全国大会の抽選会当日。
ここまで来たチームの主力ともなるとプロ注目の者が多く、浜矢の隣にいる千秋は大興奮。
忙しなく目線を動かしては時折、声にならない叫び声を上げている。
「せんしゅー落ち着こうぜ……」
「落ち着いてなんかいられないよ! プロ注目選手がこんなに沢山……!」
「伊吹ちゃん、諦めよう……」
鈴井が匙を投げるのは相当だ。
とはいえこの好奇心があるから相手のデータを細かく分析したり、突破口を見つけ出せるのだが。
「ほら、早く座って。そろそろ始まるぞ」
「はいっ!」
「すみません……」
柳谷に促されて三人は席に着き、初戦の相手を決める大事な抽選が始まった。
キャプテンである柳谷がくじを引いてそかに記された番号を読み上げる。
《至誠高校、20番》
20番。対戦相手はまだ引いていない。
次々と各都道府県の代表者がくじを引いていき、遂にその瞬間が訪れた。
《神聖ディーバ学園、19番》
なんだその校名は……と思った者が多かった。
神聖と言うのだからミッション系の学校なのかと思いきや、その割には制服はセーラー服ではないごくごく普通の制服だ。ある一点を除けば。
(うん、あの変なマントみたいなの以外は普通だな)
何故か部員全員が羽織っているマントのような物以外は普通だ。
色が純白という事もあり軍服のようにも見える。
『祥雲学院、21番』
『大阪桐葉高校、22番』
優勝候補二校の対決は初戦で実現してしまった。
他の高校からすれば優勝候補の片方が消えるので大変有り難いが、当人達からすれば堪ったものではないだろう。
因みに至誠が初戦に勝った場合、この二校の勝者と二回戦で激突することになる。
一回戦でダークホース枠、二回戦で優勝候補と戦わなければならないのは運が悪すぎる。
しかし結果は変えようがないので、他の部員たちは柳谷に一瞬だけ冷たい視線を送っておいた。
あまりにも対戦相手が悪すぎること以外は無事に終わり、会場の外でこれからについて語り合う。
「初戦の相手はディーバ学園か……どんなチームなんですか?」
「実は殆ど調べてなくてな、打撃型のチームという事は分かってるんだが」
「でしたら私が。神聖ディーバ学園、名前からも分かる通りちょっと変わった高校です」
「変わった? ミッション系だと思ってたんだけど」
「ううん、全然そういうのじゃないんだよ」
ミッションスクールではないが制服がかなり特徴的となると、考えられるもう一つの可能性は。
「……まさか、厨二病?」
「ホームページとか見る限り、多分そう……」
ディーバ学園のホームページは徹底されている。
校章やら言い回しやらが本当に厨二病を連想させるような物で、厨二病を患っていない中学生が見たら驚くことだろう。
「出場してる選手は殆ど上級生なんだけど、中心となっている選手は一年生三人です」
「一年が中心?」
「はい、元々出来たばかりの野球部という事もあり、あまり強くはなかったんです。けど今年、恐らく推薦で入学してきた一年生が予選で大活躍して全国まで連れてきたみたいです」
弱小校なので一年生でもチームの中心人物となるのは容易いが、それで全国に連れて行けるのはなかなか出来ることではない。
千秋はその中心人物の三人の解説を始める。
「まず一人目はセンターの飛鷹さん。走攻守三拍子揃った名選手で、特筆すべきはその得点圏の強さ。予選での得点圏打率は5割を超えているよ」
「得点圏5割!? 投げたくないなぁ……」
主に打順は一番か三番を打つ事が多い飛鷹。
走攻守全てに隙が無く、中学時代からスカウトの視線を集めていた名選手だ。
「次にサードの斑鳩さん。ディーバの人らしく打撃特化の選手です。予選ではグランドスラムを含む二本のホームランを放ち、チームトップの打点を挙げています。守備は苦手だし確実性は高くないんですけどね」
「沙也加みたいな奴だな」
「翼も人のこと言えないだろー!」
だがサードという事を考えると山田だ。
飛鷹が得点圏5割なのに打点は斑鳩がチームトップなのは打順が影響している。
先程も言ったように飛鷹は一番を打つ事もあるが、斑鳩は四番固定だった。
「最後にエースの大鷲さん。緻密なコントロールとチェンジアップが武器の技巧派投手で、防御率は2.39。反面球質が軽いのか被本塁打は四本、そしてこの人も打撃が良いです」
「制球が良いチェンジアップか……打ちにくそー」
「けど被本塁打が多いなら打てるかもな」
個性が爆発している三人だが、全員に共通しているのは一年生とは思えない成績を残していること。
「打撃戦になるのは明白だ。どれだけエラーを減らせるか、チャンスを物に出来るかが勝敗を分ける」
「帰ったら守備練習を重点的にやりましょう!」
「おっしゃ! やるぞー!」
「私ももっと守備鍛えるぞー!」
「悠がこれ以上鍛えたら外野の仕事が無くなりそうだから程々にねー」
そんな話をしながらバスに乗り込み、学校へ帰る。
ディーバに勝ったら次は祥雲もしくは桐葉。
厳しい二連戦になるのは分かりきっている。
「そういや祥雲の注目選手聞いてなかったな」
「一年生エースの神田さんかな。投打共に超一流、防御率は1点台で打率も4割弱。本塁打も二本と大活躍だったよ」
「何でこの世代化け物しかいないの?」
「そりゃ黄金世代って呼ばれてるからね」
鈴井曰く、中学生の頃からこの世代は黄金世代と呼ばれていたらしい。
投手野手共に有力選手ばかりで、全員の進路に注目が集まっていたとのこと。
「神田さんと言えばやっぱりその育ちだよね。両親が医師をやっていて、お姉さんは現役のプロ野球選手!」
「現役……まさか、
「正解!」
「嘘だろ!? あの朱里さんの妹!?」
大阪オーロックス所属の二塁手・神田朱里。
打てば3割30本100打点、走れば30盗塁、守ればゴールデングラブの生きるレジェンド。
今の日本球界でトップの実力を持つ選手と言っても過言ではない。
その神田朱里と実の姉妹なのが祥雲学院のエース・神田というわけだ。因みに10歳差姉妹だ。
「頭脳明晰、容姿端麗……それに性格も良いみたいだよ」
「……相良さんみたいだな」
「同じ左だし、確かに似てるよね」
「神田の話か?」
「うわっ、監督!?」
神田の話をしていると、灰原も前の座席から振り向いて会話に混ざってきた。
「懐かしい名前が聞こえたもんでな」
「懐かしい……?」
「ああ、私と朱里は同い年だからな」
「そうだったんですか!?」
「そう。朱里は私が唯一、高校でもプロでも勝てないと思った相手だよ」
守備も打撃も走塁も全部アイツには敵わなかった。
そう言って少し寂しそうに、けどどこか清々しい表情で灰原は言う。
「朱里さんの妹さんも知ってるんですか?」
「翠嵐だな。小さい頃しか知らないが……礼儀正しくて、飲み込みが早くて。可愛かったなぁ」
「神田、翠嵐……」
自分と同い年でそんな規格外の選手がいるなんて知らなかった。早く会いたい、早く戦いたい。
浜矢は必ず初戦を突破しようと心に決めた。
「あともう一人、同じく一年生で正捕手の孤塚志黄さんもいるよ」
「一年で正捕手かぁ」
「打率こそ伊吹ちゃんより低いけど、高い守備能力と巧みなリード、それと強肩が売りの選手だね」
「え、私より打率悪いの?」
野手専任で浜矢より打率が悪いのは相当だ。
それでも正捕手を任されているという事は、よほど投手の能力を引き出すのが上手いのだろう。
「神田さんとは幼馴染らしいよ」
「へー! だから正捕手なのかな」
「かもね、気の知れた相手が受けてくれるならかなり投げやすいと思うし」
「だから防御率1点台なのかなぁ」
孤塚のリードも確かに良いが、それ以上に神田の実力が圧倒的だということを浜矢はまだ知らない。
バスに揺られて学校に戻り、全国大会に向けての練習開始。
打撃を鍛える者や守備走塁を鍛える者などに分かれるが、投手陣はマウンド付近に集まっていた。
「投手陣は実戦形式のフリーバッティングをしよう。柳谷と……山田! 相手してやれ」
「はい」
「任されました!」
「よりにもよってその二人ですか……」
「強い奴と戦わないと成長できないだろ?」
それはそうだが、この二人を相手に投げろと言われて嫌がらない投手は居ないだろう。
「あれ? キャプテンが打つ時のキャッチャーって……」
「私が務めよう」
「監督が!? うわ〜! レアだなぁ」
「浮かれて手元狂うんじゃないぞ」
あの灰原麗衣選手に受けてもらえると分かった途端、浜矢は嬉々としてマウンドに向かう。
これだけで至誠に入学した価値はあるだろう。
「じゃあまず柳谷から!」
「はいっ」
柳谷はミート力もパワーもあるが、厄介なのは内野安打に出来る走力も兼ね備えている事だろう。
まあこの勝負で彼女が内野安打を狙うとは思えないので、浜矢が意識するのは甘いコースに投げないという事だけだ。
(いきなり内角のスライダーか……)
手元狂うなと釘を刺していたのはこういうことだ。
先輩、それもキャプテンに初球から内角なんて怖いが、監督の指示なら投げる以外の選択肢は無い。
内角攻めをする時はボールになってもいいから胸元を抉る、死球を恐れて内に入るのが一番駄目なパターンだ。
「ボール!」
「良い球きてるぞ!」
仰け反らせてワンボール。
普通に練習で味方に投げるような球ではない。
(次はアウトローの直球か)
インハイで仰け反らせてアウトローに投げる。
スタンダードな配球だが、裏を返せば効果があるということ。
(外れると一気に不利になるから丁寧に投げなきゃ)
ボール先行になると打者は思い切り振れるので被弾する確率が高くなる、なのでこの一球は大事にしないといけない。
浜矢がきっちりとアウトローにノビのあるストレートを投げ込むと、柳谷は迷わず振り抜いてきた。
「ファール!」
「ひぃ……こわ……」
並の打者なら当てることすら難しいが、相手は柳谷。手を出すし何だったら当ててくる。
もう少しタイミングが速ければヒットだった。
(次は……カーブを見せ球か)
インローに外れるカーブを見せる。
相変わらずカーブは見せ球くらいでしか使えない。
それでもコースの際に投げればたまに振ってくれる人もいるが。
(ツーシームで詰まらせる!)
柳谷ならそんなの関係無しに打ちそうだが、逃げていては何も始まらない。
全力で腕を振り抜いて最高の球を投げれば、奇跡が起こるかもしれない。
内角のツーシームで詰まらせる。
それが二人のプランだったが、柳谷はいとも簡単に打ち返してしまった。
しかもそれがライト前へのヒットになった。
「くそぅ……」
「伊吹、良いボールだったよ」
「柳谷相手にホームランを打たれなかった。それだけで成長したのは分かっただろ?」
「確かに……」
前までの浜矢ならフェンスまで飛ばされていた。
それを単打に抑えられたのは紛れもない成長の証。
全国屈指の強打者が相手なんだから、何も打ち取らなくても良い。
単打なら勝ちくらいの気持ちで投げればいいのだ。
「ただやっぱ落ちる系の球が欲しいな……」
「落ちる球……フォーク系ですか?」
「だな、浜矢の球速を生かすならスプリットかフォークだけど……大会後にしようか」
大会前に変化球を覚えようとしてフォームを崩してはいけない。
しかもフォーク系は肘や指先に負担が掛かるのもあり、もしかすると怪我をしてしまうかもしれない。
そのため、新変化球の習得は大会後となった。
「一打席勝負が投手有利とはいえ、柳谷を単打に仕留めたんだ。自信を持っていいと思うぞ」
「はい! これなら全国の強打者相手にも立ち向かえそうです!」
この練習は野球の実力を付けるのが目的ではない、メンタルを鍛えるためのものだったのだ。
大会が始まって、全国の強打者にずっと怯えている訳にもいかない。
この経験を糧に大会に挑めば、きっと全国でもある程度の成績を残せるはずだろう。