SEEDを持つ少女   作:くさまる

11 / 15
いつもより少し長くなりました。


10_再会

「はい、完成したわよソラちゃん。開けてみて?」

 

「は、はい……。開けます。~~~~~!!!」

 

 

 

 緊張した表情のソラはごくりと唾を飲み込み、マリューから手渡された箱を開ける。そして中から現れたペンダントを見て、声にもならない声を上げた。

 

 

 

「ソラちゃんにはシンプルなデザインの方がより映えると思って、石はラウンドカットにして貰ったの。……気に入って貰えるかしら」

 

「わ、わわ……ほわぁ~……」

 

「ソ、ソラちゃん?」

 

「あ、すみません! と、とっても綺麗です! 本当に同じ物とは思えないです! ……こ、こここれ、私が頂いても良いんでしょうか……?」

 

「良いの何も、元々貴女の物よ。ほら、着けてあげる」

 

「言われてみればそうでした! と、お、お願いします。……っ」

 

 

 

 マリューがソラの首に手を回し、チェーンの両端を繋ぐ。不意にマリューの両腕に包まれ首元に顔を埋める形になったソラは、ふわりと漂って来る大人の女性らしい香水の匂いに思わずドキリとする。

 

 

 

(ゆ、油断してました! ハグすると分かっている時のハグとは別の意味で、この母性は危険です!! このままずっとこうされていたいような気分に……ふわぁ)

 

「……はい、これで良し。うん、とっても似合ってるわ!」

 

「はい、とっても素敵です……」

 

 

 

 私の目に狂いは無かったと笑顔を咲かせるマリューを見て、ソラはうっとりとした様子で答える。

 

 

 

「まるで夢を見ているみたいです……。今日だけでこんなに沢山のプレゼントを頂いてしまっては、バチが当たらないか心配になってしまいます」

 

「あら? ペンダント作り以外に何かしたかしら?」

 

 

 してないわよね?と首を傾げるマリュー。しかしソラはふわふわとした調子でこう続ける。

 

 

「いいえ、このペンダントだけではありません。私に、私だけに向けて頂いたマリューさんの優しさや素敵な笑顔も、全部全部、私の大切な宝物です。……こうやって言葉にするとちょっと恥ずかしいですけど……えへへ」

 

「ソラちゃん……」

 

 

 流石に自分でもクサい事を言ったと思ったのか、顔を赤くして誤魔化し笑いをするソラ。しかしマリューにとっては、そんなソラの一挙手一投足全てが愛おしく思えて仕方がないのだ。

 

 

「ふふっ、そんなに喜んで貰えたなら、お姉さんも嬉しい限りだわ。……さ、どこかで夕飯でも食べて、遅くならないうちに帰りましょ」

 

「はい!」

 

 

 きっと妹が可愛くて仕方のない姉はこういう気分なんだろうなと、この時のマリューは、まだそう思っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何? それは間違いないのか。……了解した。ご苦労、速やかに帰投しろ」

 

 

 ZAFT軍クルーゼ隊 母艦ヴェサリウス。諜報員から報告を受けたクルーゼは、副官に指示を飛ばす。

 

 

「アデス」

 

「はっ!」

 

「至急隊員達を集めろ。緊急の案件が発生した。すぐに作戦を立て、明朝実行する。良いな」

 

「は、はっ!了解しました!」

 

 

 いつになく険しいクルーゼの面持ちに、ヴェサリウスの艦橋に緊張が走る。アデスはすぐさま艦内放送で艦橋集合の指示を出すと、間もなく全員が集った。それを確認し、クルーゼが口を開く。

 

 

「集まったようだな。……さて、退屈していたところだと思うが、先ほど諜報員より特ダネが舞い込んだ。まずはこれを見て欲しい」

 

 

 クルーゼがスクリーンに映した写真には、大きな格納庫の中に横たわる5機のMSが映っていた。

 

 

「これはつい先ほど、ヘリオポリスにあるモルゲンレーテのファクトリーに潜入中の諜報員から送られてきた写真だ。諸君がご存じの通り、このコロニーはオーブの所有物だ。これらがオーブの新型MSとして建造されたならば理解出来る話であるが……問題はこれだ」

 

 

 写真の一部を拡大すると、宿敵のマークが入ったコンテナと、同じくその軍服を着た士官が、はっきりと見て取れた。その場に居た全員が息を呑む。

 

 

「お分かり頂けたようだな。これは紛れもなく地球軍の物だ。どういった事情があるのかは知らないが、奴等は中立国を隠れ蓑に猟犬を育てていたという訳だ。仕上がり方から察するに、ロールアウト前後といったところだろう。――これを本部に持ち帰られる前に、奪取する。至急突入班を編成、作戦開始は明朝だ。コロニー内のマップは各自の端末及び機体へ転送しておく。部隊設立以来最大の獲物だ。各員、準備を怠るな」

 

「「「「「はっ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 作戦会議が終了し、アスラン達は装備の準備を進めていた。

 

 

「フン、ナチュラルの造ったMSなどまともに動くとは思えん!その場で破壊しても良いだろうに、なぜ隊長は奪取などという面倒な事を……」

 

「まぁでもさ、ナチュラル共が少ない脳味噌使って、必死こいて造った玩具をかっぱらうってのも面白いんじゃない? 多分泣くぜアイツら。ママ~、取られちゃったよ~、って。あはは!」

 

「ったく、お前らはこんな時までその調子かよ。その辺にしとかないと、そのナチュラル共に返り討ちにでもされた日には、墓標まで指さして笑われるぞ」

 

 

 どうにも緊張感の無いイザークとディアッカをラスティが諫める。そんな新入り達の様子を見て、ミゲルが寄って来た。

 

 

「その通りだぜお前ら。奴等は一匹一匹は雑魚でも数が馬鹿にならねぇ。そりゃあもうゴキブリみたいにうじゃうじゃと湧いてきやがる。俺達もジンでサポートに付くから余程の事はないと思うが、基本的にはスピード勝負だ。油断せずにかかれよ」

 

「りょーかい」

 

「ちっ!」

 

「おいイザーク……」

 

「分かっている!ま、精々持ち帰るポンコツが動いてくれることを祈っておこうじゃないか」

 

 

 

 そんなやり取りを遠巻きに見ていたアスランは、憂鬱そうにため息を付く。

 

 

「はぁ……。Nジャマーのせいで核がダメなら、今度はMSか。戦火を広げる真似ばかりして……くそっ!」

 

「いずれにせよ、放ってはおけません。またいつ“あんな事”になるのか分かりませんから」

 

「……ああ、そうだな。ニコルの言う通りだ」

 

 

 今は亡き母を思い浮かべながら、彼はその手に銃を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71 1月25日

 

 

 ソラはマリューの案内で新造艦“アークエンジェル”内部を見て回っていた。強力な武装や、これだけの規模の艦でありながら少人数での運用が可能なシステム、他にも整備された生活環境等が、ソラの心を躍らせた。

 

 

「私戦艦って初めてで、こんなに居住性に優れたものだとは思いませんでした。 感動です!」

 

「作戦中は長期間港に戻れないこともあるから、クルーのコンディション維持には一層気を遣う必要があるのよ。もちろん、そうならないことが一番なのだけれど」

 

「つまり、ここが私達の第二の我が家になるんですね。 宇宙を駆けるマイハウスでマリューさんと共同生活なんて、戦争でさえなければ楽しみ一杯夢一杯で素晴らしいです!」

 

 

珍しく目を輝かせてはしゃいでいるソラのその言葉に、マリューはハッとする。

 

 

(ちょっと待って。ただでさえ女性クルーは少ない上に、彼女の地位を考えればより自然な形で相部屋に出来るのでは……。えっ、それって余裕がある日とかはもしかしてこの娘が『不安なので……一緒に寝ませんか?』なんて枕片手にお願いしに来たりする可能性も……はっ!いけないわ、私は上官、私は上官、私は上官。戦争をしに行くのよ。そんな姉妹気分で浮かれたりしている場合じゃ……)

 

「てことは、えへへ……き、気軽にマリューさんとお泊りが出来ますね。枕持ち寄ってぬくぬく快眠です、なんて……」

 

「」

 

 

 マリューが良からぬ妄想を膨らませているところへ、少し赤い顔ではにかみながら、とんでもない爆弾を落とすソラ。それは完全に無垢な笑顔という訳でもなく、何やら違う意味を含んでいるようにも思える言い回しに、ソラ自身が気付いて恥じらっているような表情だった。それが余計に、マリューの脳と心臓に揺さぶりを掛ける。

 

 

「でも、そういう訳にもいきませんよね……軍艦ですし……戦闘なんて事になったら、って、マリューさん?」

 

「コホン! そ、そうね。そもそも作戦中は寝る時間もばらばらになるから、会う機会も減ると思うし、そんな余裕も無くなると思うわ。あと、今はラミアス大尉よ」

 

 

引き攣った笑顔を浮かべ、なんとか体裁を取り繕うマリュー。大尉の肩書にこれほど感謝した事が今までにあっただろうか。

 

 

「そ、そうでした! 私ったらつい浮かれてしまい……すみません」

 

「ふふっ、でもこの艦のドックに貴女の機体が並ぶのは、技術者としてはとても楽しみね。さ、じきに艦長達とパイロット候補生達が来るわ。私達は一旦MSハンガーに戻って、機体の積み込み準備をしましょう」

 

「了解」

 

「他の4機のOSは完成してる?」

 

「はい。後は機体にインストールすれば完了です。微調整は実際に乗って頂かないと分かりません」

 

「分かったわ」

 

 

 この後の動きを話し合いながら、2人は艦を後にする。

 

 

 

 

 その頃、民間船に扮した旧型艦“マルセイユⅢ世級輸送艦”は、Gシリーズパイロットの護送という重大任務を無事終えたところだった。そしてそれは、この艦自体と艦長の最後の航海でもあったようだ。やや感傷的な表情で、艦長は護衛の兵士に礼を言う。

 

 

「感謝するぞ、ムウ・ラ・フラガ大尉。お陰で私もこの艦も無事に最後の仕事を終えられた。ご苦労だったな」

 

「いえ、道中何事も無く、幸いでした。しかし、彼らが噂のGのパイロットですか。なんともまぁ……」

 

「あれでも厳しい試験を潜り抜けてきたトップガン達だ。型遅れのMA乗りよりは遥かに戦えるだろうよ」

 

「……そりゃ、違いない」

 

 

 

 地球軍の計画は順調だった。艦とMSが完成し、人員も揃った。描かれたシナリオ通りの、最高の運びが出来ていた。

 ソラを除く4人のGパイロット達は、アークエンジェルが臨めるモルゲンレーテ保有の宇宙港管制室で、艦長ら上官達と顔を合わせる。これから敵にこの力を見せ付けてやるぞという熱気が、その空間には満ち溢れていた。

 そして、艦長とパイロット候補生が固い握手を交わした瞬間――。

 

 

 

 

 

 港全体が、激しい爆発の炎に包まれた。

 

 それは管制室諸共彼らの肉体を一瞬にして焼き払い、港出口を完全に封じる。

 

 

 

 

 

 

 突如港の方から聞こえてきた爆発音に加えて、ヘリオポリス全域に警報が響き渡る。モルゲンレーテは一瞬でパニックに陥っていた。その中には実習でここを訪れていた学生の姿もあり、皆訳も分からないまま非常口に殺到する。瞬く間に避難シェルターが埋まっていき、開いているシェルターへと人の波が流れて行く。

 しかし、その流れに逆らう人影がひとつ。その人物は眩いばかりの黄金の髪を揺らし、真っ直ぐにハンガーへと向かっていた。

 

 

「くそっ! 確かめないと! あの噂が本当なら、この騒動の中心に居るのは……っ!」

 

 

 細い通路を抜けると、一気に視界が開ける。そこで金髪の少女が目にしたものは、大型トレーラーの荷台に横たわる、人型の機動兵器達だった。

 

 

「ああ、やっぱり……。地球軍の新型機動兵器っ! くっ……、お父様の裏切り者おおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の爆発から間もなく、今度はコロニー内部の至る所から散発的に爆発音が聞こえるようになった。そして煙が上がっているのが主にこのモルゲンレーテの敷地であることから、ソラは最悪の事態を思い浮かべる。

 

 

「ラミアス大尉。この爆発、ロクでもない想像しか出来ない私を許してください」

 

「奇遇ね、ヤマト少尉。私も同じことを言おうとしたわ。……最優先でX-105とX-303のある区画へ向かいます。貴女はX-105の起動を最優先に行動しなさい。303は私が」

 

 

「了解!」

 

 

2人がハンガーに辿り着いた時、上空に巨大な機影が現れた。見紛うこともない、資料に穴が開くほどソラが観察した機体、ZAFTの主力量産MSジンだ。彼らはこの地に降り立つなり、工場に備えられた対空兵器を片端から潰していく。

 

 

「ジンを投入してくるってことは! 狙いはやっぱり……くっ! あれは退路を確保する動きです!」

 

「港の方は陽動……! Gに乗り込んで奪取するための歩兵部隊が来るはずよ!っ……少し遅かった!」

 

 

 マリューは素早く拳銃を抜き、ストライクを載せたトレーラーの陰に潜むZAFT兵を仕留める。が、予想以上に敵の数が多く、より遠くにあるイージスのコクピットに辿り着くのは、いくらソラでも困難だ。また、先に移送している他の3機も同様に襲撃されているだろう。あと一歩間に合わなかったと、唇を噛み締める思いでソラは判断を下す。

 

 

「2機とも守るのは無理です! ラミアス大尉は私と一緒にストライクへ! いち早く起動してイージスの奪取を阻止、最悪の場合……破壊します!」

 

「それしか無さそうね……了解!」

 

 

 と、その時。場違いな悲鳴がハンガーに響いた。

 

 

「お父様の裏切り者おおおお!!!」

 

 

「っ……一般人!? ……すみませんラミアス大尉、60秒なんとか粘って下さい。あのノロマをシェルターに叩き込んで来ます!」

 

「あ、ちょ、ヤマト少尉!?」

 

 

 マリューが止める暇もなく、ソラは機体を中間の踏み台に使って3階相当の高さがある通路まで一気に飛び上がると、金髪の少女を捕まえて一直線にシェルターを目指す。

 

 

「うわっ! 何すんだよお前! 離せっこの! 離せよ!」

 

「望み通り、シェルターに突っ込んだら離してあげますよ!」

 

「うるさい! 今すぐ離せ! あんな物を残して行けるか!!」

 

「っ! あなたの事情は知りません。 ……ですが、アレを破壊すると言うのであれば、今すぐこの場でその元気な喉を掻き切るしかありません。どうしますか?」

 

「ひっ……!?」

 

 

 戦場に馴染みのない、金髪の少女にでも分かった。自分と同年代……の筈の少女から放たれる、この濃密な殺気は本物だ。反抗した次の瞬間、自分の首は胴体と別れを告げる事になるだろう。綺麗な花には毒があるとは言うが、目の前の少女の美しさと毒の強さは、この世の物とは思えない程に強烈だった。

 

 

「わ、分かったよ……。シェルターに入れば良いんだろ。……けど、お前はどうすんだよ!」

 

「見ての通り私は地球軍の軍人で、アレのパイロットですから。心配は無用です。それでは、良い旅を」

 

「あ、おい! ――!!」

 

「全くもう……急がないと!」

 

 

 シェルターに辿り着き、ソラは彼女をシェルターに押し込むと、その言葉には耳も貸さずに扉を閉じた。カプセルが下降していくのを確認すると、即座に頭を切り替えて元来た道を引き返す。

 

 

 約束通り、ソラは60秒きっかりでマリューの元に戻った。

 

 

「彼女は!?」

 

「無事シェルターへ!」

 

「何事も無くて良かったわ。ただ、こちらはイージスの周囲が完全に占拠された。ハマナ達もやられて……くっ!」

 

「そんな……」

 

 

 共に機体を作り上げてきた仲間達の命が、コーディネイターの自分を仲間だと認めてくれた大切な者達の命が散っていく。なすすべなく、大切な物が零れ落ちて行く。これが戦場の現実だった。

 

 

「貴女のせいじゃないわ。とにかく今はストライクだけでも!」

 

「っ……! はい!」

 

 

 その時、横たわるストライクの胸部に、他のZAFT兵とは異なる赤いスーツを着た兵士が降り立つ。ソラは以前、そのスーツについて聞いた事があった。

 ZAFT軍の兵士は基本的には緑色の軍服だが、士官学校を特に優秀な成績で出た兵士には、赤い服を纏う権利が与えられると。

 この状況でそんな服を着て機体に近付くということはつまり――。

 

 

「っ!! ZAFTレッド!! 分かり易くて助かりますね!」

 

 

 考えるより早く、ソラの身体が弾けるように加速した。

 

 白銀の長髪を靡かせ、幾筋もの銃撃を寄せ付けることなく戦場を駆け抜ける。

 

 赤服の兵士は急接近するソラに気付きサブマシンガンを向けるが、もう遅い。

 

 ソラは相手の居る高さまでひと蹴りで飛び上がり、空中で太もものホルダーからサバイバルナイフを抜き放つ。

 

 

「ようやく掴んだ私の……私達の希望に……、気安く触るなああああああ!!!」

 

「何っ!!?? コイツ、まさかコーディネ……!! ごっ……ぁ……」

 

 

 信じられない速度で一直線に飛んでくるその姿に、赤服の兵士“ラスティ・マッケンジー”は驚愕する。

 だがソラは彼の言葉を待つことなく、トップスピードでその刃を彼の胸に突き刺した。

 そのままソラは彼のサブマシンガンを奪い取り、マリューが通る道を切り開く為に周囲の残存敵兵に向け掃射する。

 

 

「ラミアス大尉! こちらへ!」

 

「ええ! ……ほんっとに、なんて娘なのよ」

 

 

 ソラの鬼神の如き戦い振りに小声でボヤきながら、マリューはストライクを目指す。だが、ソラがマリューを機体に引っ張り上げる瞬間、イージスの傍に居たもう一人の赤服が、地面に赤い花を咲かせて動かなくなっているラスティに気が付いた。

 

 

「っ!!!! ラスティーーー!!!! っ……くっそおおおお!!!」

 

 

 マリューは機体に登った瞬間、ソラの背後から狙う赤服の存在に気付き、咄嗟に彼女に覆い被さる。

 

 

「っ!! 危ない! ……っうあ!!」

 

 

 辛くもその凶弾はマリューの肩を掠めるに留まったが、マリューは焼けるような激痛に呻く。

 

 

「マリューさん!!」

 

 

 ソラが背後を振り返ると、ナイフを片手にストライクの上に降り立ち、こちらに駆けて来るもう一人の赤服の姿があった。

 

 そして互いの顔が鮮明に認識できる距離まで近付いたその時――、

 

 

 

 世界が凍り付いた。

 

 

 

 その宝石のようなエメラルドグリーンの瞳の持ち主は。

 

 

 

 

「……アス……ラン……?」

 

「何!?……この声……その目……まさか、ソラなのか……!?」

 

 

 

 

 ずっと再会を望んでいた2人の幼馴染は、これ以上無く最悪の形で、その念願を果たすのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 ラスティがやられた。

 

 イージスを確保した上でストライクの方を見やると、機体の脇で見知った仲間が血溜まりに沈んでいた。

 気持ちに蓋をして、自分は速やかにイージスを持ち帰るべきだった。

 だが大切な仲間の仇くらいは、この場で討ちたいと思ってしまったのだ。

 故に、出会わなくて良い者とまで出会ってしまった。

 

 見た目は大きく変わってしまってはいたが、その声で自分の名を呼ぶその少女は、紛れもなくコペルニクスで別れた幼馴染の少女、ソラ・ヤマトだった。

 

 あまりの衝撃にアスランの思考が止まる。目の前に居るのは間違いなくソラだ。だが栗色だったはずの髪の毛は眩い新雪のような白銀に、元々色白気味だった肌は更に真っ白に。そしてその身に纏うのは、ユニウスセブンを核で破壊した悪魔、地球連合軍の軍服だった。

 

 状況を理解出来ずに混乱するアスランの意識を、銃声が現実に引き戻す。見れば肩を負傷した女性兵士がこちらに拳銃を向け、2発、3発と撃ってくる。

 

 

「くっ、チィッ!!」

 

 

 アスランは辛くもそれらを凌ぐと、ストライクの確保を断念しイージスのコクピットへ飛び込む。

 

 

(そんな……、そんな事が!! 彼女が地球軍に居る筈が無いじゃないか!!! 見間違いに決まっている!)

 

 

 纏わりつく、自分を呼ぶ声の記憶を振り払うように、アスランはイージスのスラスターに火を入れると、全速力でその場を飛び去った。

 

 

 

 

 一方、イザーク、ディアッカ、ニコルの3人は、移送中だったデュエル、バスター、ブリッツを奪取し、アスラン達よりも一足早く機体の起動チェックに移っていた。

 

 

「ほう、思っていたよりはまともに動きそうじゃないか」

 

「こっちも動けるぜ」

 

「ニコル、そっちはどうだ」

 

「少し待って下さい。……こっちもOKです」

 

「ではこの3機、先に持ち帰る。クルーゼ隊長にお渡しするまで、壊すなよ」

 

「「了解」」

 

 

詳細なチェックを一旦飛ばして移動に支障ない程度の動作を確認後、少女の魂が込められた3機はあっさりとコロニーの外へ消えて行った。

 ヴェサリウスへの帰投中、ニコルはその特徴的な外見の機体“ブリッツ”のスペックや武装に目を通し、その完成度に舌を巻いていた。

 

 

(5機に共通して搭載されているフェイズシフト装甲だけでなく、ミラージュコロイド……? それにこの複雑かつ緻密なOS、本当にナチュラルがこんな物を扱えるんでしょうか? 確かに使いこなせる前提で考えるなら、それこそ手足のようにMSを動かす事が出来るでしょう。けれど恐らく、僕たちコーディネイターの中でもこれを余すことなく使いこなせる人はまず居ない筈……。正直、僕が扱うにはデチューンが必要になるでしょう。ただし、敵にこれを扱えるパイロットが居るとしたら、機体を奪っても安心は出来ませんね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年の懸念は、早くも現実のものとなる。

 

 

「ヤマト少尉! 呆けていないで早くコクピットへ!」

 

「っ! そうだ、まだ終わってませんでした! ラミアス大尉は後ろへ! しっかり掴まっていて下さい!」

 

(マリューさんを乗せている以上、無理は出来ませんっ……! そしてイージスにはアスランが……)

 

 

 しかし2人がコクピットに潜り込む間に、イージスは起動、素早く上昇するとMA巡行形態に変形し、瞬く間にコロニー内から姿を消してしまった。

 

 

「くっ……エールのブースター無しでは、イージスの速度には……。それに他の3機の反応も……申し訳、ありません……っラミアス大尉……うぅ」

 

「良いのよ。あの混乱の中で一般人も助けて、……貴女はよくやったわ」

 

「どうして、私ばっかり奪われなきゃいけないんですか……。どうして、みんなが死ななきゃいけないんですか……。どうして……どうしてっ……!」

 

 ソラは悔しかった。自分の希望がまたしても奪われた事が。そしてその一端を、最も仲の良かった幼馴染が担っていた事が。感情の波を抑えきれず、ソラは嗚咽を漏らす。

 様々な苦難を乗り越えて実った努力の結晶が、ただ1機を残して全て持ち去られてしまった。それだけでなく、苦楽を共にし、それらを作り上げた者達の尊い命まで、ものの数分で失われてしまったのだ。ナチュラルですらない、本来は敵であるはずの小生意気なコーディネイターの娘の言うことを聞いて付いて来てくれた、そんな彼らの命まで。

 

 怒りと無念に震えるソラの頭を、マリューが優しく撫でる。ソラの気持ちが痛いほど分かるマリューだからこそ、それ以上の言葉は掛けられなかった。

 

 

 だが、そんな彼女達に追い打ちを掛けるようにアラートが鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! ラスティが失敗だと!? なら俺がやる! ひよっこのナチュラルの操縦など知れているだろうが!」

 

 

対空兵器を粗方潰し終えたミゲルは、仲間が奪取し損ねたその機体を睨みつける。そして自分達のお株を奪おうとする下等生物に序列を分からせようと、戦闘態勢にも入っていないストライクに向けて、マシンガンを撃ち掛けた。

 

 

「生意気なんだよ! ナチュラルがモビルスーツなど!!!」

 

「ジンがこちらに……!」

 

「っ。問題ありません。ジンの武器と装甲なら、この装備で十分に対応可能です」

 

 

 ソラのスイッチが入る速度にマリューが驚く暇もなく、ソラは即座にフェイズシフトをONにして弾丸を弾くと、大胆にスラスターを噴かす。イーゲルシュテルンの雨をジンのメインカメラに目掛けて浴びせつつ急接近し、瞬く間にアーマーシュナイダーの射程圏内に捉える。

 

 

「何ぃ!? 正面から弾くだと!? コイツ、 ……っ!!!」

 

「もう私の距離ですよ。……まず右腕、貰いですっ!!」

 

 

 弾幕で塞がれた視界が開けると、まるでワープして来たかのようにストライクが目の前に出現し、、ミゲルの背筋が凍る。次の瞬間、ストライクの突き出したコンバットナイフの切っ先がジンの右肩口に滑り込み、激しい火花を上げた。

 

 

「くっ! 準備運動なしのデビュー戦だろ!? どうなってやがる!」

 

 

 後ろに引いても追い縋られると判断したミゲルは、負けじと残った左腕でサーベルを抜こうとするが、ソラはすかさずジンの左肩付け根にもう一本のナイフを突き刺す。

すると当たり所が悪かったのか、ジンは徐々に力を失い、やがてメインシステムがダウンした。。

 

 

「クソッ動かねぇっ! この俺がまるで歯が立たねぇってのかよ……ええい!!」

 

「っ! 機体を放棄する……!?」

 

「これは……、嫌な予感がします」

 

 脱出するパイロットを見て不穏な気配を察知したソラは、遮蔽物を探す。が、ストライクのメインカメラが捉えたのは、巨人同士の戦闘から必死に逃げ惑っていた民間人達の姿だった。そして何より、その者達は――。

 

 

「そんなっ、ミリィ達!? シェルターに入れなかったのですか!! いけません……!!」

 

 

ソラは機体そのものを盾とする為、ミリアリア達にストライクで覆い被さる。その直後、ジンの自爆装置が作動し、激しい爆発を巻き起こした。

 

 

 

 

 爆風が収まると、辺りにはようやく静寂が訪れる。ストライクは爆発を凌ぐ為にエネルギーを使い果たし、色を失ってその活動を停止した。

 

 

「無茶してすみません、ラミアス大尉。……っ! お怪我の具合は!? すぐに手当てを!!」

 

「大丈夫だから、落ち着きなさい。……それより民間人の子達は? 無事かしら?」

 

 

 2人がモニタを覗き込むと、ミリアリア、トール、サイ、カズィの4人全員の無事が確認出来た。彼らは怯えた目でこちらを見上げている。

 

 

「皆さん……、ふぅ。ひとまず、無事みたいですね」

 

「そうね、良かっ……た……」

 

「えっ……、マリューさん? マリューさん!!」

 

 

 緊張が切れて限界を迎えたマリューは意識を失う。ソラは思わず取り乱しかけるが、脈と患部を確認して手際良く応急手当を済ませると、彼女を背負ってコクピットを抜け出した。

 

 

「えっ……!? ソラ!?」

 

「はぁ!? おいおいどうなってんだ!?」

 

 

 今度はミリアリア達が驚く番だった。自分達を爆発から庇ったMSから顔を出したのは、ついこの間まで共に学校に通っていた同級生だったのだ。半年という短い期間とはいえ、校内一の有名人にもなった友人の容姿を見間違える事など無いだろう。

 

 

「皆さん……。すみません、事情は追々説明します。とりあえずこの方が横になれる場所へ移動します。応急処置は済ませましたが、左肩を撃たれたショックで一時的に意識を失っています」

 

「撃たれっ……!? と、とりあえずすぐそこの広場のベンチへ! トール達は綺麗な水とかが無いか探してきて!」」

 

「分かった!」

 

「すみません……。恩に着ます」

 

 

 

 

 ひとまず嵐は過ぎ去った。しかし、ZAFTもこのままストライクを放置する事は無いだろう。すぐにでも何か仕掛けて来るはずだ。最優先すべきはミリアリア達の避難、次点でアークエンジェルとの合流。ソラは頭をフル回転させ、最善手を模索する。

 

 ソラが生み出した5機のうち、既に4機が奪われた。残された手札は、このストライクただ1機だ。

 

 

「それでも、ストライクと装備は残りました。急ぎストライカーパックさえ集めてしまえば、まだ……まだなんとかなるはずです。今度こそ、守り抜いてみせます……!」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、光を失ったモルゲンレーテの宇宙港に、地響きのような、しかし機械的な唸り声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔の炎に焼き尽くされ、最早生者など存在するとは思えないその暗闇の最深部で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼鉄の天使が目を覚ます――。

 

 

 




ようやくささやかながらMS戦です。

念のため捕捉ですが、以前ハルバートンが05話で言っていたように、ソラの在学期間は半年なので、現時点では修了してから更に半年近くの時間が経過しています。

ミリアリア達とは、お久しぶり、なソラになります。


ここからソラはミリアリア達にどう事情説明するのか、というところですね。
友達が既に軍人だった場合、彼等はどう立ち回るのかがポイントになります。

まぁカズィ君はある意味安定してるので描き易そうですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。