メルティクラウン─王冠を戴く少女─   作:メルティーキッス

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22話 ハロウィンの夜明けに

 ハロウィンはお祭りの季節──カボチャの灯篭が村のあちこちに設置されて夜を待ちます。

 いつの頃か、この世界に定着したイベントは大人も子どもも楽しむものとなりました。

 お菓子を貰うための袋を用意して、合言葉を誰かの家の前で唱えるのです。

 

「トリック・オア・トリート、お菓子ちょうだい!」

 

 文句まで同じ。意味はもう失われただの呪文として残っています。

 焼き菓子の甘い匂いをあちこちで嗅ぐことができます。

 大人たちも仮装しては、お化け役としてお菓子をくれない子たちを追いかけます。お菓子をあげればお化けは退散して家の中に帰っていくのです。 

 でも、もしお菓子が足りない子がいれば、別の子がお菓子をあげてお化けを追い払うのです。

 子どもたちでお互いを助け合う村の習慣が文化の一部となっているようです。

 村の入口の大きなカボチャ灯篭に挨拶してメルティは村の活気の中に入り込む。

 

「トリック・オア・トリート! クポっ! 玩具はお菓子と交換クポよー!」

 

 子どもたちがモーグリの前に群がっている。

 モーグリの玩具とどこかの家でもらったお菓子を交換している。モーグリの玩具は今宵限りの限定品で子どもたちの大人気商品だ。

 カボチャのお菓子で大食い大会を開催してるし、そのおこぼれに預かってあまーいカボチャをほお張ってる子たちもいた。

 屋台でも細工物や仮面が売られていて日本のお祭りを思い出させてくれる。

 

「出し物とかまんまよねえ……娯楽文化の継承に関しては勇者さんたちも熱心だったのかしらん?」

 

 元々、地方にあったお祭りと融合し、形を変えてハロウィンは開催されている。そんな感じで異世界文化と現地の文化が融合して新たな文化を継承しているのだ。

 

「オルトロスは……」

『姐さん! お出迎え!』

 

 桟橋の下がいきなり盛り上がっててかてか光る生き物が浮かび上がる。その先端から滑り落ちた生き物が弾んで桟橋に並んでいく。

 

「ひーふーみー?」

 

 プルルン、と体を揺らして小さな触手を上げるのは挨拶か。一斉に同じ仕草でメルティにお辞儀をするのは小さなオルトロスたちだった。

 全部で八匹? 体?

 

「メルルちゃんにご挨拶、よくできましたぁ~」

 

 パチパチと手を叩いてサディナさんが橋の向こうからやってくる。

 大きな触手がざぶんと海の中に消えてオルトロスの巨大な頭が姿を覗かせる。波が大きく揺れて船を揺らすが港で働く男たちは悠然と自分たちの仕事を続ける。

 

「村に良く馴染んでますね」

「オルトロスちゃん目当てのお客さんも結構いるのよね」

『俺、人気者。オンナの子モテモテ』

「すぐに調子に乗るのよ。奥さんに言いつけるわ」

『浮気しない、絶対』

『待ってよ、おとーちゃーん』

 

 ブクブク音を立ててオルトロスは沈む。子オルトロスたちが列になって海に飛び込んで海面下に消えていく。

 

「ほんとびっくりね」

「じゃあ、私もまだ仕事があるからまた後でねぇ」

「ええ、また後で」

 

 サディナに別れを告げて村の中心に向かう。

 村と言ってもルロロナ村はずいぶんと人が増えた。人が住む建物も新たな街路を作り出し、すでにルロロナ町と呼んでも差し支えないほどだ。

 近隣の村の中でも経済成長が著しい。整備された村の広場は石畳も真新しかった。

 

「あ、メルルちゃんきたよ!」

 

 リファナとキールがメルティを見つけてやってくる。

 

「ラフタリアちゃんは?」

「今来るよー。あのね、ラフタリアちゃん、お化けが怖いの」

 

 こっそりとリファナが内緒だよ、と囁く。

 ふふーん、お化け苦手なのはまだ治ってないのね。 

 

「お菓子をいっぱい持ってきました。隠れ家で後で食べましょう」

「それ、メルルちゃんが焼いたの?」

「ええ、腕を振るいました」

 

 キールに応え、お菓子の入った袋を見せる。

 

「お化けはあっちいけ!」

 

 寄ってきたお化けにキールがお菓子を突き付け、「お菓子くれー」という声に布の下から手が伸びてぱくりとお菓子をかじって笑う口元が見えた。

 そして次のお菓子を求めてお化けはさまよい始めるのだった。

 

「みんな、お待たせえ」

 

 待ち合わせに遅れてやってきたラフタリアは頬を紅潮させて息を吐き出す。途中でお化けに追いかけられたようだ。

 

「そんなの、お菓子上げればいいのに」

「だめ! これはみんなで食べる分だもん!」

 

 キールの指摘にラフタリアはお菓子の袋を後ろ手に隠す。

 

「ラフタリアちゃんは食いしん坊だよねえ。そのうちおデブさんになるよ」

「おデブにはならないもーん。リファナちゃんはすっごいおデブさんになるけど」

「ええ、ひどいー、ならないもん!」

「なっちゃう!」

 

 にらめっこ状態のリファナとラフタリア。まあ、いつもの二人です。

 

「じゃあ、私も共犯になるからお菓子食べましょう。ぶくぶくぶーくになるまでは食べないけどね」

「わあ、メルルちゃん、すごい。自分で作ったの?」

「そうですよ」

 

 お菓子袋を抱えて四人は隠れ家に向かう。お菓子と交換した玩具を見せあいっこしたりしながら。

 

「久しぶりに来たなー」

 

 子どもたちの隠れ家は朽ちた木のうろの中。四人が中に入り身を寄せ合って座り込む。雨風をしのげる場所としてキールが見つけた隠れ家だ。

 秋に枯葉を集めて床に敷いて快適性も上げている。

 

「灯は任せて」

 

 ライトを指先に灯し、メルティが天井に投げつけてそこに固定される。

 

「魔法ってすごいなあ……メルルちゃんはやっぱり魔法使いなんだよね? 魔法使いの……虹の杖なの?」

 

 キール君の直球の問いかけにどう答えたものか一瞬迷った。

 

「ええ、そうです。魔法使いのメルルです」

「やっぱりそうなんだ! すごい魔法使いなんだってみんな言ってるし、魔法教えてっ!」

「メルルちゃん……そうなの?」

 

 勢い込むキールと初めて聞いた顔のラフタリアとリファナがメルティを見つめる。

 

「うん、そうです。でも、みんなには内緒ですよ?」

「もちろん、誰にも言わないよ。でも、メルルって名前の人他に知らなかったし、本当にそうなのかよくわからなかったんだ」

「私は知ってたよ」

「え?」

 

 キールの後にリファナが続く。ラフタリアが戸惑いながらメルティとリファナを見る。

 

「私たちをオルトロスちゃんから助けてくれたのもメルルちゃんだったんだよね?」

「……そうです」

 

 三人からまっすぐ見つめられてはそう答えるしかない。

 

「なぜ、わかりました?」

 

 リファナに問いかける。

 

「何となく……メルルちゃんは他の人と全然違うもの。私たちの知らない世界のことたくさん知ってるし、大人の人とも難しいお話しできるし、それにね……それに何かすごくおおきな、どう言えばいいのかよくわからないけれどすごく大事なものを守ってる気がしたの」

「大事なものって、何?」

 

 キールの質問にリファナは首を振って応える。

 

「それもお答えします。でもその前にみんなでお菓子を食べましょう」

 

 メルティの提案に四人が集めたお菓子を取り出して清潔な布の上に広げた。甘い匂いに包まれて四人は喉を鳴らす。

 ひと際注目を集めたのはメルルのクッキーだ。

 

「メルルちゃんのは動物クッキーだね。これは何?」

「これはサイです」

「サイ?」

 

 ラフタリアがサイの形をしたクッキーをまじまじと眺める。初めて見る動物の形だ。

 

「じゃあこれは?」

「キリンさんです」

 

 メルロマルクではお目にかかることはない動物たちに三人は大喜びだ。覚えた名前の動物を並べてサイ、キリン、ゾウと指さして名前当てをする。

 あったかい……この雰囲気と友人たち……私が守りたいものは……きっと。

 じんわりと胸の奥で湧き上がってきたものがメルティの目頭を突然熱くさせた。

 

「どうしたの? メルルちゃん? 泣いてるの?」

 

 ラフタリアがメルティの顔を覗き込む。

 

「あ、いいえ、これは泣いてるわけじゃ……嬉しいの」

 

 目の端に浮かんだ粒を指先で取る。

 

「嬉しい?」

 

 リファナとキールの視線を受け止める。

 

「キール君も。リファナちゃんも。ラフタリアちゃんも。私が守りたいもの。絶対に壊してはいけないもの。かけがえのないものなんです。例え波がこの世界にやってきても」

「それ、伝説の勇者様が召喚されるお話に出てくる?」

 

 ラフタリアにメルティは「そうです」と頷いて答える。

 

「災厄の波と呼ばれるものが、このメルロマルクに。いえ、全世界にやってきます。その波と私たちはいずれ直面することになります。その準備はいまだにできていません」

 

 多くの国が巻き込まれ、沢山の人が犠牲となる災厄。

 

(メルたんはわがまま……すべてを守ることなんてできない。波が来れば少なからず人は死ぬ)

 

 いつかフィトリアに言われた言葉。

 それでも……それでも私は……

 

「メルルちゃんはだからいつも一生懸命なんだね」

 

 膝に置いた握りしめた手にリファナの手が重ねられる。

 

「リファナちゃん?」

「メルルちゃんは一人じゃないよ。私がいるもの。私がメルルちゃんを助ける。私がメルルちゃんを守るもの」

「そんなの当然じゃん。友だちは守る。おれがみんなを助けるし、守る」

 

 リファナの手の重みにキールの温もりが増して重ねられる。

 

「私も! 私がメルルちゃんも! キール君も! リファナちゃんも! この村も! 世界も守る!」

 

 メルティの手に三つ目の手が重ねられて四人は互いに見つめ合った。

 ──その一瞬がとても特別な瞬間と思える時間だった。

 

「決まりですね。私たちは運命を共にする仲間です」

 

 私も覚悟をしなければなりません。揺りかごに包まれ、守られていた子どもたちが巣立つ時を。

 

「うんめい?」

 

 その響きを反芻してラフタリアが呟く。

 

「メルルちゃんの仲間? おれも冒険者になれるかな」

「冒険者にならなくても仲間ですよ」

 

 その言葉にキールは首を振る。

 

「おれ、絶対冒険者になる。メルルちゃんと一緒に戦うよ。波が来れば全部壊れちゃうんだろ? そんなこと絶対させない」

「じゃあ、私がメルルちゃんの盾になる。盾の勇者様みたいに、大きな盾になるの!」

「え? ずるいよ、リファナちゃん。私がメルルちゃんの盾になるって言おうと思ってたのに!」

「ダメ、私が盾になる! ラフタリアちゃんには上げないから」

 

 リファナとラフタリアがどっちが一番の盾かを言い合い始める。

 

「剣でも盾でもいいじゃん。おれはメルルちゃんに魔法教えてもらって魔法使いになるから。いいよね?」

「あのね、キール君、お勉強大変だよ?」

「ええ? 勉強するの?」

 

 キール君の弱点……それはお勉強なのです。

 

「やっぱりおれも盾にする!」

「変わり身が早い……」

 

 それからみんなへの贈り物がもう一つ。

 リンクシェルの所持は冒険者ギルドに所属する者であることが前提であるため、マスター権限を保有できるのは冒険者であるメルルのみ。

 子どもたちにその仕組みを説明し、貝殻のシェルからパールを生み出して一つずつ手渡す。

 とりあえずのパール権限は「通常メンバー」だ。

 

「わぁ、きれい……」

 

 三人がそれを見て見入る。見た目は真珠の姿をしているそれは通信機能を持つ。

 

「これはお守り袋です」

 

 用意しておいたメルティ手作りのお守り袋を三人に。

 

「大事なお話があるとき以外はこの袋にしまって。あまり大人の人に見せたりもしないでください。でも、ご両親には私からお話させていただきます」

「はーい」

 

 ラフタリアがにっこり顔で袋を胸に抱く。

 

「うちの親、何て言うか……」

 

 逆に少しどんよりしているのはキールだ。ご両親が厳しいらしい。

 

「メルルちゃん、お休みなさい!」

 

 うろから出て日が暮れる世界を背にリファナと二人が手を振って村に帰っていく。

 丘を上がれば遠目からもかぼちゃ灯篭の光が見えて村の建物が幻想的に見えた。

 

「できることならば……あの子たちを戦いに巻き込みたくありません」

 

 丘を下っていく三人を見送った後、隣に立った人物に話しかける。

 

「避けられないものがあるならば備えるしかないわ。その選択があの方たちを守ることになるのであれば、お姉さんは思い切りメルルちゃんを支持するわぁ」

「ふにゃ……」

 

 サディナがメルティに抱き着いて頭をナデナデする。

 

「それじゃあ、三人の親御さんの説得も協力してくださいなぁ~」

「あの方は頑固だけど協力しちゃう」

 

 サディナさんの協力を取り付け、三人の家に訪問し事情を話した。

 村の守り手であり、オルトロスの手綱を任されたサディナの後押しもあって件の話は問題なく了承された。

 

「ラフタリアちゃんのお父様はサディナさんが言うだけあって手ごわい人でしたね……」

 

 温和な人物だが、その根底にあるものを垣間見た気がした。世に出ていればひとかどの人物となりえる。

 村の相談役としても慕われていて、何かあれば彼の元に相談に来る村人も多いようだ。村長からの信頼も厚い。

 魔法使いメルルの正体がメルティ王女であることも知っていた。それも当然か、あれだけの見識を持つ人物だ。

 そしてサディナが絶対の信頼を寄せている。彼らの過去がどうあれ、このメルロマルクにある以上は民の一人である。

 村の冒険者ギルドで事務的な書類仕事を済ませる。雑務が溜まったときはこうしてギルドで仕事ができるように手配してあった。

 思いのほか時間を取られたが外に出る。

 

「また徹夜ねえ……」

 

 ふわぁ、とあくびを噛みしめて冷たい空気を吸う。

 少し高い場所にあるギルドからうっすらと明るくなりかけた地平線が見えた。海の匂いを感じながら坂道を降りる。

 不意に立ち止まって耳に手を当てる。

 

「お母様?」

『浜辺にいます』

 

 はたしてそこに立つのはミレリアだった。母の姿を見て駆け寄る。

 

「母上!」

「この村に来たのは初めてだけど、本当に美しい村ね。建物一つ一つに人々の息吹が聞こえるよう」

 

 地平線向こうから上がってくる太陽が世界に朝をもたらして世界に彩りを与えていく。

 しばし二人は黙ったまま、波の音と、潮の香りを感じ、目覚めを迎える街の音を聴いていた。

 不意に抱き寄せられ母の胸元に頭を埋めた。

 

「母上?」

「私の小さな王女様。ごめんなさい」

「なぜ謝るのです?」

「小さなあなたにあまりにも大きな負担をかけ続ける私をどうか許してください」

「謝ることなんて一つもありません。私は母上のお役に立てる事ならなんだってします」

「メルティ……」

 

 母の手が頬を撫でる。

 

「波は近い。まだその刻を告げる砂は落ちていないけれど、その前触れとなる現象は各地で起き始めています。次元は歪みを貯め続け、堰をいったん切れば一瞬で世界は恐ろしい闇に飲み込まれてしまう。あなたにはもっと普通の女性としての幸せを掴んでほしかった。私と同じ道を歩むのはいばらの道を歩くということ。その道を敷いたことを今は後悔しています。どうか、私のわがままに付き合わせてしまったことを許してほしい」

「母上様、私は後悔してなどいません。メルロマルク女王の娘として生まれたことに悔いなどありません。それにわがままでは母上には負けません」

 

 私という存在を受け入れてくださったこと。

 普通の子どもとは幼い頃から違っていた。普通の親が望むような子どもではなかったと思う。

 それを慈しみ育て、見守り、導いてくれた。これ以上の幸せはあるだろうか?

 前世の私に目的と呼べるようなものはなかった。ただ日々を与えられた仕事をこなすだけの毎日だった。

 人生を捧げて尽くすような目的を共有できる相手と巡り合う確率はどれほどか?

 

「私はメルロマルク一番の、いいえ、世界で一番の幸せ者です」

 

 世界は目覚め新たな選択を示し続ける。

 メルロマルクから端を発した「ゲート法」が世界会議の議題に上がって可決し、主要国家首脳たちの合意を経て施行されることとなる。

 それは最初の波が到来する一か月前のことであった──




少しタイトル変更

次回は前後編で波到来の時系列を描きます

メルティは将来……

  • 杖の勇者になる
  • その他の勇者になる
  • いえクリスタルの戦士です
  • ヒロインのお嫁さんになる
  • フィロリアルマスターになる

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