「まさか、配属先が工廠だなんてねぇ……」
睦月ちゃんの呟きは、この鎮守府に所属するほぼすべての艦娘が思ったことだろう。
「ななくん。大丈夫かな……」
「毎日忙しそうだもんね」
それこそ、いつ休んでいるのかと心配になるほどだ。
「セブンさん。今のうちに食事をとってきてください」
「七、なるべく早く戻ってきてねー」
「了解しました」
大抵の艦娘があしらわれる中、例外な艦娘がご登場してななくんに声をかけていた。
「出たわね。羨まし組」
「夕立ちゃん」
自室ではごろごろぐだぐだな
「どんなに大人びた雰囲気出して言っても、内容が嫉妬に塗れてちゃ台無しだよー」
睦月ちゃんのツッコミはどこ吹く風――なんてこともなく普通に涙目になってた。
「だってそうでしょう!?ほぼ独占みたいなものよあれは!」
夕立ちゃんの言葉は間違ってはいない。
「独占って……ただ七さんが重宝されているだけだと思うけど」
しかし、睦月ちゃんの表現の方が的確だと感じた。
「頼りになる男性っぽい?」
夕立ちゃんの呟きには誰かが答えるまでもなく、明石さんや夕張さんをはじめとする工廠によく出入りする――例外な艦娘の表情を見れば明らかだった。
「夕張さんなんか、手のひらクルックルだったもんねー」
睦月ちゃんがよく似合うジト目をしながら言った。
「あの時は大騒ぎになってたなぁ」
「なに言ってるの吹雪ちゃん。その大騒ぎに巻き込まれた張本人な癖して」
やめて、思い出させないで。なんて口にしたいぐらいには、私の中でトラウマ必死の出来事があったのだ。
「あの時はホント……」
『怖かった』
私たち三人の仲の良さを表すかのように、
「川内さんと夕張さんが」
『吹雪ちゃんが』
「えっ?」
『えっ?』
……えっ?
* * *
話は、数日前――世界初の艦息こと、ななくんに鎮守府を案内した翌日にまで遡る。
「どういうつもりですか?提督」
言葉の端々にある棘が、これは訊ねているのではなく問いただしているのだと理解させてくれる。
「私の判断に何か不満を感じたか?夕張」
提督室にて任務の報告を行っていた私。
扉一枚隔てた先で待ってくれている睦月ちゃんと夕立ちゃんの為にも、早々に終わらせよう――なんて思った矢先に突如として乱入してきたのが夕張さんでした。
「あんなにイライラしている夕張さん、初めて見たかも」
「なんだか修羅場っぽい?」
全開になった扉の影から顔だけ覗かせている親友二人は、興味はあっても巻き込まれたくはないと言わんばかりに提督室の床を踏むことはありませんでした。……私もそっち行っちゃダメかなぁ。
「不満を感じないほうがおかしいでしょう!?」
チクチクとした不満の棘が、撒き散らされるかのように飛び散った。
「今朝いきなり工廠に連れてくるわ!資料には録なデータがないわ!使えるかもわからない新人に時間を割いてる時間はないっ!今工廠に余裕ないのわかってるでしょ!?」
そう、昨今ここの鎮守府の工廠事情はひっ迫していた。
理由は単純。海に出られる人員にたいして、工廠で装備の整備や改修に携える人員が足りていないから。私が初めてここにきた時と比べると、艦娘の在籍数は数倍にもなっている。その中で、工廠でのお仕事ができる人材は限られていた。
「それなのに何なのよアイツわ!工廠にきた初日からいなくなったのよ!?きっとばっくれたに違いないわ!」
「ばっ、ばっくれたって、単純に道に迷っただけかもしれませんし……」
「あなたがここを案内したんでしょ吹雪!それなら責任はあなたにある……はずないでしょ!」
矛先が私に向いてきて目を瞑りたい思いだったけど、自分で自分にツッコムという器用なことをしている様子を見れば瞬きするだけに終わった。
「いくら敷地が広いからって複雑な構造はしてないんだから、迷子になるほうが難しいわ!」
『はっくしゅん!!』
なんだか遠くのほうで、かわいいくしゃみが聞こえたような?
「もー!忙しくて深夜ア二……お気に入りの番組は見れないし!出撃なんて何ヵ月してないのよ私!」
とうとう愚痴へと発展した。
「ただでさえうんざりしてるのに、行方不明の艦息の見つけるまで帰ってこなくていいって言われて出てみればいつまで経っても見つからないし……ああああああもおおおおおおおう!」
明石さんが夕張さんの様子を見かねて、休憩がてらに気を効かせてくれたのが目に浮かぶ。
「あぁ、とにかくもう!アイツの居場所誰か知らない?!」
肩で息をしている夕張さんの表情は、吹っ切れたものになっていた。
結局のところ、なんだかんだで信頼している
「NAMELESSなら後ろにいるぞ?」
『えっ?』
司令官の言う通り、振り返った先には確かにななくんがいた。
思いのほか距離が近く見上げることになって、昨日も似た構図になったことを思い出した。……顔が熱くなったのは、窓から入る日差しのせいに違いない。
「あ、貴方!ずうううううううっと捜してたのよ?!一体どこに行ってたのよ!!」
「捜してた……?現場からしばらく離れることは近くの方にお伝えしたはずですが。伝達ミスがあったのでしょうか」
ななくんの表情には、確かに困惑が感じられて嘘をついているようには思えませんでした。
「あと、自分は今さっきまで鎮守府の外に出ていましたよ」
「はぁ!?それじゃ見つかるはずないじゃない!」
「……夕張さん。捜してたとおっしゃいましたが、放送室は利用しましたか?」
「ほ、ホウソウシツ?」
ななくんに言った単語を、まるで知らない言葉かのように繰り返した夕張さん。
「昨日、吹雪さんに案内された時に説明を受けました」
はて?どんな説明をしたのだったか。
「『敷地が広いので、人が見つからない時は放送室を利用してください』」
「え……?」
思わず零れた声は、誰のものだったか。
「『あっ、でもプライベートな用件では使用しないでくださいね』」
ななくんの声は突如として
「『説明しておいてアレですが、私も自分で使ったことはないんですよね。使い慣れてる人がいれば代わってくれますし、なんかこういうのって勇気がいるんですよねぇ』」
どこがで聞いたことがあるような声だったが、誰の声なのかをこの場で私だけが気づけなかった。
「『でも、ななくんならそんな尻込みはしなさそうですね』……ってね。おっと、この時はまだあだ名じゃなかったかな」
『おおー!!』
興奮気味に拍手をしながら提督室に入ってきた親友二人。
「すごいですよ!完全に
「満点っぽい!」
「え……?」
思わず零れた声。今回は私のものだとはっきりわかった。
「ちょ、ちょっと待って。今の私なの?!」
私の声はもうちょっと大人っぽいはずだ。あそこまで少女然とはしていないはず。
「何言ってるの、どっからどう聞いても吹雪ちゃんだったよ!」
「空気伝道と骨伝道での聞こえ方の差だな。録音した自分の声を聞いたことはなかったか吹雪は」
睦月ちゃんの指摘と司令官の解説は、内容がまるで入ってこなかった。
「理想と現実は違うものですよねぇ……」
ななくんが言う『理想』なんてこだわりがあったわけではないけど、もう少し……もう少しだけ大人っぽい声だと思ってた。
「吹雪ちゃんショック受けてるなぁ……隣の夕張さんはもっとショック受けてるけど……」
「う、嘘よ。放送を使うことにも思いつかない無能なの?私は。一体何年鎮守府に勤めているのよ。あぁ、もう私はダメなのかも……」
床に座り込んで顔を手で覆った夕張さん。そんな彼女の絶望具合を見ていると、自分の声なんてみみっちいことでショックを受けていた私も冷静になる。……冷静に考えてみれば夕張さんがここまで絶望するのもなんだかおかしいような。
「夕張さんは無能なんかじゃありませんよ」
なんて声をかけるべきか迷っていた私たちをよそに、温かい口調で否定したのはななくんでした。
しかし、続く言葉は恐ろしいほどに冷たい。
「無能は提督、アンタだよ」
「な、ななくん……?」
急激な温度の変化が起きた。そう感じてしまうぐらいには、空気が一変した。
「そ、そ――」
そんなことない。何かを考える前に、そう言葉を紡ぐはずだった。
「――そうだよ提督」
私の声を遮ったのは新たな乱入者。
「どうしてコイツが工廠行きなの?ありえないでしょ、それは」
「川内……さん?」
鬼気迫る表情をした先輩がそこにはいた。
あぁ、修羅場が加速していく――