君色の栄冠   作:フィッシュ

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第22球 襲来のディーバ

とうとう全国大会の幕開けだ。

初戦は厨二病疑惑のある†神聖ディーバ学園†。

一年生三人が中心選手という元弱小校で、今大会のダークホース枠。

 

「飛鷹と斑鳩をどう抑えるかが鍵だな……」

「中上先輩、頼みましたよ」

「なんとか5点以内には抑えるよ」

 

ここから二試合は中上と浜矢の継投。

連投なのでいかに球数を少なく出来るかが肝だ。

 

「ディーバの選手ってどんな感じなのかな」

「フッ……我らに与えられし名を呼んだか?」

「な、何だこの喋り方……」

 

声は低音で格好良いのだが、妙に厨二臭い喋り方に浜矢の背筋がゾワっとした。

 

「神聖ディーバ学園一年、飛鷹涼風(すずか)!」

「同じく一年、斑鳩(いかるが)雪凪……」

「さらに同じく一年! 大鷲千晴だよ!」

 

各々のカッコいいと思うポーズを決めながら登場してきたのは†神聖ディーバ学園†の一年生だ。

ただ、登場の仕方が余りにも酷すぎるせいでこの場の空気が凍りついてる。

 

「フッ、この溢れ出る波動(オーラ)に畏怖したか……?」

「普通に引いてるんだと思う……」

「それでこそ頂点を目指せし者の集い……! どちらが神の裁きを受けるのか、愉しみにしているよ」

「神の裁きって……普通に負けるって言えよ」

 

何も考えずに浜矢がそう返すと、ディーバの三人は目を見開いて彼女の方を見る。

 

「生き別れし同士……!?」

「同士じゃない! 私はもう患ってないわ!」

「もう? てことは伊吹ちゃんって、元厨二病?」

「あっ……いや、その……」

 

この歳で厨二バレは精神的にキツい。

確かに彼女は厨二病を患っていたが、ディーバの三人と違って既に完治している。

まだ患ってるこの三人とは違うんや! というのが浜矢の心からの叫び。

 

「なるほど、同士討ちか……心苦しいが我等の信ずる神がこの運命を定めたのだ、従うしかあるまい」

「だから同士じゃない! あと決めたのは神じゃなくてクジ!」

「付き合ってくれてありがとうね、他校の人に言ってること分かってもらえるの初めてなんだ」

 

この三人の中で大鷲だけは普通に喋る。

斑鳩は無言でずっと腕を組んでいるが、あれはカッコつけるタイプの厨二病だ。

飛鷹は一番スタンダードな厨二病。

 

「ちなみに私は変化球に名前付けてるタイプの厨二病だよ」

「ヴッ……」

「伊吹ちゃん!?」

「せ、せんしゅーありがとう……」

 

大ダメージを受けた浜矢を千秋が支える。

実を言うと浜矢も大鷲と同じタイプの厨二病だったので、彼女の発言が一番精神的にクるのだ。

まあ人間というのはいつの時代も必殺技を欲しいと思う動物。つまり本能、つまり不可抗力。

 

 

そして浜矢の方を見ながら話し出そうとする飛鷹。

正直もう何を言われても驚くつもりはないが、ダメージがくるのだけは勘弁してやってほしい。

 

「至誠高校の皆さん、激戦区である神奈川を勝ち上がってきた貴方達と戦えるのを楽しみにしていました。いい勝負をしましょう」

「…………普通に喋れるのかよ!!」

 

なぜ初対面の浜矢が付き合わされているのか。

それに初めから普通に喋ってくれれば自分が元厨二病だということがバレずに済んだのに、という不満で口が尖っている。

 

「おつかれ、伊吹ちゃん」

「ほんとだよ、何なんだよアイツら……」

「ちょっと変だけど実力は確かだから、気は抜かないでね」

「おう……」

 

あんな感じだがれっきとした東東京代表だ。

アレに負けるのはかなり悔しいと思うが。東東京の皆さん、心中お察しします。

 

「てかディーバのユニフォームカッコよかったな……」

「青を基調としてたから、爽やかさがあったよね」

「筆記体いいな〜」

「……やっぱりまだちょっと患ってる?」

「大丈夫だから!!」

 

外国人が漢字を格好良いと思うように、日本人も筆記体を格好良いと思うんだと浜矢は主張する。

その主張も鈴井には全く響いていないようだが。

 

「面白い子たちだったね」

「え、そう?」

「私はちょっとダメージくらったんだけど」

 

まさかの柳谷もディーバ側の人間だった。

中上はお嬢様で厨二病とは今まで縁が無かったので、純粋に面白いという感想を抱いたようだ。

もし中上がそこまで言っていたら、浜矢は間違いなく厨二病は芸人じゃないんですよとツッコんでいただろう。

 

「えー、気を取り直して……ディーバはとにかく打撃力が高い、その反面守備は不安定な所があるからそこを攻めていこう」

「はいっ!」

 

斑鳩を始めとし、打撃は良いが守備が苦手な選手がレギュラーに多く存在する。

そこを狙った打撃が出来れば勝てる。

至誠の中でそんな芸当が出来るのは金堂や鈴井、柳谷くらいだからほぼ強攻するしかないのは触れてはいけない。

 

 

 

――試合開始(プレイボール)

 

先攻はディーバ、まずは無失点に抑えたい。

飛鷹が三番、斑鳩が四番、大鷲が六番と全員打力を信頼されていると窺える打順だ。

全国に出た高校のクリーンナップのうち二人が一年生というのはディーバだけ。

言動が少し変わってるだけで実力は本物なのだ。

 

「よーし! しまっていこー!」

「おー!」

 

中上の声は部内でもよく通る方だ。

その彼女の大きな声が甲子園に響き渡る。

 

自信満々なエースは誰にも止められない。

一番打者からは三振、二番打者もショートゴロに仕留め飛鷹との一度目の勝負。

ベンチからのサインも出たので外野は少し後退。

 

(なんか独特なフォームしてるな……)

 

バットを投手に向けてから、肩をトントンと叩いてタイミングを取る。

打つ時はバットを立てて足を高く上げる、かなり個性的なフォームだ。

構え方を見ただけで飛鷹だと分かるだろう。

 

初球は自信のあるスプリットから入るが、飛鷹は落ちる変化球に合わせてバットを出す。

 

「ライト!」

「ひっ、打球はや……」

 

鋭い打球が飛ぶがこれはファールラインを割る。

一年生とは思えない打球速度、佐久間と同じ。

二人とも一年生から背番号を貰っているのだから、上級生顔負けの実力があるのは当然だ。

 

いきなり危険な打球を打たれたが、中上はまだ球種を残している。

いくら飛鷹でも初見の変化球は打てないはずだ。

次はスローカーブで緩急を付けてタイミングを外すが、それでも外野まで飛ばされセンターフライ。

 

「ナイピ」

「ありがと、あの子すごいね」

「緩急付けても普通に打ってきますもんね」

 

タイミングを外されてもあの独特のフォームが崩れる事はなかった。

足を上げるフォームでそれは難しいのにそれが出来るということは、体幹を鍛えているのだろう。

 

 

「さてと、大鷲は確か球質が軽いんでしょ? なら意外と打ちやすいのかな」

「でも制球は良いしチェンジアップが決め球だったよね、結構難しいかもよ」

「それにあのフォームを見てみろ」

「ダイナミックだなぁ……あれからチェンジアップ投げられるのか」

 

投げる前に一瞬跳ねるような動きをした後、その勢いをフルに使ってリリースする。

あの豪快なフォームから制球重視の決め球チェンジアップは想像出来ない。

投げている球も勿論凄いのだが、それ以上にフォームと実際の球が違いすぎて打ちにくいのが大鷲だ。

 

至誠の本日のオーダーは以下の通り。

 

一番センター 糸賀

二番セカンド 菊池

三番サード 山田

四番キャッチャー 柳谷

五番ファースト 金堂

六番レフト 青羽

七番ショート 鈴井

八番ピッチャー 中上

九番ライト 浜矢

 

特に変哲の無い、いつもの打順だ。

相手が攻撃的なチームなのでこちらも藤銀戦の速攻型オーダーで行くことも考えたのだが、変に動かすよりいつもの打順の方が打てそうだからという理由でこうなった。

 

「さて、じゃあいつもの由美香の占いか」

「由美香が打てるかどうかだね……」

「それ広まっちゃったんですね……」

 

あの話は浜矢と灰原の間だけでしていたのだが、いつの間にか広まって今では占いやらクジやらと言われてる。

まあ本人もノリノリなので良いのだろう。

 

「ストライク!」

「うーん、由美香タイミング合ってないかな」

「チェンジアップえっぐ、めっちゃブレーキかかってたよ!」

「……少し厳しそうだな、私も沙也加も」

 

二人とも長打力はあるが確実性に欠ける。

だから大鷲みたいに緩急を使ってタイミングを外してくる投手が一番苦手。

 

 

並行カウントから投げられたのはど真ん中。

糸賀なら当然打てると思ったが、白球はそこから内角に鋭く曲がり始めた。

糸賀も対応しようとするが、引っ掛けてしまい内野ゴロに打ち取られる。

 

「なんだ今の変化球?」

「多分スラーブですね」

「普通ならあれが決め球になりそうだけどね……」

「それ以上にチェンジアップが良いですもんね」

 

中上の言う通りであれが決め球でもおかしくない。

決め球ではないのはチェンジアップがあるから。

あそこまでブレーキの効いたチェンジアップは、試合経験豊富な3年生すらも見たことが無い。

 

 

制球の良さも加わって菊池と山田は連続三振。

四隅にビシビシ決められるし変化球の精度も高い。

灰原は乱打戦になると予想していたが、その予想を裏切った投手戦になる可能性が浮上してきた。

 

「さてと、次は斑鳩からか」

「……先輩、楽しそうですね?」

「えっ? そう見える?」

「はい、蒼海大と戦った後から」

 

浜矢の目に映る中上は、強打者と戦うことを楽しんでるように見える。

以前のように怖いとも言わなくなったと伝えると、中上は少し考えるような素振りを見せた後に。

 

「そうだね、良いことあったんだ」

「へー! 何があったんですか?」

「……それは秘密、だよ」

 

口に人差し指を当てて微笑む。

それが大人っぽくて様になってて、浜矢の心臓が僅かに跳ねた。

ただ、この発言で蒼海大戦の後に何かがあった事は確定となった。

 

「ほら守備につくー!」

「は、はーい!」

 

(……私も佐久間とライバルになったし、中上先輩も似たような事があったのかな)

 

普通に正解だ。浜矢が佐久間とライバルになったのと同時刻、中上は相良とライバルになっていた。

佐久間と相良の二人がこの試合を観ている可能性はある、中上と浜矢は気の抜けたプレーは出来ない。

お互いに連絡先を交換しているので、そんなプレーをしたら試合後に速攻で怒りの電話が掛かってくるのは目に見えている。

 

 

斑鳩が打席に入ると浜矢は違和感を覚えた。

その違和感の正体はすぐに分かった、彼女の左眼が見えているのだ。

試合前に話した際は長い前髪で左眼を隠していたが、今はヘルメットの中に仕舞ってある。

これも厨二病の一環でやっている。

 

やはり彼女も飛鷹同様、実力は本物。

恐ろしいスイングスピードに打球速度、一瞬たりともボールから目を離してはいけない。危険すぎる。

 

中上はメインの変化球四種で斑鳩を抑えようとするが、悉く特大のファールにされる。

そして八球目、その瞬間は来た。

ボールからストライクになるスライダーを完璧に捉えられ、白球は満員のライトスタンドに向かう。

 

ポール際、入るか入らないかの瀬戸際。

どちらと言われても納得出来る微妙な場所に落ちたが、審判の判定は。

 

「……入ってたか」

 

中上が孤独なマウンドでぽつりと呟く。

審判は右手を高く挙げ、頭上でゆっくりと回した。

まさかの先制ホームランで試合は動いた。

 

だが打たれっぱなしで終わる彼女ではない。

五番に六番の大鷲、七番まで連続で打ち取って最少失点で切り抜ける。

 

「打者の大鷲はどうでしたか?」

「結構怖かったかな、豪快なスイングだけど芯に当てる事重視してる感じだったよ」

「なんか投球フォームと似てますね……」

「そうだね、派手に見えるけど実は繊細な技術を持っている……面白い選手だよ」

 

試合前の会話でも至誠ナインが引いているのを感じてフォローを入れていた辺り、意外と繊細なのだ。

フォームだけ見るとそんな感じは一切しないが。

 

 

「先制はされたがまだ1点だ、早く大鷲の球に慣れて取り返すぞ!」

「オーッ!!」

 

1点差で迎えた2回裏、先頭の柳谷から。

流石に彼女は怖いのかボール先行。

ツーボールとしてからカウントを取りに来た緩い球に対し、柳谷は持ち味のフルスイング。

しかし白球は惜しくも飛鷹のグラブに収まった。

 

「サークルチェンジも投げられるみたいだな」

 

サークルチェンジ。チェンジアップの一種で利き手側に沈むようにして変化する。

普通のチェンジアップと混ぜられたら簡単には打てないと、柳谷も太鼓判を押す。

 

「けど、神奈なら打てるかもな」

「ですよね……って言ってるそばから打った」

 

話の最中に普通にヒットを打った金堂。

あの変態的なバットコントロールの前には、どんな変化球も無意味なのか。

だがそこからは青羽が三振、鈴井がレフトフライで続けず。

 

「打てそうなのに打てないのが一番腹立つ」

「鈴井がそんな怒るの珍しいな」

「投げてる球だけ見たら普通なんだよ? なのにあのフォームと緩急で打てなくさせるのムカつく」

「そういう投球スタイルなんだよ……」

 

投手というのはそうやって工夫を重ねて抑えていくポジションだ。

だが、これも遠回しに褒めている。

相手に対しても相変わらず素直じゃないが、鈴井がここまで褒める投手は少ない。

大鷲千晴も、あの鈴井美希に認められる実力者だ。


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