名前のない艦息   作:カフェいろ

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どたばたごろごろばったんこ


お世辞じゃない

 いつからだろう。停滞していると感じるようになったのは。

 

「だから、いい加減この戦争を終わらせる」

 

 いつからだろう。この戦争がいつ終わるのかを考えるようになったのは。

 

「それが俺の歩む道だ」

 

 いつからだろう。目の前の彼のように、未来に希望を抱くことをやめたのは。

 

「人も、(ふね)も、前に進まなければならない」

 

 いつからだろう。このままこんな日常がずっと続けばいいって、思ってしまったのは。

 

「ねぇ、吹雪さん――」

 

 いつから――いや、なぜだろう。私が彼の名前を呼ばなくなったのは。それは簡単に思い出せる。単純に今日の出来事だからだ。

 でも、思い出すのは嫌――というより、悲しい気持ちになる。全部、勝手な想像ではあるけど……。

 

 NAMELESS。それが彼の本当の名前かどうかは知らない。川内さんなんかは『名無しくん』なんて失礼極まりないあだ名をつけていたけど、彼は否定もしなければ怒りもしなかった。

 司令官が教えてくれなかったから。初対面だから。悲しい過去かもしれないから。彼の名前に関することに踏み込まなかった私には、踏み込まない為の言い訳がたくさんあったから。

 でも、本当はずっと気にしていた。彼の名前を口にしたその時から。

 私は自分の名前を密かに気に入っている。自己紹介する時に誇らしく『私は吹雪です!』と言える。だけど、彼が自分の名前を語る一瞬、機械のような冷たい声音になることに私は気づかぬ振りをしていた。

 しかし、一度は唾と共に飲み込んだはずの感情は、もう気づかぬ振りはできまいと喉元にまで迫り上がってきていた。そうしてできた突っかかりが私を苦しめる。

 

 あぁ、どうすれば彼が自身の名前に暖かい感情を宿してくれるのだろうか。なんて、好奇心を通り過ごしておせっかいとしか言いようのない思いが私の奥底から溢れてくる。

 過去(名前の由来)に踏み込む?そんな勇気があれば苦労しない。そもそも聞いたところで何になるのだ。

 やっぱり諦める?いやいや、簡単に諦められたら苦労しない。停滞していることを感じつつも戦争を終わらせることを諦めきれてない私だ。たかだか私一人の自己満足であっても到底諦めてたまるか。

 

 正直自分のテンションがどこかおかしいことは何となく気づいていた。だが、もう止まれない。そんな精神状態で私が辿り着いた答えは――

 

「――()()()()!」

 

 ――川内さんと同じ、あだ名をつけることでした。しかも、名無しからとって『なな』という、面白みもなにもない今夜ベッドで恥ずかしさで身を悶えること必死のもの。

 

「は?」

 

 当然、台詞を遮られただけでなく、脈絡もない意味不明な発言を聞いた彼の――ななくんの反応はこうなる。

 

「あなたのあだ名です!川内さんからあだ名を貰って嬉しいって言ってたじゃないですか!」

 

 もうヤケクソな私の剣幕に、ななくんの困惑具合は加速していきます。

 

「いや、あれはお世辞で……」

「お、お、お、お世辞だったら私のにもお世辞で返してくれていいじゃないですか!」

「え?あ、はい……ごもっともです」

 

 私の乱れた息だけが廊下に響く。あれ、元々何の話をしていたんだっけ……?

 

「と、とにかく!今日からあなたはななくんです!いいですね?!」

 

 そこまで言ってようやく自覚する、惚けたななくんの顔が目の前にあることに。

 

ちょっと押さないでよ!

それはこっちのセリフー!

待って待ってこれ以上はバレるって!

 

 近くの部屋から僅かに漏れてくる声。

 

うわっ!?

 

 どたばたごろごろばったんこ。

 

『ど、どうもー?』

 

 扉を押し倒して現れたのは人類の守護者(愛すべき同僚)達でした。

 

「距離ちっか」

「もしかして、お邪魔でした?」

「さすが吹雪!私達にできないことを平然とやってのける!」

『ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!』

 

 確認するまでもなく、みんなは私とななくんの会話を盗み聞きしていただのだろう。

 

「う」

『う?』

うがああああああああああああああああああああああああああ!!

『キャー!吹雪が怒ったー!』

 

 ブチ切れでもしないと、この顔の熱さを誤魔化すことはできそうになかった。

 

「吹雪さん!」

 

 みんなを追いかけようと走る私を止めたのはななくんでした。

 

「素敵なあだ名をありがとう!」

 

 例えお世辞であったとしても、私の顔がニヤけるのを止めることはできなかっただと思う。

 

 

 * * *

 

 

 NAMELESS。改め、ななくん。

 名無しから取ったなんて口が裂けても言えないけど、川内さんさえ口封じすれば他の人にバレることは絶対ないはずだ。

 そんな心配をするのも、廊下での会話を聞いていた一部の艦娘がいいあだ名と使い始めたことが原因だ。いや、いいんだけどね。本人も素敵なあだ名って言ってくれたし……なんだか顔が熱い。

 

「やっほー!七くん!」

「お、七くんみっけ!」

「ハロー、セブン。いい天気ね」

 

 手で顔を仰ぐ私の視線の先では、ななくんから更に改まって七くん、もしくはセブンという呼ばれて他の艦娘(私以外の女)に絡まれていた。別に私は漢字を当てたつもりはなかったのだが、名無しから取ったなどと知る由もないみんなが数字の七と受け取ったことに文句も言えない。

 

「はい、こんにちは。悪いんですが今忙しいので、また今度」

『えー!ケチー!』

 

 いいぞななくん!そのまま振り払ってしまえ……って、私は何を考えているんだか。

 

「私だって全然喋れてないのに……」

「残念だったねー、吹雪ちゃん」

「睦月ちゃん」

 

 私が無意識に漏らした言葉を拾ったのは、親友の睦月ちゃんでした。

 

「別に、なにも残念じゃないし……」

「そんな表情で言われても説得力ゼロだよ」

 

 ななくんが着任してから数日が経過した。しかし、ほとんどの艦娘は彼と満足がいくまでコミュニケーションを取れていなかった。私を含めてだ。

 

「まさか、配属先が()()だなんてねぇ……」

 

 そう、彼のしている仕事は私とは全く異なる(海の上に立てない)ものでした。

 

 




はい、皆さんも一緒に
『ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!』

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