君色の栄冠   作:フィッシュ

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第10球 投手戦

「うわー! すっげー客の入り!」

「吹部も来てくれてるみたいだね」

「あまり浮かれすぎるなよ」

「はーい!」

 

準々決勝まで来ると観客席は満員に。

夏休みに突入したこともあり、お互いの学校の吹奏楽部以外の生徒も応援に参加している。

 

「柳谷、行くぞ」

「はいっ」

 

柳谷と灰原は先攻後攻決めとスタメン表の交換のために移動する。三塁側からは同じように藤銀の主将と監督が出てくる。

スタメン表を交換し、掛け声と共に先攻後攻を決めるジャンケンが行われた。

柳谷が負けてしまい、後攻を譲ることに。

 

「良い試合にしましょう」

「ええ、お手柔らかに」

 

藤蔭の投手育成力は県内でもトップクラス、ここ数年結果が出ていなかったのが不思議なほど。

本当にお手柔らかにしてほしいものだ。

 

「すみません、後攻取られちゃいました」

「打撃重視のチームではないから気にするな」

 

蒼海大相模のような打撃に全振りのチーム相手だと、後攻を取られるとサヨナラの確率が高くなる。

しかし藤銀の打力は際めて高い訳では無いので、そこまで恐怖は感じない。

ただ、藤銀の攻め方が分からないのが懸念材料か。

 

灰原は予選の全試合を観てきたが、藤銀はランナーを溜めて4番に回す王道野球、または粘りに粘ってエースを降ろす野球。

他にも様々な攻め方をしてきたチームだ、一筋縄ではいかない。

 

(ウチ相手なら恐らく粘って中上を降ろす戦術を取るはず、中上には打たせて取るピッチングをしてもらった方が良いか……?)

 

エースさえ引き摺り下ろしてしまえば、至誠に怖い投手はもう残っていない。

後ろに控えているのはセンスだけで野球をやっている初心者と、重いストレート以外は平凡な投手ビギナーだけ。

 

 

「ついに準々決勝。今年の藤銀は油断出来ない相手だ、気を引き締めていくぞ!」

「おおっ!!」

 

試合開始のサイレンが鳴り響く。

今日は糸賀を一番、金堂を二番、そして柳谷を三番に置く速攻型オーダー。

打率の高い二人を上位に置きアウトカウントが少ない状態で柳谷に回す。

藤銀相手ならこれが一番得点の確率が高い。

 

《一番センター糸賀さん》

 

彼女が左打席に入ると野手はシフトを敷く。

外野はレフトに寄り、内野はセーフティを警戒してやや前進している。

 

糸賀は自分の頭で考えて状況に応じたバッティングを出来る上に、シフトに掛かっていてもそれを破れるパワーも兼ね備えた選手。

一打席目で灰原からサインが出ることはほぼ無い。

サインを出すのは彼女が打ち取られてからだ。

 

初球、アウトローのカーブを引っ張るが観客席に飛び込むファール。

 

(初見であのカーブに対応出来ている、これなら心配ないな)

 

初球からいきなり引っ張ったにもかかわらず、藤銀の外野陣はレフトに寄ったまま動かない。

糸賀は滅多に引っ張ることがないから打てないと思われているのか、もしくはどんなバッティングをしてきても打ち取れる自信があるのか。

藤銀の守備力を考えるに、理由は後者だろう。

 

二球目はスプリットを見送り、三球目もボール。

四球目は内角のスライダーにタイミングをズラされファール。

藤銀のエース、藤咲が勝負球として選んだのはカーブだった。

 

(ここから曲がる……っ!?)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

初球こそ当てられたが、今回は空振り三振。

打ち取られる時もバットには当てられる糸賀が、手も足も出ず三振を喫してしまった。

 

「いやーすみません、藤咲いい投手ですね」

「予想以上だったな……次は打てるか?」

「当然です!」

 

糸賀はこういう時に落ち込んだり不貞腐れたりするのではなく、逆に燃えるタイプ。

次の打席には期待してもいいだろう。

 

しかし、これだけでは終わらなかった。

金堂も打ち取られ、ベンチの空気が変わった。

この二人が連続で打ち取られる確率はかなり低い。

連勝してきて多少なりとも気が緩んでいた部分があったので、チームとしてはこちらが正解だろう。

 

 

「何落ち込んでるんだ? 次は柳谷の打席だぞ! ほら声出せ!」

「あっ、はい! キャプテンー! 打てー!」

「ホームランホームラン!」

 

ベンチの空気を良くするのは監督の役目。

まだ高校生の選手たちにそこまで任せるのは負担が大きすぎる、それが灰原の持論だ。

 

三番に据えられた柳谷の打席では、藤銀は長打を警戒したシフトを敷く。

 

(遠慮はいらない、山田が言ってるようにホームラン狙いのスイングで良いぞ)

 

柳谷は頷いて藤咲と相対する。

初球のカーブは見逃してワンストライクだが、今のはボールの軌道を確認していただけ。

彼女なら次からは積極的に振っていく。

二球続けてのカーブ、柳谷は簡単にセンター方向へ打ち返す。

 

(よし、とりあえず一本!)

 

「セカン!」

「はいっ!」

「……なっ!?」

 

完全に抜けたと思われた打球だった。

しかしセカンドの好プレーによってその打球は阻まれてしまう。

センターの前に落ちそうな打球に飛びついてキャッチ、まるで菊池のような軽快な守備だった。

 

(この三人が全員凡退するのは滅多にない……しかも実力を上回られた感じがある、これは少し厳しいか)

 

柳谷までもが打ち取られたことに、至誠ベンチは動揺を隠せない模様。

 

「まだ1回だぞ! こっちも三人で抑えるぞ!」

「は、はいっ!」

「あと柳谷、この回は打たせて取るリードを頼む」

「了解です」

 

この作戦が通用するのか確認しておきたいのだ。

おまけに初回はメインの球種――つまりカーブ、ツーシーム、スライダー、スプリットのみを投げるようにと伝えた。

これで通用すれば中上の本当の実力を隠せる。

 

「千秋、確か一番は3割打ってたか?」

「ギリギリ打ってます」

「一番とクリーンナップ以外は2割台か?」

「そうですね」

 

今までの試合結果から見て、藤銀は一番から五番までで何とか1点を取ってそれを守り抜く野球をしている事が多い。

逆に言えば、その五人を抑えてしまえば怖くない。

もちろん油断は禁物だが、あの二人なら大丈夫だろうと灰原は信じている。

 

一番への初球はスプリット。中上のスプリットは、スプリットとは思えない変化量をしている。

彼女は変化球でカウントを整えてからの不意に投げる速球、もしくはその打席で初めて投げる変化球で三振を奪う投球を得意としている。

 

今日はあえて速球中心で投げるつもりなのだろう。

二球目のツーシームで詰まらせワンアウト。

 

(真ん中付近に甘く入ったと思わせ、そこから変化するツーシーム……良い配球だ)

 

一番を抑えれば気持ち的に楽になる。

二番、三番と初球を打たせてサクッとこの回を終わらせる。

 

「ナイピ」

「私の投球、どうでしたか?」

「そうだな……今日はずっと打たせて取るピッチングで」

「分かりました!」

 

中上は三振にこだわりがあるタイプかと思いきや、意外にもあっさり受け入れた。

余程変な事を言わなければ監督の命令には従う、それが彼女の信念なのだろう。

 

だが、この答えで灰原は安心出来た。

この投球スタイルは球数を少なくする事により、スタミナの減りも少なくできる。

ここまでフルで出場してきて疲労も少なからずあるので、この試合は早く切り上げたい。

まあ投手戦になれば精神的な疲労は蓄積されるのだが、肉体的に休んでほしいという訳だ。

 

 

2回表、打席には四番の山田。

山田にはシフトの逆をつくなんて器用なことは出来ない。

何も考えず思い切り振り抜くだけ、しかし全国でもトップクラスの打球速度を誇る山田ならそれが一番良いだろう。

 

バキャ、という金属とは思えないような音が響く。

プロレベルの鋭い打球がサードに飛んだが、それも巧く捕られてしまう。

 

(守備も上手いな……流石藤銀ってところか)

 

青羽、鈴井も凡退してこの回も三者凡退で終わる。

しかし中上も全国クラスの好投手だ、ツーシームを中心に組み立てた投球でこちらも三人で抑える。

 

 

 

そんな調子で4回までお互い1安打で終わる。

誰もが試合が膠着するとは思っていたが、まさかここまでだとは誰も思いもしなかった。

 

《只今よりグラウンド整備を始めます》

 

「まさかここまで打てないとはな」

「すみません……」

「当たってはいるし、何かきっかけがあれば打てそうなんだけどな……」

 

四球も選べているので、連打さえ出ればその勢いで複数点を奪うことだって出来るはず。

その連打のきっかけが欲しい訳だが。

 

「というか、あのスライダーのどこを見て打てるって判断したんですか?」

「え? いや、打てるだろ?」

「まさか、監督基準の打てるですか?」

「…………あっ」

 

そう、灰原は規定こそ到達していないが高卒ルーキーの捕手で3割打った化け物だ。

自分基準で打てると思った球でも、高校生の彼女たちからすれば打てそうにない球なのだ。

 

「本当に悪かった……」

「あっ、いや、謝らないでください!」

「浜矢は優しいな……」

 

しかしこうなると打てる球が見当たらない。

カーブには誰もタイミングが合っていないし、スライダーも今日は調子が良さそうだ。

 

「あー……代打で出たい……」

「金属はダメですよ? 死人が出そうなんで」

「バックスクリーンにしか打たないから安心しろ」

「バックスクリーン壊れそうっすね」

「弁償はできるから平気だ」

 

元プロ野球選手、しかも現役を退いてからまだ2年しか経っていない彼女が金属バットで打とうものなら殺人的な打球が客席を襲うことになるだろう。

 

「監督ってそんなお金あるんですか?」

「おう浜矢、失礼だぞ……これでも5年はプロでやってたんだぞ。しかも新人賞取ったし」

「そこなんですけど、それだけの選手がなんで5年でクビになったんですか? しかも捕手なのに」

「そういや素行不良って報道もされてたみたいですけど……」

 

(なんで山田がそんなこと知ってるんだよ。あの報道はかなりムカついた、けど……)

 

「まあ、事実だよ。誰彼構わず噛み付いてたし、監督やコーチに反発しまくってたからなぁ」

「でもどこか獲るとこなかったんですか?」

「そもそもトライアウト受けてないからな」

 

灰原は戦力外になってからすぐ至誠の監督の誘いを頂いたので、トライアウトを受験しなかった。

怪我で肩が弱くなっていたとはいえ、若くて打てて守れる三塁手兼捕手。

仮にトライアウトを受けていても、どこか拾ってくれる球団はあったはずだ。

 

「ブルペン捕手の話とかは?」

「トライアウト受けて、それから連絡くるだろうし。そもそも受けてない私には来ないってわけよ」

 

そこでも性格の悪さが災いして獲ってもらえなかったかもしれない。

ブルペン捕手は文句を言わず壁になるポジション、当時の灰原には全く向いていなかった。

 

 

「それより、こんな話してないで作戦会議するぞ!」

「とは言っても、打てそうな球が無いんですよね……私も打たれるつもりはないですけど」

「ストレート狙いにしても、アイツ全然ストレート投げないんだよな……」

「粘って球数稼いで降ろしますか?」

「うちにアイツの球を粘れる奴はそんないないぞ」

 

それこそ今日の一番から三番までの三人くらい。

あとは鈴井も意外と粘れる。

 

「なんらかのきっかけで向こうが勝手に崩れるのを待つとか?」

「流石にそれは運要素が強すぎるだろ……」

 

(何か考えなくちゃ、私が監督なんだ。コイツらを全国に導くのは私の役目なんだ。全員が実行出来て、そして効果が絶大な戦術を……)

 

選手たちの意見を次から次へと却下していたが、灰原の頭にも策は浮かんでいなかった。

正確には浮かんではいるが、絶対に通用しなさそうな手しか浮かんでこないのだ。

 

「……千秋?」

「……え!? はいっ?」

「大丈夫か? ぼーっとしてたけど」

「えと、大丈夫です。ちょっと気になることがあって……」

 

まだ確証を持てていないのでもう少し待って下さい、千秋はそう付け加えた。

もしかすると、この試合の鍵を握っているのは彼女なのかもしれない。


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