ZAFT軍クルーゼ隊隊長、ラウ・ル・クルーゼはシグーを駆り、先を急いでいた。潜入させた部隊の報告に寄れば、襲撃の段階でラスティ―が倒れ、それによって奪い損ねた新型にミゲルが後れを取ったという事らしい。
コーディネイターの中でも生粋のエリート部隊により奪われた地球軍の最新兵器達は瞬く間にその秘密を暴かれ、その機体スペックから武装、稼働時間に至るまでの様々なデータが次々に部隊内に展開される。
ラウ本人が搭乗しているシグーも例外ではなく、先ほどから絶え間なくそれらの情報がディスプレイの端に流れている。
「ラスティを失ったとはいえ、"赤"に限らず流石に優秀だな。さて……」
アスラン達が持ち帰った機体を少し解析した結果から、これら新型MSは単機で驚くべきスペックを誇る反面、稼働時間はそれほど長くない事が分かっている。加えて、持ち帰った機体の補給が完了していない事から、取りこぼしてきた残りの一機も同じ状況であることが予想出来た。
また、コロニー外の戦闘での友軍の損害が”エンデュミオンの鷹”によるものという事もあり、いよいよラウ本人が出撃するに至った。
「フン。相も変わらず、いつでも邪魔をしに現れるな貴様は」
目の前を飛び回る朱色のMA”メビウス・ゼロ”と交錯しながら、ラウはそのままメビウス・ゼロを引き連れコロニーシャフトへ侵入する。
相対するムウ・ラ・フラガの腕は確かなものだ。MSと違い小回りの利かないMAで、有線式の独立機動兵装をこの狭いシャフト内で振り回し、クルーゼの駆るシグーと渡り合っている。
しかし、それでも分が悪い。
ひとつ、またひとつと、実質火薬庫のようなガンバレルを破壊される度に爆風で揺さぶられ、流石のムウも前後不覚になりかける。卓越した空間認識能力が無ければ、自らシャフト内壁に激突して宇宙の藻屑になっているだろう。だが、その粘りも限界だ。
「さて、そろそろご退場願おうか…ん?」
いよいよ動きの鈍ったMAを蜂の巣にしようかという時、敵はおもむろに最後のガンバレルをシャフト内壁に向けて射出。衝突でそれは大爆発を起こし、シャフトに穴を開けた。
突如発生した気流に逆らい、空いた穴を潜ると視界が開ける。コロニー内部に入ったのだ。
「周囲が開けたと言って、その様ではな。……無駄な足掻きを」
メビウス・ゼロに残されたリニアライフルの銃口がこちらに向くより先に、シグーのサーベルがその銃身を切り落とした。相手は姿勢を立て直せず、錐揉みしながら吹き飛んで行く。マシンガンの掃射でとどめを刺そうかという、その時だった。
「…っ!? あれは……」
シグーのメインカメラの端に、何かが映った。それは紛れもなく報告に挙がっていた例の機体。奪取し損ねていた最後の一機だ。
機体色は――”灰色”。作業が間に合っていないのか、片腕に中途半端に掛けられたカバーでは全身を隠し切れていない。
「…ほう。これは道案内に感謝しなければな。今の内に叩かせて貰う!!」
スラスターを吹かして一気に距離を詰め、ロックオン。標的が装甲を展開出来ない上に動けない今、ただのカモ撃ちで終わる……筈だった。
ラウがトリガーを引くのとほぼ同時、まるでタイミングを計ったように敵の機体色が変わる。銃口から放たれた無数の弾丸は、そのトリコロールに変わった機体を貫く事は無く、小石の様に弾かれた。
「っ!? パワーダウンしているのではないのか…!?いや……」
よく見れば、先の映像には無かった装備が目に付く。背中に装着されたブースターの様なバックパックは、ジンやシグーのそれよりも大型だ。
「あれが増槽にもなっているという事か。……なら、これはどうだ!」
ラウは弾丸を変更、強化APSV弾に変更し斉射するも、標的は火花を上げるだけで傷一つ付かない。
「チッ、厄介な物を…。っ!?」
この時、彼は一つミスを犯していた。ここまで堂々と接近したのは、相手にまともな射撃武器が無いと思っていた為だ。
だが、”有ったら”どうなる?
中途半端に被せられたカバーの下にある右腕には、何が握られている?
ラウがその思考に至った瞬間、右腕がカバーごと持ち上がり、姿を見せたライフルの銃口とラウの目が合う。
――誘われた。
ラウの背筋が凍り付く。第六感に従うまま機体を捩ると同時に、敵機のライフルの銃口からビームが迸る。コクピット直撃は免れたものの、その熱線はシグーの左腕を肩口から吹き飛ばした。
「ええいっっ!!」
ライフルによる追撃は来ない。それも当然、ここはコロニー内だ。必中の一撃を除き、守る側としてはおいそれと飛び道具が使える筈も無い。
と、なれば。
ラウの一瞬の思考すら許すまいと、大型ブースターを吹かしたストライクが弾丸の如きスピードでシグーに肉薄する。そして振り下ろされるのは、背中から突如出現したビームサーベル。それはシグーの右肩に触れると、まるで温まったバターを切るように右腕ごと削ぎ落した。
初見殺しの2段構え。機体の両腕を失ったとはいえ、これを切り抜けられたのは紛れもなくラウの天才的な技量によるものだった。
「チッ、舐めた真似をっ!!!」
たまらずスラスター全開で緊急離脱するラウ。認めたくはないが、完全にこちらが後れを取っている以上は退くしかないと判断を下す。
相手も背後に民間人を庇っている様で、過度の追撃はしてこない。撤退しつつ文句の一つでも吐こうかと思った矢先、今度は被弾とは異なる衝撃を感じた。
「全く…、今度は何だと言うのだ」
ややうんざりとした様子で音のした方を見やれば、少し離れた……軍港の方角から爆炎が上がっている。
「陽動での爆破で発生した火災が今頃誘爆でも起こしたか…?しかし……!?」
ラウが思考を巡らせるより早く、その答えは姿を現した。煙の尾を引き、”空”へ向けて飛翔するその巨大な構造物は紛れもなく――。
「戦艦……だと……!?」
事実、ヘリオポリスのドックはG奪取の為の陽動として爆破攻撃を受けていた。これにより艦長やGパイロット候補生達が犠牲になる等の被害が出ていたものの、辛うじて難を逃れたナタル・バジル―ル、アーノルド・ノイマンをはじめとするクルー達がアークエンジェルに辿り着き起動させるに至ったのだ。
爆破により電源がダウンし暗闇に閉ざされた空間を、莫大なエネルギーの奔流が貫く。白鳥の騎士の名を冠された特装砲は眼前の遮蔽物を全て吹き飛ばし、一瞬にして大天使の進む道を切り開いて見せた。
「離床、全速前進!」
強襲機動特装艦”アークエンジェル”。後に伝説の不沈艦として名を馳せる大天使が、戦場に産声を轟かせる。
ラウのシグーを撃退したソラは、程無くしてマリュー、ミリアリア達と共にアークエンジェルとの合流を果たしていた。ソラは大きく口を開けた艦首のハッチに着陸、ストライクの掌に乗せた皆を降ろす。周囲には既にアークエンジェルのクルー達が集まっていた。
「ラミアス大尉!」
「!…バジルール少尉!」
「ご無事で…何よりでありました」
「貴女こそ、よくアークエンジェルと皆を…。お陰で助かったわ」
「いえ…」
マリュー達がお互いの再会を喜んでいると、間もなくストライクのコクピットが開く音が聞こえ、自然とクルー達の注目が集まる。
「…っ!」
中から出てきた者の姿に、皆が息を呑んだ。人形の様に現実離れした美しい少女が、白銀の髪を靡かせながらラダーで降りて来たからだ。おおよそ軍人とは思えない容姿をしたその少女は、しかし確かに地球軍の軍服を着ている。
ソラはMS開発主任を担当していたとはいえ、これまでアークエンジェルのクルーと顔を合わせる機会が無く、名前だけは知られていてもプロフィールの詳細までは知れ渡っていなかったのだ。故にナタルをはじめとするクルー達の受けた衝撃は大きく、全員空いた口が塞がらない。
「紹介します。彼女はソラ・ヤマト少尉。G計画におけるXナンバーの開発主任兼、X105のパイロットです」
ザワッッッ!!!
「きゃっ…!…うう、やっぱりこういう反応されるんですね…」
「ふふ、こればっかりはね。…幸い襲撃のタイミングでハンガーの近くに居た為、現場に駆け付けてこれだけは守る事が出来ました。しかし他の機体は奪われ、現場に居た技術者達は…」
マリューがそこまで口にすると、ソラの表情が曇る。マリューやハルバートンの恩に報いようと造り上げた5機のMSが、完成した側から4機も掠め取られたのだ。コーディネイターである自分を受け入れ、共に完成に向けて努力してきた仲間達ほとんどの死というおまけ付きで。
しかし、被害は技術士のみに留まらない。ナタルはMSハンガーで起きていた惨劇を察すると、今度は自分達の居た軍港での状況を説明する。
「こちらは現在作業中の艦のメカニックを除き、今この場に居る者達で全員です。艦長やパイロット候補生達、その他クルーは皆最初の爆発に巻き込まれて戦死されました」
「そう……」
重い空気が流れ始めたところで、別の声が聞こえて来る。
「へえ、こいつは驚いた。こんなに可愛いお嬢ちゃんが虎の子の生みの親で、しかもパイロットとはね。……ムウ・ラ・フラガ大尉だ。お嬢ちゃん、さっきは助かったぜ。しかし彼奴を秒速で撃退とはね。コロニーに被害も出さずに、だ。正直恐れ入ったよ」
「い、いえ…。その……追撃が来ることはある程度予想出来ていましたので、不意打ちは難しくありませんでした」
「予想出来て……?どういう事だ?」
「えっと、ザフトに他の機体を奪取された以上、データは瞬く間に軍内部に拡散されます。となると、PS装甲の存在の次に明らかになるのが機体の稼働時間と補給に掛かる時間です。持ち帰った機体を補給する必要があるからです。ジンの自爆から身を守る際に消費するエネルギーをあちらが演算出来ているなら、その後の補給のタイミングを狙われるのは必然です。実弾で撃破可能ですので……。それを逆手に取って、ストライカーパックを装備して待機、相手を誘き寄せてから叩いただけです……」
言っている事は確かにシンプルだが、この追い込まれた状況でそれが出来る判断力、適切な装備を選択し使いこなす戦闘力など、とても10代半ばの少女が身に付けられるものではない。ましてや、その機体すらも自らが設計・開発・生産までボールを握っているなど、常人には不可能だ。
しかし、それを実現する可能性を持つ人類が存在する事を、この場に居る誰もが――いや、この場に居る者達ほど身を持って知っていた。
「……君、コーディネイターだろ。それも、とびきり優秀な」
「……っ」
ムウとて悪気があった訳ではない。同時に、ソラとしても隠していた訳ではない。だが、初対面の成人男性から面と向かってぶつけられる”とびきり優秀なコーディネイター"という言葉は、彼女の脳を激しく揺さぶった。
「…………あっ……ぃ……ゃ……」
――ブロックワード。トラウマや記憶がフラッシュバックを起こし、錯乱状態に陥る現象、そのきっかけになる言葉を意味する。ソラの居たロドニアのラボでも、何かの拍子にブロックワードを聞いてしまい錯乱状態に陥るブーステッドマンの被検体は珍しくなく、症状が治まらない場合はそのまま殺処分されてしまう個体も存在した。
ソラにおいては、スーパーコーディネイター、あるいはそれに近しい表現がブロックワードとなり得るが、耳にした程度で錯乱するほど脆い精神構造をしているソラでは無かった。しかし今回のケースでは、精神的に無防備なタイミングかつ、自分より遥かにガタイの大きい成人男性から直接その言葉をぶつけられた事で、克服出来ていたと思っていたトラウマのスイッチが入ってしまったのだ。
薄暗い地下室。
ビクともしない強固な拘束具。
周りを取り囲み、下卑た笑みを浮かべる男達。
自分を弄ぶ為に用意された、様々な道具や薬物。
意に反して悦ぶ自分の身体。
寝ても覚めても――否、意識があるのか無いのかも分からず、ただ与えられた刺激に対して鳴くだけの時間。
悪夢のような記憶がMSの設計計算すらこなす頭脳を一瞬でショートさせる共に、ソラは自分の身体に妖しい熱が宿って行くのを感じる。いくら心を取り繕っても、”そういう身体”にされてしまった事実は変わっていなかった。
自分はまだあの地下室に囚われているのだとソラが絶望しかけた時、一つの影が割って入った。
地球軍という場においてソラをスーパーコーディネイターとしてではなく部下として、または家族として扱い、真っすぐに愛情を注ぎ続けた存在。暗く閉ざされたソラの未来に、再び希望の光をもたらした女神の如き存在は、ソラの視界に映るだけで彼女のトラウマを跳ね除ける。その者の名は――。
「ラミアス大尉……」
「彼女の上官である私の前で、随分と無遠慮に根掘り葉掘り聞くのね。”エンデュミオンの鷹”に、礼儀や配慮の文字は無し。覚えておくわ」
”言って良い事と悪い事の分別を弁えろ”と、穏やかに、しかし確実に、マリューは目でムウを分からせる。
「え?ああいや、そんなつもりは……」
無い――と言いかけたところで、ムウはハッとする。割って入ったマリューの肩越しに、怯えて動けなくなっている少女と目が合ったからだ。
(あー……俺とした事が……。無遠慮もそうだが、これはマズったな)
マリューだけではない。周りを見たらどう考えても自分が悪者にしか見えない。特に、凄い形相でこちらを睨んでいる一般人の女の子なんかには完全に嫌われてしまった気がする。
「いや、確かに今のは俺が悪かった。すまない」
「全く……」
(しかしこの大尉さんおっかね~……。同じ階級だけどあんな目できねーよ……)
「何か?」
「いえ!何も!」
「ま、まぁまぁその辺で……。私は大丈夫ですから」
少し落ち着いたソラが困った様な笑顔を浮かべながら二人を仲裁すると、空気を変えようとナタルが口を挟む。
「ところで彼等は?一般人の子供達の様ですが……」
ミリアリア達について、マリューがこれまでの経緯を説明したことで一通りの情報整理が完了した。となれば、次に考えるべきは今後どう動くか、となる。
「とりあえず艦長は……ラミアス大尉でいいか?俺も大尉だけど、この艦の事はさっぱりでね」
「私も異論ありません」
「!わ、私も異論ありません!」
「……分かりました」
ムウの提案にナタルが賛同し、慌てて反論しようとしたマリューだったが、艦長姿の彼女を想像して目を輝かせているソラの姿を見てしまっては、黙って受け止める事しか出来なかった。
(大勢の命を預かるって言うのに、こんな事で良いのかしら……)
「そうと決まれば早速迎撃の準備でもしようぜ。相手はあのクルーゼ隊だ。どうせすぐにまた追手が来る。しつこいぞ~アイツは」
「……では各自持ち場へ付くように。学生達は居住区へ」
皆がそれぞれの持ち場に散って行く中、ソラがマリューに歩み寄り、小声で話しかける。
「あの……、マリューさん」
「あら? どうしたの?」
「その……、さっきはありがとうございました。独りだったら多分……あのままパニックを起こして皆さんにご迷惑を掛けてましたから……」
「何言ってんのよ。あれはあのロクでもないMA乗りが悪いんだから、ソラちゃんはあいつに文句の一つでも言ってやれば良いの。……それに、私が貴女を独りにする筈無いでしょう?だから、しっかりなさい」
ね?と、あやす様に声を掛けてから、マリューは至って自然にソラの額に軽くキスをする。それはこれまでも何度となく交わしてきた、親子愛のようなつもりのキスだ。少なくとも、マリューの感覚では。
一方で、ソラの方はそれどころではない。
「わ……ぁ……そ、そうでした。私ってばまた悪い癖が……。えへへ……」
しかし今にして思えば、これが本当の彼女達の物語の始まりだったのかも知れない。
(びっっっっっっっくりしました!!!!)
必死に取り繕った笑顔はどこかぎこちなく、だがこの胸の高鳴りは決して気持ちの悪いものではない。キュッと胸が締め付けられているようで、どこか心地良くもある。そしてソラはその感情を一度経験したことがあった。
(ま、まさかそんな……、でも……ずっと一緒に居られたら……)
何かの間違いか、それとも必然か――。その想いは、先程ソラが起こしたフラッシュバックによる身体の火照りの名残と繋がり、一気にそれを燃え上がらせた。
(え、嘘!?こんなの嘘です!!あんなに嫌だった筈なのに……で、でも、もしあの男の人達がマリューさんだったら……優しいマリューさんだったら私は……って!?だ、だめですっ!それだけは絶対に!私ってば最低です失礼です恩知らずです!)
幸い声には出ていなかったが、百面相をしながらどんどん赤くなるソラの顔を見たマリューが流石に心配をして声を掛ける。
「ソ、ソラちゃん?」
「ひゃいっ!?あ……」
「大丈夫?……流石に無理をさせ過ぎたかしら」
「い、いえ!そんなことないです!えっと…わ、わたし、着替えてストライクで待機してますー!!!」
我に返ったソラは、これ以上は墓穴を掘るばかりと悟り、逃げる様にその場を後にした。
「一応元気?になったソラちゃんも見られたし、私も艦長頑張りますか!ザフトに一発やり返すわよ!」
ソラを見送ったマリューは、切り替えて自身に活を入れる。それに応える様にして、大天使の目覚めの咆哮がヘリオポリスに轟いた――。
冒頭はソラの初見殺し戦法を演出したくてラウ視点にしました。
多分ムウさんは仕事の出来る残念なおj…お兄さんポジに落ち着きますね。
ソラのフラッシュバックのシーンは実は最初に書いたものがあまりにもあんまりだったので、大幅にカット、修正しました。勢い任せで書くのは危険ですね。