていて奥行きを把握できなかった。
『メルティ=メルロマルク。私の声が聞こえているか?』
「誰……?」
響いた声は知っている声ではなかった。どこから話しかけているのかもよくわからない。
これは何かのトラップ?
下手に動くのはマズいと武器を取り出そうとするが機能が働かなかった。ステータスさえ発動しない。
「何者ですか? どこにいるのです」
『私は汝の目の前にいる』
目を凝らしても眩いばかりで眩暈がしそうだ。
「何も見えない……姿を見せて」
呼びかけてくる声に敵意は感じられないが警戒は怠らない。
『では汝に馴染みがある姿を借りよう』
光が収束して周囲は突如暗黒に包まれた。
それは杖の形となってメルティの前に姿を現わす。虹色の星々の輝きが闇の中のメルティを照らしだすのだった。
その杖は私が良く知るものだ。
「チャトヤンスタッフ?」
『この姿は私も都合が良い』
「あなたはいったい?」
『私は杖の意思の欠片。存在を分けた分霊と呼んだものか……』
目の前で杖は何の支えもなく浮かんでいる。愛用の虹杖の姿で現れたのは何者なのか?
『七星の杖と人はそう呼ぶ』
「まさか、七聖勇者の武器……」
伝承や物語で語り継がれる伝説の武器の一つ。「杖の勇者」が持つとされているものだ。
その現在の杖の勇者はルージュ=ランサーズ=フォブレイ。つまりは私の父オルトクレイ=メルロマルク三二世本人である。
「なぜ勇者の杖が……」
『私が力を分け与えし彼の者に声が届くなって十数年。英知の賢王の心は濁り、もはや私の声を聞くこともなくなった。諦めかけていたが一〇年前に星がメルロマルクに落ち新星の輝きを放った』
「星?」
星が落ちた、という話は聞いたことがない。隕石が落ちたなら大事件だ。大騒ぎになっただろうから、聞いたことがない方が不思議な話だ。
『汝のことだ。メルティ=メルロマルク。異世界から渡りし『光の戦士』。クリスタルの輝きを魂に宿す者よ。私は汝の存在を感知し見守って来た。この一〇年という月日を』
「私のことを知っていたのですか?」
『私は願う。彼の者の心の陰りを取り払い、再び杖の力を取り戻すことを』
「彼の者というのは私の父オルトクレイ王のことですね?」
『そうだ。どうかそのために力を貸してほしい』
「……と言われましても」
父のルージュ=ランサーズ=フォブレイ。
オルトクレイ王となる前のフォーブレイの王子であった頃に親族が惨禍に遭い皆殺しにされたという話は知っている。
国を出奔してメルロマルクで頭角を現し、敵対関係にあったシルトヴェルトに家族を殺された復讐心を燃やした。
メルティにとっては叔母に当たるルシアの死をきっかけにその英知には陰りが差し始め、家族に対する異常な執着を生み出した。
しかし、女王であり妻であるミレリアが奨める政策は、オルトクレイには耐えがたいものとなって両者の溝を埋めることができずにいる。
その溝を埋める手段をメルティは持たない。なぜなら私はお母様の側に立っているのだから。
「私に可能とは思えません。父は……優しい人です。家族を愛してくれている。けれど私は母も愛しています。今メルロマルクの将来を決める大事なことがかかっています。しかしそれは父の心を踏みにじるものでもあるのです。そんな私にどうやってかの賢王の心を正せるというのでしょう? いいえ、その資格があるとは思えません」
幾度かに渡って二人の凍り付いた関係を修復しようと父母の間に立って対話を試みたが成功したことはなかった。
同じ席に着いても心が離れていては虚しく終わるだけだったのだ。
『だが成し遂げねばならないのだ。メルティ=メルロマルク』
杖の姿から杖の宿主であるオルトクレイ王の姿に変化し声も変わる。
「メルティ、どうか聞いて欲しい。私の願いを──」
優しい眼差しと深い声で語りかけてくる。本当の父の声そのもので。
「その姿は卑怯ではありませんか……」
それはメルティが求めてやまない、王ではない父親としての姿だった。
お父様──
息を吐き出し、指をギュッと握りしめた。込み上がってくる思いを押しとどめながらメルティは言葉を吐き出す。
「私にはやることがあって。たくさんの人々を。メルロマルクを守りたいのです。その為ならば犠牲にすることもあるのです……お父様っ! 私は……そのためならば──」
父と母。家族の絆を取り戻すこと。
全力投球でもまだ足りるかわからない未来への道。その道はいまだどこに繋がっているのかもわからない。
どちらが今優先すべきことか? その順番を間違えてはいけない。
動き始めた世界の歩みを止めることはできないのだ。世界は選択を示し続ける。
「世界に訪れる災厄。波と戦うことが我らの使命。彼が目覚めなければ人々が住む世界は失われ、私たち七星も力を永久に失うことになるだろう。だから──」
「だから?」
「私がメルティの力となろう。本来の私はルージュと共にある。限りある力だが汝に貸し与えたい」
「それはどういう意味でしょう?」
「私の希望はもはや汝しかいない。メルロマルクを守り、世界を救っておくれ。四聖の勇者と共に」
オルトクレイの姿が消えていく。
「待って父様。話は──」
「汝の白き小さき友人に強化法を託す──」
手を伸ばし触れた瞬間、かき消えたオルトクレイに虹の杖が重なった。メルティの意識は解放され元の庭に立っていた。
●ハロウィン
勇者世界からの習慣はイベントとしてこの世界の人々にも伝わっている
もっともアレンジされていたり、形を変えていたりするかもしれない
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(26) ゴブスレ式
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(17) アルファベットランク式
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メルティは将来……
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杖の勇者になる
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その他の勇者になる
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いえクリスタルの戦士です
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ヒロインのお嫁さんになる
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フィロリアルマスターになる