聖☆さんなんぼう   作:彩辻シュガ

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続きました。




Angel Meating!

 アダム家三男のセツに転生してから早105年。

 

 私は、童貞を捨てた。

 

 というか、奪われた。

 

「だでないぃ……」

 

 昨晩、妹アズラと婚姻の儀を行い、家族四人+神様で宴を開いた。そして、その後アズラにより無理矢理初夜に移行させられた。

 現場を窃視しようとしていた父を殴り飛ばして、延期を要請する私をベッドの上に組み伏せたのである。

 

 いやもう、そこからは……うん。

 

 言葉にできないあんなところやこんなところをアレコレされ、思い出すだけで死にそうなあんなことやこんなことをさせられて……

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ……思ってたんとちがーう……」

 

 顔から火が出そうとは正にこのことである。

 

 え? あれが性行為? やばくない? 前世で散々見てきたエロ同人よりやばかったんですが。

 というか我が妹がヤバい。信仰がなかったら、彼女は確実に男を侍らす痴女になっていただろう。いやだって、そんなまさか、あんな真面目で清楚で気の利く妹がベッドの上ではあんな顔を……

 

「むがああああああああ!」

 

 駄目だ。恥ずかしさで悶える。なんでこの時代は枕がないんだ。枕があったら、心に渦巻く感情を全て吐き出して吸収させてしまえるのに。

 

 男が事後に立てなくなるってあんまり聞かない。情けないったらありゃしない。「私の責任ですから……」と、私の分の仕事は全てアズラが請け負ってくれるらしいが。というか、アズラは事後も平然としていた。普通に立って歩いて働いた。古代人すごい。

 

 

 

 

 ++++

 

 

 

 

 天界。神とその御使いが拠点とする天上の国。そして、これからどんどん増えていくだろう敬虔なる人間が安らかな眠りを迎えたときは、その魂の行き着く先となる楽園。

 

 そんな天国は、今緊迫した空気に満ち満ちていた。

 

 神に従順であり、人間を加護する天使たちが、堕落した者を除いて全員揃い踏み。彼ら彼女らの視線の先には、ひとりの大天使がいた。

 

 星よりも輝かしい金髪を靡かせ、穢れなき純白の双翼を広げる美麗な天使。彼の名はミカエル。先の戦争にて、堕天使の頭領で自らの兄ルシファーを打ち倒した勇ましき戦士だ。その功績を神に讃えられ、彼は天使たちを統括する立場に任ぜられている。

 

 そのミカエルが、あの戦のときと同等、あるいはそれ以上に険しい表情で眼下の天使たちを見据えていた────

 

「さて、皆はもう知っているだろう。下界で起きた、誰もが驚愕したあの光景を。本日はそのことについて論ずるべく、ここに議会を開いた」

 

 告げる声は天地を貫く雷の如き力強さと、惑星を循環する雄大な水の如き寛容さを備えている。

 

「では、本日の議題を発表する────」

 

 ミカエルが徐に取り出したのは、一枚の石版。それを卓上に立てる音は天界中を貫き、議題を総ての天使に漏れなく伝えた。

 

「『アダム家三女のアズラが予想以上に凄くてもう何も言えねえ件について』ェェェェェェェェ!!」

 

 全員、耳まで茹で蛸のようになっていた。

 

 ミカエルもまた、震える唇と上擦る声を何とか押さえつけて続ける。

 

「えー、昨夜、アダムとイヴの子であるセツとアズラの営みがあった。私たち天使は、それを最初から最後までしっかり天から監視していた訳だが……その、まあ……結果から言えば、アズラが有するものが想像以上に高等技術すぎて言葉を失ったというか……」

 

 天使は基本的に性欲が殆どない。性交渉の様子を閲覧しても、欲情することはない。だが、行為のえげつなさに純粋に精神を揺さぶられることはある。

 

「現在、セツは身体と精神共に大きなダメージを受けて療養中だ。しかし、アズラ当人は全くといっていいほど無傷だ! 見ろ! 昨日と顔も仕草も何ら変わっていない! 恥辱が塵も後を引いていないんだ! しかも本人は全く淫乱でなく、あれで一途で無垢なんだ!」

 

 空中に投影された下界の光景。アズラがいつものように家畜の世話をし、畑を耕し、洗濯物を干している。そこに、昨晩の激しい行為の残滓は認められない。

 

「……というわけで。我々はアズラの技術……というか才能を危ぶみ、何らかの策を講じる必要がある。このままだとセツは毎晩えらいことになって翌朝立てなくなり、アズラは今後汚れた欲を持つ男に弄ばれかねない! 何か策はないか!?」

 

 見下ろすが、全員にさっと目線を逸らされた。誰も挙手しない。ならば仕方ないので、ミカエルは適当に当てることにした。

 

「えー、ではウリエル。君はどう思う」

 

 “神の炎”と呼ばれ、堕落した者や神を侮辱する者に制裁を加える破壊天使ウリエル。冷酷無慈悲な仕事人の立場にある彼は、流石と言うべきか昨夜のアレを見ても表情が変わっていなかった。彼なら良い意見を述べてくれるだろう。

 

 と、思ったのだが。

 

「簡単なことだ。両者無駄に弄れるところがないように性器を切り落とせばいい

「はい次のひとー!!」

 

 性器を奪ったら生殖できないじゃないか。産めよ増やせよできないじゃないか。選択肢が破壊するかしないかの二択しかないようなのに聞くんじゃなかった。

 

 もっと穏やかな性質の者に聞いてみよう、とミカエルが視線を向けたのはひとりの天使。銀髪のショートで目つきが悪く、人間の十代前半といった具合の少女姿の天使だ。

 

「“ぺこら”はどうだ? なにか意見はあるか?」

「そうですね。アズラ自体は性欲があるというより能力が高いだけ。つまり欲を削ぐように仕向けても意味はない……ですから、もっと根本的な話に立ち返るべきです」

 

 まだ若い御使いだが、彼女は聡明で、悪魔に相対しても臆することなく戦意を燃やす。優秀な新人の意見も取り入れるべきだろう。

 

性器を切り落としましょう

「君もかよ!!」

 

 ツッコんだ直後、彼女は真っ赤になった顔を両手で覆い、こびりついた記憶を振り払うかのようにぶんぶん首を振りながら訴えた。

 

「だって!! あんなの!! あんなの見たら頭がグラグラします!! どうして性なんて穢らわしいものがあるのかぺこらには理解できません!!」

「子どもを作るためだよ!!」

「だったら、あんな方法で作らなくてもいいじゃないですか!! ほら、この前ガブリエル様とラファエル様が考案した『キスしたら子どもできるシステム』でいいじゃないですか!!」

「そんなことしたら産まれすぎて逆に困るから!!」

 

 駄目だ。初々しさゆえに、ぺこらにアレは刺激が強すぎたのだ。

 

「はぁ……生命の実だって、まだ見つかっていないというのに」

 

 番人(ケルビム)の奮戦により、エデンから追い返したルシファー。奴が盗んだ生命の樹(セフィロト)の実は、間抜けにも籠に穴が空いていたからどこかで落とした……そこまでは分かっている。しかし、現在ケルビムを総動員して捜索に当たったにも関わらず、実は見つからなかったのだ。

 だが、主曰わく「問題ない。おまえたちは普段通り働け」とのことである。それで天使の軍勢を引き揚げ、こうして別の仕事をしているわけだ。

 

 場所の見当がついているのか、何か神には思惑があるのだろうが……ミカエルには、今のところサッパリ理解しえないのであった。

 

 

 

 

 ++++

 

 

 

 

「あら兄様、もう元気になられたのですね?」

「うん、もう全快全快。ちょっと家畜の世話をしてくる」

「いってらっしゃいませ」

 

 水くみから帰ってきたアズラとすれ違い、私は牧場へと向かう。丘の上に見える、もこもこの塊。あれは羊を囲っている区域だ。

 

「そろそろ餌やりの時間だったっけ……」

 

 口笛を吹くと、よく訓練された羊たちは一斉にこちらへと駆けてくる。私にぶつかる寸前で最前列の羊が止まり、追突したりしなかったりで、もこもこふわふわがギュウギュウに詰め寄った。

 

 餌をくれ、餌をくれとメェメェ請い続けるのを聞きながら、羊の数を数える。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹、羊がろく……なんだか眠くなってきた。

 

 目をこすり、首をゴリゴリ回してから餌の入った皮袋を開けた。いつものように餌やりを行い、羊一匹一匹を丁寧に観察する。草食動物は、弱ったところを決して見せないで取り繕う。肉食獣に標的にされないよう、生き残る術だ。だからしっかり観察しないと、突然病気で死んだりする。

 どれも同じような羊たち。しかし、じっと見ていると差異があることを知る。微妙な体型の違いとか行動パターンとか。

 

 ぼーっと羊を眺めていると、あるとき違和感を覚えた。違和感の正体を探して、とある一匹の羊に注目すると、その羊はしきりに身体を木や芝生にこすりつけている。身体が痒いのだろうか。

 

 その羊に近づいて、動かないようしっかり捕まえる。パッと見は健康体。寄生虫がついてるとかでもなさそうだ。なら、毛の中に何かあるとかか? 

 白い毛の中に右手を突っ込んで探る。暫くやっていると、指先が固いものに当たった。温度はない。つるつるしていて、丸いようなそうでないような。生き物ではない。

 

 慎重に取り出すと、それは木の実だった。

 

 それも、知恵の実(リンゴ)によく似た形の黄金の果実────梨である。

 

「梨だ……久々に見た……」

 

 このあたりに梨のなる木はナシ。梨だけに。いややっぱ今のナシで。────ともかく、どこかで落ちた梨の実が、上手いこと羊の毛の中に入ってしまったのだろう。

 

 というか。

 

「すごく美味しそう……」

 

 芳しい香り。輝く金の外皮。さあ食べて、私を食べてと梨が歌っているように感じる。

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 

 いつもは拾い食いなんて衛生観念的にしない。けれど、この実は大丈夫、絶対大丈夫という無根拠の確信があった。

 一口。一口だけなら、病気になんてならないだろう。毒リンゴじゃあるまいし。

 

 私は口を大きく開け、勢い良く梨にかぶりついた。

 

 瞬間、口の中に広がるのは極上に甘美なる果汁。髄から今まで感じたこともないような熱量が迸り、身体中を隅から隅まで甘味が駆け巡る。世界一帯に自分が溶けていくような、途轍もない情報が一気に叩き込まれたような感覚になって、思わず腰が抜けてしまった。

 

「あ、あ、ああ、ああああ……?」

 

 正に、天にも昇る心地よさだった。あの歯応えが、風味が意識の海を漂っている。まだ身体が熱くて火照っている。地面の上にいる気がしない。

 

「た、たてない……また立てないわ……」

 

 何だか凄い域に到達してしまった気がする。それほどの達成感と満足感に充たされすぎて、感覚に溺れてしまいそうだ。世界の色が唐突に全て塗り替えられてしまったみたいに、現実味がなくて呆然とする。

 

 件の羊が心配そうに鳴いて、はっと我に返る。

 

「やば、美味すぎてトリップしてた」

 

 まさかこの梨、麻薬の原料とかではないのか。だとしたらヤバい。

 

 急にこの実を持っていることに関して罪悪感が湧いてきて、すぐにでも己の手から投げ捨てなければならないと思えてきた。とはいえ投げ捨てるのは食べ物を粗末にすることなので、どこかにでも埋めよう。

 

「……立てない」

 

 昨晩の交わりも相当なものだったが、あれの比ではない。痛いどうこうの前に、自分の感覚が研ぎ澄まされすぎて逆に知覚できないような、そんな感じだ。

 

 すると、羊がぐいぐいと頭をすりつけてきた。

 

「え、乗せてくれるのか」

 

 首肯する仕草。

 

 これはありがたやありがたや。乗ろうとして、先ずはもこもこの身体に腕を回す、が。

 

「……ごめん乗る気力もないわ」

 

 今は足腰が豆腐なので、全く踏ん張れない。

 

 羊は此方を暫く見下ろした後、身体を掴まれている状態のまま、私を引き摺って歩き出す。

 

「あ、ちょっと尻痛いからお手柔らかに……おい、おいって。小石が脛に刺さってるから。ちょっと、ちょっとぉ?」

 

 親切なのかそうでないのか、よくわからない。まあ、いつも世話をしてくれたという恩義は、羊であれどちゃんと感じているということか。

 

 ふと、思い出す。

 

 そういえば、アダムとイヴが知恵の実を口にして楽園を追放されたあと、神は永遠の命を与える生命の実が食べられないように、その木の周りにケルビムと炎の剣を配置したらしい。

 ならば。知恵の実がリンゴなら、生命の実は何なのだろう? 似たような果物だから、梨とかか。

 

 さっき食べた梨は、異常に美味かったが────まさか。

 

「いや、ないない」

 

 知恵の実がリンゴで生命の実が梨だなんて、そんな安直な発想があるものか。もしそうなんだとしたら、私は人間の身で神に等しい命を得た大罪人である。

 

 そんなわけがない。きっと。

 

 

 




《ミカエル》
聖書の正典に幾度となく名を記された、有名な大天使。名前の意味は『神に似た者は誰か』。悪魔ルシファーと戦う際は、天使の軍勢を率いるとされる。かのジャンヌ・ダルクにお告げをしたのも彼である。
数多くのアニメや漫画、ゲームなどに登場しているが、名前のかわいさからか女体化されがち。

本作の世界は『聖☆おにいさん』寄り。聖兄におけるミカエルは、堕天した兄ルシファーを今でも敬愛するブラコンで、若干中二病も疑われる。

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